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5巻

5-1

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 ――煙が、空高くまで立ち昇っていた。
 高く高く、雲に届いて交わるほどに。
『エリア大森林』奥地、大陸でも指折りの危険地域であるAランクダンジョン『蠱毒コドクアナ』。
 最早あなと呼ぶには不釣合いなほど深い、落ちれば生きては戻れないと伝えられる地獄の入り口である。
 そこからわずか数キロの位置にひっそりと存在する、今となっては大陸でも1、2を争う希少種と成り果てた、純粋なエルフ達の隠れ里。
 煙は――火の手は、その村のそこかしこより上がっていた。

「カカカカッ! さわぐ騒ぐ、血が騒いでたまらぬわ!」

 炎に包まれ燃え盛る、ログハウス仕立ての家屋群。
 それを背にして立ち、牙をき出し凶暴な笑みを浮かべる男がいた。
 強靭きょうじんな筋肉で覆われた、2メートルを優に超える巨躯。黒と見間違えるほどに濃く暗々とした青い肌。
 その双眸そうぼう強膜きょうまく――白目にあたる部分が、さながらすみを落としたような真黒に染まっている。
 手にしているのはおのれの身長よりも更に長い、頑強とひと目見るだけでも分かる錫杖しゃくじょうだった。
 それを旋風せんぷうすら巻き起こさんばかりの勢いで嬉々として振り回すこの男は――魔族の重鎮じゅうちんにして最強の存在。通称『鬼神』ドウサン。

「さ、さ、さぁ! おらぬかおらぬか、このドウサンの首を欲せし益荒男ますらおは、他におらぬのかぁ!?」

 振り回されていた錫杖が、遊環ゆかんをかち鳴らしながら叩き下ろされる。
 剣を手に斬りかかってきたエルフの青年の頭蓋ずがいが、卵のように砕かれた。

「カカカカカッ!! そうだ、やはりこうでなくてはならぬ! 飛び散る血、ける肉、砕ける骨!! 闘争、戦いこそが手前てまえよ!!」

 咆哮ほうこうのような笑い声をビリビリと響かせ、更に一撃。
 エルフの槍使いが、全身の骨が砕ける音を響かせ地面と平行に吹き飛ぶ。激突した大木を十数本巻き添えにした後、見るも無惨むざんな姿で動かなくなった。

愉快ゆかい愉快、痛快也つうかいなり! 今日はなんとも良き日よ、生き残ったエルフと手合わせ出来るとはッ!! ここを見つけたカーミラには感謝せねばならんな、あれは本当にいい働きをしてくれよるわ!!」

 錫杖の石突いしづきを地面に打ち付け、まだ足りないとばかりにドウサンは周囲を見渡した。
 しかし見えるのは百近いエルフの亡骸なきがらのみ。
 さほど広い村ではない。ぐるりと見回せば、それだけでほぼ一望できてしまう。
 村のほぼ全てに火が回っており、とても家屋に隠れていられる状態ではない。
 つまり、これで打ち止めらしかった。
 ……とは言え、生きているエルフの姿が全く見当たらないわけでもなかった。
 ただし――そのいずれも、彼の配下達が相手取っていた。

「むぅ……手を出さぬよう、言っておくべきであったか?」

 軽く唸り声を上げ、己の失敗にドウサンは小さくかぶりを振る。
 けれどまさか、今更配下の獲物を横取りするワケにもいかない。中には自分に負けず劣らず、血の気の多い者とて居るのだから。
 不完全燃焼な気分に無理矢理水をかける。
 ドウサンはその場に胡坐あぐらをかき、こうなれば配下達の戦いでも見物しているかと、僅かに目を細めるのであった。


 ――身体が、きしむ。骨が、ねじれる。肉が、千切れる。
 熱い熱い熱い熱い、臓腑ぞうふが焼けそうだ。
 いや違う、溶けている。それとも、こおっている?
 自分の身体が、一体どうなっているのか分からない。
 無事なのか、刻まれてるのか、あるいはもう既にくなっているのか。
 分からない分からない、分からないわからないワカラナイ。

「か――ひゅ」

 窒息死ちっそくし、水死、焼死、凍死とうし、毒死、溶死、感電死。
 自分がどのような攻撃により、どのような原因で死亡したのか。
 それすら不明瞭ふめいりょうなまま、エルフ達が4人まとめてショック死した。

「…………」

 死体が他にも10人分ほど倒れていて、その中心には女が立っていた。
 明るい緑色の、綺麗に切り揃えられたショートヘア。
 その頭上では、髪と同じ色をした狐の耳が、ぴくぴくとせわしなく動いている。
 そして背面、尾てい骨のあたりからふっさりと伸びた4本の尻尾。
 1本1本を好き勝手に動かしながら、長身痩躯そうくのその女は、細面にナイフで切れ目を入れたような双眸をゆっくりと空に向ける。

「――こぉんッ」

 そして鳴き声を上げるかのように、小さくそう呟いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 火のが弾け、燃え盛る家屋。
 ひと際大きい村長宅のログハウスが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
 その近くには、息を切らし額に汗をにじませた、子供と大人の中間とでも呼ぶべき年頃の男が立っていた。
 この世界で珍しい黒髪ということ以外に目立った特徴はない。着ている服も地味なものだ。
 彼はつい今し方、最後のエルフを打ち倒した。
 足下に転がる死体を見遣り、肩を震わせながら袖で額を拭う。

「――星音ほしねさん! 貴女も少しは手伝って……くだ、さいよ!!」

 途中、き気を抑えるような仕草を見せて、近くにそびえる大樹の上に向けて声を張り上げた。
 視線の先には少女が居た。
 年頃は男と同じで十代の後半。
 白い長袖のワイシャツに細いネクタイをゆるく締めた、青いチェック柄のミニスカート姿だ。
 脱色したのであろう長いオレンジの髪は、所々にあい色と赤紫のメッシュが入れられ、シュシュでポニーテールに纏めてある。
 彼女は樹の枝に腰掛け、ニーソックスとローファーを履いた脚をぶらぶら揺らしている。
 たけの余った袖から覗く指先で携帯をいじっていたが、めていた棒付きキャンディをつまみ取り、ひどく面倒、或いは気だるそうに視線を下げた。
 溶けたあめで甘くなったくちびるに、ぺろっと舌先をわせる。

「……ハァ? どうしてマリがぁ、そんなことしなきゃイケないワケぇ?」

 人を心底バカにしたような、若干間延まのびした口調だった。
 男が表情を変えて何か言う前に、彼女は続ける。

「てかぁ、もし血なんかついたら服汚れるしー。パスパス、アンタがやんなよ、マリはパス権を行使しまーす」
「なッ……そ、そんな勝手が――」
「通用するから言ってるしー」

 怒鳴どなり声に被せる形で、またも男の言葉をさえぎった。
 そして、ニヤニヤとやはり人をバカにしきった笑みで、彼を見下ろす。

「アンタみたいな根暗っぽくて、パシリ属性ついてるジミー君なら、どうなろうとだーれも気にしないし。それでもマリに意見したかったら、全身整形して6番窓口から出直してくださーい、キャハハハハッ!!」
「ふ――」

 ふざけるな。そう怒声を上げようとした青年だったが、既に彼女は音も立てず、樹上から消えていた。

「なッ……」

 慌てて周囲を見渡すも、もう誰も居ない。何も言い返せないまま逃げられてしまったのだ。
 左右に視線を向けた後、そのことに気付いた男はぎしりと歯を鳴らし、拳を強く握り締めた。

「あの、クソビッチがッ……!!」

 静かな怒気を込めて、あらん限りの怨嗟えんさを吐き出すのであった。


 ――赤い髪の男女が、相対している。
 片や厳格そうな顔つきをした初老の男。
 頭の両サイドから伸びる長い耳と浅黒い肌から、ダークエルフであることが見て取れる。
 片やボサボサの長髪を乱雑に伸ばし、下着のみに身を包んだ若い女。
 華美な装飾の施されたレイピアを杖代わりに地面に突き刺し、肩で息をしている。

「……おとろえたな、妹よ」

 そんな女の姿を正面から見遣り、男はあわれむように、ゆっくりとかぶりを振った。

「それにその姿……若さを保つため、フロイライン家の秘薬にでも手を出したか? 寿命そのものが変わるワケでもあるまいに、女とはつくづくあわれな生き物だな」
「るッ……せぇ!!」

 女――ニーヴァは、ボロボロの身体とは裏腹な覇気はきもった声で、男に怒鳴った。
 彼女の中に渦巻うずまいている強烈な怒りが、ダメージを超越しているあかしだった。

「魔族になんぞ尻尾しっぽ振りやがって、クソ兄貴が! その上、同族にまで手を出すほどのバカだったとは考えもしなかったぞ、このロクデナシ!!」
「なんとでも言うがいい、最早エルフの時代は終わったのだ。赤の王族も、残すところ私と貴様のみ。人間と交わった青の王族に至っては、既にきも同然の存在」
「……まだ人間をうらんでやがんのか。もう当事者なんざ誰も生きちゃいねぇ、持ってた所で何の意味もねえ見当違いな怨みだ!!」

 ニーヴァがえる。男はそれを鼻で笑い飛ばした。

「ならば、今生きている人間共につぐなわせるまでの話。復讐を果たせるのなら、私は魔族にだろうと獣にだろうと従うまで」
「いつまでも古傷を自分でこねくり回しやがって……目ぇましやがれ!!」
「醒めているからこそ、いつまでも忘れん。このような場所に隠れ住む貴様とは違うのだ」

 そう言って男はニーヴァに歩み寄る。
 肉体が限界を迎えている彼女は、退くことも戦うことも出来なかった。

「ッぐ!?」
「そして、何も私は昔話をするために、わざわざ貴様を生かしておいたワケではないぞ」

 ニーヴァの髪を掴み、無理矢理に顔を持ち上げる。
 地面に突き刺していたレイピア『ブルーローズ』が、小さく音を立てて倒れた。
 それを見た男が、またもフンと鼻で笑う。

「貴様こそ、いつまでも下らん思い出にすがりおって……聞こう。かつて貴様が昔持ち出した指輪は、今どこにある?」
「ッ……指輪だぁ? さぁてな、なんのことやら……がッ!?」

 腹部を殴られた衝撃で、ニーヴァは肺の空気を強制的に吐き出させられる。
 咳き込む彼女を見下ろし、男は繰り返した。

「もう一度聞く。エルフビレッジの秘宝『双竜主ソロモン』は今どこにある?」
「……知るかよ……バーカッ」

 殴打。そして詰問きつもん
 けれどニーヴァは答えず、焼き回しのように同じことが何度も繰り返される。
 ……じきに男の方がごうを煮やし、掴んでいたニーヴァの髪を離した。
 次いで傍に落ちていた『ブルーローズ』を拾い上げる。

「どうあっても答えんつもりか。ならもう良い、何も語らぬまま青薔薇に貫かれ、死ね」
「ッ……」

 喉元に突きつけられた鋭利極まる切っ先。
 ニーヴァは何とか身をよじって逃れようとするも、ダメージで動けなかった。

おろかなことだ……大人しく従っておけば、兄妹の情もかけてやったというのに……」
「ハッ……えらっそーに……死ね、カス」
「……相変わらず、口の減らぬことだな」

 もうまともに立つことすら出来そうにない状態にもかかわらず、命乞いのひとつすらしない。
 男はもう一度かぶりを振った後、一切の躊躇ちゅうちょなくニーヴァの喉笛を貫こうとした。
 ――バリィンッ!

「むッ!?」

 けれどその寸前、液体で満たされたフラスコを背後からぶつけられた。
 思いもよらなかったことに、一瞬だけ男の動きが止まる。
 そして自分が何をぶつけられたのか、すぐさま理解した。

「石化薬か……ッ!!」

 薬品を浴びた背中を始点に、全身が石へと変わっていく。
 その速度からしてかなりの技術で作られた魔法薬ポーションであることは、確かめるまでもなかった。

「やはり、フロイライン家の生き残り……く、だが私に石化など……!」

 背中のほとんどが石と化したあたりで、石化が突然ぴたりと止まる。
 それどころか、今し方の光景を逆再生するかのように、背中の石化があっという間に元に戻っていった。
 ――だが。

「……逃がした、か」

 石になった身体が完全に元に戻った時には、眼前に倒れていたニーヴァの姿はどこにも無く、ただ飛び散った血の跡と、男の手に握られた『ブルーローズ』だけが、静かに残っているのみだった。


 村から少し離れた、人間界へ続く森の獣道けものみち
 その道を、傷だらけのニーヴァを背負い走る小さな影があった。

「あうあうあう……ちょ、どうなってるのさ一体……!」

 ガサガサと茂みを掻き分け、足を止めることなくマレイシャは進む。
 とにかく今は、少しでも早く村を離れることが先決であった。

「ニーヴァさん! ニーヴァさん、聞こえる!? ボクのかばんに回復薬が入ってるから、それ飲んで!」
「ぅ、ぁ……」

 小柄なマレイシャに運ばれているため、爪先をずるずると地面に引き摺りながら、震える指先で肩掛け鞄からフラスコを取り出すニーヴァ。
 こく、こく。
 薬を嚥下えんかする音を背中越しに聞き、マレイシャは更に言う。

「飲んだ!? 飲んだら、次は同じ奴を身体にぶっ掛けて! 外傷はその方が早く治るから!」

 傷をすぐさま治せる回復薬は稀少であるが、以前夜行達が来た際に材料をかなり手に入れたため、幾つか作ることが出来た。
 回復薬が早速効いてきたのか、先程よりも確かな手つきで、ニーヴァは同じ色の薬品で満たされたフラスコを取り出し、頭から被る。

「……ぐ……悪いな、マレイシャ……たす、かった」
「お礼とかヤメテよ! ニーヴァさんがそんなこと言うなんて縁起でもないんだから!」
「どういう意味だ、そりゃ……」

 マレイシャの背で苦々しげな表情かおをしながら、ニーヴァが呟いた。
 そして彼女の背から離れ、若干ふらつきながらも自分の脚で立ち上がる。

「よし……何とか、走れそうだ……行くぞ」
「うん! でもニーヴァさん、ボク達これから一体どうすれば……」

 常日頃から能天気が売りであるマレイシャが、珍しく弱気な声でそう問い掛ける。
 無理もない。何せ自分達の村が何の前触れも無しに魔族の襲撃を受け、命辛々逃げ出している状態なのだから。
 薬のお陰で、つい1分前までは立つことすらおぼつかなかったにも拘わらず、既に軽く走っているニーヴァは、若干考え込むような仕草を見せる。

「……帝都だ。ヤコウ達のとこに行くぞ。あいつらならウチらを無下むげにはしねぇだろうし……何より、が出張ってきたことを報せねぇと……」

 骨折したアバラが急速に治癒する痛みで顔をしかめさせながら、ニーヴァは隣のマレイシャにすら聞き取れない小声で呟く。

「ドウサン……まさか、あんな大物が魔国から出て来やがるとは……」

 僅かに震えを帯びた声。
 かつての記憶と共に呼び覚まされる恐怖を振り払うように、ニーヴァは走った。

「おや。このような所に、まだ取りこぼしが」

 そんな彼女らの眼前に、しゃらしゃらとなび金紗きんしゃの髪を持つ女が、唐突に現れた。
 その女――ホイットニー=カーミラの傍らには、フードですっぽりと姿を覆い隠した2人組が控えている。

「ですが、ちょうどよろしゅうございました。他の皆様に獲物をことごとく取られてしまい、わたくしのデモンストレーションが出来ず、困っていたのです」

 薄絹の黒いドレスを身に纏ったホイットニーは、そう告げて妖艶に笑む。
 対してニーヴァとマレイシャの2人は、顔を青褪あおざめさせるばかり。

「ご心配はなさらずに。他の皆様とは違い、出来るだけ綺麗に殺して差し上げますので。むくろとなってまで、恥をかくのはお嫌でしょう?」

 ――森の惨劇さんげきが終わるには、まだ早い。


         Ψ


 雲ひとつ見当たらないほど良く晴れた、真夏の早朝。
 ラ・ヴァナ帝国、帝都宮殿の中庭の一角に、べ十数人ほどの集まりがあった。
 丁寧ていねいにアイロン掛けされた執事服に袖を通した、品の良さそうな初老の男性。
 スカート丈の短いナース服を着た、治癒師ヒーラーの女性。
 そして、十代後半から二十代半ばほどまでの、歳若いメイド達が5人。
 更にその少し前に横一列で立っている、帝国決戦部隊『セブンスターズ』の面々。

「皆様、ようこそお集まりいただきました! 旅行の支度に、何か手落ちはありませんかぁ?」

 音頭を取るのは、帝国第2皇女クリュス=ラ・ヴァナ。
 横に立つ姉の第1皇女リスタルが苦笑するほどのハイテンションで、彼女はくるくる回っていた。

「ではでは、まずは点呼てんこを取りましょう! 『セブンスターズ』の皆様から、隊内序列順に、さあ!」

 やがてぴたりと動きを止め、隊内序列1番である千影ちかげを勢い良く指差すクリュス。
 この場に居る誰よりも大柄な巨漢は、にぃっと頑丈そうな歯を剥き出して笑った。

「ッしゃ! oneワン!」

 高く伸ばした腕。天を突き上げるようにそびえ立てられた1本指だ。

「……アー

 続いてサクラが、いつもの無表情で横ピースをしながら言った。

dreiドライ!」

 三番手である夜行やこうは、左手の親指、人差し指、小指を立てる。

quatreキャトル

 ふわふわした笑みを浮かべる躑躅つつじは、控えめなダブルピース。

khamsaハムサ!」

 手の甲を外側に向け五指を開く、無駄にキメ顔な平助へいすけ

「ハァ……ろく

 九々くくは溜息をきながら、普通に6本指を立てた。

pitoピト

 静かに呟き、片手の指を4本だけ立てた雅近まさちか。が、よく見ればその足下にある影は、光の当たり具合で指を3本立てたように映っていた。


 ――ともあれ、これにて『セブンスターズ』は点呼終了。
 彼ら7人を見渡した後、クリュスはその眠気を帯びたような表情に、ほんのりと笑みを浮かべる。

「はい、大変結構です。誰1人として使用言語すら被っていない衝撃的な統一感の無さ、逆にチームワークを感じてしまいますね!」

 褒めているのかけなしているのか、深読みしたらキリがない発言だった。
 リスタルが妹と同じように7人を見渡す。

「……ねえ、くりゅす? このひとたちで、ほんとうに、だいじょうぶなの……?」

 なんとも怪訝けげんな顔をしながら、そう尋ねた。
 外見や口調こそはかなげだが、流石さすがクリュスの姉だけあってなかなか言う女性である。

「大丈夫ですよ、お姉様。こんなでも、やる時はやってくれる方々です」
「そう……? わたしは、へーすけいがい、よくしらないから……だから、ちょっと、しんぱい……」
「……姫君は言うまでもないが、意外と姉君も失礼だな」
「てかリタちゃん? それ、つまり俺っちに対して心配抱えてるってこと? ねえ?」

 眉間みけんしわを寄せる雅近と、釈然しゃくぜんとしない様子で詰め寄る平助。
 顔や表面的な性格は全然似ていないが、2人が確かに姉妹であると感じた瞬間だった。


「そう言や姫ちゃん、どうやって『烏合山ウゴウサン』まで行くん? 昨日地図で場所を確認したら『森羅衆』との国境近くで、ここから軽く800キロは離れてたっしょ」

 至極もっともである平助からの質問。

「ふえ? もちろん、歩いてですけど」

 クリュスのあんまりな発言に、嘆息する気すら起きなかった雅近は淡々ときびすを返した。

「諸君、残念だが旅行は中止だ。お疲れ、解散、またいつか」

 他の者も雅近に追従する。

「ちょ!? ま、待って、待ってください! ジョーク、ジョークですから、軽いプリンセスジョークですから!」

 まさかこのような反応をされるとは露ほども思っていなかったらしく、帰ろうとする面々の正面へと、わたわた慌てて先回りするクリュス。

「……紛らわしい冗談はめてくれ、姫君。オレは片道2キロ以上は、天変地異でも起きない限り歩かない主義なんだ」
「本気で800キロも歩かせるはずないじゃないですか、何その苦行!! お姉さまだって居るんですよ!?」

 声を張り上げた彼女が指差す先には、強く抱き締めればあっさりと折れてしまいそうなくらい華奢きゃしゃなリスタルの姿があった。
 確かに夜行達の持ち帰ったポーションの薬効により、治癒師ヒーラー同伴とは言え今回の旅行に参加できるほど容態が回復した彼女だが、未だ半病人であることには変わりない。
 800キロどころか3キロも歩かせれば、間違いなく倒れてしまうだろう。
 幾らなんでもそのようなことをさせるワケがない。
 そして無論のこと、雅近もそれくらいは理解していた。要するに、面白くもない冗談がどのような結果を招くのか、分かりやすい形で示しただけである。

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