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2巻
2-2
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「分かった分かった……騙そうとして悪かったよ」
やれやれと肩を竦めながら、夜行はポケットから銀貨を1枚抜き出し、それを指で弾いて飛ばす。
飛ばされたコインは綺麗な弧を描いた後、丁度剣を持った男の足元に落ちた。
「さあ拾え。足が短く頭でっかちで、髪が薄いくせに鼻毛は出ている貧乏人」
「俺様を舐めてんのかてめえはァッ!? 会ったばっかりの奴にこうも扱き下ろされたのなんざ、生まれて初めてだよ!!」
「「金だ金だー!」」
「お、お前達には人としてのプライドってもんがねぇのかぁぁぁぁッ!!!!」
3度目の拳骨。最早取り巻きの2人は、3つ積み重なったたんこぶにより、1分前と比較して身長が10センチほども高くなっていた。
そして、空腹で気が立っていたために思わず余計なことを言ってしまった夜行。
全て真実とは言え、やってしまったと少しばかり後悔する。
「ホントに悪い。気が立つと正直になるんだ、俺」
これも真実である。
「ッ――もう許さねぇ……有り金も持ち物も、何もかも全部毟り取ってやる!!」
怒りで顔を真っ赤にした男が、手にしていた剣をその辺に放り投げた。
そして、懐から拳銃を取り出す。
「……へぇ、ピストル型の魔銃か。ライフル型とランチャー型のは宮殿で見たことあるが、そいつは初めてだな……てか、剣を持ってた意味は?」
「「で、出たぜ! 元下っ端帝国軍人にして、帝都主催の射撃大会で参加賞を勝ち取った腕前を持つ、アニキのとっておきが!」」
とっておきなのに最初から出すのかよ。んで剣使えよ、持ってるなら。
しかも、下っ端って。参加賞とか、勝ち取るも何も大会に出ればもらえるじゃん。
果たして自慢になるのか、それ。得意げな顔してるけど、間違ってるの俺の方か?
「へっへっへっへっへ……こいつで全身をぶち抜いてやる! なぁに、心配すんな……命とパンツだけは許してやらぁ!」
「「さっすがアニキだー! 丸腰の相手に銃を向ける、汚い! 流石アニキ、やることがゴミ虫レベルだぜー!」」
「うるっせえんだよお前達はぁぁぁぁッ!!!!」
取り巻き達の、度重なる神経を逆撫でするような発言によりとうとうブチ切れ、男が2人へと発砲した。
とは言え、弾の色は紫だったから、恐らくは殺傷性の無い『衝撃弾』なのだろうけれど。
「「ぎゃぁぁぁぁッ!!?」」
撃たれた衝撃で吹っ飛び、目を回して気絶する取り巻き達。
……しかし、自分で3対1から1対1の状況に変えてしまっているが、余程腕前に自信があるのだろうか。
下っ端で参加賞のくせに。
「さあ、てめえもオネンネしなぁ! よく見りゃ高価そうな服着てんじゃねーか、久々の旨い獲物だぜぇッ!!」
言い終えるかどうかのタイミングで、ダダダンッと、夜行に向けられた銃口から、ほぼ間を置かずに紫色の弾丸が3発放たれる。
――ただ撃っただけではない。男が使ったのは、射撃系技『クイックファイア』だった。
一度引き金を引いただけで、複数の弾丸を飛ばすことが出来る、射撃マスタリーにより習得可能な技である。
それを見た瞬間、元帝国軍人とは言え、下っ端だった男が高価な魔銃などを持っていた理由が、夜行の中でハッキリした。
彼の生まれ持ったクラスが、数ある『マスタリー系』技能の中でもそこそこ珍しい、『銃』に関連するものだったからだろう。委員長――雪代九々と同じである。
だとすれば、湯水の如く使おうとも尽きることのない財で満たされた帝国なら、下っ端にも銃を渡して何ら不思議はない。
「…………」
3発の弾丸は、全て夜行の顔面へと飛来する。
高価だと見立てた、実際に高価であるエルフ謹製の衣服を傷つけないようにするためか。
取り敢えず、全弾を狙った場所に撃てる程度の腕前は、備えているらしい。
彼我の距離は7メートル前後。弾が到達するまでの時間は、コンマ1秒にさえ満たない。
だから本来、避けることなど不可能。
しかし夜行は軽々と――顔を横に逸らして、避けた。
「危ねーなぁ、いきなり撃つとか。防御も魔力抵抗も致命的に低い俺にゃ、魔法と物理を両方備えた魔銃は当たると痛いんだぞ」
「――な……なんッ……で……!?」
眼前で起きたのは、あまりに刹那の出来事だった。
まるで弾が夜行の顔をすり抜けたかのように見えたチンピラは、目を見開き驚愕を露わにした。
「て、めえ……どうして、どうやって銃弾をッ!?」
「いやいや、幾ら俺でも素の身体能力で銃弾なんか避けられねぇよ。かわせたのは弾道が分かったから。お前、狙いつけてから引き金引くまでが遅過ぎ」
これでもし、撃った相手が九々でこの距離なら、夜行は恐らく2発はかわせたけれど、1発避けきれずに喰らっていただろう。
そして身体の軽さゆえの吹っ飛ばされ率の高さで体勢を崩し、そのまま連射されてお陀仏である。
まあ、避ける以外の選択肢も使っていいのなら、相棒の脇差『娼啜』で弾を斬るって手もあったけれど。
しかし下手にこれで戦うと切れ味が良過ぎて、今の夜行では手加減が出来ない。
一方、とにかく体重が規格外に軽い所為で、峰打ちしようとしても、首など急所を狙わなければ効果も薄い。
となると――。
「バ……バケモノ……ッ!!」
「おいおい、化け物とは幾らなんでも酷いぞ。頭の1文字余計だよ」
お世辞にも銃使いとの相性は良くない夜行であるが、相手が3流以下なら何の問題も無い。
一方、男は浮かべていた驚愕の表情を恐怖へと変え、震えながらも再び引き金を引こうとした。
「――俺は獣だ。口には気ぃ付けろ、チンピラ野郎」
それよりも疾く、さながら消えるかのような速さで懐まで踏み入った夜行。
コートの中から引き抜いた『娼啜』の柄頭で、男の鳩尾を強かに打ち据える。
「ぐ、ぶッ……!?」
肉体の中心から、電撃のように全身へと行き届いた激痛と衝撃により、男はぷつりと意識を断たれるのだった。
「……しっかしなー。俺、巻き込まれ体質とかじゃない筈なんだけどなー」
バサリとコートの裾を押し退けるようにして翻し、夜行は後ろ腰に差した鞘へと『娼啜』を収める。
ふと辺りを見回せば、気絶し倒れたチンピラが3人。
その内2人は、夜行が倒したワケではない。
「さーて、また変なことになる前に、ちゃっちゃか消えるとします――」
「そこまでだッ!!」
立ち去ろうとした夜行の呟きをかき消し、大きく張り上げられた声が鐘のように響き渡る。
凄まじく嫌な予感を抱きながら、声のした方向……上を見遣ると――。
「銃声が聞こえたと思い駆けつけてみれば、戦闘の跡! そしてその場に立つ、怪しい人影!」
「…………」
……他のどんな奴にそう言われようと、お前にだけは言われたくはない。
そんな喉まで出掛かった言葉を押さえながら、夜行は建物の屋根に立つ人物を見上げた。
「これをどう見るべきか! 考えるまでもなく、善良な市民を傷つける悪人の所業に他ならない!」
……何で屋根の上に立ってるのかは、この際どうでもいい。
軽鎧の上からマントを羽織っているファッションセンスについても、まあ置いておく。
そのマントが、風も吹いてないのにバタバタなびいてるのだって、かなり気になるけど二の次だ。
「はっ!」
短い掛け声と共に、屋根から飛び降りる乱入者。
倒れたチンピラ達を背に立つ夜行の正面へと着地すると、勢いよく夜行を指差した。
「身に纏う紅い衣、隠せども隠し切れずに立ち上る禍々しき気配! 貴様の正体、わたしにはお見通しだ!」
長めのウルフカットにされた鮮やかな水色の髪を、これまた風も無いのに大きく揺らし、目元をベネチアンマスクで覆ったこの上なく怪しい人物は、腰に携えた剣を抜き放ち中段に構える。
「ついに見付けたぞ! 『切り裂きジョーンズ』!!」
そして、ジト目を向けている夜行に対し、高らかにそう叫ぶのであった。
Ψ
(どうしてこう、めんどくさいのに絡まれるんだ……)
記憶の回想を終えた夜行は、最近すっかり回数の増えてしまった溜息をまたひとつ重ねる。
それと同時に、首狙いで横薙ぎに払われた切っ先を、ギリギリ当たらない程度の軽いスウェーバックでかわした。
「さっきからちょこまかと……避けるな!」
手を止めることなく猛攻を続けてくる仮面の剣士の言葉に、無茶言うな、と小さく呟く夜行。
何せ、避けなければ死んでしまう。柔なナイフ程度なら刺さらずに折れる、肌が鉄かと思うほど防御の堅い千影とは違うのだから。
――そう。実際、夜行の防御力は物理魔法を問わず、勇者7人の中では最も低い。千影以外の全員が、防御特化のステータスではないにも拘らず、だ。
加えて言うなら、生命力を示すHP数値も、躑躅の次に低い6番目。
オマケにクラス技能『ムーンウォーカー』により、AGI値が3倍に引き上がった代償として、ノックバック率は更に倍ドンの実に6倍。
重い攻撃であれば、夜行は掠っただけでも簡単に体勢を崩されてしまうのである。
「防御は低い、HPも無い、下手すりゃ掠っただけで命取り。だから避けてかわして斬り伏せる、それが俺のやり方だ。実にシンプル、何か文句あるか?」
「あるッ!!」
まさかの即答ですか。
斬撃をかわすついでにバックステップで間合いを取った夜行に、剣士が切っ先を向け吼えた。
「避け、かわし、斬り伏せる? だったら何故武器を抜かない!? 得物のナイフは懐にでも忍ばせているのだろう、ジョーンズ!!」
「……だから、誰だよジョーンズって……」
言われた通り、夜行は剣士と相対するにあたり、『娼啜』を抜いていなかった。
その理由は単純にして明白。夜行に戦う意思が無いからである。
と言うか、当然だった。向こうは誰か別の者と勘違いしているだけで、別に夜行自身を狙っているワケではない。
こうやって攻撃をかわしながら誤解を解くか、それが無理と判断したら、いっそ逃げてしまえばいい。
600超えのAGI値を駆使して逃走すれば、夜行に追い縋ることなど、少なくとも人間には不可能なのだから。
「…………」
それに――技能『ビーストアッパー』が持つ副次効果により、夜行はハッキリと感じ取っていた。
この剣士、格好はツッコミどころ満載だが……凄く強い。
戦う意思を示せば、間違いなく夜行は自分自身に歯止めが利かなくなってしまう。
『娼啜』を抜いてしまえば、殺さないようにするのは至難を極めるだろう。
クラス『月狼』に内包される獣の野性、触れるものを全て構わず斬ってしまう『娼啜』の性質。
言うまでもなく、どちらも加減は困難。そもそも戦いよりも、完全に殺し合いへ傾倒している。
つまり、もし戦えば軽い怪我では済まないどころか、下手をすれば殺してしまう。
さっきのチンピラのような、刀を抜かずに気絶させられるほど、簡単な相手でもない。
――とは言え、いつまでもこうやって攻撃をかわし続けるのもきつい。
「やれやれ……」
飛車角落ちで将棋をしている気分になりながら、夜行はどうしたものかと考えを巡らせた。
とにかく、ワケの分からない誤解の末に刃傷沙汰を起こすなんてのは論外。故に戦うのは当然却下。
誤解を解くにしたって、さっきからこの剣士は人の話を全く聞こうとしない。よって、交渉も説得も不可能。
そうなると……残る選択肢は、夜行の思いつく限りだとあとひとつ。
古来より培われてきた兵法の中で、あらゆる局面において効果的な一手。
その名も、『コマンド:にげる』であった。別名、三十六計逃げるに如かず。
「よし、退さ――」
「させるかぁッ!!」
夜行は逃げ出した! しかし、回り込まれてしまった!
手近な建物の屋根にでも飛び移るべく、夜行が足を踏み込もうとした瞬間。
ジャストタイミングで放たれた、仮面の剣士の叩き付けるような振り下ろしに阻まれ、かわすために無理な体勢からサイドステップを取る。
「卑劣な悪党の考えそうなことなど、大体お見通しだ! わたしから逃げられると思うなよ!」
「ッチィ……!」
舌打ち、次いで歯を軋ませる夜行。
辺りの飛び移ることができそうな足場はどれもそれなりの高さがあり、如何に夜行の跳躍力と言えど、少々の踏み込みが必要だった。
そして相手はその踏み込む瞬間をキッチリと狙って攻撃してきた。
イロモノ染みた外見のくせに、何とも抜け目ない。目は仮面で見えないけれど。
……この分では明確な隙を作らせない限り、逃げるのは難しいだろう。
他にも技を使うなり、スピードでごり押しするなりすれば、何とかなるかも知れなかったが、その場合、低確率だが攻撃を食らってしまう恐れがある。
そんな、わざわざ自分で痛い目に遭う可能性を作るなんてのも、馬鹿馬鹿しい話だ。
何せ一瞬だけでも隙が出来れば、確実に無傷で逃げ切る自信はあるのだから。
(とは言っても、武器も使えないんじゃその隙を作るのが……ん?)
悩んでいる内、夜行が剣尖をかわした先に落ちていた物が、カツンとブーツの踵にぶつかった。
「……こいつは」
何かと思いちらと視線を下ろせば、そこにはチンピラのリーダー格が持っていた剣。
使われないまま放り投げられたそれが、ちょうど夜行の足元に転がっていたのだ。
――今の状況じゃ、使いどころの難しい妖刀よりは、まだ都合がいいか。
油断なくこちらを見据えている剣士と視線をかち合わせたまま、夜行はその剣を足で蹴り上げる。
宙に浮いた剣の柄を握り、鞘だけを空中に残すようにして引き抜いた。
「なるほど、それが貴様の得物だったか。言えば拾う時間ぐらいはくれてやったものを!」
「どーでもいい親切、ありがとよ」
カランと地面に落ちる鞘の音を聞きながら剣身に目を遣り、少しばかり、夜行は眉間に皺を寄せる。
あんなお笑い集団みたいなチンピラの持っていた剣だ。確かに、期待などこれっぽっちもしていなかったけれど。
抜き放たれたチンピラの剣は、想像していた以上に酷い、とんだナマクラであった。
ちょっと握っただけでも分かるほど重心は滅茶苦茶、手入れも碌にされてないのか刃毀れだらけ。そもそも、その刃が歪んでいる。
やっつけ仕事の数打ちにも程がある品だった。恐らく、武器屋でタダ同然に売られていたのを購入したのだろう。
===================
銘:ブレイズ・インフェルノ・バーナー
分類:片手剣
等級:雑級
状態:粗悪
詳細:鍛冶師見習いバーズ・シュミエルが練習で作った剣。辛うじて武器として使える。
===================
「…………」
……突っ込まない、俺は突っ込まないぞ。
個人技能『刀剣目利き』で確認した剣のステータスに、内心でそう繰り返す夜行。
きっと初めて鍛った作品とかで、テンション任せにやたら凝った名前を付けたのだ。
よくよく見たら、剣身に思いっきり銘と製作者の名前が刻んであるし。
もしこの剣を鍛った職人が後々大成したら、きっと死に物狂いでこれを探して破壊することは疑いようがない。
異世界にも黒歴史ってあるんだなぁと、しみじみ思った瞬間だった。
「はあぁッ!!」
「ッ!」
一気に間合いを詰めてきた剣士の斬撃を、チンピラの剣……もとい、『ブレイズ・インフェルノ・バーナー』で迎え撃つ。
しかし、それだけでもやはり衝撃で、身体を持って行かれてしまう。
双方の剣が弾かれると同時に、夜行は靴底をレンガの地面で削りながら、1メートル近く後退させられた。
「チッ……!」
「まだまだぁッ!!」
間髪容れず、そのまま追撃を仕掛けてくる剣士の連撃を、今度は受け止めず、先程と同様にかわして行く。
4連、5連、6連。素早く鋭い剣撃の合間を縫うように動き、かわし続ける。
延べ9つ目の振り下ろしが地面にぶつかり、その切っ先に触れたレンガが激しく音を立てて砕かれた瞬間。
「――シッ!」
夜行は剣士の肩口に向け、袈裟懸けに『ブレイズ・インフェルノ・バーナー』を振るった。
けれど返す刀によってその一撃は防がれ、互いに剣を押し合う鍔迫り合いへと移る。
「ッ……」
「どうした、そんなものか!」
ここでもまた、夜行の軽過ぎる体重が災いした。
2人の膂力自体にもそれなりに大きな差がある。更に加えて圧倒的な体重差によって、夜行は踏ん張りが利かず、徐々に後ろへ押されているのだ。
何とか側面からの力押しで再び剣を弾き、さながら襟首を引っ張られたかのように大きく飛び退って、素早く構えを取り直した。
この鬱陶しい状況を打破するにはどうすべきかと、普段あまり使わない頭で案を練る。
……あまり長引かせると、非常に不味い。
相手の、仮面の剣士が持つ剣は見るからに業物であった。
流石に戦闘中では銘や等級までは分からないが、レンガを砕くほどの勢いで叩き付けても、切っ先には歪みも刃毀れも見当たらない。
そして持ち主もかなりの手練れ。格好こそふざけているけれど、やもすれば帝国将軍クラスの実力者。
比べてこっちは、手札の過半数は使えず、武器は3流以下の粗悪な剣。
長引くと不味い理由のひとつとして、このナマクラが問題だった。
直接相手と打ち合ったのは2度だけだと言うのに、既にこの剣の限界が近いのだ。
鍔迫り合いから弾く時、剣身に亀裂が入った。もう一度強くぶつけたら、間違いなく折れる。
そうなれば隙を作ることは難しくなり、逃げるためには少しだけ危ない橋を渡る羽目となってしまう。
更に、何より。
(ヤベェ……ちょっと、楽しくなってきたぁ……)
手練れとの攻防で、夜行自身に戦意が湧き始めていた。
ダラダラと続けていたら、直に我慢が利かなくなり『娼啜』を抜いてしまいそうなくらいに。
コートに隠した後ろ腰の妖刀を抜けば、そこからはもうほぼ殺し合い。
無論のこと殺さないよう配慮はするが、『ビーストアッパー』でテンションが上がると性格まで凶暴化してタガが外れてしまうのだ。
殺さないようにしても、弾みで腕の1本は斬り落としてしまうかも知れなかった。
そうなる前に早いところ逃げなければ。帝都へと戻る前に犯罪者となるのは御免だ。
大手を振って宮殿に帰るためにも、この場はなんとしても逃げ延びる必要がある。
しかし手持ちの武器は、折れかけのナマクラ。こんな物で、どうやって……。
「……!」
いや……ある。
得物が折れかけだからこそ、使えそうな手が。
「…………」
思いついたからには、即実行に移さなければ。
何せこの手、自分が攻め手じゃないと意味無いし。
どうせこれ以上考えたところで、雅近じゃないんだから妙案など出てこない。
決めるや否や、夜行はだらりと背筋を曲げ、猫背のような前傾姿勢を取る。
そして今まで順手で振るっていた剣を逆手に持ち替え、大きく振りかぶった。
やれやれと肩を竦めながら、夜行はポケットから銀貨を1枚抜き出し、それを指で弾いて飛ばす。
飛ばされたコインは綺麗な弧を描いた後、丁度剣を持った男の足元に落ちた。
「さあ拾え。足が短く頭でっかちで、髪が薄いくせに鼻毛は出ている貧乏人」
「俺様を舐めてんのかてめえはァッ!? 会ったばっかりの奴にこうも扱き下ろされたのなんざ、生まれて初めてだよ!!」
「「金だ金だー!」」
「お、お前達には人としてのプライドってもんがねぇのかぁぁぁぁッ!!!!」
3度目の拳骨。最早取り巻きの2人は、3つ積み重なったたんこぶにより、1分前と比較して身長が10センチほども高くなっていた。
そして、空腹で気が立っていたために思わず余計なことを言ってしまった夜行。
全て真実とは言え、やってしまったと少しばかり後悔する。
「ホントに悪い。気が立つと正直になるんだ、俺」
これも真実である。
「ッ――もう許さねぇ……有り金も持ち物も、何もかも全部毟り取ってやる!!」
怒りで顔を真っ赤にした男が、手にしていた剣をその辺に放り投げた。
そして、懐から拳銃を取り出す。
「……へぇ、ピストル型の魔銃か。ライフル型とランチャー型のは宮殿で見たことあるが、そいつは初めてだな……てか、剣を持ってた意味は?」
「「で、出たぜ! 元下っ端帝国軍人にして、帝都主催の射撃大会で参加賞を勝ち取った腕前を持つ、アニキのとっておきが!」」
とっておきなのに最初から出すのかよ。んで剣使えよ、持ってるなら。
しかも、下っ端って。参加賞とか、勝ち取るも何も大会に出ればもらえるじゃん。
果たして自慢になるのか、それ。得意げな顔してるけど、間違ってるの俺の方か?
「へっへっへっへっへ……こいつで全身をぶち抜いてやる! なぁに、心配すんな……命とパンツだけは許してやらぁ!」
「「さっすがアニキだー! 丸腰の相手に銃を向ける、汚い! 流石アニキ、やることがゴミ虫レベルだぜー!」」
「うるっせえんだよお前達はぁぁぁぁッ!!!!」
取り巻き達の、度重なる神経を逆撫でするような発言によりとうとうブチ切れ、男が2人へと発砲した。
とは言え、弾の色は紫だったから、恐らくは殺傷性の無い『衝撃弾』なのだろうけれど。
「「ぎゃぁぁぁぁッ!!?」」
撃たれた衝撃で吹っ飛び、目を回して気絶する取り巻き達。
……しかし、自分で3対1から1対1の状況に変えてしまっているが、余程腕前に自信があるのだろうか。
下っ端で参加賞のくせに。
「さあ、てめえもオネンネしなぁ! よく見りゃ高価そうな服着てんじゃねーか、久々の旨い獲物だぜぇッ!!」
言い終えるかどうかのタイミングで、ダダダンッと、夜行に向けられた銃口から、ほぼ間を置かずに紫色の弾丸が3発放たれる。
――ただ撃っただけではない。男が使ったのは、射撃系技『クイックファイア』だった。
一度引き金を引いただけで、複数の弾丸を飛ばすことが出来る、射撃マスタリーにより習得可能な技である。
それを見た瞬間、元帝国軍人とは言え、下っ端だった男が高価な魔銃などを持っていた理由が、夜行の中でハッキリした。
彼の生まれ持ったクラスが、数ある『マスタリー系』技能の中でもそこそこ珍しい、『銃』に関連するものだったからだろう。委員長――雪代九々と同じである。
だとすれば、湯水の如く使おうとも尽きることのない財で満たされた帝国なら、下っ端にも銃を渡して何ら不思議はない。
「…………」
3発の弾丸は、全て夜行の顔面へと飛来する。
高価だと見立てた、実際に高価であるエルフ謹製の衣服を傷つけないようにするためか。
取り敢えず、全弾を狙った場所に撃てる程度の腕前は、備えているらしい。
彼我の距離は7メートル前後。弾が到達するまでの時間は、コンマ1秒にさえ満たない。
だから本来、避けることなど不可能。
しかし夜行は軽々と――顔を横に逸らして、避けた。
「危ねーなぁ、いきなり撃つとか。防御も魔力抵抗も致命的に低い俺にゃ、魔法と物理を両方備えた魔銃は当たると痛いんだぞ」
「――な……なんッ……で……!?」
眼前で起きたのは、あまりに刹那の出来事だった。
まるで弾が夜行の顔をすり抜けたかのように見えたチンピラは、目を見開き驚愕を露わにした。
「て、めえ……どうして、どうやって銃弾をッ!?」
「いやいや、幾ら俺でも素の身体能力で銃弾なんか避けられねぇよ。かわせたのは弾道が分かったから。お前、狙いつけてから引き金引くまでが遅過ぎ」
これでもし、撃った相手が九々でこの距離なら、夜行は恐らく2発はかわせたけれど、1発避けきれずに喰らっていただろう。
そして身体の軽さゆえの吹っ飛ばされ率の高さで体勢を崩し、そのまま連射されてお陀仏である。
まあ、避ける以外の選択肢も使っていいのなら、相棒の脇差『娼啜』で弾を斬るって手もあったけれど。
しかし下手にこれで戦うと切れ味が良過ぎて、今の夜行では手加減が出来ない。
一方、とにかく体重が規格外に軽い所為で、峰打ちしようとしても、首など急所を狙わなければ効果も薄い。
となると――。
「バ……バケモノ……ッ!!」
「おいおい、化け物とは幾らなんでも酷いぞ。頭の1文字余計だよ」
お世辞にも銃使いとの相性は良くない夜行であるが、相手が3流以下なら何の問題も無い。
一方、男は浮かべていた驚愕の表情を恐怖へと変え、震えながらも再び引き金を引こうとした。
「――俺は獣だ。口には気ぃ付けろ、チンピラ野郎」
それよりも疾く、さながら消えるかのような速さで懐まで踏み入った夜行。
コートの中から引き抜いた『娼啜』の柄頭で、男の鳩尾を強かに打ち据える。
「ぐ、ぶッ……!?」
肉体の中心から、電撃のように全身へと行き届いた激痛と衝撃により、男はぷつりと意識を断たれるのだった。
「……しっかしなー。俺、巻き込まれ体質とかじゃない筈なんだけどなー」
バサリとコートの裾を押し退けるようにして翻し、夜行は後ろ腰に差した鞘へと『娼啜』を収める。
ふと辺りを見回せば、気絶し倒れたチンピラが3人。
その内2人は、夜行が倒したワケではない。
「さーて、また変なことになる前に、ちゃっちゃか消えるとします――」
「そこまでだッ!!」
立ち去ろうとした夜行の呟きをかき消し、大きく張り上げられた声が鐘のように響き渡る。
凄まじく嫌な予感を抱きながら、声のした方向……上を見遣ると――。
「銃声が聞こえたと思い駆けつけてみれば、戦闘の跡! そしてその場に立つ、怪しい人影!」
「…………」
……他のどんな奴にそう言われようと、お前にだけは言われたくはない。
そんな喉まで出掛かった言葉を押さえながら、夜行は建物の屋根に立つ人物を見上げた。
「これをどう見るべきか! 考えるまでもなく、善良な市民を傷つける悪人の所業に他ならない!」
……何で屋根の上に立ってるのかは、この際どうでもいい。
軽鎧の上からマントを羽織っているファッションセンスについても、まあ置いておく。
そのマントが、風も吹いてないのにバタバタなびいてるのだって、かなり気になるけど二の次だ。
「はっ!」
短い掛け声と共に、屋根から飛び降りる乱入者。
倒れたチンピラ達を背に立つ夜行の正面へと着地すると、勢いよく夜行を指差した。
「身に纏う紅い衣、隠せども隠し切れずに立ち上る禍々しき気配! 貴様の正体、わたしにはお見通しだ!」
長めのウルフカットにされた鮮やかな水色の髪を、これまた風も無いのに大きく揺らし、目元をベネチアンマスクで覆ったこの上なく怪しい人物は、腰に携えた剣を抜き放ち中段に構える。
「ついに見付けたぞ! 『切り裂きジョーンズ』!!」
そして、ジト目を向けている夜行に対し、高らかにそう叫ぶのであった。
Ψ
(どうしてこう、めんどくさいのに絡まれるんだ……)
記憶の回想を終えた夜行は、最近すっかり回数の増えてしまった溜息をまたひとつ重ねる。
それと同時に、首狙いで横薙ぎに払われた切っ先を、ギリギリ当たらない程度の軽いスウェーバックでかわした。
「さっきからちょこまかと……避けるな!」
手を止めることなく猛攻を続けてくる仮面の剣士の言葉に、無茶言うな、と小さく呟く夜行。
何せ、避けなければ死んでしまう。柔なナイフ程度なら刺さらずに折れる、肌が鉄かと思うほど防御の堅い千影とは違うのだから。
――そう。実際、夜行の防御力は物理魔法を問わず、勇者7人の中では最も低い。千影以外の全員が、防御特化のステータスではないにも拘らず、だ。
加えて言うなら、生命力を示すHP数値も、躑躅の次に低い6番目。
オマケにクラス技能『ムーンウォーカー』により、AGI値が3倍に引き上がった代償として、ノックバック率は更に倍ドンの実に6倍。
重い攻撃であれば、夜行は掠っただけでも簡単に体勢を崩されてしまうのである。
「防御は低い、HPも無い、下手すりゃ掠っただけで命取り。だから避けてかわして斬り伏せる、それが俺のやり方だ。実にシンプル、何か文句あるか?」
「あるッ!!」
まさかの即答ですか。
斬撃をかわすついでにバックステップで間合いを取った夜行に、剣士が切っ先を向け吼えた。
「避け、かわし、斬り伏せる? だったら何故武器を抜かない!? 得物のナイフは懐にでも忍ばせているのだろう、ジョーンズ!!」
「……だから、誰だよジョーンズって……」
言われた通り、夜行は剣士と相対するにあたり、『娼啜』を抜いていなかった。
その理由は単純にして明白。夜行に戦う意思が無いからである。
と言うか、当然だった。向こうは誰か別の者と勘違いしているだけで、別に夜行自身を狙っているワケではない。
こうやって攻撃をかわしながら誤解を解くか、それが無理と判断したら、いっそ逃げてしまえばいい。
600超えのAGI値を駆使して逃走すれば、夜行に追い縋ることなど、少なくとも人間には不可能なのだから。
「…………」
それに――技能『ビーストアッパー』が持つ副次効果により、夜行はハッキリと感じ取っていた。
この剣士、格好はツッコミどころ満載だが……凄く強い。
戦う意思を示せば、間違いなく夜行は自分自身に歯止めが利かなくなってしまう。
『娼啜』を抜いてしまえば、殺さないようにするのは至難を極めるだろう。
クラス『月狼』に内包される獣の野性、触れるものを全て構わず斬ってしまう『娼啜』の性質。
言うまでもなく、どちらも加減は困難。そもそも戦いよりも、完全に殺し合いへ傾倒している。
つまり、もし戦えば軽い怪我では済まないどころか、下手をすれば殺してしまう。
さっきのチンピラのような、刀を抜かずに気絶させられるほど、簡単な相手でもない。
――とは言え、いつまでもこうやって攻撃をかわし続けるのもきつい。
「やれやれ……」
飛車角落ちで将棋をしている気分になりながら、夜行はどうしたものかと考えを巡らせた。
とにかく、ワケの分からない誤解の末に刃傷沙汰を起こすなんてのは論外。故に戦うのは当然却下。
誤解を解くにしたって、さっきからこの剣士は人の話を全く聞こうとしない。よって、交渉も説得も不可能。
そうなると……残る選択肢は、夜行の思いつく限りだとあとひとつ。
古来より培われてきた兵法の中で、あらゆる局面において効果的な一手。
その名も、『コマンド:にげる』であった。別名、三十六計逃げるに如かず。
「よし、退さ――」
「させるかぁッ!!」
夜行は逃げ出した! しかし、回り込まれてしまった!
手近な建物の屋根にでも飛び移るべく、夜行が足を踏み込もうとした瞬間。
ジャストタイミングで放たれた、仮面の剣士の叩き付けるような振り下ろしに阻まれ、かわすために無理な体勢からサイドステップを取る。
「卑劣な悪党の考えそうなことなど、大体お見通しだ! わたしから逃げられると思うなよ!」
「ッチィ……!」
舌打ち、次いで歯を軋ませる夜行。
辺りの飛び移ることができそうな足場はどれもそれなりの高さがあり、如何に夜行の跳躍力と言えど、少々の踏み込みが必要だった。
そして相手はその踏み込む瞬間をキッチリと狙って攻撃してきた。
イロモノ染みた外見のくせに、何とも抜け目ない。目は仮面で見えないけれど。
……この分では明確な隙を作らせない限り、逃げるのは難しいだろう。
他にも技を使うなり、スピードでごり押しするなりすれば、何とかなるかも知れなかったが、その場合、低確率だが攻撃を食らってしまう恐れがある。
そんな、わざわざ自分で痛い目に遭う可能性を作るなんてのも、馬鹿馬鹿しい話だ。
何せ一瞬だけでも隙が出来れば、確実に無傷で逃げ切る自信はあるのだから。
(とは言っても、武器も使えないんじゃその隙を作るのが……ん?)
悩んでいる内、夜行が剣尖をかわした先に落ちていた物が、カツンとブーツの踵にぶつかった。
「……こいつは」
何かと思いちらと視線を下ろせば、そこにはチンピラのリーダー格が持っていた剣。
使われないまま放り投げられたそれが、ちょうど夜行の足元に転がっていたのだ。
――今の状況じゃ、使いどころの難しい妖刀よりは、まだ都合がいいか。
油断なくこちらを見据えている剣士と視線をかち合わせたまま、夜行はその剣を足で蹴り上げる。
宙に浮いた剣の柄を握り、鞘だけを空中に残すようにして引き抜いた。
「なるほど、それが貴様の得物だったか。言えば拾う時間ぐらいはくれてやったものを!」
「どーでもいい親切、ありがとよ」
カランと地面に落ちる鞘の音を聞きながら剣身に目を遣り、少しばかり、夜行は眉間に皺を寄せる。
あんなお笑い集団みたいなチンピラの持っていた剣だ。確かに、期待などこれっぽっちもしていなかったけれど。
抜き放たれたチンピラの剣は、想像していた以上に酷い、とんだナマクラであった。
ちょっと握っただけでも分かるほど重心は滅茶苦茶、手入れも碌にされてないのか刃毀れだらけ。そもそも、その刃が歪んでいる。
やっつけ仕事の数打ちにも程がある品だった。恐らく、武器屋でタダ同然に売られていたのを購入したのだろう。
===================
銘:ブレイズ・インフェルノ・バーナー
分類:片手剣
等級:雑級
状態:粗悪
詳細:鍛冶師見習いバーズ・シュミエルが練習で作った剣。辛うじて武器として使える。
===================
「…………」
……突っ込まない、俺は突っ込まないぞ。
個人技能『刀剣目利き』で確認した剣のステータスに、内心でそう繰り返す夜行。
きっと初めて鍛った作品とかで、テンション任せにやたら凝った名前を付けたのだ。
よくよく見たら、剣身に思いっきり銘と製作者の名前が刻んであるし。
もしこの剣を鍛った職人が後々大成したら、きっと死に物狂いでこれを探して破壊することは疑いようがない。
異世界にも黒歴史ってあるんだなぁと、しみじみ思った瞬間だった。
「はあぁッ!!」
「ッ!」
一気に間合いを詰めてきた剣士の斬撃を、チンピラの剣……もとい、『ブレイズ・インフェルノ・バーナー』で迎え撃つ。
しかし、それだけでもやはり衝撃で、身体を持って行かれてしまう。
双方の剣が弾かれると同時に、夜行は靴底をレンガの地面で削りながら、1メートル近く後退させられた。
「チッ……!」
「まだまだぁッ!!」
間髪容れず、そのまま追撃を仕掛けてくる剣士の連撃を、今度は受け止めず、先程と同様にかわして行く。
4連、5連、6連。素早く鋭い剣撃の合間を縫うように動き、かわし続ける。
延べ9つ目の振り下ろしが地面にぶつかり、その切っ先に触れたレンガが激しく音を立てて砕かれた瞬間。
「――シッ!」
夜行は剣士の肩口に向け、袈裟懸けに『ブレイズ・インフェルノ・バーナー』を振るった。
けれど返す刀によってその一撃は防がれ、互いに剣を押し合う鍔迫り合いへと移る。
「ッ……」
「どうした、そんなものか!」
ここでもまた、夜行の軽過ぎる体重が災いした。
2人の膂力自体にもそれなりに大きな差がある。更に加えて圧倒的な体重差によって、夜行は踏ん張りが利かず、徐々に後ろへ押されているのだ。
何とか側面からの力押しで再び剣を弾き、さながら襟首を引っ張られたかのように大きく飛び退って、素早く構えを取り直した。
この鬱陶しい状況を打破するにはどうすべきかと、普段あまり使わない頭で案を練る。
……あまり長引かせると、非常に不味い。
相手の、仮面の剣士が持つ剣は見るからに業物であった。
流石に戦闘中では銘や等級までは分からないが、レンガを砕くほどの勢いで叩き付けても、切っ先には歪みも刃毀れも見当たらない。
そして持ち主もかなりの手練れ。格好こそふざけているけれど、やもすれば帝国将軍クラスの実力者。
比べてこっちは、手札の過半数は使えず、武器は3流以下の粗悪な剣。
長引くと不味い理由のひとつとして、このナマクラが問題だった。
直接相手と打ち合ったのは2度だけだと言うのに、既にこの剣の限界が近いのだ。
鍔迫り合いから弾く時、剣身に亀裂が入った。もう一度強くぶつけたら、間違いなく折れる。
そうなれば隙を作ることは難しくなり、逃げるためには少しだけ危ない橋を渡る羽目となってしまう。
更に、何より。
(ヤベェ……ちょっと、楽しくなってきたぁ……)
手練れとの攻防で、夜行自身に戦意が湧き始めていた。
ダラダラと続けていたら、直に我慢が利かなくなり『娼啜』を抜いてしまいそうなくらいに。
コートに隠した後ろ腰の妖刀を抜けば、そこからはもうほぼ殺し合い。
無論のこと殺さないよう配慮はするが、『ビーストアッパー』でテンションが上がると性格まで凶暴化してタガが外れてしまうのだ。
殺さないようにしても、弾みで腕の1本は斬り落としてしまうかも知れなかった。
そうなる前に早いところ逃げなければ。帝都へと戻る前に犯罪者となるのは御免だ。
大手を振って宮殿に帰るためにも、この場はなんとしても逃げ延びる必要がある。
しかし手持ちの武器は、折れかけのナマクラ。こんな物で、どうやって……。
「……!」
いや……ある。
得物が折れかけだからこそ、使えそうな手が。
「…………」
思いついたからには、即実行に移さなければ。
何せこの手、自分が攻め手じゃないと意味無いし。
どうせこれ以上考えたところで、雅近じゃないんだから妙案など出てこない。
決めるや否や、夜行はだらりと背筋を曲げ、猫背のような前傾姿勢を取る。
そして今まで順手で振るっていた剣を逆手に持ち替え、大きく振りかぶった。
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