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第47話 苦みと甘み
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自分が幸せじゃないと感じている時、身近な人間の幸せが妬ましくなる。
そんな自分が惨めで、自己嫌悪に陥った。
いや、ちょっと待て。
私にとって、サトルとの別れを選ぶことは、不幸なことなんだろうか。
「俺は、そうは思わないよ」
相変わらずいい男の、タケルが言った。
その腕には、生後八ヶ月になる娘さんがいる。
顔はまひろによく似てる。ぷくぷくした手は、タケル似だ。
「私も、そう思うよ」
タケルの隣に座るまひろも頷いた。
「……ありがとう……っとに、あんたたちの出産祝いに来たってのに、こんな重たい話してごめんね」
私は頑張って笑ってみせた。
ほんとは、目の前の二人が羨ましくて仕方がない。
醜い。私は……醜いな……
「みさきは二人の娘さんをちゃんと育てて来たんだから、もっと胸を張っていいよ」
言うタケルの視線に、胸が高鳴った。
そう……そうよ……私、頑張ってきたのよ。
あの姑とも、我慢しながら付き合って、サトルの仕事も手伝って……
不意に涙が溢れそうになって、慌てて瞬きをした。
「まあ、もう少し考えてみるけどね! ほんとに別れるとしたら、子どもの養育費とかもらいたいしさ」
「養育費か……サトル、ケチだからあまり期待できなさそうだな」
そう、そこなんだよね……
「とにかく、実家のお義母さんたちとも話し合った方がよさそうね」
「まあ……うん……頑張ってみるよ」
何を言われるか……なんとなく想像はつくけどね。
「じゃ……ミツキちゃんの育児、二人で頑張ってね」
別れ際、私は『二人で』の部分を強調して言った。
まあ、タケルなら大丈夫だと思うけどさ……
※ ※ ※
「……本気なのかい?」
その日の夜、娘たちが眠った後で、私は自分の考えをお義母さんに話した。
いきなりお義父さんお義母さん、私とサトルの四人で話し合うより先に、事情を知っておいてもらいたかったからだ。
もちろん、サトルが私のママ友と浮気していたことも、包み隠さず言った。
もしそれが私の虚言だと思われたら、その時はその時だと、覚悟の上で。
お義母さんは無言で、いきなり私の前で頭を下げた。
「えっ……お義母さん?」
「あの馬鹿息子には、私からお灸をすえておくから、なんとか考え直して! ね、お願い、みさきさん!」
そ、そんなすがりつくような目で引き止められるなんて、予想外よ!
「あの……でも、サトルさんは、お義母さんに怒られたくらいじゃ変わらなさそうな気がするんですが……」
「もし変わらなかったら、あの子を追い出すわよ!」
えぇ⁉ 自分の息子の方を追い出すの⁉
「いや、そんな……私と娘たちが出ていきますから」
「なに言ってるの! みさきさんがうちの店からいなくなったら、どれだけ馴染のお客さんが減るか……それに、私の生きがいは孫なんだよ、お願い出ていかないで!」
あ、お義母さん、また頭下げちゃった……
「あ……はい……ちょっと、私も頭冷やします……」
まさかのお義母さんの態度に、私の頭はすっかりパニック状態に陥っていた。
「それで? サトルは変わった?」
「まあ、本心はどうだかわからないけど、前より態度が小さくなったわ」
私は娘たちを連れて、夜にまひろの家を訪れた。
「ミツキちゃんかわいい~!」
下の娘は特に、自分より小さい子がかわいくて仕方ないようだった。
「子どもたちは、なんて?」
まひろが私に缶ビールを渡してくれた。
「ありがと……うん、パパとはいいけど、バァバと離れるのはさみしいから嫌だってさ」
「川上さん……ちょっと頑張らないとダメなんじゃないかしら」
「まあ、これからどうなるかって感じかな。まさかお義母さんが味方についてくれると思わなかったから……びっくりした」
タケルとまひろが笑った。
「見てる人は、ちゃんと見てるんだよ」
「そうそう」
「……そっかぁ……はぁ……ハハハ」
一人で抱え込んで、アップアップしてたけれど。
「誰かに本音を話すのも、大事なんだね」
ビールのコクのある苦みが、やたらとうまく感じる。
私は人生の苦みを知ったからこそ、甘みも味わえるようになった。
なんとなく、そう思った。
「まだまだ、私の人生はこれからだー!」
「お、いいぞ、その意気だ、みさき!」
「乾杯! 乾杯!」
高く上がった缶ビール、三本。
いつかここに、サトル……あんたも戻ってこれたらいいよね。
私はほんのちょっとだけ、愛想を尽かした旦那に優しくなれたような気がした。
そんな自分が惨めで、自己嫌悪に陥った。
いや、ちょっと待て。
私にとって、サトルとの別れを選ぶことは、不幸なことなんだろうか。
「俺は、そうは思わないよ」
相変わらずいい男の、タケルが言った。
その腕には、生後八ヶ月になる娘さんがいる。
顔はまひろによく似てる。ぷくぷくした手は、タケル似だ。
「私も、そう思うよ」
タケルの隣に座るまひろも頷いた。
「……ありがとう……っとに、あんたたちの出産祝いに来たってのに、こんな重たい話してごめんね」
私は頑張って笑ってみせた。
ほんとは、目の前の二人が羨ましくて仕方がない。
醜い。私は……醜いな……
「みさきは二人の娘さんをちゃんと育てて来たんだから、もっと胸を張っていいよ」
言うタケルの視線に、胸が高鳴った。
そう……そうよ……私、頑張ってきたのよ。
あの姑とも、我慢しながら付き合って、サトルの仕事も手伝って……
不意に涙が溢れそうになって、慌てて瞬きをした。
「まあ、もう少し考えてみるけどね! ほんとに別れるとしたら、子どもの養育費とかもらいたいしさ」
「養育費か……サトル、ケチだからあまり期待できなさそうだな」
そう、そこなんだよね……
「とにかく、実家のお義母さんたちとも話し合った方がよさそうね」
「まあ……うん……頑張ってみるよ」
何を言われるか……なんとなく想像はつくけどね。
「じゃ……ミツキちゃんの育児、二人で頑張ってね」
別れ際、私は『二人で』の部分を強調して言った。
まあ、タケルなら大丈夫だと思うけどさ……
※ ※ ※
「……本気なのかい?」
その日の夜、娘たちが眠った後で、私は自分の考えをお義母さんに話した。
いきなりお義父さんお義母さん、私とサトルの四人で話し合うより先に、事情を知っておいてもらいたかったからだ。
もちろん、サトルが私のママ友と浮気していたことも、包み隠さず言った。
もしそれが私の虚言だと思われたら、その時はその時だと、覚悟の上で。
お義母さんは無言で、いきなり私の前で頭を下げた。
「えっ……お義母さん?」
「あの馬鹿息子には、私からお灸をすえておくから、なんとか考え直して! ね、お願い、みさきさん!」
そ、そんなすがりつくような目で引き止められるなんて、予想外よ!
「あの……でも、サトルさんは、お義母さんに怒られたくらいじゃ変わらなさそうな気がするんですが……」
「もし変わらなかったら、あの子を追い出すわよ!」
えぇ⁉ 自分の息子の方を追い出すの⁉
「いや、そんな……私と娘たちが出ていきますから」
「なに言ってるの! みさきさんがうちの店からいなくなったら、どれだけ馴染のお客さんが減るか……それに、私の生きがいは孫なんだよ、お願い出ていかないで!」
あ、お義母さん、また頭下げちゃった……
「あ……はい……ちょっと、私も頭冷やします……」
まさかのお義母さんの態度に、私の頭はすっかりパニック状態に陥っていた。
「それで? サトルは変わった?」
「まあ、本心はどうだかわからないけど、前より態度が小さくなったわ」
私は娘たちを連れて、夜にまひろの家を訪れた。
「ミツキちゃんかわいい~!」
下の娘は特に、自分より小さい子がかわいくて仕方ないようだった。
「子どもたちは、なんて?」
まひろが私に缶ビールを渡してくれた。
「ありがと……うん、パパとはいいけど、バァバと離れるのはさみしいから嫌だってさ」
「川上さん……ちょっと頑張らないとダメなんじゃないかしら」
「まあ、これからどうなるかって感じかな。まさかお義母さんが味方についてくれると思わなかったから……びっくりした」
タケルとまひろが笑った。
「見てる人は、ちゃんと見てるんだよ」
「そうそう」
「……そっかぁ……はぁ……ハハハ」
一人で抱え込んで、アップアップしてたけれど。
「誰かに本音を話すのも、大事なんだね」
ビールのコクのある苦みが、やたらとうまく感じる。
私は人生の苦みを知ったからこそ、甘みも味わえるようになった。
なんとなく、そう思った。
「まだまだ、私の人生はこれからだー!」
「お、いいぞ、その意気だ、みさき!」
「乾杯! 乾杯!」
高く上がった缶ビール、三本。
いつかここに、サトル……あんたも戻ってこれたらいいよね。
私はほんのちょっとだけ、愛想を尽かした旦那に優しくなれたような気がした。
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