夏那

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第4話 崩壊II

理沙

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 「………」


目の前には明希がいた。

久しく見ない間にまた身長が伸びている。

さすが中3男子。

色々思ったけど、どれも言葉にならなかった。

久しぶりに会った実の弟。

嬉しかった。

ずっとろくに人と話をしていなかった私は、何か明希と話そうと思った。

最近部活どう?

頑張ってる?

口を開きかけたとき、私のなかで何かが動いた。

だめだ。

私が明希にできることは、近づかないこと。

そして一旦冷静になる。

そうだ、今私はひどいありさまだった。

今丁度上着を脱いだところだったのだから。

クラスメートは陰湿で、見えないところをを傷つけた。

長袖の季節の今、私の腕は痣や切り傷でいっぱいだった。

手に汗を握る。

気づかれた?

いや、今玄関は電気が付いていない。

明るい廊下からは私の腕はよく見えないはずだ。

明希は何も知らない。

明希の綺麗な腕や足を見る。

よかった。

本当に、良かった。

やっぱり明希と関わっちゃいけない。

明希だけは、幸せに生きて欲しい。

私が明希の分まで不幸になってもいい。

私が変に明希と関わってちゃだめだ。

早く明希の前から消えよう。

顔を伏せながら何事もなかったように明希の横を通る______。


「おい理沙」


思わず足がすくんだ。

低く力強い声につい耳を傾ける。


「話したいことがあるんだ。」


私が明希を避け始めてから、明希から私に絡んでくることはなかった。

私はそれが嬉しいようで、悲しかった。

きっと心のどこかで泣いていた。

話したいことってなんだろう。

本当は私だって明希と話したいことがたくさんある。

私たちこれからどうしたらいいのって。

だけど、今明希は普通に生きていけてるのでしょう。

なら、私が明希の世界に足を入れちゃいけないわ。

私が触ってしまったらきっと壊れちゃう。

悲しむのは私だけでいい。

私だけでいいから。

視線がぶつかる。

ああ、やっぱり明希の顔はお母さんにそっくりね。

羨ましい。

ううん、よかったね。






よかったね、お父さんに似てなくて。






だから明希は…………


「理沙」


ふいに腕を掴まれた。

力強い弟の手に驚く。

こんなに強かったっけ。

明希は私の目をじっと見つめていた。

その目を振り切ることはできなくて、話を聞くことにした。


「話ってなんなの。」


とりあえず何事もなかったように上着を着る。
  
明希はしばらく考え込むような素振りを見せてから、唐突に口を開いた。


「ごめん」


状況が把握できない。


「なにが?」


明希は言いにくそうに身をよじった。

そして、口を開く前に私に茶色い封筒を押し付けた。

そこには明希のお世辞にも綺麗とはいえない字で、こう書かれていた。


<生活費>


ドクッと心臓が音を立てた。

嫌な予感がする。


「なに…」


そう言いながら封筒を受け取ると、全く厚みがないことがわかった。

中を覗くと、案の定札は一枚も入っていなかった。


「どういうこと?」


状況が飲み込めない。

明希は意を決したように言った。


「………今月の生活費……母さんが……」


頭が真っ白になる、というのはこういうことだ。

必死に頭の中を整理する。


「…お母さん?」


明希はふぅっと息を吐いた。


「これ、今月の生活費。俺が学校行ってる間に母さんが盗んだみたいなんだ。ごめん、俺のせいだ」


そう言って明希はうなだれた。


「明希の…せいじゃ…ない」


乾いた口から精一杯言葉を発したけれど、本当は理解しきれていなかった。

それはつまり…


「俺ら、今月どうしよう…」


今日は11月の2日。

2日にしてもう今月の生活費は0。

その原因は母。

お母さんがおかしいことは知らなかったといえば嘘になる。

しかし、まさかここまでイカれてたなんて。

ごめんね、明希。

でもね、私明希に全部押し付けてた訳じゃないの。

私だって必死に戦ってたの。

お父さんに顔が似てたのが明希じゃなくてよかった。

明希と同じ中学に通ってなくてよかった。

社会的制裁を加えられるのは私だけで済んでる、そうでしょう。

私はもう1人の朝霧裕二。

だから代わりに罰を受けている。


「理沙。母さんな…………最近頭がおかしいんだ。」


いつからか外は雨が降り出していたようだ。

雨が静かに屋根を打つ。


「………理沙は知らないかもしれないけどさ」


明希が最後にそっと付け加えた言葉に、胸を貫かれた。

明希は私が逃げてると言いたいんだ。

そうでしょう?

違う。

私は逃げてない。

私は必死で戦って……

私は罰を受けて…………

あれ?

私は罰を受けている。

なんの抵抗もせずに、当たり前のこととして。

それって、逃げてるんじゃないの?

私は罰を受けていると言い訳をして、現実から逃げてるんだ。

お母さんがおかしくなったことも、本当は知ってた。

貧しいことから目を背けて、明希の朝食も作らずに自分だけ逃げてた。

私は……


逃 げ て た


「ごめん、ごめんね明希、.…私………」


いつも我慢していたのに。

我慢すればいいだけなのに。

収まることをしらない涙が次から次へと頬つたっていた。




















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