月はまだそこにあるか

鹿嶋 雲丹

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第6話 後悔、後悔、また後悔

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 妻が家からいなくなって、半年が経った。
 だいぶ、あいつがいない生活にも慣れてきたような気がする。
 日々ホコリが溜まっていく、不衛生な部屋にも。

 俺が貼った尋ね人の紙は、もう一番下にはなかった。
 役所の一角にある、尋ね人の紙が貼られているコーナー。
 俺が貼った妻の似顔絵が、少しくすんだように見えるのは気のせいだろうか。
 後から貼られた尋ね人に押されるように、下から二段目に移動していた。
 どうせ、見つかりっこないだろう。
 俺はすっかり諦めの境地に立って、それらをぼんやりと眺めていた。

 きっとこのまま二年半が過ぎて、あいつはこの国から除籍されるだろう。
 それがあいつの望みなんだ、仕方ない。
 散々あいつを言葉で責めてきた、俺のせいだ。

「くそう……俺、あんなに謝ったのによ……土下座までしたんだぜ……それなのに、足りなかったっていうのかよ……」
 俺は行きつけの酒場で、カウンターテーブルにぐたりと体を預けて愚痴った。
 昼間から酒を出してくれる、貴重な店だ。

「やぁだ、まだそんなこと言ってるの? あんたもしつこい人ねぇ」

 テーブルの向こうから妖艶な声がする。
 気立てよし、スタイルよし。
    この店の看板美人ママさんだ。
 隣に立つ、大柄で筋肉ムキムキ、毛むくじゃらの強面がママさんの旦那である。

「あのね、何度も言ってるけど……女ってね、過去のことをいつまでも忘れないのよ。どんなに謝られても許せないのね。もう傷ついていないように見えても、その傷は絶対に癒えないの」

 ああ、本当に耳が痛い。

「そうなら俺は……俺は、どうすりゃ良かったんだよ」

 俺はチビリと残り少なくなった酒を口に含んだ。
 後悔の念が体中を駆け巡り、激しい脱力感に襲われる。

「過去は、どうやったって消せねぇぜ」

 ぼそり、旦那の低い声がさらに俺に追い打ちをかける。
 わかってる、わかってるんだ。
 俺が、一度結婚したら永久に別れられない、というこの国のルールに胡座をかいていたことは。

「もう、仕方ないわよ。奥さんは戻ってきそうもないんだから、反省して次に生かさなきゃ。次は最初から最後まで、お相手を大事にすることね」

 次……新しい妻、か……

 俺の頭の中に、出会ったばかりの頃の妻の姿が浮かぶ。
 妻は俺の幼馴染だった。
 二個年上で、たった二つしか歳が違わないのに、ドジな俺の失敗の尻拭いを、よくしてくれた。
『しょうがないわねぇ、ほら、これでよし!』
 まだあどけない笑顔と頼もしい声に、涙が滲んでくる。

「あんないい女、二人といるかよ……」

 ああ、ほんとに情けない。
 俺は明るい未来予想図なんて微塵も抱けずに、残った酒をあおり、立ち上がった。

「気をつけて帰んなよ!」
 大丈夫。足取りはしっかりしている……はずだ。
 俺の足は、暮れていく寒空の中、ある神殿に向かっていた。
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