お姉様は小鳥に夢中

ありんす

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第9話 ハイキック

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「なぁ龍宮寺、実家には出雲で男作りましたって報告したいんだろ? なら俺を選べよ」

 ナルシスト気味の男子生徒がそう言うと、輝刃は奥歯を噛みしめて睨む。

「男作りに来たのは確かだけど、それはあんたみたいな自分をいい男だと勘違いしてるデブとは違うわ」
「……んだとテメェ。ちょっと顔が良いからって調子に乗りやがって」

 男子生徒の手が伸びかけた時、俺は二人の間に割って入った。

「なんだ小鳥遊? テメェやんのか?」
「お前今、俺がせっかく磨いた石をとろうとしたな?」
「はっ? 何の話だ」

 輝刃の手には俺が磨いた化石が握られている。奴の伸びた手は明らかに化石を奪おうとしていた。

「いくら俺の磨いた化石が美しいからといって無理やりとることは許さん」
「……何言ってんだコイツ? 頭わいてんのかお前?」
「俺が相手してやる。かかってこい」

 そうカッコよく言うと、ガタイの良い男子生徒のショートアッパーが俺の顎に入り、俺はカクンと膝から崩れ落ちた。

「よ、弱ぇ……なんだこいつ」

 一撃KO。相手も困惑する弱さ。

「み、見たか輝刃? 俺は腕っぷしも強い。お前を守ってやれるぜ?」

 だが輝刃は腕を組んだまま、男子生徒の足元を見ていた。つられて男子生徒も足元を見ると、倒れたはずの俺が脚に必死にしがみついていることに気づく。

「あまり石ころをなめてはいかんぞ。小さな石だって大きな人間を転ばせることくらいできる」
「う、うぜぇ……離せオラ!」

 お前の顔面でサッカーしてやると言わんばかりに、激しい蹴りを浴びる。俺は必死に耐え、思いっきり奴の脚に噛みついてやった。

「痛ってぇぇぇぇ!! こいつ噛みやがった! ふざけんじゃねぇ!」

 男子生徒は手加減なしの本気の蹴りを俺の顔面に入れると、視界が暗転して意識がプツリと切れた。



「はぁはぁはぁ、工作兵の分際で。こっちは戦闘用の強襲兵科だっつぅの」

 男子生徒が肩で息をしていると、目の前にはなぜか笑顔の輝刃の姿があった。

「ナイスファイト小鳥遊君。途中助けようかと思ったけど、男の子してたからそのまま見ちゃってた」
「何言って――」

 言い切る前に男子生徒はぐらりと倒れた。
 輝刃の惚れ惚れするようなハイキックが、男子生徒の首に突き刺さったからだ。

「ごめん、あなたには興味ないかな」

 時間を一秒ほど戻す
 輝刃は片足でダンッと踏み込み、腰を鋭く回転させると長い脚が弧を描きながら男子生徒の延髄に炸裂したのだ。 
 ピンと伸びた美しいつま先。容赦のないハイキックはたった一撃で相手の意識を刈り取るのに十分な威力を誇っていた。

「やっぱ根性ある男の子っていいわね」



 ――それから30分後。

 俺はプールサイドのベンチで気がついた。
 どうやらしばらくの間気を失っていたらしい。周囲を見渡してみても、先ほどの男子生徒の姿は見えない。
 すると両手にジュース缶を持った輝刃が俺の元へとやって来る。

「遅いお目覚めね」
「ああ……あの後どうなったんだ?」
「小鳥遊君がKOされた後、あたしがハイキックでKOした」
「そうか、お前強いもんな。前に出るんじゃなかった」

 よくよく考えればエリートのこいつを力でなんとかしようなんて不可能な話だしな。
 完全に蹴られ損である。

「それにしてもハイキックか……」

 俺は輝刃の脚を見やる。……さぞかし痛かったことだろう。

「脚見んのやめてくれる?」

 恥ずかし気に腰を引く輝刃。どうやら少し太いと自覚があるらしい。

「しょうがないでしょ。竜騎士は脚力鍛えるんだから」
「まぁ、龍宮寺は脚長いからあんまり気にならないけどな」
「そ、そう?」

 彼女はジュース缶を一つ俺に差し出す。

「なんだ?」
「守ってくれたお礼」
「勘違いするな、俺はお前に渡した化石を守っただけだ」
「はいはいそういうことにしとくわ。ねっ、他に化石もってないの?」
「あるぞ」

 俺はじゃらっと小さな化石をぶちまける。

「ねぇ、さっきくれた青い石みたいなのってどれ?」
「磨いてみないとわかんねぇ。多分このちょっと黒いのとか怪しい」
「やすりある?」
「ある。お前磨くのか?」
「なんか面白そうだし。当たりくじみたいよね」
「お前……化石の良さがわかったか……」

 嬉しい。ただただひたすらに嬉しい。
 プールサイドで輝刃と共に小さな化石を研磨する。周囲の視線が先ほどの比ではないくらい集まっているのがわかる。その中にハンカチを噛みしめた猿渡がいてウザイ。
 後からギャーギャー言われそうだと思っていると、輝刃の磨いていた化石がピキピキと音をたててヒビが入った。

「ちょ、ちょっと小鳥遊君、割れそうなんだけど」
「あぁあ。力任せにゴリゴリやるから。卵磨くみたいにやらないと」

 と言ってるうちに輝刃の磨いていた化石が割れ、中からちっちゃいフナ虫みたいな小さな虫が、生きた状態でこんにちはした。
 俺はそれを見て口がポカンと開いた。

「こ、これはまさかスリーリーフインセクト!? しかも生きてるだと!?」

 古代虫の一種で、非常に希少性が高い。しかも生きているとなると研究者が泡吹いて卒倒するレベルだ。
 恐らく何百年もの長い間、石の中に閉じ込められていたのだろう。それでも生きているとはまさに太古の神秘、いや奇跡とも言える。
 が――
 それを発見した虫嫌いの少女カグヤがその価値をわかるはずもなく。

「キャアアアアアアア!!」

 乙女絶叫と共に石を投げ飛ばし、プールの排水溝にスリーリーフインセクトは吸い込まれて行った。

「お前ーーーーー!!」
「化石とか大嫌い!!」
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