65 / 113
5巻
5-1
しおりを挟む――煙が、空高くまで立ち昇っていた。
高く高く、雲に届いて交わるほどに。
『エリア大森林』奥地、大陸でも指折りの危険地域であるAランクダンジョン『蠱毒ノ孔』。
最早孔と呼ぶには不釣合いなほど深い、落ちれば生きては戻れないと伝えられる地獄の入り口である。
そこから僅か数キロの位置にひっそりと存在する、今となっては大陸でも1、2を争う希少種と成り果てた、純粋なエルフ達の隠れ里。
煙は――火の手は、その村のそこかしこより上がっていた。
「カカカカッ! 騒ぐ騒ぐ、血が騒いでたまらぬわ!」
炎に包まれ燃え盛る、ログハウス仕立ての家屋群。
それを背にして立ち、牙を剥き出し凶暴な笑みを浮かべる男がいた。
強靭な筋肉で覆われた、2メートルを優に超える巨躯。黒と見間違えるほどに濃く暗々とした青い肌。
その双眸は強膜――白目にあたる部分が、さながら墨を落としたような真黒に染まっている。
手にしているのは己の身長よりも更に長い、頑強とひと目見るだけでも分かる錫杖だった。
それを旋風すら巻き起こさんばかりの勢いで嬉々として振り回すこの男は――魔族の重鎮にして最強の存在。通称『鬼神』ドウサン。
「さ、さ、さぁ! おらぬかおらぬか、このドウサンの首を欲せし益荒男は、他におらぬのかぁ!?」
振り回されていた錫杖が、遊環をかち鳴らしながら叩き下ろされる。
剣を手に斬りかかってきたエルフの青年の頭蓋が、卵のように砕かれた。
「カカカカカッ!! そうだ、やはりこうでなくてはならぬ! 飛び散る血、裂ける肉、砕ける骨!! 闘争、戦いこそが手前の在り処よ!!」
咆哮のような笑い声をビリビリと響かせ、更に一撃。
エルフの槍使いが、全身の骨が砕ける音を響かせ地面と平行に吹き飛ぶ。激突した大木を十数本巻き添えにした後、見るも無惨な姿で動かなくなった。
「愉快愉快、痛快也! 今日はなんとも良き日よ、生き残ったエルフと手合わせ出来るとはッ!! ここを見つけたカーミラには感謝せねばならんな、あれは本当にいい働きをしてくれよるわ!!」
錫杖の石突を地面に打ち付け、まだ足りないとばかりにドウサンは周囲を見渡した。
しかし見えるのは百近いエルフの亡骸のみ。
さほど広い村ではない。ぐるりと見回せば、それだけでほぼ一望できてしまう。
村のほぼ全てに火が回っており、とても家屋に隠れていられる状態ではない。
つまり、これで打ち止めらしかった。
……とは言え、生きているエルフの姿が全く見当たらないわけでもなかった。
ただし――そのいずれも、彼の配下達が相手取っていた。
「むぅ……手を出さぬよう、言っておくべきであったか?」
軽く唸り声を上げ、己の失敗にドウサンは小さくかぶりを振る。
けれどまさか、今更配下の獲物を横取りするワケにもいかない。中には自分に負けず劣らず、血の気の多い者とて居るのだから。
不完全燃焼な気分に無理矢理水をかける。
ドウサンはその場に胡坐をかき、こうなれば配下達の戦いでも見物しているかと、僅かに目を細めるのであった。
――身体が、軋む。骨が、捩れる。肉が、千切れる。
熱い熱い熱い熱い、臓腑が焼けそうだ。
いや違う、溶けている。それとも、凍っている?
自分の身体が、一体どうなっているのか分からない。
無事なのか、刻まれてるのか、或いはもう既に失くなっているのか。
分からない分からない、分からないわからないワカラナイ。
「か――ひゅ」
窒息死、水死、焼死、凍死、毒死、溶死、感電死。
自分がどのような攻撃により、どのような原因で死亡したのか。
それすら不明瞭なまま、エルフ達が4人纏めてショック死した。
「…………」
死体が他にも10人分ほど倒れていて、その中心には女が立っていた。
明るい緑色の、綺麗に切り揃えられたショートヘア。
その頭上では、髪と同じ色をした狐の耳が、ぴくぴくと忙しなく動いている。
そして背面、尾てい骨のあたりからふっさりと伸びた4本の尻尾。
1本1本を好き勝手に動かしながら、長身痩躯のその女は、細面にナイフで切れ目を入れたような双眸をゆっくりと空に向ける。
「――こぉんッ」
そして鳴き声を上げるかのように、小さくそう呟いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
火の粉が弾け、燃え盛る家屋。
ひと際大きい村長宅のログハウスが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
その近くには、息を切らし額に汗を滲ませた、子供と大人の中間とでも呼ぶべき年頃の男が立っていた。
この世界で珍しい黒髪ということ以外に目立った特徴はない。着ている服も地味なものだ。
彼はつい今し方、最後のエルフを打ち倒した。
足下に転がる死体を見遣り、肩を震わせながら袖で額を拭う。
「――星音さん! 貴女も少しは手伝って……くだ、さいよ!!」
途中、吐き気を抑えるような仕草を見せて、近くに聳える大樹の上に向けて声を張り上げた。
視線の先には少女が居た。
年頃は男と同じで十代の後半。
白い長袖のワイシャツに細いネクタイをゆるく締めた、青いチェック柄のミニスカート姿だ。
脱色したのであろう長いオレンジの髪は、所々に藍色と赤紫のメッシュが入れられ、シュシュでポニーテールに纏めてある。
彼女は樹の枝に腰掛け、ニーソックスとローファーを履いた脚をぶらぶら揺らしている。
丈の余った袖から覗く指先で携帯を弄っていたが、舐めていた棒付きキャンディを摘み取り、ひどく面倒、或いは気だるそうに視線を下げた。
溶けた飴で甘くなった唇に、ぺろっと舌先を這わせる。
「……ハァ? どうしてマリがぁ、そんなことしなきゃイケないワケぇ?」
人を心底バカにしたような、若干間延びした口調だった。
男が表情を変えて何か言う前に、彼女は続ける。
「てかぁ、もし血なんかついたら服汚れるしー。パスパス、アンタがやんなよ、マリはパス権を行使しまーす」
「なッ……そ、そんな勝手が――」
「通用するから言ってるしー」
怒鳴り声に被せる形で、またも男の言葉を遮った。
そして、ニヤニヤとやはり人をバカにしきった笑みで、彼を見下ろす。
「アンタみたいな根暗っぽくて、パシリ属性ついてるジミー君なら、どうなろうとだーれも気にしないし。それでもマリに意見したかったら、全身整形して6番窓口から出直してくださーい、キャハハハハッ!!」
「ふ――」
ふざけるな。そう怒声を上げようとした青年だったが、既に彼女は音も立てず、樹上から消えていた。
「なッ……」
慌てて周囲を見渡すも、もう誰も居ない。何も言い返せないまま逃げられてしまったのだ。
左右に視線を向けた後、そのことに気付いた男はぎしりと歯を鳴らし、拳を強く握り締めた。
「あの、クソビッチがッ……!!」
静かな怒気を込めて、あらん限りの怨嗟を吐き出すのであった。
――赤い髪の男女が、相対している。
片や厳格そうな顔つきをした初老の男。
頭の両サイドから伸びる長い耳と浅黒い肌から、ダークエルフであることが見て取れる。
片やボサボサの長髪を乱雑に伸ばし、下着のみに身を包んだ若い女。
華美な装飾の施されたレイピアを杖代わりに地面に突き刺し、肩で息をしている。
「……衰えたな、妹よ」
そんな女の姿を正面から見遣り、男は憐れむように、ゆっくりとかぶりを振った。
「それにその姿……若さを保つため、フロイライン家の秘薬にでも手を出したか? 寿命そのものが変わるワケでもあるまいに、女とはつくづく哀れな生き物だな」
「るッ……せぇ!!」
女――ニーヴァは、ボロボロの身体とは裏腹な覇気の篭もった声で、男に怒鳴った。
彼女の中に渦巻いている強烈な怒りが、ダメージを超越している証だった。
「魔族になんぞ尻尾振りやがって、クソ兄貴が! その上、同族にまで手を出すほどのバカだったとは考えもしなかったぞ、このロクデナシ!!」
「なんとでも言うがいい、最早エルフの時代は終わったのだ。赤の王族も、残すところ私と貴様のみ。人間と交わった青の王族に至っては、既に亡きも同然の存在」
「……まだ人間を怨んでやがんのか。もう当事者なんざ誰も生きちゃいねぇ、持ってた所で何の意味もねえ見当違いな怨みだ!!」
ニーヴァが吼える。男はそれを鼻で笑い飛ばした。
「ならば、今生きている人間共に償わせるまでの話。復讐を果たせるのなら、私は魔族にだろうと獣にだろうと従うまで」
「いつまでも古傷を自分でこねくり回しやがって……目ぇ醒ましやがれ!!」
「醒めているからこそ、いつまでも忘れん。このような場所に隠れ住む貴様とは違うのだ」
そう言って男はニーヴァに歩み寄る。
肉体が限界を迎えている彼女は、退くことも戦うことも出来なかった。
「ッぐ!?」
「そして、何も私は昔話をするために、わざわざ貴様を生かしておいたワケではないぞ」
ニーヴァの髪を掴み、無理矢理に顔を持ち上げる。
地面に突き刺していたレイピア『ブルーローズ』が、小さく音を立てて倒れた。
それを見た男が、またもフンと鼻で笑う。
「貴様こそ、いつまでも下らん思い出に縋りおって……聞こう。かつて貴様が昔持ち出した指輪は、今どこにある?」
「ッ……指輪だぁ? さぁてな、なんのことやら……がッ!?」
腹部を殴られた衝撃で、ニーヴァは肺の空気を強制的に吐き出させられる。
咳き込む彼女を見下ろし、男は繰り返した。
「もう一度聞く。エルフビレッジの秘宝『双竜主ソロモン』は今どこにある?」
「……知るかよ……バーカッ」
殴打。そして詰問。
けれどニーヴァは答えず、焼き回しのように同じことが何度も繰り返される。
……じきに男の方が業を煮やし、掴んでいたニーヴァの髪を離した。
次いで傍に落ちていた『ブルーローズ』を拾い上げる。
「どうあっても答えんつもりか。ならもう良い、何も語らぬまま青薔薇に貫かれ、死ね」
「ッ……」
喉元に突きつけられた鋭利極まる切っ先。
ニーヴァは何とか身を捩って逃れようとするも、ダメージで動けなかった。
「愚かなことだ……大人しく従っておけば、兄妹の情もかけてやったというのに……」
「ハッ……えらっそーに……死ね、カス」
「……相変わらず、口の減らぬことだな」
もうまともに立つことすら出来そうにない状態にも拘わらず、命乞いのひとつすらしない。
男はもう一度かぶりを振った後、一切の躊躇なくニーヴァの喉笛を貫こうとした。
――バリィンッ!
「むッ!?」
けれどその寸前、液体で満たされたフラスコを背後からぶつけられた。
思いもよらなかったことに、一瞬だけ男の動きが止まる。
そして自分が何をぶつけられたのか、すぐさま理解した。
「石化薬か……ッ!!」
薬品を浴びた背中を始点に、全身が石へと変わっていく。
その速度からしてかなりの技術で作られた魔法薬であることは、確かめるまでもなかった。
「やはり、フロイライン家の生き残り……く、だが私に石化など……!」
背中の殆どが石と化したあたりで、石化が突然ぴたりと止まる。
それどころか、今し方の光景を逆再生するかのように、背中の石化があっという間に元に戻っていった。
――だが。
「……逃がした、か」
石になった身体が完全に元に戻った時には、眼前に倒れていたニーヴァの姿はどこにも無く、ただ飛び散った血の跡と、男の手に握られた『ブルーローズ』だけが、静かに残っているのみだった。
村から少し離れた、人間界へ続く森の獣道。
その道を、傷だらけのニーヴァを背負い走る小さな影があった。
「あうあうあう……ちょ、どうなってるのさ一体……!」
ガサガサと茂みを掻き分け、足を止めることなくマレイシャは進む。
とにかく今は、少しでも早く村を離れることが先決であった。
「ニーヴァさん! ニーヴァさん、聞こえる!? ボクの鞄に回復薬が入ってるから、それ飲んで!」
「ぅ、ぁ……」
小柄なマレイシャに運ばれているため、爪先をずるずると地面に引き摺りながら、震える指先で肩掛け鞄からフラスコを取り出すニーヴァ。
こく、こく。
薬を嚥下する音を背中越しに聞き、マレイシャは更に言う。
「飲んだ!? 飲んだら、次は同じ奴を身体にぶっ掛けて! 外傷はその方が早く治るから!」
傷をすぐさま治せる回復薬は稀少であるが、以前夜行達が来た際に材料をかなり手に入れたため、幾つか作ることが出来た。
回復薬が早速効いてきたのか、先程よりも確かな手つきで、ニーヴァは同じ色の薬品で満たされたフラスコを取り出し、頭から被る。
「……ぐ……悪いな、マレイシャ……たす、かった」
「お礼とかヤメテよ! ニーヴァさんがそんなこと言うなんて縁起でもないんだから!」
「どういう意味だ、そりゃ……」
マレイシャの背で苦々しげな表情をしながら、ニーヴァが呟いた。
そして彼女の背から離れ、若干ふらつきながらも自分の脚で立ち上がる。
「よし……何とか、走れそうだ……行くぞ」
「うん! でもニーヴァさん、ボク達これから一体どうすれば……」
常日頃から能天気が売りであるマレイシャが、珍しく弱気な声でそう問い掛ける。
無理もない。何せ自分達の村が何の前触れも無しに魔族の襲撃を受け、命辛々逃げ出している状態なのだから。
薬のお陰で、つい1分前までは立つことすらおぼつかなかったにも拘わらず、既に軽く走っているニーヴァは、若干考え込むような仕草を見せる。
「……帝都だ。ヤコウ達のとこに行くぞ。あいつらならウチらを無下にはしねぇだろうし……何より、奴が出張ってきたことを報せねぇと……」
骨折したアバラが急速に治癒する痛みで顔を顰めさせながら、ニーヴァは隣のマレイシャにすら聞き取れない小声で呟く。
「ドウサン……まさか、あんな大物が魔国から出て来やがるとは……」
僅かに震えを帯びた声。
かつての記憶と共に呼び覚まされる恐怖を振り払うように、ニーヴァは走った。
「おや。このような所に、まだ取りこぼしが」
そんな彼女らの眼前に、しゃらしゃらと靡く金紗の髪を持つ女が、唐突に現れた。
その女――ホイットニー=カーミラの傍らには、フードですっぽりと姿を覆い隠した2人組が控えている。
「ですが、ちょうどよろしゅうございました。他の皆様に獲物を悉く取られてしまい、私、人形のデモンストレーションが出来ず、困っていたのです」
薄絹の黒いドレスを身に纏ったホイットニーは、そう告げて妖艶に笑む。
対してニーヴァとマレイシャの2人は、顔を青褪めさせるばかり。
「ご心配はなさらずに。他の皆様とは違い、出来るだけ綺麗に殺して差し上げますので。骸となってまで、恥をかくのはお嫌でしょう?」
――森の惨劇が終わるには、まだ早い。
Ψ
雲ひとつ見当たらないほど良く晴れた、真夏の早朝。
ラ・ヴァナ帝国、帝都宮殿の中庭の一角に、延べ十数人ほどの集まりがあった。
丁寧にアイロン掛けされた執事服に袖を通した、品の良さそうな初老の男性。
スカート丈の短いナース服を着た、治癒師の女性。
そして、十代後半から二十代半ばほどまでの、歳若いメイド達が5人。
更にその少し前に横一列で立っている、帝国決戦部隊『セブンスターズ』の面々。
「皆様、ようこそお集まりいただきました! 旅行の支度に、何か手落ちはありませんかぁ?」
音頭を取るのは、帝国第2皇女クリュス=ラ・ヴァナ。
横に立つ姉の第1皇女リスタルが苦笑するほどのハイテンションで、彼女はくるくる回っていた。
「ではでは、まずは点呼を取りましょう! 『セブンスターズ』の皆様から、隊内序列順に、さあ!」
やがてぴたりと動きを止め、隊内序列1番である千影を勢い良く指差すクリュス。
この場に居る誰よりも大柄な巨漢は、にぃっと頑丈そうな歯を剥き出して笑った。
「ッしゃ! one!」
高く伸ばした腕。天を突き上げるように聳え立てられた1本指だ。
「……二」
続いてサクラが、いつもの無表情で横ピースをしながら言った。
「drei!」
三番手である夜行は、左手の親指、人差し指、小指を立てる。
「quatre」
ふわふわした笑みを浮かべる躑躅は、控えめなダブルピース。
「khamsa!」
手の甲を外側に向け五指を開く、無駄にキメ顔な平助。
「ハァ……六」
九々は溜息を吐きながら、普通に6本指を立てた。
「pito」
静かに呟き、片手の指を4本だけ立てた雅近。が、よく見ればその足下にある影は、光の当たり具合で指を3本立てたように映っていた。
――ともあれ、これにて『セブンスターズ』は点呼終了。
彼ら7人を見渡した後、クリュスはその眠気を帯びたような表情に、ほんのりと笑みを浮かべる。
「はい、大変結構です。誰1人として使用言語すら被っていない衝撃的な統一感の無さ、逆にチームワークを感じてしまいますね!」
褒めているのか貶しているのか、深読みしたらキリがない発言だった。
リスタルが妹と同じように7人を見渡す。
「……ねえ、くりゅす? このひとたちで、ほんとうに、だいじょうぶなの……?」
なんとも怪訝な顔をしながら、そう尋ねた。
外見や口調こそ儚げだが、流石クリュスの姉だけあってなかなか言う女性である。
「大丈夫ですよ、お姉様。こんなでも、やる時はやってくれる方々です」
「そう……? わたしは、へーすけいがい、よくしらないから……だから、ちょっと、しんぱい……」
「……姫君は言うまでもないが、意外と姉君も失礼だな」
「てかリタちゃん? それ、つまり俺っちに対して心配抱えてるってこと? ねえ?」
眉間に皺を寄せる雅近と、釈然としない様子で詰め寄る平助。
顔や表面的な性格は全然似ていないが、2人が確かに姉妹であると感じた瞬間だった。
「そう言や姫ちゃん、どうやって『烏合山』まで行くん? 昨日地図で場所を確認したら『森羅衆』との国境近くで、ここから軽く800キロは離れてたっしょ」
至極もっともである平助からの質問。
「ふえ? もちろん、歩いてですけど」
クリュスのあんまりな発言に、嘆息する気すら起きなかった雅近は淡々と踵を返した。
「諸君、残念だが旅行は中止だ。お疲れ、解散、またいつか」
他の者も雅近に追従する。
「ちょ!? ま、待って、待ってください! ジョーク、ジョークですから、軽いプリンセスジョークですから!」
まさかこのような反応をされるとは露ほども思っていなかったらしく、帰ろうとする面々の正面へと、わたわた慌てて先回りするクリュス。
「……紛らわしい冗談は止めてくれ、姫君。オレは片道2キロ以上は、天変地異でも起きない限り歩かない主義なんだ」
「本気で800キロも歩かせる筈ないじゃないですか、何その苦行!! お姉さまだって居るんですよ!?」
声を張り上げた彼女が指差す先には、強く抱き締めればあっさりと折れてしまいそうなくらい華奢なリスタルの姿があった。
確かに夜行達の持ち帰ったポーションの薬効により、治癒師同伴とは言え今回の旅行に参加できるほど容態が回復した彼女だが、未だ半病人であることには変わりない。
800キロどころか3キロも歩かせれば、間違いなく倒れてしまうだろう。
幾らなんでもそのようなことをさせるワケがない。
そして無論のこと、雅近もそれくらいは理解していた。要するに、面白くもない冗談がどのような結果を招くのか、分かりやすい形で示しただけである。
0
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。