お姉様は小鳥に夢中

ありんす

文字の大きさ
上 下
18 / 18

第18話 小鳥の初任務Ⅱ

しおりを挟む
「雫……あいつ寝てる?」
「どうかしら?」
「えっ、寝てるんじゃないんですか? これ見よがしにイビキかいてますけど」

 輝刃が問うと、雫さんはう~んと唸る。

「ビッグモンスターって賢いのが多いの。寝ているふりをしていきなり襲い掛かってきたりとか」
「雫さん、寝たふりか見抜ければいいの?」
「そうだけど……」

 ならできなくはない。俺は装甲車の中から持ってきた機械をセットする。
 見た目は玩具にしか見えない、真っ白いまん丸ボディに四本の脚と二本のハサミアーム。

「なにこのカニみたいなロボット?」
「遺跡調査キット。化石を掘りに行くとき、崩れそうか確認したり進行経路を確認するルート探索用のガイドマシン。俺はクラブビットと名付けている」
「あぁ、ようはラジコンね」
「ラジコン言うな。せめてドローンと言え」

 電源を入れるとクラブビットはその名の通り、カニ歩きでよちよちと歩き出す。
 カメラ機能をONにすると映像が俺の持つタブレットに表示される。
 俺はタブレットの画面を見ながらコントローラーを持ち、スティックを動かす。
 するとクラブビットはシャカシャカと小刻みに足を動かして、闘技場の崩れた外壁から中へと入っていく。
 カメラが崩落した闘技場内を映し、崩れた道を迂回しながらアリーナへと向かう。

「ゲームみたいね。面白そう、やらせてよ」

 後ろから様子を見ていた輝刃がポンポンと肩を叩いてくる。

「やだ。俺の予想だとお前が触った瞬間爆発する」
「するわけないでしょ!」

 俺は眉を寄せ半眼になりつつ、輝刃にコントローラーを握らせてみる。
 彼女がスティックを前に倒すと、クラブビットはシャカシャカと前に進んで行く。

「なにこれ、面白っ」
「壊すなよ」
「あれ? この壁どうやって登るの?」
「L1とR2押しながら←↙↓↘→○◇↑↑×だ」
「できるわけないでしょ指つるわよ!?」

 輝刃がキレた直後、タブレットモニターに凄い勢いでエラーメッセージが流れ始めた。

「お前何やったんだ!?」
「何もやってないわよ!」
「大体機械壊す奴って、電源無理やり引っこ抜きながら何もやってないとか言うんだよ」
「ほんとに何もやってないわよ! ちょっとボタンガチャ押ししただけじゃない!」

 それだそれ。
 輝刃からコントローラーを取り返すと、エラーメッセージは一気に消失した。

「お前は二度と機械に触るな。あとキッチンにも立つな」
「キッチンは関係ないでしょ。絶対立つから覚悟しなさいよ」

 輝刃がキッチンに立ったら相当な覚悟が必要らしい。
 そのままクラブビットを操作してアリーナへと進めていく。

「おぉおぉよく寝てる……」

 クラブビットはキングホーンを映像に映すと、そのまま前進して近づいていく。
 カメラを通常から生体センサーへと切り替える。すると表示されている映像に、キングホーンの心拍数や、体温が表示される。

「えっ、なにこれすごっ……」
「多分こいつ寝てないですね。体温が基準値より高いし、心拍数、脈拍ともに安定してない。このキングホーンはまだ緊張状態で、気を許してないです」
「じゃあ……捕獲は無理そうだね」
「多分わっちらが闘技場に入った瞬間、暴れ出すつもりじゃろう」
「じゃあもう倒しちゃいましょうか」

 今晩カレーにしましょうと夕飯閃いた新妻みたいに手を叩く雫さん。

「そだね……」
「うむ」

 軽く頷く犬神さんと白兎さん。

「ユウ君たちはここで待っててね」
「倒すって言っても、そんな簡単じゃ……」

 俺が心配するより先に、犬神さんと白兎さんは堂々とコロシアムの中へ歩いて入って行った。
 えっ? もしかして真っ向勝負?
 仮にも向こうはビッグモンスターなのに。
 そう思ったのと同時に、やはりキングホーンは寝たふりをしていただけのようで、闘技場の壁越しに凄まじい咆哮が聞こえる。

「■■■▲▲▲_______!!」

 正しく野生の咆哮。大気を振動させるようなビリビリとした音の衝撃に、体が震えて動けなくなる。
 その衝撃音は闘技場の外壁がばらばらと崩れ落ちるほど強力だ。
 俺のクラブビットもセンサー異常を起こし、カメラに砂嵐が走ると操作がきかなくなった。

「あぁ俺のクラブビットが!」
「言ってる場合じゃないでしょ! あたし見に行ってくる!」
「ここを動くなって言われたぞ」
「ここから動かなければいいんでしょ」

 そう言って輝刃は脚に力を込め、竜騎士特有の大ジャンプを決めようとする。

「あぁ待ってくれ! 俺も見たい!」

 ジャンプの直前、俺は輝刃に抱き付いた。
 それと同時に、彼女の体は闘技場を超すほどの大ジャンプを行う。
 視界が地面から一気に上空へと跳び、内臓全部が浮かび上がる浮遊感が襲う。

「ちょ、ちょっと! なんで前から抱き付くのよ!」
「すまん! 次から後ろにする!」
「後ろもやめて! っていうか抱き付かないで! 死んで!」
「言いすぎだろお前! 昨日の朝食相当根に持ってるな!」

 俺たちは上空から闘技場内を見やると、そこにはキングホーンと同サイズの式神を展開する犬神さんが見える。
 筋骨隆々で下半身のない鬼のような形をした式神は、キングホーンの突撃を真っ正面から受け止める。
 衝突の衝撃でコレイトンの街全体が一瞬揺れた。それほどのパワーを前にしても犬神さんの顔は涼し気だ。
 犬神さんがキングホーンの動きを封じている隙に、黒い影が周囲を走る。
 雫さんが普段からは考えられないような機敏な動きで、キングホーンの頭部に飛びつき素早く印を結ぶと、人差し指と中指を天に掲げる。

「やばい、五行迅雷の印!? 小鳥遊君目を閉じて!」
「えっ?」

 次の瞬間凄まじい轟音が轟き、金色の落雷スパークが天より降り注ぐ。

「ぐおおお目が! 耳があああ!!」
「……忍術天雷。あんなの使えるの、世界でもごく数人よ……。小鳥遊君のお姉さんってただのブラコンじゃないの?」
「あの人出雲の諜報兵科で一番強いらしいからな。ただおっぱい大きいだけのお姉さんと思うなよ」

 キングホーンは激しい電撃を浴び、その巨体がぐらりと崩れかける。
 しかし倒れる前になんとか踏ん張って耐えて見せた。だが、その四肢は感電によりブルブルと震えている。

「す、すげぇ……」
「見て、犬神さんが式神をといた」

 闘技場内の式神がふわりと煙のように消えると、かわりに立ったのは白兎さん。
 いや、さすがにあの巨大な体につまようじみたいな刀では有効打にならないのでは?
 そう思ったが、彼女は腰を低くして居合斬りの構えを見せる。
 感電しているとはいえ、質量に差がありすぎる。
 怒り狂ったキングホーンは二度三度前脚で地面を引っ掻くと、その巨大なツノを振り乱しながら大地を駆ける。
 それに臆することなく対峙する白兎さん。さながらスケールの違うマタドールのようにも思える。
 一歩踏み出すだけで地鳴りがする蹄。重戦車のような巨体に轢かれれば、ひき肉もいいところだ。

 しかし――
 チンっと音を立てて刀が鞘に仕舞われた。

 それと同時にキングホーンはズサアアアアっと土煙を上げながら、滑るようにして頭から倒れ込む。
 あれほど荒々しかったキングホーンはピクリとも動かなくなっていた。
 俺たちはその光景に自分の目を疑う。

「待って、今いつ抜いて、いつ斬った?」
「んとね、なんか光る刀身が一瞬見えたような気がするわ」

 俺と輝刃の見ていたにも関わらず、ぼんやりとした状況把握。
 肝心なところがコマ飛びしたかのように、一体何が起きたのかわからない。
 結果だけを見ると、白兎さんの一刀は衝突間際に一瞬だけ煌めき、キングホーンを討ち取った。
 俺と輝刃が一回ジャンプしただけでビッグモンスターは討伐されてしまった。
 呆気にとられた俺たちがスタりと地面に降りると、闘技場の中から雫さんがいつもの調子で「終わったわよ~♡」と言う。

「人間ってあそこまで強くなれるのね」
「雫さん達が異常なだけだろ……」

 雫さんが多分出番ないと言ったのはこのせいだろう。
 犬神さんが防ぎ、雫さんが弱体化させ、白兎さんが斬り伏せる。
 まさしく三位一体。隙が無さすぎる。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...