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第16話 一石二鳥
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「よし、いないな」
よし、と言いつつ俺は少し残念に思っていた。
今朝の店先。
そこにはいつもの景色しかなかった。
俺は空を見上げる。
今日は曇り……明るい曇りじゃなくて、暗めの曇りだ。
「石山さん、おはようございます」
「おはよう」
職場である美容室に入り、先に店で準備を始めていた後輩に挨拶を返す。
そうしながらも頭に響くのは、昨夜の不審者の捨て台詞だった。
『まあ、そう焦りなさんな。時間はまだあるんだからさ。また明日くるよ。そうそう、昼間は茶トラの猫を可愛がってやってね。じゃ、また明日』
「あいつ……嘘つきやがって」
俺はコートのポケットの中にある、小さな黒い鈴に触れた。
ミツキちゃん、不審者、茶トラの子猫。
「昨日の女の子、不思議な子でしたね」
「ああ……でも……」
そうだった、この後輩は昨日ミツキちゃんを見てるんだった。
「きっと、もう来ないさ」
俺は狭いロッカーに、自分のコートとミツキちゃん用にと買ったコートが入っている紙袋を突っ込んだ。
もう、来ない。
俺を『パパ!』と呼ぶ、あの、まひろによく似たかわいい女の子は。
「はぁ……」
あ、今のため息は、さみしいからじゃない。
仕事が休みの日に、レシートと子ども用のコートを持って購入した店に行き、返品お願いしますって言うのが、なんかちょっと惨めな気がするだけだ。
「あの猫もいないしな……なんだ、つまんな」
俺はいつものポーカーフェイスを作りながら、客を出迎える準備を始めた。
※ ※ ※
「にゃーん」
来た! 茶トラの子猫! もう来ないと思ってたのに!
俺は、ありがとうございました、と気もそぞろに客に頭を下げ、その背中が見えなくなった瞬間にしゃがみ込んだ。
「あれ? 鈴がついてない……」
見れば、昨日は首輪についていた、黒い鈴がなくなっている。
「お前、どっかに落としたのか……ドジな奴だなぁ……」
俺はゴロゴロと喉を鳴らしている子猫の頭を撫でた。
「鈴は、君が持ってるでしょ?」
不意に頭の上から声が降ってきた。
この声は……昨日の不審者! いつの間に!
「持ってるわけないだろ!」
俺は叫びながら立ち上がった。
あ、また黒猫が不審者のカーキ色のコートから顔を出している。金色の瞳がきれいな猫だ。
いや、黒猫はともかく、今は不審者だ。なにが面白いのかニヤニヤと笑っている。なんかムカつく。
「君、昨日ミツキちゃんが落とした黒い鈴、拾ったでしょ?」
「あ? なんでお前がそんなこと知ってるんだよ? まさか見てたのか? 気持ち悪い!」
不審者は、なぜか勝ち誇ったようにふふふと笑った。
あぁ、カチンとくる。
「なんで知ってるかってさ、当たり前でしょ? 私は神なんだよ? なんでもお見通しさ! 昨日の夜、私たちと別れてからミツキちゃんの為にかわいいコートまで買っちゃって……優しいよねぇ……こうなったらさ、もうミツキちゃんのパパになっちゃえばいいんじゃない?」
な、なにがなっちゃえば? だ!
「あの子の父親は、あんたなんじゃないのか!」
「はい? 君はミツキちゃんの手のことを知っていて、しかも薄々信じつつあるっていうのに、私が父親じゃないか、だって? まったく、なぁに言ってんだか!」
不審者はおどけたように肩をすくめた。
その様に頭に血がりのぼりかけるも、同時に胸がさあっと冷たくなる。
昨日ハンバーガー店で見た、ミツキちゃんの手。
あの子の手は、小さくてもサトルの手とそっくりだった。
「昨日も言ったけど、ミツキちゃんはこの時代、まだ生まれていないよ。だから、現在の川上サトルにミツキちゃんのことを聞いても、意味がないからね」
言った……サトルの名前を、ハッキリと言いやがった……
「ミツキちゃんには、ママの名前は内緒だよっていったけど、本当のことを言わないと石頭の君はなにひとつ変わりそうにないからね」
不審者は自分のこめかみを指さし、にやりと笑った。
「ミツキちゃんは、遺伝子上は君の奥さんと川上サトルとの娘だよ」
一瞬、目の前が暗くなる。
「そんな馬鹿な話……嘘に決まってるだろ!」
……わかってる。ミツキちゃんだけを見たら、それが真実なんだって。でも!
「まあ、昔の仕事仲間が相手だっていうのが、相当なショックだっていうのはわかる。だが、これは未来に確実に起きていることなんだ。だが、喜べ!」
これが喜べるか!
「その石頭を柔らかくして、このファンタジーを受け入れたなら、君はミツキちゃんのパパになれるかもしれないんだ!」
「はあ? なに言ってんだ、俺には……」
俺には、生殖能力がない。
不意に熱いものが目に溢れそうになって、俺は慌てて空を見上げた。
「うん、知ってるよ」
「……くそっ、知ってるなら!」
俺は不審者を思いっきり睨んだ。
ふつふつと湧き出る怒りのせいか、呼吸が浅くなる。
「俺の傷を、えぐるなよ!!」
「傷? あぁ、君のそのお高いプライドについた傷のことかな?」
その言い方! ほんっとに腹が立つ!
一瞬、脳裏に兄貴と親のせせら笑う顔が浮かんだ。
「お前に、なにがわかるっていうんだ!」
「うん、私は神だから、君がプライドを高くするしかなかった、そのあたりのことも全部わかってるんだけどね。あとはまあ、実は私も子どもを授かれない体質なんだ。君と同じで。だからなんとなく、親近感が湧いちゃって。えへへ」
「笑うな! それに迷惑だから、勝手に親近感なんか持つな! もう店に戻るから帰ってくれ!」
「あー、はいはい。もう二時だから、お昼ご飯食べる時間だもんねぇ。じゃ、また夜に会いましょ。さっ、行こうかミツキちゃん」
不審者は茶トラの子猫を抱きかかえた。
ミツキちゃん?
その子猫、ミツキちゃんと同じ名前なのか……
「にゃー、にゃー、にゃー」
不審者と一緒に遠ざかっていく子猫の鳴き声が、いつまでも聞こえるような気がした。
まるで、なにか言いたげな……いや、気のせいだ。気のせい……それより、さっきの不審者の言葉が本当なら、夜になればまたミツキちゃんに会えるんだ。
なぜか、少しほっとする。
あのピンク色のコート、気に入ってくれるだろうか。
「仕事に戻ろう……てか、さっさと昼飯食わなきゃ……」
空は朝から変わらず、どんより曇り空だ。
「雨、降らなきゃいいな……」
降ったら、余計に寒くなってしまうから。
※ ※ ※
「えへへへへ」
仕事が終わり店を出ると、ニコニコ笑顔のミツキちゃんが店先に立っていた。
頭にグレーのベレー帽を被り、チェック柄のマフラーを首に巻いている。昨日はなかった防寒アイテムだ。
「コートは君が買ってくれてたから、買わなかったよ」
その横に立つニヤニヤ顔の不審者が余計だ。
「こんばんわ、ミツキちゃん……なんで、そんなに嬉しそうなの?」
俺は不審者をシカトして、ミツキちゃんに話しかけた。
「だって、パパが私の為にプレゼント買ってくれたって、神様が言ってたから!」
神様、ね……
「うん、もう夜で寒いから、早く着た方がいい」
俺は店先で紙袋から淡いピンク色のコートを取り出した。
気に入ってくれるかな……あ、なんかちょっとドキドキする……
「わあ、可愛い!」
「おっ、かわいい!」
ミツキちゃんと不審者が、コートを見るなり叫んだ。
ああ良かった。ミツキちゃん、気に入ってくれたみたいだ。
「キラキラしてる! きれい!」
目を輝かせているミツキちゃんに、俺は素早くコートを着せる。
「良かった、サイズぴったりだ」
「石頭、服のセンスはいいんだね」
「おい、不審者……俺の名前は石頭じゃなくて石山だ」
かわいい、きれい、とはしゃぐミツキちゃんを可愛い……と思いつつ、不審者の言葉にムッとする。
こんな奴に俺の名を教えるのも、ほんとは嫌なんだが。
「同じ石がつくんだから、どっちでもいいじゃないか」
「はあ? 失礼だろ、ちゃんとした名前を呼べよ。それにあんた、本当はサイトウっていうんだろ? カミじゃなくてさ」
「ふぅん……私をミツキちゃんのパパに仕立てたほうが、君にとっては好都合なのかな? 単なる現実逃避に過ぎないと思うけどねぇ」
カチン。
「パパ、ミツキお腹すいた」
「あ、あぁ、そうなんだ……もう九時だもんな……って、まさかお前、ミツキちゃんになにも食べさせてないのか?」
「いや、夕方にハンバーガー食べたよ。いやあ、でも、私もお腹すいたなあ」
お前の腹の虫の都合はどうでもいいんだよ。
「なにか食べさせてあげたいけど、もう帰って寝る時間だしな」
「そうだ、私にいい考えがある。君の家に行こう。そうすれば、ミツキちゃんの鈴も直せるし、私たちの腹も膨れるし、一石二鳥だ!」
あ、鈴のこと忘れてた……
「やったあ! ミツキ、パパのお家に行きたい!」
「だよねぇ、あははっ」
いや、盛り上がってるとこ悪いけど!
「だめだよ! だって、家に帰らないとママが心配してるでしょ?」
「ママ必要? ママ、出そうか?」
出そうか、だって? また、この不審者はふざけたことを……なんでお前のコートから顔出してる黒猫を指さして、そんなこと言うんだよ。
でも、ハンバーガーか……昨日の夜もハンバーガー食べてたんだよな……確かにおいしいけど、それじゃ栄養が偏っちまうな。
「わかった。ちょっとまひろに連絡だけいれるから。うちはここから歩いて二十分だけど、ミツキちゃんを歩かせるのは可愛そうだから、タクシー拾う。行こう」
もう、こうなったら仕方がない。
きっと不審者が、後でミツキちゃんのママに連絡をいれるだろう。
「わぁい、やったぁ!」
ミツキちゃんはニコニコ笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねて、ニヤニヤしている不審者と手を繋いだ。
……ほんとは、そいつがパパなんじゃないのか? なあ、ミツキちゃん……
俺はスマホを操作しながら、タクシー乗り場へと歩き始めた。
よし、と言いつつ俺は少し残念に思っていた。
今朝の店先。
そこにはいつもの景色しかなかった。
俺は空を見上げる。
今日は曇り……明るい曇りじゃなくて、暗めの曇りだ。
「石山さん、おはようございます」
「おはよう」
職場である美容室に入り、先に店で準備を始めていた後輩に挨拶を返す。
そうしながらも頭に響くのは、昨夜の不審者の捨て台詞だった。
『まあ、そう焦りなさんな。時間はまだあるんだからさ。また明日くるよ。そうそう、昼間は茶トラの猫を可愛がってやってね。じゃ、また明日』
「あいつ……嘘つきやがって」
俺はコートのポケットの中にある、小さな黒い鈴に触れた。
ミツキちゃん、不審者、茶トラの子猫。
「昨日の女の子、不思議な子でしたね」
「ああ……でも……」
そうだった、この後輩は昨日ミツキちゃんを見てるんだった。
「きっと、もう来ないさ」
俺は狭いロッカーに、自分のコートとミツキちゃん用にと買ったコートが入っている紙袋を突っ込んだ。
もう、来ない。
俺を『パパ!』と呼ぶ、あの、まひろによく似たかわいい女の子は。
「はぁ……」
あ、今のため息は、さみしいからじゃない。
仕事が休みの日に、レシートと子ども用のコートを持って購入した店に行き、返品お願いしますって言うのが、なんかちょっと惨めな気がするだけだ。
「あの猫もいないしな……なんだ、つまんな」
俺はいつものポーカーフェイスを作りながら、客を出迎える準備を始めた。
※ ※ ※
「にゃーん」
来た! 茶トラの子猫! もう来ないと思ってたのに!
俺は、ありがとうございました、と気もそぞろに客に頭を下げ、その背中が見えなくなった瞬間にしゃがみ込んだ。
「あれ? 鈴がついてない……」
見れば、昨日は首輪についていた、黒い鈴がなくなっている。
「お前、どっかに落としたのか……ドジな奴だなぁ……」
俺はゴロゴロと喉を鳴らしている子猫の頭を撫でた。
「鈴は、君が持ってるでしょ?」
不意に頭の上から声が降ってきた。
この声は……昨日の不審者! いつの間に!
「持ってるわけないだろ!」
俺は叫びながら立ち上がった。
あ、また黒猫が不審者のカーキ色のコートから顔を出している。金色の瞳がきれいな猫だ。
いや、黒猫はともかく、今は不審者だ。なにが面白いのかニヤニヤと笑っている。なんかムカつく。
「君、昨日ミツキちゃんが落とした黒い鈴、拾ったでしょ?」
「あ? なんでお前がそんなこと知ってるんだよ? まさか見てたのか? 気持ち悪い!」
不審者は、なぜか勝ち誇ったようにふふふと笑った。
あぁ、カチンとくる。
「なんで知ってるかってさ、当たり前でしょ? 私は神なんだよ? なんでもお見通しさ! 昨日の夜、私たちと別れてからミツキちゃんの為にかわいいコートまで買っちゃって……優しいよねぇ……こうなったらさ、もうミツキちゃんのパパになっちゃえばいいんじゃない?」
な、なにがなっちゃえば? だ!
「あの子の父親は、あんたなんじゃないのか!」
「はい? 君はミツキちゃんの手のことを知っていて、しかも薄々信じつつあるっていうのに、私が父親じゃないか、だって? まったく、なぁに言ってんだか!」
不審者はおどけたように肩をすくめた。
その様に頭に血がりのぼりかけるも、同時に胸がさあっと冷たくなる。
昨日ハンバーガー店で見た、ミツキちゃんの手。
あの子の手は、小さくてもサトルの手とそっくりだった。
「昨日も言ったけど、ミツキちゃんはこの時代、まだ生まれていないよ。だから、現在の川上サトルにミツキちゃんのことを聞いても、意味がないからね」
言った……サトルの名前を、ハッキリと言いやがった……
「ミツキちゃんには、ママの名前は内緒だよっていったけど、本当のことを言わないと石頭の君はなにひとつ変わりそうにないからね」
不審者は自分のこめかみを指さし、にやりと笑った。
「ミツキちゃんは、遺伝子上は君の奥さんと川上サトルとの娘だよ」
一瞬、目の前が暗くなる。
「そんな馬鹿な話……嘘に決まってるだろ!」
……わかってる。ミツキちゃんだけを見たら、それが真実なんだって。でも!
「まあ、昔の仕事仲間が相手だっていうのが、相当なショックだっていうのはわかる。だが、これは未来に確実に起きていることなんだ。だが、喜べ!」
これが喜べるか!
「その石頭を柔らかくして、このファンタジーを受け入れたなら、君はミツキちゃんのパパになれるかもしれないんだ!」
「はあ? なに言ってんだ、俺には……」
俺には、生殖能力がない。
不意に熱いものが目に溢れそうになって、俺は慌てて空を見上げた。
「うん、知ってるよ」
「……くそっ、知ってるなら!」
俺は不審者を思いっきり睨んだ。
ふつふつと湧き出る怒りのせいか、呼吸が浅くなる。
「俺の傷を、えぐるなよ!!」
「傷? あぁ、君のそのお高いプライドについた傷のことかな?」
その言い方! ほんっとに腹が立つ!
一瞬、脳裏に兄貴と親のせせら笑う顔が浮かんだ。
「お前に、なにがわかるっていうんだ!」
「うん、私は神だから、君がプライドを高くするしかなかった、そのあたりのことも全部わかってるんだけどね。あとはまあ、実は私も子どもを授かれない体質なんだ。君と同じで。だからなんとなく、親近感が湧いちゃって。えへへ」
「笑うな! それに迷惑だから、勝手に親近感なんか持つな! もう店に戻るから帰ってくれ!」
「あー、はいはい。もう二時だから、お昼ご飯食べる時間だもんねぇ。じゃ、また夜に会いましょ。さっ、行こうかミツキちゃん」
不審者は茶トラの子猫を抱きかかえた。
ミツキちゃん?
その子猫、ミツキちゃんと同じ名前なのか……
「にゃー、にゃー、にゃー」
不審者と一緒に遠ざかっていく子猫の鳴き声が、いつまでも聞こえるような気がした。
まるで、なにか言いたげな……いや、気のせいだ。気のせい……それより、さっきの不審者の言葉が本当なら、夜になればまたミツキちゃんに会えるんだ。
なぜか、少しほっとする。
あのピンク色のコート、気に入ってくれるだろうか。
「仕事に戻ろう……てか、さっさと昼飯食わなきゃ……」
空は朝から変わらず、どんより曇り空だ。
「雨、降らなきゃいいな……」
降ったら、余計に寒くなってしまうから。
※ ※ ※
「えへへへへ」
仕事が終わり店を出ると、ニコニコ笑顔のミツキちゃんが店先に立っていた。
頭にグレーのベレー帽を被り、チェック柄のマフラーを首に巻いている。昨日はなかった防寒アイテムだ。
「コートは君が買ってくれてたから、買わなかったよ」
その横に立つニヤニヤ顔の不審者が余計だ。
「こんばんわ、ミツキちゃん……なんで、そんなに嬉しそうなの?」
俺は不審者をシカトして、ミツキちゃんに話しかけた。
「だって、パパが私の為にプレゼント買ってくれたって、神様が言ってたから!」
神様、ね……
「うん、もう夜で寒いから、早く着た方がいい」
俺は店先で紙袋から淡いピンク色のコートを取り出した。
気に入ってくれるかな……あ、なんかちょっとドキドキする……
「わあ、可愛い!」
「おっ、かわいい!」
ミツキちゃんと不審者が、コートを見るなり叫んだ。
ああ良かった。ミツキちゃん、気に入ってくれたみたいだ。
「キラキラしてる! きれい!」
目を輝かせているミツキちゃんに、俺は素早くコートを着せる。
「良かった、サイズぴったりだ」
「石頭、服のセンスはいいんだね」
「おい、不審者……俺の名前は石頭じゃなくて石山だ」
かわいい、きれい、とはしゃぐミツキちゃんを可愛い……と思いつつ、不審者の言葉にムッとする。
こんな奴に俺の名を教えるのも、ほんとは嫌なんだが。
「同じ石がつくんだから、どっちでもいいじゃないか」
「はあ? 失礼だろ、ちゃんとした名前を呼べよ。それにあんた、本当はサイトウっていうんだろ? カミじゃなくてさ」
「ふぅん……私をミツキちゃんのパパに仕立てたほうが、君にとっては好都合なのかな? 単なる現実逃避に過ぎないと思うけどねぇ」
カチン。
「パパ、ミツキお腹すいた」
「あ、あぁ、そうなんだ……もう九時だもんな……って、まさかお前、ミツキちゃんになにも食べさせてないのか?」
「いや、夕方にハンバーガー食べたよ。いやあ、でも、私もお腹すいたなあ」
お前の腹の虫の都合はどうでもいいんだよ。
「なにか食べさせてあげたいけど、もう帰って寝る時間だしな」
「そうだ、私にいい考えがある。君の家に行こう。そうすれば、ミツキちゃんの鈴も直せるし、私たちの腹も膨れるし、一石二鳥だ!」
あ、鈴のこと忘れてた……
「やったあ! ミツキ、パパのお家に行きたい!」
「だよねぇ、あははっ」
いや、盛り上がってるとこ悪いけど!
「だめだよ! だって、家に帰らないとママが心配してるでしょ?」
「ママ必要? ママ、出そうか?」
出そうか、だって? また、この不審者はふざけたことを……なんでお前のコートから顔出してる黒猫を指さして、そんなこと言うんだよ。
でも、ハンバーガーか……昨日の夜もハンバーガー食べてたんだよな……確かにおいしいけど、それじゃ栄養が偏っちまうな。
「わかった。ちょっとまひろに連絡だけいれるから。うちはここから歩いて二十分だけど、ミツキちゃんを歩かせるのは可愛そうだから、タクシー拾う。行こう」
もう、こうなったら仕方がない。
きっと不審者が、後でミツキちゃんのママに連絡をいれるだろう。
「わぁい、やったぁ!」
ミツキちゃんはニコニコ笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねて、ニヤニヤしている不審者と手を繋いだ。
……ほんとは、そいつがパパなんじゃないのか? なあ、ミツキちゃん……
俺はスマホを操作しながら、タクシー乗り場へと歩き始めた。
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