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15.トリックの木

天空の魔女 リプルとペブル

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15.トリックの木

「さっきの悲鳴ひめいはどこから?」
 リプルは、耳に全神経ぜんしんけいを集中させる。

 森の中のさまざまな音を聞き分けながら、木々の間をかけぬけていくうちにリプルに変化が起こった。
 リプルの耳が灰色のけもののような耳にゆっくりと変わっていく。

 こうなったときのリプルの耳は、たとえば壁をへだてたとなりの部屋のティッシュが床に落ちた音を聞き分けることができるほど、感度かんどがよくなる。

 もう悲鳴は聞こえなかったけど、そのかわりに恐怖にあえぐ呼吸をとらえた。
「こっちの方角ほうがく!」
 たおれた大きな木をヒラリと飛び越えるリプル。
「ま、待って~リプル」

 ペブルも飛び越えたものの、青ワンピのすそを枝に引っかけて、つんのめった。
「あわわ」
 すんでのところで、ころびそうなのをこらえたペブル。
 その頭にさきほど、ひっかかった木の枝が折れて、コツンと当たった。

「もう~」
 と、不機嫌そうにその枝を拾ったペブルだったが、
「ん?」
 と、手に持った枝を不思議そうにながめた。

「ペブル、早く。気配が近い!」
 先を行くリプルの声に我に返ったペブルは、その自分の頭にコツンとぶつかった枝を帽子のリボンに差し、ふたたび走りだした。

 ペブルがようやく追いついた時、リプルは大きな木の前に立ち止まっていた。
「ふえ、ふえ」
 体をくの字におりまげ、ひざに手をあて「ぜーぜー」と息を切らすペブルの耳に
「あなたたち、何やってるの?」
 というリプルのきょとんとした声が降ってきた。

 ペブルは顔をあげ、リプルの背後から大きな木をながめた。
 すると、なんと、木にしばられた状態のふたりの女の子がいる。
 どうやら太い木の幹に縦横無尽じゅうおうむじんにまきついたツルにからまって抜け出せないようだ。



 とらわれているのは、イザベスとマーサ。

 バオバブの木に似た太い幹の木のてっぺんから黒いひものような不気味なツルが、何本もひゅるひゅるとまるでヘビのようにせわしなく動きまくっている。

「何やってるかですって!? こっちが聞きたいわよ」
 イザベスがイライラした声を返す。
 マーサは、
「助けにきてくれて、ありがとう」
 と、リプルたちの顔を見てホッとしたようすだ。

「とりあえず、助けなきゃ」
 かけよろうとしたペブルをリプルがさえぎって
「ちょっと待って。この木……」
 と、首をかしげていたが、ふと何かを思いだしたように言った。

「あ、思いだした。本で読んだわ。魔の森に生えているトリックの木よ」
「ほんとだ、木の幹がとっくりの形してるわ」
「ペブル、違う。とっくりじゃなくて、トリック!」
「あ、そっかごめん、ごめん。私、外国語弱くって」

「そもそも、ペブルに強いものなんてあるの?」
 シズクが口をはさむ。
「失礼ね。私だって、強いものあるって。たとえば……」
 と、言ってしばし考えこむペブル。
「たとえば?」
 リプルとシズクが口をそろえてたずねる。

「あ! 賞味期限しょうみきげんが切れてすっぱくなったパンを食べてもお腹をこわさない」
「何だそれ…」
 リプルとシズクが、がっくりと脱力した。

「ちょっと、ちょっと」
 その時、我慢を切らしたようにトリックの木のツタにからまっているイザベスが声をあげた。
「そんなどうでもいい会話してないで、早く助けなさいよ」
「そうだった、ごめん、ごめん」
 ペブルが近づこうとした時、またリプルがとめた。
「待って。うかつに近づくと、私たちまでつかまる」

 リプルは、あたりに落ちている木の葉を両腕に山盛りになるほどたくさんすくいあげた。
 そして、腕を上げ、木の葉をパッと空中に放り上げた。
 リプルはハラハラと風に舞う木の葉たちにむかって魔法をかける。
「エン・ストミーダ・モーケス」

 それは、中等部の入学試験でリプルが見せた魔法だった。
 たちまち、木の葉がたくさんの小さな茶色の鳥になって、トリックの木に向かって飛んでいく。
 
 シュル、シュル。
 トリックの木が、無数のツルを鳥に向かって伸ばしてきた。
「やっぱりそうだ。トリックの木は、動くものに反応してつかまえようとするんだ」
 木の葉の鳥たちは、シュル、シュルと伸びてくるツタをかいくぐって木に向かっていく。

 中には、ツルにからめ取られる鳥もいたが、からめ取られたとたんに鳥はもとの木の葉に戻ってしまうのだった。

 そうして、トリックの木と木の葉の鳥たちとの目まぐるしい攻防こうぼうが続いている間に、リプルとペブルは、動きがわからないくらいゆっくりと進み、イザベスたちに近づいた。
 
 右足をそろり、左足をそろり、トリックの木のツルが、リプルたちに伸びてくると、そこでふたりはピタリと止まって動かなくなる。
 まるで“だるまさんがころんだ”状態である。

「もっと早く動けないの!?」
 しびれを切らせたイザベスがそう叫ぶが、
「この木のツルは動いてるものに反応するから、仕方ないの」
 自分にむかってツルが伸びてきたので、リプルはちょうど片足をあげたくるしい姿勢で固まったままそう答えた。

「文句言うなら、帰るけど?」
 ペブルは両手をYの字の形にあげながら、イザベスにむかってどなった。

「ん、もう!」
 イザベスは、ツンと鼻をあげておしだまった。

 ゆっくり、ゆっくりとトリックの木に近づいたリプルとペブルは、イザベスとマーサの体をしばりつけていたツルをほどいた。
「ありがとう」とリプルたちに頭を下げるマーサ。
「お礼はあとで、逃げるわよ」と、リプル。
「いまいましい木だこと。お父様にこの大陸のすべてのトリックの木を伐採ばっさいしていただかなければ」
 とけわしい表情のイザベスにペブルはピシャリと言った。
「たわごとは後で、また捕まるよ」

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