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番外章 零れ話

怠惰な鬼才と竜の娘

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 ――部屋のドアをノックする音が、未だ眠っていたオレの耳朶に響いた。

「ん、んん……」

 薄く瞼を開けば、眼球に差し込んでくる鬱陶しい朝日。
 その眩しさに小さな唸り声を漏らすとほぼ同時に、二度目のノックが聞こえてくる。

 ……が、それを無視。
 柔らかく肌触りの良い羽根布団を頭から被り、外界の光も音もシャットアウトした。

 何せ、身体が重いのだ。とかく、だるいのだ。
 そしてそれは、今日に限った話ではない。朝はいつもこうだ。
 要するに低血圧だ。だから朝は嫌いだ。

 そうやって自己完結しながら布団の中でもぞもぞ動いていると、三度目のノック。
 向こうも焦れてきたのか、先程の2回より少し大きい。
 心なしか、音質も硬い気がする。

 しかし甘い、甘いぞ。
 布団を剥がされ、ベッドから蹴落とされようともそのまま床で寝息を立てるオレが、扉を叩いた程度で起きるものか。

 オレを起こしたければ、先ずは淹れたてのアップルティーを用意しろ。
 あとは林檎のリゾットだな。いつだったか夜行が漫画か何かで見たと作って以来、虜になった。
 アレはいい。ただでさえ美味い林檎と言う食べ物が、更に美味くなるのだから。
 一週間の中で最もかったるい月曜の朝だろうと、アレを食べただけで活力が湧いてくる。

 ……参ったな、そんなことを考えていたら腹が減ってきたじゃないか。
 仕方ない、ここは不本意だが起きるとしよう。
 そして林檎のリゾットを食べに――


「さっさと起きなさいッ!!」


 ――そんな叫びと共に、施錠した扉が蹴破られる。
 デザイン重視だが高級品なだけあって、それなりに頑丈な扉が。いとも簡単に。

「……チッ」

 思わず舌打ちしたオレは悪くない。
 緩慢な動作で仰向けに寝返りを打つと、唐突に布団を引っぺがされた。

「ッ」

 眩しさに一瞬目を細め、寝起きの思考に苛立ちのノイズが差し込む。
 そもそも、今は何時なのか。部屋に置かれたこの世界・・・・の時計にちらと目を向けてみれば、指し示す時刻は7時ジャスト。

 ……これは、喧嘩を売られていると取っていいのだろうか。

「アンタ、いつまで寝てる気よ! 来いって言った時間とっくに過ぎてるでしょうが!!」
「…………」

 横になったオレを見下ろし、ギャンギャンと喚き立てるピンク髪をツインテールにした女。
 地球ではおよそ有り得ない色彩を持った、そいつの顔に。未だ眠気の残る双眸、その焦点が合わさった瞬間。

「……時間を考えろ、この非常識が……ッ!!」
「わぶッ!?」

 オレは咄嗟に掴んだ枕を、そいつに。
 ――テスラ=リッジバックの顔に、叩き付けた。





「信じらんない、ホンットありえない!」

 場所は宮殿内に与えられたオレの私室から変わり、食堂。
 料理人に作らせたリゾットを食べるオレの差し向かいに腰掛け、未だ文句を言っているリッジバック。
 どうやら根に持つタイプらしい。なんとも面倒な手合いだ。

「……食事くらい黙ってできないのか? 行儀が悪いぞ」
「指定した時間には来ないし、わざわざ起こしに来てあげたら顔に枕はぶつけるし! アンタの居た異世界ってトコは、よっぽど野蛮な所だったみたいね!」

 聞いちゃいない。
 と、言うか。

「時間……ああ、確か6時半だったか? なんだ、本気だったのかアレ。あんまりにも非常識極まる発言だったから、てっきりギャグかと」
「んなワケないでしょ!? なんで初対面の奴に冗談言わなきゃいけないのよ!」

 眦を吊り上げた顔で、怒鳴られる。
 会って間もない奴にギャーギャー怒鳴るのだって、十分どうかと思うんだが。

「…………」

 ――オレがこの女、テスラ=リッジバックと最初に顔合わせしたのは、オレ達が『大陸』と呼ばれるこの世界に召喚された次の日。
 まあ要するに、昨日のことだ。

 召喚の際に『滅魔導スレイヤー』と言う破壊に特化した魔法使いマジシャン系のクラスを与えられたオレだが、当然最初からその力を十全に操れるワケじゃない。
 魔法を扱うには自分の魔力を制御化に置くことは勿論、術式を編むための膨大な知識が要る。
 そいつをオレに授けるための指導役として選ばれたのが、何を隠そうこの女、リッジバックだった。

 彼女は歳こそ19とオレとほぼ変わらないけれど、その若さで魔術殿統括官――つまりラ・ヴァナ帝国軍部において元帥に次ぐ権限を持つ四将軍の一席、『魔術将軍』に就いている。
 謂わば魔法のエキスパート。素人の指導役には十分どころか、寧ろ過分とすら言える人選だろう。

 最初は仮にも将軍職のリッジバックが個人の指導などに当たって、他の仕事に差し支えないのかとも思ったが。
 話を聞くに、彼女は統率力やデスクワークなどを一切度外視し、他の将軍達と比較しても頭一つ飛び抜けた強さと知名度のみ・・で抜擢された存在らしい。
 書類仕事などは副官以下の者達に大半任せているため、平時は寧ろ暇なのだと。
 ……優秀な人材が多いのは結構なことだが、それでいいのか将軍。

 しかも、そんな彼女とのファーストコンタクトはと言えば。

『アンタの指導をするように頼まれたけど、今日は忙しいから明日以降ね。朝の6時半に部屋まで来て、それじゃ』

 思い返されるのは、言いたいことだけ言って本の山を抱え、さっさと立ち去る後姿。
 女相手にぞんざいな扱いを受けるのは、久方振りだった。記憶している限り、初対面で泣かせてしまった雪代九々委員長以来だろう。

 ……まあ、相手の容姿だけでものを判断して、性格最悪のオレに擦り寄ってくる脳味噌お花畑共に比べれば、ずっと好感の持てる反応だったが。
 だからって、適当な扱いを受けて喜ぶ性癖などオレにはない。
 寧ろあの時は珍しくやる気になっていたと言うのに、思いっきりテンションを削ぎ落とされた。

「――ちょっとダテ! 人の話を聞いてるのアンタ!?」

 記憶を掘り返す内、昨日感じた倦怠感まで蘇ってきて。
 やれやれとばかりにかぶりを振っていたら、まだオレに対して喚いていたらしいリッジバックの怒声が鼓膜を突き刺した。

「ん? ああ済まない、全く聞いていなかった。許してくれ、ありがとう」
「許してないわよ! 何を勝手にお礼言って片付いた風にしてるの!? こっちはアンタのために時間割いてやってるってのに、ふざけんなー!!」

 昨日のお返しとばかりにぞんざいな扱いをしてやったのだが、怒らせてしまったらしい。
 バンバンテーブルを叩く彼女を宥めるのはとても面倒そうだったので、オレは取り敢えず聞き流すことにした。

「早いところ食事を終わらせようじゃないか、デボラ=リンドブルム。時間は有限だ」
「その有限な時間にそもそも遅れたのは誰よ! それにアタシの名前はテスラ=リッジバック!!」

 知っている。わざと言ったんだ。
 ちょっとしたジョークだ、大いに笑うといい。





「ハイこれ、読んで覚えて」

 恐ろしく不機嫌そうな平坦極まる口調で、雅近の前にドサドサと本を積み上げるテスラ。
 それ等は軽く見積もっても10冊以上あり、しかも1冊1冊が分厚かった。

「……これは?」
「魔法や魔力に関する基本的な教本と、『滅魔導スレイヤー』についての資料。最低でもここに書いてあることをそらんじられる程度にならない内は、殲滅魔法なんて危ないもの使わせないから」

 据わった目付きや態度から察するに、テスラの雅近に対する好感度は恐らく現状ほぼ底辺だろう。
 とは言え、彼女も決して個人的な感情で彼にこのようなことを強いているのではない。

 実際に殲滅魔法は、ひどく扱いが難しい魔法なのだ。
 一度に篭める魔力は膨大、反して組み上げる術式は針穴を穿たんばかりに繊細。
 強大な力の全てを制御できるだけの技術がなければ、容易に暴走を引き起こす爆弾にも等しい力。
 だからこそ帝国第2皇女クリュス=ラ・ヴァナは、帝国最強の魔法使いであるテスラに雅近を任せたのだ。

 そして性格的に苛烈なところもあるとは言え、テスラは根が生真面目な性分。
 一度任された以上、相手が気に入らなかろうとも最後までやり通す所存だった。

「普通なら座学だけで半年から1年はかけるんだけど、アンタの場合そうも言ってられない。出来る限り早く実戦に出られるレベルまで持って行くわ」

 魔法使いマジシャン系のクラス、それも勇者として力を与えられているのならば、知力にもブーストが掛かっている。
 テスラの立てた予定通りに事が運んだなら、1ヶ月前後でどうにか最低限の知識を叩き込める筈。

「ホント、クリュス様も無茶言ってくれるわ……全くの素人を、英雄級にまで育てろだなんて――」
「おい」

 座学を始めて数分。
 正確には始めてすらおらず、ただ必要な資料を渡してから数分。

「? 何よ、まさか文句でもあるって言うんじゃないでしょうね」

 外していた視線を雅近へと向け直し、ふと違和感に気付くテスラ。

 自分から見て、テーブルの左側に積んだ本。
 それが全て右側に、最初に積んだ順番とは逆さまに置かれている。

 そのことをいぶかしみ、首を傾げるよりも早く。
 眼鏡を上げながら雅近の言い放ったひと言を、テスラは暫し理解できなかった。


「――覚えたぞ。これだけで魔法が使えるとは、随分と手軽なんだな」


 言葉と共に立てられた人差し指。
 その指先を中心に展開し、クルクルと回る小さくも完璧に術式が編み込まれた魔法陣。

 そんな、およそ有り得ない光景を見たテスラ。
 彼女の雅近に抱いていた印象が、『とにかくいけ好かないヤツ』から。


 『天才ですら霞む何か』へと、変わった瞬間であった。










 ――以下、テスラ=リッジバックの日記帳より一部抜粋。





 死ぬほど驚いた日 晴れ


 今日アタシはクリュス様が先日召喚された勇者の1人、マサチカ・ダテの指導を始めた。
 ……6時半ってちゃんと言ったのに、アイツは私の部屋に来なかった。
 いや、そんなことはこの際どうでもいい。

 日記を書ける程度には落ち着いた今でも、自分の見た光景が信じられない。
 アイツは並の魔法使いが1年かけて到達する領域に、ほんの数分でいとも簡単に踏み込んだのだ。

 ――ありえない。

 天才と呼ばれたアタシですら、魔法に関する基本知識を修めるまで半月を要した。
 その当時だって、周りからは驚きを通り越した視線を向けられたことをよく覚えている。
 けどダテは、そんなアタシさえ飛び越して。ありえないとしか、言い様が存在しない。

 これが勇者の恩恵だと言うのなら、過去の文献に記されたあらゆる前例をも既に凌駕している。
 クリュス様は――神にも等しい英雄を、この地にび寄せたのかも知れない。





 火を噴きそうなほどムカついた日 天気なんて知るか!


 ムカつく、ムカつく、ムカつくムカつくムカつく!!
 何よアイツ! 何なのよアイツ! ダテのヤツ!
 そりゃ確かに? 歴々の『滅魔導スレイヤー』持ちが数年数十年掛けて、それでも完全には御し切れなかった殲滅魔法を、初歩とは言え訓練2日目から発動と制御に成功させたことは凄いわよ。
 でもだからって、あの言い草はないでしょ!?

 君の提示する訓練方法は無駄が多過ぎるから、自分で考えることにしよう。

 ふざっけんな! たった1日半でアタシはお役御免ってワケ!?
 なに、初日にぞんざいな扱いしたの怒ってるの? 根に持ってるの? 今更になってアタシも少し悪いことしたなーとか思ってるけど、けど!
 バカバカバーカ、ダテのバカ! バカチカ! あんなヤツを英雄の原石だと感じたアタシが間違いだったわ!

 そうよ、アイツなんてまだまだヒヨコなのよ! アタシが本気になれば、あんなヤツ目線ひとつでけちょんけちょんに――

 (この先は、字が荒れ過ぎていて解読不可能)





 ストレスの溜まった日 曇り


 ダテ――もうバカチカでいいわあんなヤツ。
 バカチカに逃げられた。なんでも、アタシの立てる非効率的な訓練スケジュールが嫌になったらしい。

 同じ魔法なら3回も使えば完全に制御できる? そんなん大陸中探してもアンタだけだっての!!
 ええ、久々にキレちまったわ。思わず翼と尻尾を出しちゃうくらいに。

 アタシは指導役、言うなれば教師。そしてアイツはその生徒。
 生徒が教師に逆らったらどうなるか、いっぺん黒焦げにして身体に教え込んでやろうと決意した。
 ……見事に逃げられたけど。

 何故出会ってから数日程度の男に、アタシの行動パターンが全て読まれているのか。
 そうかそうか、アタシはそんなに単純な女か。

 ふざけんな、明日こそ半殺しにしてやる。





 泣きそうだった日 気分的には雨


 もう嫌、どうしてバカチカのヤツ捕まらないの?
 隠れ場所を探り当てたと思えば既にもぬけの空、どこに行っても見付からない。
 そもそも今日、アイツの姿を見ていない。目撃情報によれば、そこかしこでちょいちょい昼寝してたらしいのに。

 自分に自信がなくなってきた。帝国最強なんて呼ばれて、天狗になっていたのだろうか。
 まさか男1人にこうも振り回されるなんて、数日前には思考を掠めもしなかった。
 最強ってなんだろう。誰かの掌の上で遊ばれてるバカな女のこと?
 やだ、それってアタシのことじゃない。あははははは、おっかしー。

 …………あ、ヤバ、泣きそ

 (ここで唐突に文が途切れている。水滴の零れたような跡あり)





 自分の存在意義について考えた日 晴れてたかも知れない


 バカチカの『殲滅魔法マスタリー』がレベル2に上がったらしい。
 本人からそれを聞いた副官が、流石はテスラ様と褒めてきた。

 ……アタシ、何も教えてないどころか昨日からアイツの顔すら見てない。





 何もかも投げ出したくなった日 太陽なんて嫌い


 恥を忍んで、クリュス様にバカチカのことを相談しようと思った。
 重い足取りを引き摺ってクリュス様の所に行ったら、なんか召喚した勇者の1人――確か名前はイヌブシ――と遊んでた。

 思わず辞表を書きそうになったアタシは悪くない。
 なんなのアイツ等、人の苦労も知らないで何を楽しそうに遊んでるの?
 どうして2人打ちの麻雀であそこまで盛り上がれるの、どうして負けた方が服を一枚脱いでるの。
 手袋片方で一枚にカウントするな。みみっちいのよバカプリンセス。

 見てて物凄くムカついた。あの2人に向けて火を噴けたら、どれだけスカッとしただろう。
 でも――同時に、少しだけ羨ましかった。

 確かに、最初に礼を欠いた扱いをしたのはアタシ。
 けどそれに対して怒ってるなら、ちゃんと謝るから。
 だからせめて、顔ぐらい見せなさいよ。

 ――仲良くなれると思ったのに。

 隔世遺伝だか何だか知らないけど、竜の血なんてものを持って生まれて。
 魔族殺しの竜の娘と持てはやされる一方、影ではバケモノだと怖れられた。

 翼や尾を普段隠しているのは、邪魔だからじゃない。
 アタシは人間なんだと、そう認めて欲しかったから。

 クリュス様やリスタル様、そして他の四将軍達ですら、アタシの望む形で対等にはなれない。
 最初から人間を超越した力を持つアタシと同じ舞台にすら、上がれないのだ。

 ……だから、アタシと同じくらい――いいえ。
 たった数分で常人の1年を踏み越えた、アタシ以上に人間離れしてるだろうアイツなら。
 家族にすら忌まれたアタシを、竜ではなく、バケモノでもなく。
 人間として扱ってくれるんじゃないかと、思った。

 でも……もう、無理なのかな。
 アイツと出会う瞬間まで時計の針を巻き戻せたら、なんて。
 そんな益体もないことを、半ば本気で考えてしまった。

 こうなったのは自業自得なのに、ばっかみたい。





 一歩目を踏み出せた日 快晴


 数日振りにマサチカに会った。

 彼は「とうとう見付かってしまったか」なんて、白々しいことを言ってたけど。
 大方、アタシが彼に避けられて落ち込んでいたことを、誰かが伝えたのだろう。
 そうでもなければ、あんな所を――アタシの執務室の近くをうろついてた理由がないもの。

 アタシは開口一番に、ごめんなさいと謝った。
 初日の態度で貴方を不快にさせてしまった、と。

 ――別に、気にしてないが……?

 それに対する、ちょっとだけ困ったような彼の返答。
 気遣いでもなんでもなく、本当にそうとしか思えない態度。

 ……マサチカがアタシから逃げ回っていたのは、アタシの出した訓練内容を面倒がったから。
 ただそれだけ。アタシ自身に対して嫌悪があったワケじゃない。

 そもそも出会って10日と経っていない人間を、どうして顔も合わせたくないほど嫌えるのか。
 早合点していた自分が恥ずかしい。なまじ物事を先読みできるだけの頭があるから、悪い方へ悪い方へ思考が偏ってしまっていた。

 ……今からでも、アタシ達は仲良くなれるだろうか。

 そんなことを尋ねたアタシに、彼は素っ気無く「知るか」とだけ返した。
 まあ、そうだろう。だってアタシ達は、まだ互いのことなど殆ど何も知らないのだから。
 今からも何もない、馬鹿なことを聞いてしまった。

 でも……少なくとも、まずは一歩目。
 アタシが差し出した手を、マサチカは怪訝そうにしながらも取ってくれて。

 そしてアタシを『リッジバック』ではなく、『テスラ』と呼んでくれるようになった。





 胸が痛んだ日 晴れ


 今日はマサチカの訓練を休みと決めた。
 アタシから逃げ回ってたとは言え、彼も最低限自主的な訓練は行っていたんだし。
 その最低限だけで、アタシの立てた予定を幾つも前倒しに進めていた。
 1日くらい休んでも何も問題はなく、寧ろより効率を上げるために――止めた。

 日記に言い訳染みたことを書いても仕方ない。
 要するに、互いを知る機会を設けたかった。

 人気のない中庭の木に寄りかかって、2人で語らう。
 マサチカは薄っぺらい板――タブレットとか言う分類としては『メモリークリスタル』に近い情報記憶端末を片手にだけど、アタシの相手をしてくれた。

 時間は瞬く間に過ぎて昼を回り、互いへの理解も多少なりと深まった気がして。
 これはこれで有意義な時間だったと、昼食に向かうべく立ち上がって。

 マサチカが、懐から手帳を落とした。

 正確には、手帳とそれに挟まっていた1枚の紙切れ。
 写真、と言うらしい。魔具を用いた映像記録に比べれば随分とお粗末だったけど、絵よりはずっと精巧な代物。
 そしてそこに写っていたのは、少なくともマサチカと一緒に召喚された6人の中の誰でもない。

 例えるなら三毛猫のような色彩の髪をした、痩躯の少女だった。

 思わず誰かと尋ねれば、マサチカは暫しの間黙り込み、眉間に皺を寄せて。
 やがて明言はせず、ひどく抽象的な言葉を紡いだ。

 ――呪いにも等しい、未練の相手だ。

 それがどんな意味を込めた呟きだったのか、時間を置いた今でも分からない。
 けれど彼がその写真を乱暴に、しかしどこか大切なものを扱うように拾い上げる姿に。

 ほんの少しだけ――胸の奥が、ちくりと痛んだ。





 何となく分かってきた日 曇り


 アタシは昨日まで、マサチカが無駄を嫌うタイプなのだと思っていた。
 でもそれは、正しい評価ではなかったらしい。

 アイツは苦労だの努力だのが大ッ嫌いな、ただのナマケモノだ。

 マサチカの成長速度を加味し、徹夜して考えた訓練メニュー。
 見せた瞬間逃げられた。思わず唖然とするほど見事なダッシュだった。

 明日は絶対、捕まえてやる。
 ……なんか少し、楽しくなってきたし。




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