お姉様は小鳥に夢中

ありんす

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第3話 教官

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 俺は訓練場の電子ロックに自分のIDを入力する。プシュッと音を立てて扉が横開きに開いた。
 中へ入ると、そこは鬱蒼と木々が生い茂る密林が広がっている。俺が入った瞬間「ギャーギャー」と怖そうな鳥の鳴き声が響き渡った。
 この戦闘訓練場ではサファリパークの如く野生のモンスターが放し飼いにされていて、経験の浅いレイヴン見習の修練場となっている。
 非常に危険なモンスターもいる為、必ず上級レイヴン、もしくは教官の随伴が義務付けられているエリアだ。

「ほんとここは艦の中とは思えないな」

 実に金と手間がかかっている。
 それだけレイヴン育成に本気ということだろう。
 逆を言えば金をかけて育成された分、利益を返さなければいけないということだ。
 辺りをキョロキョロと見回すが教官が見つからない。

「えーっと大巳教官~、いますか~?」
 あれ? いつも時間前には必ずいるんだけどな。きっちりした大巳教官の性格から考えると、多分俺が集合場所を間違えている可能性が高い。

「大巳きょうかーん、どこですかー?」

 周囲の茂みを散策すると、目の前に巨大な蛇、スチールアナコンダと呼ばれるモンスターが「やぁ」と言わんばりに出てきた。
 藪をつついたら蛇とはまさにこのことか。スチールアナコンダは鋼鱗にまみれた銀色の体を持ち上げると、その巨体はゆうに俺の身長の3倍を超す。二股に分かれた舌をチロチロと見せながら、体を揺らしてこちらを威嚇する。

「うーん、蛇違いだな」

 悠長なことを言っている場合ではない。俺は腕時計型電子生徒手帳レイヴンズ・ファイルを取り出してスチールアナコンダにカメラを向ける。
 この生徒手帳は学園からのメールや出雲の時刻表など、生徒に役立つ情報が閲覧できるだけでなく、データベースに記録のあるモンスターの詳細を教えてくれる。自分が知らないモンスターに使ってみると情報が得られる優れモノだ。

【スチールアナコンダ。オノイ沖に生息する鎧蛇アーマーサーペント種。体長は平均8メートル、巨大なものでは20メートルを超す。全身を鋼のように硬い鋼鱗で覆われており物理攻撃に強い耐性を持つ。非常に獰猛な性格をしており、人間でもまる飲みにする為、間合いに入らないよう注意が必要。尚噛まれると猛毒で死ぬ】

 ほほぉ……死ぬと来ましたか。簡潔に死ぬと書かれているところにやばさを感じる。
 しかし勘違いしてはいけない。蛇は獰猛と言われているが、腹が減っている時以外は比較的温厚なのだ。なのでゆっくりと後退していけば……。
 スチールアナコンダは縦に割れた真紅の目をパチクリさせると、口を大きく開けて襲い掛かって来た。

「シャーーーー!!」
「やっぱりダメだった! きゃあああああ!! 誰かああああああ!!」

 乙女のような悲鳴を上げつつ全力で逃げるが、スチールアナコンダの動きは早く、あっという間に追いついてくる。そしてすぐさまその長い体で輪を作るように囲いこんでくると、尻尾を俺の体に絡みつけてきた。
 硬い胴体で締め上げられ、メリメリと嫌な音が鳴る。骨がきしみ、圧迫から息が出来なくなり本気でやばいと感じる。

「訓練場にこんな強い奴置いちゃダメだろ!!」

 スチールアナコンダはこちらが弱って来たと判断したのか、口をパカッと大きく開けて、俺をまる飲みしようとする。

「いやあああああっ! 誰かー!!」

 毒牙が届きそうになった瞬間、人影が中空に飛び上がった――

「はぁっ!!」

 銀の剣が一閃。
 制服姿の女性が鋭い一撃を入れると、スチールアナコンダはぐらりと崩れ、後ろ向きにダウンした。
 俺は土煙が上がる中、長い髪をなびかせる女性に見惚れてしまった。
 純白の制服に白い肩掛けのマントをなびかせ、銀色のブーツを履いた女生徒。
 背が高くキリッとした横顔。振り返ると眼鏡がキラリと光る理知的な女性。出雲四大お姉様の一人。

「大巳教官!」

 彼女は眼鏡のつるを持ち上げると、鋭い瞳でこちらを見やる。

「貴様……また性懲りもなく問題を起こしているな」
「いや、勝手に出て来たんですよ!」
「だとしてもレイヴン見習ならば多少なりとも対応してみせろ!」
「あの、自分技術士官なんで体術系はからっきしで」
「言い訳するな! この落ちこぼれが!」

 彼女は腰に挿した乗馬鞭を取り出すと、俺の尻をパーンと打つ。

「痛いぃぃぃぃ!!」
「痛くない!」

 大巳教官は確かに厳しいところがある。それは俺たちがレイヴンになった時、ケガや事故で死なないようにする為の配慮だ。
 ただ、この厳しい指導と強烈な愛の鞭(?)によって、猿渡のような変なファンがついているのも確かだ。

「それでケガはあるのか?」
「ないです。ちょっと体を絞められただけで」
「見せてみろ」

 大巳教官はすぐさま俺の体を触診し、複数の傷を見つける。

「お前、何だこの尻は? 真っ赤に腫れあがってるじゃないか」
「それネタで言ってなかったらサイコパスですよ?」

 あなたの鞭のせいですとは直接言えなかった。
 大巳教官はグリーンの液体が入った注射銃インジェクションガンを用意すると、俺の尻にブスリと突き刺し薬液を注入した。
 メディキットと呼ばれる即効性の回復薬だ。
 別にそこまでしなくていいのに。とは思いつつも、鎮痛剤が入っているおかげで痛みはすっかりなくなった。

「ありがとうございます。こんな獰猛なモンスターがいるんですね」
「一応毒は抜いてある。だが見ての通り力が強く、巻き付かれると骨が粉々にされる」
「十分すぎるくらいやばいですね。この蛇殺したんですか?」
「頭を殴って気絶させただけだ。こいつを捕獲するのに凄く手間がかかったからな。簡単に殺しては学長が怒る」

 さすが教官、凶暴なモンスターを手加減して倒してしまうとは。

「お前今から実技テストだが……できるんだろうな?」
「大丈夫です。任せてください」
「お前はいつも自信だけは一人前だな。前回試験に落ちた時の反省と復習はしたんだろうな?」
「はい」
「では何が悪かったか言ってみろ」
「運です――痛いぃぃぃぃぃぃ!」

 大巳教官がまた俺の尻を鞭でパーーン! と打つ。

「なめてるのかお前は?」
「なめてません。すみませんでした」
「お前はほんとに雫の弟か?」
「従弟です」
「似たようなものだ。いいか説明しながら行く」

 この人委員長気質なので、口は悪いし手も出るのだが、デキが悪い生徒ほど熱心に教えてくれる。
 実はこの人が受け持った生徒の中でライセンスがとれなかった生徒はいない。愛の鞭に耐えられるなら、教官としては非常に優秀な人物なのだ。
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