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第14話 祖父
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ルイとメアーは、同時にはっと目を見開いた。
まるで夢を見ていたかのような、そんな感覚だった。
少しの間を置いてから、ルイはしげしげと金髪碧眼の見慣れた姿のカイルを見つめる。
「カイル、本当の姿はすっごい派手なんだね」
ルイはカイルに見せられた遥か遠い過去の映像を思い出しながら言った。
カイルはルイと出会ったばかりの頃、自身が神である証拠として本来の瞳の色を披露している。
だがその全身は今まで見せたことがなかった。流石に長い髪までもが輝く虹の色となると、印象がまるで違う。
「うん、そうなんだよね……いかにも異質な者っていう感じだっただろう?」
カイルはにこにこと笑って、見つめてくるルイに問いかける。
「うーん、異質というか特殊というか……でも、なんでそんなに嬉しそうなの?」
ルイはカイルが向けてくる笑みに、微かに眉根を寄せる。
「そりゃ嬉しいさ! だって、ルイに初めて本当の姿を知ってもらったからね! 好きな人に、自分の本当の姿を知ってもらえるのは嬉しいことなんだよ、私にとってはね!」
「そ、そうなんだ……」
カイルが口にした“好きな人”の部分にくすぐったさを覚え、ルイは気まずそうに視線を外した。
「あの四人の若者の内の一人が、私達の父さまの先祖ということでしょうか」
メアーは真面目な表情でカイルに問う。
「うん、そうだよ。ルイは水の精霊を使うから、きっと水の人だね」
カイルは笑顔でメアーに頷いて見せる。
ルイはあらためて水担当をカイルに宣告されていた若者の姿を思い出し目を細める。
明るい金色の髪に、やはり明るい水色の瞳。口調や身振りからは思慮深く真面目そうな印象を受けた。
……きれいな人だったな……
若者が身につけていた衣服は、とても質素なものだった。
王家やら公爵やらという身分ではないのは明白だったが、若者自身からはそこはかとなく漂う気品のようなものがあった。
「僕達とは、全然似ていなかったね」
ルイはメアーに穏やかな笑みを向ける。
「そうね……きっと私達の容姿は母さまに似たのね……持っている力の質は違うけれど」
メアーもルイに微笑みながら言った。
「メアーは、やっぱり精霊の力を使えそうにないの?」
ルイはメアーに問う。
「使えないと思うわ……まだ感覚的にそう感じているだけだけれど……そもそも、精霊の存在すら見えないし感じないもの……ルイはどう?」
「うん……実は見え始めてる……ぼんやりと光っててきれいなんだ……多分、これが精霊っていうものなのかなって」
ルイは周囲を見回し、少し戸惑ったような表情を浮かべる。
「そのうち見慣れるよ、大丈夫さ」
カイルはルイの表情を見て、安心させるようににこりと笑った。
「カイルにも、これ見えてるの?」
「見ようとすれば見れるし、見る必要がない時は見えなくしているよ。頭に入ってくる不要な情報は、カットしたほうがスッキリするからね」
「なるほど……全然参考にならないや」
ルイは眉根を寄せて呟いた。
「カイルさんは特別ですもの」
メアーは微妙な表情のルイにくすりと笑った。
「それにしても、私達は双子なのに母寄り父寄りにはっきりと分かれたのね。不思議だわ」
「そう、生命誕生は神秘の塊さ!」
カイルはメアーの言葉に明るく言い放った。
「神秘の塊ねぇ……」
と呟いた瞬間、ルイの表情が緊迫したものに変わる。
突然変わった、この場の空気のせいだ。
「……この気配は……」
ルイは顔色を失ってメアーとカイルを見たが、二人は特に変化を見せず落ち着いている。
「早いなぁ、もう来たのか……さては、待ちきれなくなったかな?」
カイルは口元に手を当て、ぼそぼそと呟いた。そこに緊張感は皆無だ。
メアーの表情はルイには穏やかなものに見えたが、その瞳には覚悟を決めたような光が宿っている。
「お祖父さま……」
メアーは口の中でそっと呟いた。
先ほどのメアーと同じように虚空から姿を見せたのは、長身のカイルよりさらに頭一つ大きい男と、執事服に身を包んだ初老の男だった。
背の高い男は、見た目は若く美しい。背の半ばまである真っ直ぐな黒髪に、美しい切れ長の瞳の色も黒だ。
初老の男は、以前カイルが呼び出した者だった。
魔王が最も信頼を寄せている側近だ。
長身の男はルイとメアーを視認した瞬間、ぱあっと表情を輝かせた。
「ルイ、メアー!」
男は嬉しそうに二人の名を叫び、ズカズカと近づいたかと思うと二人を同時に抱きしめる。
その様に、側近の男は無表情のまま目を細めた。そしてすぐに鋭い視線をカイルに向ける。
余計な事は、言わないように。
カイルは無言の圧力をかけてくる男に向かって、穏やかに微笑んで見せる。
わかっていますよ、と。
「会いたかった……ずっと、ずーっとこの日を待っていたんだよ……お前達が二十歳になって、力の封印が解ける日を」
長身の男、魔王はルイとメアーを抱く腕に力をこめ、囁くように言った。
……あたたかい……
ルイは伝わってくるぬくもりに、ほんの少しの安堵と大きな戸惑いを感じていた。
「ところでここは、お前達の家ではないようだが……」
ようやくルイとメアーを離した魔王は、きょろきょろと室内を見回す。
「陛下、まずは自己紹介をなさった方がよろしいかと」
そんな主に側近の男が淡々とした口調で提案する。
「ああ、そうか……そうだった、あまりの嬉しさについ忘れてしまった」
男は人懐っこい笑みを浮かべ、ルイとメアーを交互に見つめた。
その黒い瞳には、二人の孫への慈愛が込められている。
それを感じても、初めて間近に見る魔王という存在にルイは内心冷や汗をかいていた。
「私はお前達の祖父だよ。そして、魔族を統べる者……魔王と呼ばれている。実はお前達とは、生まれてすぐに一度会ったきりでその後は水晶球越しでしか見たことがなくてな……というのも、お前達の母であるリアンが、二十歳になるまでは絶対に会わせないと言い張ったからなんだが……だから私は、ずっと我慢してきたのだよ」
はあ、と魔王は深いため息を吐いた。
その一度きりの時に、王位継承の約定をメアーに刻み込んだのだろう。
ルイは想像し、微かに眉根を寄せた。
「姿を人間っぽくして力を押さえれば、人間にバレないから会いに行ってもいいじゃないかと思ったんだけどね……今もそうしているし……言わなければ、私が魔王だなんてわからないだろう?」
魔王はルイに視線を向け問いかける。
「えっ、えっと……」
ルイは困ったように俯いた。
「容姿を変えて力を抑えても、滲み出る覇気までは隠せませんわ、お祖父さま」
柔らかな笑みを浮かべ、メアーが助け舟を出す。
ルイはほっと小さく安堵のため息を吐いた。
「あれ、そうか……やはりダメか……いや、此奴にも散々止められてだな……リアンに嫌われてもいいのかと、何度も言われて……そうそう、リアンは息災か?」
「はい、父と仲睦まじく暮らしております」
メアーは微笑みを絶やさずに答えた。
そうだ。もう二度と会えないなどと言ったら、この王はどうなってしまうかわからない。
ルイは俯いたままぞっとしていた。
ルイには、メアーのように上手く嘘をつく自信はない。
曖昧な態度を取り続ければ怪しまれてしまうから、視線は合わせないようにしなければ。
「そうか……リアンにもずっと会っていないから、顔を見たいのだが……ところで、ここはどこだ? お前達はなぜこんなところにいる?」
「ここは私の私室ですよ、魔王様」
にっこりと微笑んで、それまで黙ってことの成り行きを見守ってきたカイルが口を開いた。
魔王は声の主を振り返り、微かにその瞳を細める。
ルイやメアーに向けていた柔らかな空気が、途端に固く冷たいものになった。
「お前は神だな……変わり者という噂の……会うのは初めてだな」
「はい……あなたの仰る通り、私は自ら下界に降りた神です。ですが、魔族の方に敵対意識は持ち合わせておりません」
「そうか、それを聞いて安心したわ。この子達とようやく会えたのに、その目の前で争い事などしたくなかったからな」
頷き、魔王はようやく微笑を浮かべる。だがその瞳が放つ光は鋭さを隠していない。
魔王と神が対峙するなど、ルイは恐ろしくて想像すらしたくなかった。
そんなものは本の世界だけで十分だ。
ルイはぎゅっと瞼を閉じる。
「実は私、彼らの母君であるリアン様と一度お会いしたことがありましてね。まだ、ご結婚される前のことですが……その縁で、彼らに少し話をしたくてここにお招きしたのです。お目覚めになられたお祝いも、したかったことですし」
言い、カイルは魔王に向かって恭しく頭を下げた。
「王位継承者たる孫娘様の覚醒、おめでとうございます」
「知っていたのか、メアーの約定のことを」
カイルから祝いの言葉を向けられ、魔王は瞳を細める。
「はい、私は耳聡いもので……」
「まあ、知られて特段困るものではないから良いが……しかし、神であるあなたからこの子達に何の話があるというのだね?」
魔王は微かに眉根を寄せる。
「お二人の父君が働いていた精霊管理局の創始者は私でしてね。その力を受け継いだルイ様には特に、その辺りの話を聞いてもらいたかったのです」
「なるほど……」
ルイは魔王から視線を向けらるのを感じ、体を強ばらせた。
しかしルイが抱く緊張感を微塵も気にせず、魔王ははぁと憂鬱なため息を吐く。
「ルイは父親に似てしまったからな……本当は、二人共こちらの世界で暮らして欲しかったのだが……」
魔王の言う“こちらの世界”とは、人間の世と隔離された魔族が棲む世界の事だ。
「これからは、私がお祖父さまのお側にいます」
そっと魔王に近づき、メアーは微笑んだ。
「メアー……」
魔王は、愛おしそうに目を細める。
その周囲の空気が、再び柔らかいものに変わった。
「お前は生き写しかと思うほどに、見た目も持つ力もリアンにそっくりだ……そんなお前が私の側で生きてくれるなんて、これほど嬉しいことはないよ」
魔王はメアーの白い頬に、そっと手を添え微笑んだ。
ルイははっとして俯くのをやめ、顔を上げる。
「本当に良いのか、メアー?」
魔王は最後の念押しをする。
「はい……覚悟はできていますので……ルイ」
ルイを振り返り、メアーはにこりと微笑んだ。
「元気でね」
「うん……メアーも……元気で……」
ルイの瞳に涙がこみ上げる。
それを必死に堪え笑おうとするが、すっと涙が頬を伝った。
つい先程再会したばかりだというのに、ルイはメアーとずっと一緒に育ってきたフリをしなければならなかった。
頭ではわかっていたが、感情は正直だ。
もう少し一緒にいて、話をしたかったのに……
別れを惜しむルイを見て、魔王は少し困惑したように微笑んだ。
「ルイ、今後もう二度とメアーに会えないわけじゃないよ。王位継承の件が落ち着いたらお前に会いに来させるから、それまで待っていておくれ」
「はい……わかりました」
ルイは魔王の瞳を見つめて頷き、次いでメアーの瞳を見つめた。
父さんのことは、任せて。
メアーはルイの瞳をじっと見つめ、深く頷いた。
「では、しばしの別れだ」
魔王は言い、メアーの肩を抱えて踵を返す。
その後ろで執事服の男が深々と頭を下げた。
そして三人の姿は晴れていく靄のように消えていく。
ルイはそれを見送り、大きく息を吐いた。
「よく頑張ったね、ルイ」
カイルが穏やかな笑みを浮かべ、精神的な疲労からぐったりしているルイを見た。
「うん……でもこうしてばかりもいられないよ……メアーは自分が歩みたいと思う道を決めて、行動したんだ。僕も……行動しなきゃ」
力強い光を湛えるルイの黒い瞳に、カイルは満足げに頷いた。
「いいね! で、ルイの行く道はどこに繋がっているのかな?」
「僕は、父さんを探そうと思う……メアーとも、そう約束したし」
ルイは今しがた別れたばかりのメアーの笑顔を思い出し、顔を歪める。
「この広い世界のどこかにいるお父さんを、どうやって探すつもりだい?」
カイルはルイを試すように問を向ける。
覚醒したルイの頭には今までにない知識が、その体には父から引き継いだ精霊を操る力が溢れているはずなのだ。
「僕の血を使う。僕の血は父さんに似ているから、きっとこれを使えば探し出せるはずだ」
ルイはカイルの瞳をじっと見つめる。
「なるほどね……それで、誰に探させるつもりだい?」
カイルは笑みを浮かべ、重ねて問う。
これは、面白いことになりそうだ……
カイルは期待に胸膨らませる。
「水の精霊の長に頼む。長がどこに棲んでいるのかは、下位の精霊に聞かないといけないけど……」
ルイが口にした答えに、カイルはにやりと笑った。
「そこまで辿り着いているんだね……よし、わかった。私も付き合おう」
カイルはきらきらした笑顔で頷き、ルイはその笑顔を若干怪しみながらも、深く頷いたのだった。
まるで夢を見ていたかのような、そんな感覚だった。
少しの間を置いてから、ルイはしげしげと金髪碧眼の見慣れた姿のカイルを見つめる。
「カイル、本当の姿はすっごい派手なんだね」
ルイはカイルに見せられた遥か遠い過去の映像を思い出しながら言った。
カイルはルイと出会ったばかりの頃、自身が神である証拠として本来の瞳の色を披露している。
だがその全身は今まで見せたことがなかった。流石に長い髪までもが輝く虹の色となると、印象がまるで違う。
「うん、そうなんだよね……いかにも異質な者っていう感じだっただろう?」
カイルはにこにこと笑って、見つめてくるルイに問いかける。
「うーん、異質というか特殊というか……でも、なんでそんなに嬉しそうなの?」
ルイはカイルが向けてくる笑みに、微かに眉根を寄せる。
「そりゃ嬉しいさ! だって、ルイに初めて本当の姿を知ってもらったからね! 好きな人に、自分の本当の姿を知ってもらえるのは嬉しいことなんだよ、私にとってはね!」
「そ、そうなんだ……」
カイルが口にした“好きな人”の部分にくすぐったさを覚え、ルイは気まずそうに視線を外した。
「あの四人の若者の内の一人が、私達の父さまの先祖ということでしょうか」
メアーは真面目な表情でカイルに問う。
「うん、そうだよ。ルイは水の精霊を使うから、きっと水の人だね」
カイルは笑顔でメアーに頷いて見せる。
ルイはあらためて水担当をカイルに宣告されていた若者の姿を思い出し目を細める。
明るい金色の髪に、やはり明るい水色の瞳。口調や身振りからは思慮深く真面目そうな印象を受けた。
……きれいな人だったな……
若者が身につけていた衣服は、とても質素なものだった。
王家やら公爵やらという身分ではないのは明白だったが、若者自身からはそこはかとなく漂う気品のようなものがあった。
「僕達とは、全然似ていなかったね」
ルイはメアーに穏やかな笑みを向ける。
「そうね……きっと私達の容姿は母さまに似たのね……持っている力の質は違うけれど」
メアーもルイに微笑みながら言った。
「メアーは、やっぱり精霊の力を使えそうにないの?」
ルイはメアーに問う。
「使えないと思うわ……まだ感覚的にそう感じているだけだけれど……そもそも、精霊の存在すら見えないし感じないもの……ルイはどう?」
「うん……実は見え始めてる……ぼんやりと光っててきれいなんだ……多分、これが精霊っていうものなのかなって」
ルイは周囲を見回し、少し戸惑ったような表情を浮かべる。
「そのうち見慣れるよ、大丈夫さ」
カイルはルイの表情を見て、安心させるようににこりと笑った。
「カイルにも、これ見えてるの?」
「見ようとすれば見れるし、見る必要がない時は見えなくしているよ。頭に入ってくる不要な情報は、カットしたほうがスッキリするからね」
「なるほど……全然参考にならないや」
ルイは眉根を寄せて呟いた。
「カイルさんは特別ですもの」
メアーは微妙な表情のルイにくすりと笑った。
「それにしても、私達は双子なのに母寄り父寄りにはっきりと分かれたのね。不思議だわ」
「そう、生命誕生は神秘の塊さ!」
カイルはメアーの言葉に明るく言い放った。
「神秘の塊ねぇ……」
と呟いた瞬間、ルイの表情が緊迫したものに変わる。
突然変わった、この場の空気のせいだ。
「……この気配は……」
ルイは顔色を失ってメアーとカイルを見たが、二人は特に変化を見せず落ち着いている。
「早いなぁ、もう来たのか……さては、待ちきれなくなったかな?」
カイルは口元に手を当て、ぼそぼそと呟いた。そこに緊張感は皆無だ。
メアーの表情はルイには穏やかなものに見えたが、その瞳には覚悟を決めたような光が宿っている。
「お祖父さま……」
メアーは口の中でそっと呟いた。
先ほどのメアーと同じように虚空から姿を見せたのは、長身のカイルよりさらに頭一つ大きい男と、執事服に身を包んだ初老の男だった。
背の高い男は、見た目は若く美しい。背の半ばまである真っ直ぐな黒髪に、美しい切れ長の瞳の色も黒だ。
初老の男は、以前カイルが呼び出した者だった。
魔王が最も信頼を寄せている側近だ。
長身の男はルイとメアーを視認した瞬間、ぱあっと表情を輝かせた。
「ルイ、メアー!」
男は嬉しそうに二人の名を叫び、ズカズカと近づいたかと思うと二人を同時に抱きしめる。
その様に、側近の男は無表情のまま目を細めた。そしてすぐに鋭い視線をカイルに向ける。
余計な事は、言わないように。
カイルは無言の圧力をかけてくる男に向かって、穏やかに微笑んで見せる。
わかっていますよ、と。
「会いたかった……ずっと、ずーっとこの日を待っていたんだよ……お前達が二十歳になって、力の封印が解ける日を」
長身の男、魔王はルイとメアーを抱く腕に力をこめ、囁くように言った。
……あたたかい……
ルイは伝わってくるぬくもりに、ほんの少しの安堵と大きな戸惑いを感じていた。
「ところでここは、お前達の家ではないようだが……」
ようやくルイとメアーを離した魔王は、きょろきょろと室内を見回す。
「陛下、まずは自己紹介をなさった方がよろしいかと」
そんな主に側近の男が淡々とした口調で提案する。
「ああ、そうか……そうだった、あまりの嬉しさについ忘れてしまった」
男は人懐っこい笑みを浮かべ、ルイとメアーを交互に見つめた。
その黒い瞳には、二人の孫への慈愛が込められている。
それを感じても、初めて間近に見る魔王という存在にルイは内心冷や汗をかいていた。
「私はお前達の祖父だよ。そして、魔族を統べる者……魔王と呼ばれている。実はお前達とは、生まれてすぐに一度会ったきりでその後は水晶球越しでしか見たことがなくてな……というのも、お前達の母であるリアンが、二十歳になるまでは絶対に会わせないと言い張ったからなんだが……だから私は、ずっと我慢してきたのだよ」
はあ、と魔王は深いため息を吐いた。
その一度きりの時に、王位継承の約定をメアーに刻み込んだのだろう。
ルイは想像し、微かに眉根を寄せた。
「姿を人間っぽくして力を押さえれば、人間にバレないから会いに行ってもいいじゃないかと思ったんだけどね……今もそうしているし……言わなければ、私が魔王だなんてわからないだろう?」
魔王はルイに視線を向け問いかける。
「えっ、えっと……」
ルイは困ったように俯いた。
「容姿を変えて力を抑えても、滲み出る覇気までは隠せませんわ、お祖父さま」
柔らかな笑みを浮かべ、メアーが助け舟を出す。
ルイはほっと小さく安堵のため息を吐いた。
「あれ、そうか……やはりダメか……いや、此奴にも散々止められてだな……リアンに嫌われてもいいのかと、何度も言われて……そうそう、リアンは息災か?」
「はい、父と仲睦まじく暮らしております」
メアーは微笑みを絶やさずに答えた。
そうだ。もう二度と会えないなどと言ったら、この王はどうなってしまうかわからない。
ルイは俯いたままぞっとしていた。
ルイには、メアーのように上手く嘘をつく自信はない。
曖昧な態度を取り続ければ怪しまれてしまうから、視線は合わせないようにしなければ。
「そうか……リアンにもずっと会っていないから、顔を見たいのだが……ところで、ここはどこだ? お前達はなぜこんなところにいる?」
「ここは私の私室ですよ、魔王様」
にっこりと微笑んで、それまで黙ってことの成り行きを見守ってきたカイルが口を開いた。
魔王は声の主を振り返り、微かにその瞳を細める。
ルイやメアーに向けていた柔らかな空気が、途端に固く冷たいものになった。
「お前は神だな……変わり者という噂の……会うのは初めてだな」
「はい……あなたの仰る通り、私は自ら下界に降りた神です。ですが、魔族の方に敵対意識は持ち合わせておりません」
「そうか、それを聞いて安心したわ。この子達とようやく会えたのに、その目の前で争い事などしたくなかったからな」
頷き、魔王はようやく微笑を浮かべる。だがその瞳が放つ光は鋭さを隠していない。
魔王と神が対峙するなど、ルイは恐ろしくて想像すらしたくなかった。
そんなものは本の世界だけで十分だ。
ルイはぎゅっと瞼を閉じる。
「実は私、彼らの母君であるリアン様と一度お会いしたことがありましてね。まだ、ご結婚される前のことですが……その縁で、彼らに少し話をしたくてここにお招きしたのです。お目覚めになられたお祝いも、したかったことですし」
言い、カイルは魔王に向かって恭しく頭を下げた。
「王位継承者たる孫娘様の覚醒、おめでとうございます」
「知っていたのか、メアーの約定のことを」
カイルから祝いの言葉を向けられ、魔王は瞳を細める。
「はい、私は耳聡いもので……」
「まあ、知られて特段困るものではないから良いが……しかし、神であるあなたからこの子達に何の話があるというのだね?」
魔王は微かに眉根を寄せる。
「お二人の父君が働いていた精霊管理局の創始者は私でしてね。その力を受け継いだルイ様には特に、その辺りの話を聞いてもらいたかったのです」
「なるほど……」
ルイは魔王から視線を向けらるのを感じ、体を強ばらせた。
しかしルイが抱く緊張感を微塵も気にせず、魔王ははぁと憂鬱なため息を吐く。
「ルイは父親に似てしまったからな……本当は、二人共こちらの世界で暮らして欲しかったのだが……」
魔王の言う“こちらの世界”とは、人間の世と隔離された魔族が棲む世界の事だ。
「これからは、私がお祖父さまのお側にいます」
そっと魔王に近づき、メアーは微笑んだ。
「メアー……」
魔王は、愛おしそうに目を細める。
その周囲の空気が、再び柔らかいものに変わった。
「お前は生き写しかと思うほどに、見た目も持つ力もリアンにそっくりだ……そんなお前が私の側で生きてくれるなんて、これほど嬉しいことはないよ」
魔王はメアーの白い頬に、そっと手を添え微笑んだ。
ルイははっとして俯くのをやめ、顔を上げる。
「本当に良いのか、メアー?」
魔王は最後の念押しをする。
「はい……覚悟はできていますので……ルイ」
ルイを振り返り、メアーはにこりと微笑んだ。
「元気でね」
「うん……メアーも……元気で……」
ルイの瞳に涙がこみ上げる。
それを必死に堪え笑おうとするが、すっと涙が頬を伝った。
つい先程再会したばかりだというのに、ルイはメアーとずっと一緒に育ってきたフリをしなければならなかった。
頭ではわかっていたが、感情は正直だ。
もう少し一緒にいて、話をしたかったのに……
別れを惜しむルイを見て、魔王は少し困惑したように微笑んだ。
「ルイ、今後もう二度とメアーに会えないわけじゃないよ。王位継承の件が落ち着いたらお前に会いに来させるから、それまで待っていておくれ」
「はい……わかりました」
ルイは魔王の瞳を見つめて頷き、次いでメアーの瞳を見つめた。
父さんのことは、任せて。
メアーはルイの瞳をじっと見つめ、深く頷いた。
「では、しばしの別れだ」
魔王は言い、メアーの肩を抱えて踵を返す。
その後ろで執事服の男が深々と頭を下げた。
そして三人の姿は晴れていく靄のように消えていく。
ルイはそれを見送り、大きく息を吐いた。
「よく頑張ったね、ルイ」
カイルが穏やかな笑みを浮かべ、精神的な疲労からぐったりしているルイを見た。
「うん……でもこうしてばかりもいられないよ……メアーは自分が歩みたいと思う道を決めて、行動したんだ。僕も……行動しなきゃ」
力強い光を湛えるルイの黒い瞳に、カイルは満足げに頷いた。
「いいね! で、ルイの行く道はどこに繋がっているのかな?」
「僕は、父さんを探そうと思う……メアーとも、そう約束したし」
ルイは今しがた別れたばかりのメアーの笑顔を思い出し、顔を歪める。
「この広い世界のどこかにいるお父さんを、どうやって探すつもりだい?」
カイルはルイを試すように問を向ける。
覚醒したルイの頭には今までにない知識が、その体には父から引き継いだ精霊を操る力が溢れているはずなのだ。
「僕の血を使う。僕の血は父さんに似ているから、きっとこれを使えば探し出せるはずだ」
ルイはカイルの瞳をじっと見つめる。
「なるほどね……それで、誰に探させるつもりだい?」
カイルは笑みを浮かべ、重ねて問う。
これは、面白いことになりそうだ……
カイルは期待に胸膨らませる。
「水の精霊の長に頼む。長がどこに棲んでいるのかは、下位の精霊に聞かないといけないけど……」
ルイが口にした答えに、カイルはにやりと笑った。
「そこまで辿り着いているんだね……よし、わかった。私も付き合おう」
カイルはきらきらした笑顔で頷き、ルイはその笑顔を若干怪しみながらも、深く頷いたのだった。
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