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第一章 エリカと圭介
第4話 ゲーム開始
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「この花が見える条件は、もう一つある」
圭介の少し低い声が、罪悪感に打ちのめされている私の耳に届く。
「辛いか? 見て見ぬふりをしてきた期間が長ければ長いほど、気がついた時のダメージは大きいからな」
圭介の言う通りだ。
今、私はそれを嫌というほど噛み締めている。
「そんなこと、あんたに言われなくてもわかってるよ……」
だけど、自分を責めていてもなにも変わらない。私は、圭介を元に戻す方法を聞きたいのだ。
「で、もう一つの条件ってなに?」
私はようやく圭介に視線を戻した。
そこには、街灯の下で青白く見える圭介の薄ら笑いがある。
「圭介自身が、相手に……つまり君に強い感情を持っている場合だ」
圭介が、私に?
急に、目の前の圭介が鮮明に見え始める。
「知りたいか? 圭介が君に抱いていた感情が、どんなものか?」
圭介はニヤリと笑った。
なんだかこちらの気持ちが見透かされているよう
な気がして、少し腹が立った。
「知りたい……けどさ……」
正直、ものすごく聞きたいけど……ものすごく怖くもある。
それに、今は圭介本人の意思で喋っているわけじゃない。
つまり、今の圭介が私への思いを口にすることは、勝手に秘密を暴露されるのと同じことなのだ。
それって、めちゃくちゃプライバシーの侵害にあたるじゃないか。
「圭介の気持ちは、本人が戻ってきたら直接聞く。だから、今はいい」
そう。それが筋ってもんだ。
「ほう、意外と真面目なのだな」
「そうだよ。とにかく、圭介を元に戻す方法を教えてよ」
「母親は、あっさり諦めたどころか喜んでいたのに」
圭介の声がワントーン下がって、笑顔が消えた。
「は? 母親って……圭介のお母さんのこと?」
そうか……白い花が見える条件が揃っていたのは、私だけじゃなかったんだ。
でも。
「本当に喜んでたの? 大事な一人息子が、こんなにガラッと変わったっていうのに?」
「そうだ。安心したような表情をしてなぁ……私の言うことが嘘だと思うなら、直接母親に会って聞いてみるといい」
安心、か……そうか、圭介のお母さんはずっと心配していたんだ。
なんとなくだけど、それはわかる気がした。
最悪の場面。
それは、圭介が残りの人生すべてを捨ててしまう選択をすること。
最寄りの沿線に、いわゆる名所と呼ばれる踏切がある。
二駅ほど先の駅付近にあるその場所は、沿線利用者の間ではかなり有名だった。それほど頻繁に起こるのだ。
私も、その恐ろしい未来をまったく想像していなかったわけじゃない。
だから、圭介のお母さんが今の明るい圭介の様子に安心するのもわかる。
「でも、私は前の圭介に戻って欲しい。暗くても、存在感が薄くても、私は前の圭介の方がいい」
そして、謝りたい。
わかってる、私が圭介に戻って欲しいと願うのは、単なるエゴなのだ。
「母親には、もうこの花が見えていない……諦めたからだ、お互いに……君も諦めるだろうと思ってこの一週間過ごしてみたが、君の疑いの眼差しは、なにも変わらないどころかますます強くなる……正直、迷惑なのだ」
迷惑?
「ゲームをしないか? 圭介をかけて」
圭介は、真面目な表情のまま私に提案してきた。
「圭介の意識が残っていられるのも、あと一週間。その間に、圭介を現実に引き戻せたら、君の勝ちだ」
ちょっと待って。
「あと一週間って……一週間経ったら、圭介は消えちゃうって言うの⁉」
「そうだ。君がいなければ、もっと早く消えていたのに……本当に面倒な事になった……だが、私は勝負事が嫌いではない」
圭介はにっこりと笑った。
「私は君の邪魔は一切しない。それから、毎晩この時間に私はここにいる。話したいことや試したいことがあったら来るがいい」
「そんな、一方的な……それに、ゲームだなんてふざけてる!」
「君が拒絶しようが、それ以外に方法はない。タイムリミットは、次の日曜の真夜中。日付が変わるまでだ」
次の日曜の真夜中……いや、でも、私はどうしたらいいのよ……圭介のバカ……いや、バカは虫か……
「じゃあな、おやすみ……白鳥さん」
ちくしょう、見てろよ……絶対に圭介を取り戻してやる!
私は負けず嫌い根性に火をつけ、去っていく圭介の背中を睨みつけたのだった。
圭介の少し低い声が、罪悪感に打ちのめされている私の耳に届く。
「辛いか? 見て見ぬふりをしてきた期間が長ければ長いほど、気がついた時のダメージは大きいからな」
圭介の言う通りだ。
今、私はそれを嫌というほど噛み締めている。
「そんなこと、あんたに言われなくてもわかってるよ……」
だけど、自分を責めていてもなにも変わらない。私は、圭介を元に戻す方法を聞きたいのだ。
「で、もう一つの条件ってなに?」
私はようやく圭介に視線を戻した。
そこには、街灯の下で青白く見える圭介の薄ら笑いがある。
「圭介自身が、相手に……つまり君に強い感情を持っている場合だ」
圭介が、私に?
急に、目の前の圭介が鮮明に見え始める。
「知りたいか? 圭介が君に抱いていた感情が、どんなものか?」
圭介はニヤリと笑った。
なんだかこちらの気持ちが見透かされているよう
な気がして、少し腹が立った。
「知りたい……けどさ……」
正直、ものすごく聞きたいけど……ものすごく怖くもある。
それに、今は圭介本人の意思で喋っているわけじゃない。
つまり、今の圭介が私への思いを口にすることは、勝手に秘密を暴露されるのと同じことなのだ。
それって、めちゃくちゃプライバシーの侵害にあたるじゃないか。
「圭介の気持ちは、本人が戻ってきたら直接聞く。だから、今はいい」
そう。それが筋ってもんだ。
「ほう、意外と真面目なのだな」
「そうだよ。とにかく、圭介を元に戻す方法を教えてよ」
「母親は、あっさり諦めたどころか喜んでいたのに」
圭介の声がワントーン下がって、笑顔が消えた。
「は? 母親って……圭介のお母さんのこと?」
そうか……白い花が見える条件が揃っていたのは、私だけじゃなかったんだ。
でも。
「本当に喜んでたの? 大事な一人息子が、こんなにガラッと変わったっていうのに?」
「そうだ。安心したような表情をしてなぁ……私の言うことが嘘だと思うなら、直接母親に会って聞いてみるといい」
安心、か……そうか、圭介のお母さんはずっと心配していたんだ。
なんとなくだけど、それはわかる気がした。
最悪の場面。
それは、圭介が残りの人生すべてを捨ててしまう選択をすること。
最寄りの沿線に、いわゆる名所と呼ばれる踏切がある。
二駅ほど先の駅付近にあるその場所は、沿線利用者の間ではかなり有名だった。それほど頻繁に起こるのだ。
私も、その恐ろしい未来をまったく想像していなかったわけじゃない。
だから、圭介のお母さんが今の明るい圭介の様子に安心するのもわかる。
「でも、私は前の圭介に戻って欲しい。暗くても、存在感が薄くても、私は前の圭介の方がいい」
そして、謝りたい。
わかってる、私が圭介に戻って欲しいと願うのは、単なるエゴなのだ。
「母親には、もうこの花が見えていない……諦めたからだ、お互いに……君も諦めるだろうと思ってこの一週間過ごしてみたが、君の疑いの眼差しは、なにも変わらないどころかますます強くなる……正直、迷惑なのだ」
迷惑?
「ゲームをしないか? 圭介をかけて」
圭介は、真面目な表情のまま私に提案してきた。
「圭介の意識が残っていられるのも、あと一週間。その間に、圭介を現実に引き戻せたら、君の勝ちだ」
ちょっと待って。
「あと一週間って……一週間経ったら、圭介は消えちゃうって言うの⁉」
「そうだ。君がいなければ、もっと早く消えていたのに……本当に面倒な事になった……だが、私は勝負事が嫌いではない」
圭介はにっこりと笑った。
「私は君の邪魔は一切しない。それから、毎晩この時間に私はここにいる。話したいことや試したいことがあったら来るがいい」
「そんな、一方的な……それに、ゲームだなんてふざけてる!」
「君が拒絶しようが、それ以外に方法はない。タイムリミットは、次の日曜の真夜中。日付が変わるまでだ」
次の日曜の真夜中……いや、でも、私はどうしたらいいのよ……圭介のバカ……いや、バカは虫か……
「じゃあな、おやすみ……白鳥さん」
ちくしょう、見てろよ……絶対に圭介を取り戻してやる!
私は負けず嫌い根性に火をつけ、去っていく圭介の背中を睨みつけたのだった。
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