月はまだそこにあるか

鹿嶋 雲丹

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第4話 異世界の似た者 望まない変化、来る

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「おい、飯!」

 しーん……

「おい、俺の靴下どこだ!」

 しーん……

「……そうだ……あいつ、いないんだった」
 俺はしかたなく、靴下を求めて辺りを探し始める。
 脳裏に浮かぶのは、嫌そうな表情かおをしながらも
『はいよ、靴下!』
 と、俺の靴下を差し出す妻の姿だ。
 きれいに洗濯され、しっかりおひさまの下で乾き、きっちり畳まれた、俺の靴下。
「あ、あったあった……」
 今の俺の手の中にあるのは、乱れたベッドの下から出てきた、埃にまみれ、変なにおいがする、よれよれの靴下だ。
「くそっ……」
 俺は靴下についた埃を手で払い、漂ってくるにおいを無理やり無視してそれを履いた。
「気持ち悪……」

 妻がこの家からいなくなって、もう二週間が経つ。


『……え? いいの、言っちゃって? あー、旦那の方ね! 旦那の方に原因があるね! はい、以上、おしまい!』


 俺達夫婦の間に、いつまでも子が授からない理由を龍神に聞いたのがまずかった。
 いや、本当にまずかったのは、それまでの俺の妻に対する態度だ。
 今ならそれがいやというほどわかるし、反省だってしている。
 だが、どんなに俺が詫びることを望んでも、その相手である妻がいないのでは、話にならない。

 ※ ※ ※
『君を、必ず幸せにするよ』
 永遠の愛を神の元で誓い、俺達は夫婦になった。
 それはなにも、俺達だけの話じゃない。
 この国では、神の元で誓った物事は永遠になかったことにはできないルールになっている。
 つまり、結婚はできても別れることはできないのだ。
 俺は、龍神から正気を失うくらいにショッキングな事実を知らされた後も、そのルールに甘えていた。
 どんなに嫌気がさそうと、妻は俺の妻でいるしかないのだと。

 ところが。
 裏ルール、というものを妻は選んだらしい。

 それは、三年間失踪した者は国籍から除く、というものだ。

 俺は尋ね人の張り紙を手に役所を訪れ、そこで愕然とした。
 所狭しと貼られた、尋ね人の貼り紙。ざっと五十枚はありそうだ。
 今まではその前を素通りしてきた。
 俺には無関係だと。
 だが、今の俺は尋ね人の紙を貼る側になってしまった。

 俺はなんだかみじめな気持ちになり、周囲をちらちらと気にしながら、壁に貼られているたくさんの貼り紙をまじまじと見た。
 貼り紙に描かれた尋ね人の年齢は、二十代から四十代が多い。性別は男が七割、といったところか。
 一番上の一番左端の貼り紙には、あと一ヶ月で時効となる年月日が記されている。

 いつかは、俺が貼った紙も、あの場所に行くのか。
 俺は絶望の淵に立ったまま、決められたスペースの一番下の一番右端に、紙を貼った。

 十年前は確かに愛しいと思っていた、妻の似顔絵が描かれた、特別な紙を。
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