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その婚約破棄お待ちください!保険適用内です
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貴族学園の卒業パーティーの最中、それは起こった。
「ホルン・アイネスト、お前との婚約を破棄する!第一王子の婚約者である身分を笠に着て、お前は今までアイシャに対して非道な行いをしていたそうだな?そんな性根の腐りきった女は王妃に相応しくない!お前とは違ってアイシャは心優しく、今ここで素直に謝罪をするのであれば今までの行い全てを赦すと言った、彼女の慈悲深さに感謝し、今すぐ謝罪しろ!」
本来ならば婚約者であるホルンをエスコートして入場しなければならないのを放棄し、噂の令嬢をエスコートして入場してきた第一王子は着いて早々に声高にホルンへ婚約破棄を告げた。
一足先に入場し、友人と歓談していたホルンは溜め息を吐きながら王子の前へと歩み出る。
「謝罪とは可笑しな事をおっしゃられますわね。私はアイシャ嬢に対して危害を加えた事などございませんわ」
「この期に及んで白々しい!彼女の教科書をボロボロにしたり、わざと転倒させたり、挙げ句の果てには池に突き落として彼女を殺そうとしたではないか!」
命まで狙ったと言う穏やかではない内容に傍で聞き耳を立てていた人達がざわめく。
「それらは全て彼女の自作自演ですわ。私が彼女に危害を加えたと言うのであれば、それを示す証拠はございますの?」
「被害にあったアイシャが証言している」
「そんな事いくらとでも好きに言えますわね。証拠とするにはあまりにもおざなりでなくって?」
「そうか、あくまでも認めないつもりか」
「認めるも何も私は私の誇りに懸けてやってもいない事を認める訳にはまいりません」
「そうか、アイシャに免じて謝罪だけで済ませてやろうと考えていたが、お前には無駄な気遣いだったようだ。俺はお前ではなくアイシャと婚約を結び直す、つまり彼女は将来の王妃であり、お前は王族に危害を加えた事になる。
本来ならば死刑が妥当だが卒業パーティーと言う祝い事の場を血で汚すのは忍びない、お前に国外追放を言い渡す。今すぐここから出ていけ!」
「かしこま」
「ちょっと待った!」
会場内の注目を一身に受ける三人の婚約者破棄騒動に身を踊らせる様にして割り込んだ者が居た。
「なんだお前は?」
「ワタクシ。ランファ・リーガルと申します!そこにおられるホルン嬢にお話があります」
「私、ですか?」
ホルンはパチクリと目を瞬かせる。
たった今婚約者から身に覚えの無い罪で断罪され、今後の社交界で醜聞の的となる事が確定されている自分に一体何の用だろう?
「実はワタクシ、こう言う者です」
「これはどうもご丁寧に」
ランファから渡されたトランプの半分程の大きさのカードには『保険会社シェンロン 婚約破棄部門担当 ランファ・リーガル』と書かれていた。
シェンロンは王国発足初期に創立された王国内最古参の保険会社で、今で言う『海上保険』の先駆けである『冒険保険』を考案した会社だ。
現代でも『生命保険』や『火災保険』等多岐に渡る保険を担っており、その名を知らぬ者はいない。
もちろん、ホルンもシェンロンの社名を知っているし、自身もシェンロンの健康保険に加入している。
だが、今しがた渡されたカードに書かれた婚約破棄部門とは初めて耳にする部門だった。
「その、浅学で申し訳ないのだけれども、婚約破棄部門とは?」
「はい!ご説明させていただきます!ホルン様は今回の様に大衆の面前で一方的に告げられ、婚約破棄されるケースが近年増加傾向にある事をご存知でしょうか?
従来の通りに両家納得の元、プライベートな空間で破棄契約が終わるのであれば問題はありませんが、この様に公の場で声高に告げられてしまうと、例え破棄された側に一切の非がない状況であっても口さがない方々に『公の場で婚約破棄をされたのだからあちらにも問題があったのでは?』等と誹謗中傷をされ、何の落ち度も無いのに社会的地位が貶められた結果、まともな縁談が来なくなってしまう……なんて事にも繋がってしまいます」
「そうね」
ホルンは深く頷き、同意する。
「当部門はそう言った状況に陥られたお客様の名誉挽回、損害軽減の為に新設された保険部門です!具体的に申しますと、契約者様を常日頃から我が社の者が記録することで、相手から告げられた婚約破棄の原因が本当に破棄に至るまでの物であったのか、虚偽や不当な主張をされてはいないかを精査し、証拠及び証言者として契約者様へ提供します。
更にはアフターサービスとしましてお客様に非が一切無いと当社が判断した場合にはお客様の要望に従って当社の全勢力を以て要望に該当する、もしくは出来るだけ近い条件での新たなご縁をご紹介する事が可能でございます」
「そう、でも、それは契約した時から記録を付けられるのでしょう?今ここで初めてお話しする貴女と私には当てはまらないのではないかしら?」
「ご安心下さい!少々割高になってしまいますが『婚約破棄当日保証プラン』がございます!」
「この状態から入れる保険があるんですの?」
首を傾げるホルンにランファは片脇に置いていたアタッシュケースから手の平大の水晶を取り出す。
「こちらは我が社の技術者の力を集結して作成した記録水晶、その名も『スーパーサトリ君』お客様の過去の記憶を読み取り、表示する道具です!
こちらの水晶に手を当てていただき、見たい記憶に関連するワードを言いますと頭上へとそれが表示される仕組みとなっております!こちらを契約者様と対象者に触れて頂く事で、記憶や主張の齟齬を大衆の面前で確認する事ができます。
ただし一点注意があり、こちらの水晶はとても繊細でして、関係の無い事を考えてしまうとその時の記憶が再生されてしまう場合もございます。以上の点を踏まえて今ご契約していただければ、この国でのご契約者様第一号と言う事で特別に定価からお値引き致しましてこの位での契約をさせて頂けますが、いかがでしょう?」
そう言ってランファが差し出した電卓に表示された金額は高いと言えば高いがホルンの貯金から払えない額ではなかった。
どうせこのままでは身に覚えのない醜聞と冤罪でホルンの評判は地に落ちる、であれば打てる手は打っておいて損はないだろう。
ホルンは夜会用の手袋を外し、ランファへと右手を差し出した。
「契約成立ね」
「ありがとうございます!」
がっしりとホルンと握手をしたランファは直ぐに契約書を取り出しサインを貰うとアタッシュケースへと丁寧に仕舞う。
「では早速ホルン様とホルン様に不当な扱いを受けたと主張させるそちらの令嬢はこの水晶に手を当てて下さい」
「さあ、アイシャ。手を乗せるんだ、そしてこの女の評判を徹底的に落として追放してやろう」
「え、いや、その、別にそこまでしなくても良いんじゃないかしら?あ、ほら、ホルン様も反省しているみたいだし、ね?」
「反省?私は何も反省しなければならない事はしておりませんが?」
「ほら、この女は自分がやったことを顧みる様な奴じゃない!この女の醜悪さを他の人達へ分からせるためにも君の協力が必要なんだ、共にこの悪女を追放しようじゃないか」
「で、でも、こんな所で急に出てきた物なんて絶対にホルン様の仕込みじゃない?そんな怪しい物に触るなんて、私恐ろしくてできないわ!」
「失礼な!我が社の商品が怪しいですって?このとおり、きちんと国に登録され、安全・確実性が保証された商品です!」
アイシャに疑われたランファはぷんすかと怒りながら保証書を取り出し、彼女へと突き付けるが、アイシャは依然として渋り続ける。
「いや、でもぉ、その書類が本物か分からないしぃ」
「大丈夫だアイシャ、あの認定証は決して偽造がされないように王宮魔術師達によって管理されている。何も心配する事は無い」
「そうそう、その通りですわ。それなのにその様に拒否されると言う事は何か疚しい事があるのですか?」
「そんなの有る訳がないだろう!」
「では是非ともお手を触れて下さい。貴殿方の言う通りの悪女であると証明をする格好のチャンスですよ。どちらの言葉が真実か、互いの名誉を賭けて全てを白日の元に晒しましょう!」
「やるぞ、アイシャ」
「や、ちょっと、やめっ」
「ホルン様もどうぞ」
「ええ」
「では、始めます」
「まっ」
殿下に腕を捕まれたアイシャはそのまま強引にランファが持つ水晶玉に触れさせられる、ホルンもそれに触れ、ランファが開始を告げるとホルンとアイシャの手が水晶から外れなくなった。
「では、アイシャさんがホルン様に虐められたと証言する記憶を再生します。先に言っておきますがもしそれが存在しない記憶であった場合にはキーワードに該当する最も近い記憶が再生されますのでご了承下さい」
「ちょっ、これ何で外れないのよ!」
「アイシャさん、聞いてますか?ちなみにこれは記憶の検証が終わらないと腕を切り落とさない限り外れませんよ?」
「そんなっ、」
「あ、記憶の再生が始まりましたね」
【『ふうっ、こんなもんかな。後は目薬をさしてっと』
教科書をビリビリに破いたアイシャが時計の時間を確認した後、ボトボトと大量の目薬をさす。
『アイシャ?どうしたんだこんな所で』
『でんかぁ……』
『な、何で泣いているんだ?!』
『ほ、ホルン様が、』
『ホルンがどうしたんだ?ん、なんだこの教科書、ボロボロじゃないか』
『元平民風情がこの学園にいるのは相応しく無いと言って私の教科書を……』
『なんて酷い事を!』
廊下でホルンとすれ違ったアイシャがその場に倒れる。
『あら、アイシャさん大丈夫?』
『大丈夫だなんて、ホルンさんが足を引っ掻けたのに酷いですぅ』
『は?貴女が勝手に転んだんじゃない、私は何もしていないわよ?』
『アイシャ!大丈夫か?』
『でんかぁ、ホルンさんが』
『またかホルン、こんなか弱いアイシャを虐めるとはお前には他者を労る気持ちは無いのか?』
『私はアイシャさんを虐めてなどおりません』
『嘘を吐くのはよせ、実際こうしてアイシャが倒れているのが何よりもの証拠だ』
『それはアイシャさんがご自分で転んだだけですわ』
『なんて白々しい……!』
『このままお話ししても平行線のようですので私はこれで失礼致しますわ』
『待て!』
『よっし、今がチャンスね。キャアアアア!!!!』
悲鳴を挙げた後、大きく息を吸ったアイシャは直ぐ近くにあった池へと飛び込んだ。
『なんだ!どうしたアイシャ!?』
その悲鳴を聞き付けて駆け付けた殿下が池で溺れるアイシャを見つけ、直ぐに助け出す。
『アイシャ!大丈夫か?!目を開けるんだ!』
『で、んか……ゲホッゲホッ』
『直ぐに医務室に連れていくから安心してくれ』
『ありがとう、ございます』
『どうしてあんな所に?まさか、またホルンか?』
『私の様な卑しい者は殿下に相応しくない、と』
『あいつは……!』
『ホルンさんの怒りはごもっともなんです、私が、私が婚約者のいる殿下を好きになっちゃったから……ぐすんっ』
『相応しいか相応しく無いかは俺が決める事だ、アイシャは何も気にしなくて良い』
『殿下……』】
その他にもアイシャがホルンに危害を加えられたと偽装する記憶が次々と流れていく、それらを王子はぽっかりと口を開けて見るしか無かった。
記憶の再生が終わる。
会場は静まり返り、視線はアイシャへと集まる。
「こんなの偽物よ!ホルンさんが私を貶める為にしている自作自演なんだから!」
「偽物ではございません、先ほど殿下もおっしゃっていたではないですか『王宮魔術師達によって認定されている』とまさか王族のお言葉をお疑いになるのですか?」
「……っ!」
「王族に虚偽の申告をし、公爵位であるアイネスト家のご令嬢を貶めようなどそんな大それた考えをよく思いつきましたね」
【「あの王子は馬鹿だからちょっと目をウルつかせて上目遣いで言えば何でも信じるし買ってくれるのよ。ちょろくてウケるわね。」
「おいおい、お前の恋人なんだろ?そんな事言ってやるなよ」
「もうっ!私が本当に好きなのは貴方だって知っているくせに!あいつはただの金蔓よ。このまま虐められたって嘘の話で王子の婚約者を上手く追放できれば将来の王妃になって贅沢三昧の生活ができるから愛想を振りまいてるだけ。王妃になったらお城に招くから一緒に暮らしましょうね」
「ははは、悪い女だな!」】
ガラの悪い男にしな垂れかかり、甘えた口調で喋るアイシャの姿が映し出された。
「おっと、どうやら私の言葉が何らかのキーワードになって記憶が再生されたようですね、失礼しました」
顔を真っ赤にしてわなわなと震えるアイシャに軽く頭を下げ、ランファは話を続ける。
「ともあれ、これで事件の真相は明らかになりました。ホルン嬢はアイシャ嬢へ危害を加えた事実は無く、全てアイシャ嬢の自作自演であったと。殿下、いかがでしょう?」
「あ、ああ。どうやらその様だな……その、ホルン、先程の言葉は取り消す、これからも俺の婚約者として共に国を支えていこうではないか」
「お断り致します、貴方にはほとほと愛想が尽きましたわ。今後は私に一切関わらないでくださいまし」
「ふん、宣言はしたがまだ婚約破棄は正式にはされていない、つまりお前は俺の婚約者のままだ。お前の意志がどうであれ、お前は俺と結婚するしかない」
「いいや、婚約は白紙にする」
王子の言葉を遮り、婚約破棄を宣言したのはいつの間にか会場に居た国王その人だ。
国王の傍にはホルンの両親もおり、表情はにこやかだが目は一切笑っていない。
「ち、父上!何故ここに?!」
「お前が愚かな事をしでかしそうだと部下から報告を受けてな、念のためと思って来ていたのだがまさか本当にそこまで愚かであったとは、失望したぞ」
「違うのです!俺はこの女に騙されただけで、」
「黙れ!騙されたとしても国を担う立場にある者が自らの行いの先に何が有るのかも考えずに公的な場で仕出かしたのは事実、お前には為政者としての自覚も覚悟も器も足りん。それに先程、その女を将来の王妃などと言っておったが、立太子もしておらぬのに随分と偉そうな事を宣っておったな?」
「俺は第一王子です!俺が王位を継ぐのは当然でしょう」
「そうか、では私はここで宣言しよう。次期後継者として第二王子を立太子させる」
「そんなっ!」
「お前は北の塔でしばし頭を冷やすと良い、連れていけ」
国王の指示に騎士が第一王子を連れていく。
抵抗し、罵声を上げる王子を引き摺り騎士達は去っていった。
「さて、残るはそこな娘への処罰だな」
「ひっ」
「罪状としては王族に対する虚偽申告及びホルン嬢への名誉毀損及び国庫資金の着服と言ったところか」
「着服なんかしていません!」
「ほう、ではお前が今身に着けている装飾品とドレスはどうやって手に入れた?」
「これは第一王子からのプレゼントです!」
「そのプレゼントの購入資金は婚約者であるホルン嬢への予算から捻出されている。ホルン嬢ではなく、お前に贈られるのは予算の本来の用途とは違う不正な利用であり、つまりは立派な着服にあたるのだよ」
「そんなっ……!」
青い顔でガタガタと震えるアイシャをホルンは冷たい目で見る。
王子にねだっては豪奢なアクセサリー類を貰い、それを見せびらかしてきたアイシャにホルンはそれらの購入資金は国民の血税で賄われていると告げた事がある。
だが彼女はそれを婚約者に見向きもされない女の嫉妬だと馬鹿にするだけで気にも掛けなかった。
つまりは自業自得だ。
王子と同じく騎士に連行されたアイシャを見送っていると国王がホルンの名を呼んだ。
「愚かな息子が悪かった、ホルン嬢には何の過失も無く、今回の婚約も破棄ではなく白紙とさせよう」
「ありがとうございます」
どんなにこちらに非が無くとも婚約破棄となると経歴に傷が付いてしまうが、白紙であればそれは最初から無かった事になる。
「ホルン嬢が良ければ新たな婚約者をこちらが探そう。無論、最大限の便宜を図り、良縁を用意する事を約束する」
「けありがたい申し出ですが、それには及びません。契約した保険の内容に新たな婚約者の紹介が含まれておりますのでそちらを使用したく存じます」
「そうか、だがもし見付からなければ王家からも協力を惜しまない。いつでも声を掛けると良い」
「ありがとうございます」
ここで王家に新たな結婚相手を斡旋してもらえば確かに良縁を結べるだろう、だが、喉元を過ぎれば熱さを忘れるように王家が結んだ縁だからと後々便利に使われても癪だし、お詫びと称しつつホルンの家と縁続きにさせる事で王家に利益が発生する可能性があるのも気に食わない。
そう考えたホルンは国王の提案を断る事にした。
この国での契約者第一号であるのであればホルンの新たな婚約者探しにシェンロン社は全力で挑み、素晴らしい相手を見つけてくれるだろう。
なにせ、今回の出来事が社交界で大きな話題になるのは確実で、新事業立ち上げ時にこんなに良い宣伝ができる機会に恵まれたのであれば全力でそれを利用するのが商売の基本だ。
ホルンが国王からの申し出を断った事にランファの目が輝いている。
「ホルン様、ありがとうございます!ワタクシ共が必ずや王家に匹敵する程の良縁をご用意するとお約束いたします!」
「ええ、期待しているわね」
こうしてホルンの婚約破棄騒動は幕を閉じ、新たな保険部門でシェンロン社の名前は国中に大きく広まるのであった。
後日、嗜好調査で答えた通りの理想の軍人系スキンヘッド奥手マッチョを紹介されたホルンは天を仰いでシェンロン社の繁栄と発展を祈り、生まれた子供にも必ずシェンロン社の保険に加入させようと誓ったのだった。
もちろん、婚約破棄保険の特約をつけて。
「ホルン・アイネスト、お前との婚約を破棄する!第一王子の婚約者である身分を笠に着て、お前は今までアイシャに対して非道な行いをしていたそうだな?そんな性根の腐りきった女は王妃に相応しくない!お前とは違ってアイシャは心優しく、今ここで素直に謝罪をするのであれば今までの行い全てを赦すと言った、彼女の慈悲深さに感謝し、今すぐ謝罪しろ!」
本来ならば婚約者であるホルンをエスコートして入場しなければならないのを放棄し、噂の令嬢をエスコートして入場してきた第一王子は着いて早々に声高にホルンへ婚約破棄を告げた。
一足先に入場し、友人と歓談していたホルンは溜め息を吐きながら王子の前へと歩み出る。
「謝罪とは可笑しな事をおっしゃられますわね。私はアイシャ嬢に対して危害を加えた事などございませんわ」
「この期に及んで白々しい!彼女の教科書をボロボロにしたり、わざと転倒させたり、挙げ句の果てには池に突き落として彼女を殺そうとしたではないか!」
命まで狙ったと言う穏やかではない内容に傍で聞き耳を立てていた人達がざわめく。
「それらは全て彼女の自作自演ですわ。私が彼女に危害を加えたと言うのであれば、それを示す証拠はございますの?」
「被害にあったアイシャが証言している」
「そんな事いくらとでも好きに言えますわね。証拠とするにはあまりにもおざなりでなくって?」
「そうか、あくまでも認めないつもりか」
「認めるも何も私は私の誇りに懸けてやってもいない事を認める訳にはまいりません」
「そうか、アイシャに免じて謝罪だけで済ませてやろうと考えていたが、お前には無駄な気遣いだったようだ。俺はお前ではなくアイシャと婚約を結び直す、つまり彼女は将来の王妃であり、お前は王族に危害を加えた事になる。
本来ならば死刑が妥当だが卒業パーティーと言う祝い事の場を血で汚すのは忍びない、お前に国外追放を言い渡す。今すぐここから出ていけ!」
「かしこま」
「ちょっと待った!」
会場内の注目を一身に受ける三人の婚約者破棄騒動に身を踊らせる様にして割り込んだ者が居た。
「なんだお前は?」
「ワタクシ。ランファ・リーガルと申します!そこにおられるホルン嬢にお話があります」
「私、ですか?」
ホルンはパチクリと目を瞬かせる。
たった今婚約者から身に覚えの無い罪で断罪され、今後の社交界で醜聞の的となる事が確定されている自分に一体何の用だろう?
「実はワタクシ、こう言う者です」
「これはどうもご丁寧に」
ランファから渡されたトランプの半分程の大きさのカードには『保険会社シェンロン 婚約破棄部門担当 ランファ・リーガル』と書かれていた。
シェンロンは王国発足初期に創立された王国内最古参の保険会社で、今で言う『海上保険』の先駆けである『冒険保険』を考案した会社だ。
現代でも『生命保険』や『火災保険』等多岐に渡る保険を担っており、その名を知らぬ者はいない。
もちろん、ホルンもシェンロンの社名を知っているし、自身もシェンロンの健康保険に加入している。
だが、今しがた渡されたカードに書かれた婚約破棄部門とは初めて耳にする部門だった。
「その、浅学で申し訳ないのだけれども、婚約破棄部門とは?」
「はい!ご説明させていただきます!ホルン様は今回の様に大衆の面前で一方的に告げられ、婚約破棄されるケースが近年増加傾向にある事をご存知でしょうか?
従来の通りに両家納得の元、プライベートな空間で破棄契約が終わるのであれば問題はありませんが、この様に公の場で声高に告げられてしまうと、例え破棄された側に一切の非がない状況であっても口さがない方々に『公の場で婚約破棄をされたのだからあちらにも問題があったのでは?』等と誹謗中傷をされ、何の落ち度も無いのに社会的地位が貶められた結果、まともな縁談が来なくなってしまう……なんて事にも繋がってしまいます」
「そうね」
ホルンは深く頷き、同意する。
「当部門はそう言った状況に陥られたお客様の名誉挽回、損害軽減の為に新設された保険部門です!具体的に申しますと、契約者様を常日頃から我が社の者が記録することで、相手から告げられた婚約破棄の原因が本当に破棄に至るまでの物であったのか、虚偽や不当な主張をされてはいないかを精査し、証拠及び証言者として契約者様へ提供します。
更にはアフターサービスとしましてお客様に非が一切無いと当社が判断した場合にはお客様の要望に従って当社の全勢力を以て要望に該当する、もしくは出来るだけ近い条件での新たなご縁をご紹介する事が可能でございます」
「そう、でも、それは契約した時から記録を付けられるのでしょう?今ここで初めてお話しする貴女と私には当てはまらないのではないかしら?」
「ご安心下さい!少々割高になってしまいますが『婚約破棄当日保証プラン』がございます!」
「この状態から入れる保険があるんですの?」
首を傾げるホルンにランファは片脇に置いていたアタッシュケースから手の平大の水晶を取り出す。
「こちらは我が社の技術者の力を集結して作成した記録水晶、その名も『スーパーサトリ君』お客様の過去の記憶を読み取り、表示する道具です!
こちらの水晶に手を当てていただき、見たい記憶に関連するワードを言いますと頭上へとそれが表示される仕組みとなっております!こちらを契約者様と対象者に触れて頂く事で、記憶や主張の齟齬を大衆の面前で確認する事ができます。
ただし一点注意があり、こちらの水晶はとても繊細でして、関係の無い事を考えてしまうとその時の記憶が再生されてしまう場合もございます。以上の点を踏まえて今ご契約していただければ、この国でのご契約者様第一号と言う事で特別に定価からお値引き致しましてこの位での契約をさせて頂けますが、いかがでしょう?」
そう言ってランファが差し出した電卓に表示された金額は高いと言えば高いがホルンの貯金から払えない額ではなかった。
どうせこのままでは身に覚えのない醜聞と冤罪でホルンの評判は地に落ちる、であれば打てる手は打っておいて損はないだろう。
ホルンは夜会用の手袋を外し、ランファへと右手を差し出した。
「契約成立ね」
「ありがとうございます!」
がっしりとホルンと握手をしたランファは直ぐに契約書を取り出しサインを貰うとアタッシュケースへと丁寧に仕舞う。
「では早速ホルン様とホルン様に不当な扱いを受けたと主張させるそちらの令嬢はこの水晶に手を当てて下さい」
「さあ、アイシャ。手を乗せるんだ、そしてこの女の評判を徹底的に落として追放してやろう」
「え、いや、その、別にそこまでしなくても良いんじゃないかしら?あ、ほら、ホルン様も反省しているみたいだし、ね?」
「反省?私は何も反省しなければならない事はしておりませんが?」
「ほら、この女は自分がやったことを顧みる様な奴じゃない!この女の醜悪さを他の人達へ分からせるためにも君の協力が必要なんだ、共にこの悪女を追放しようじゃないか」
「で、でも、こんな所で急に出てきた物なんて絶対にホルン様の仕込みじゃない?そんな怪しい物に触るなんて、私恐ろしくてできないわ!」
「失礼な!我が社の商品が怪しいですって?このとおり、きちんと国に登録され、安全・確実性が保証された商品です!」
アイシャに疑われたランファはぷんすかと怒りながら保証書を取り出し、彼女へと突き付けるが、アイシャは依然として渋り続ける。
「いや、でもぉ、その書類が本物か分からないしぃ」
「大丈夫だアイシャ、あの認定証は決して偽造がされないように王宮魔術師達によって管理されている。何も心配する事は無い」
「そうそう、その通りですわ。それなのにその様に拒否されると言う事は何か疚しい事があるのですか?」
「そんなの有る訳がないだろう!」
「では是非ともお手を触れて下さい。貴殿方の言う通りの悪女であると証明をする格好のチャンスですよ。どちらの言葉が真実か、互いの名誉を賭けて全てを白日の元に晒しましょう!」
「やるぞ、アイシャ」
「や、ちょっと、やめっ」
「ホルン様もどうぞ」
「ええ」
「では、始めます」
「まっ」
殿下に腕を捕まれたアイシャはそのまま強引にランファが持つ水晶玉に触れさせられる、ホルンもそれに触れ、ランファが開始を告げるとホルンとアイシャの手が水晶から外れなくなった。
「では、アイシャさんがホルン様に虐められたと証言する記憶を再生します。先に言っておきますがもしそれが存在しない記憶であった場合にはキーワードに該当する最も近い記憶が再生されますのでご了承下さい」
「ちょっ、これ何で外れないのよ!」
「アイシャさん、聞いてますか?ちなみにこれは記憶の検証が終わらないと腕を切り落とさない限り外れませんよ?」
「そんなっ、」
「あ、記憶の再生が始まりましたね」
【『ふうっ、こんなもんかな。後は目薬をさしてっと』
教科書をビリビリに破いたアイシャが時計の時間を確認した後、ボトボトと大量の目薬をさす。
『アイシャ?どうしたんだこんな所で』
『でんかぁ……』
『な、何で泣いているんだ?!』
『ほ、ホルン様が、』
『ホルンがどうしたんだ?ん、なんだこの教科書、ボロボロじゃないか』
『元平民風情がこの学園にいるのは相応しく無いと言って私の教科書を……』
『なんて酷い事を!』
廊下でホルンとすれ違ったアイシャがその場に倒れる。
『あら、アイシャさん大丈夫?』
『大丈夫だなんて、ホルンさんが足を引っ掻けたのに酷いですぅ』
『は?貴女が勝手に転んだんじゃない、私は何もしていないわよ?』
『アイシャ!大丈夫か?』
『でんかぁ、ホルンさんが』
『またかホルン、こんなか弱いアイシャを虐めるとはお前には他者を労る気持ちは無いのか?』
『私はアイシャさんを虐めてなどおりません』
『嘘を吐くのはよせ、実際こうしてアイシャが倒れているのが何よりもの証拠だ』
『それはアイシャさんがご自分で転んだだけですわ』
『なんて白々しい……!』
『このままお話ししても平行線のようですので私はこれで失礼致しますわ』
『待て!』
『よっし、今がチャンスね。キャアアアア!!!!』
悲鳴を挙げた後、大きく息を吸ったアイシャは直ぐ近くにあった池へと飛び込んだ。
『なんだ!どうしたアイシャ!?』
その悲鳴を聞き付けて駆け付けた殿下が池で溺れるアイシャを見つけ、直ぐに助け出す。
『アイシャ!大丈夫か?!目を開けるんだ!』
『で、んか……ゲホッゲホッ』
『直ぐに医務室に連れていくから安心してくれ』
『ありがとう、ございます』
『どうしてあんな所に?まさか、またホルンか?』
『私の様な卑しい者は殿下に相応しくない、と』
『あいつは……!』
『ホルンさんの怒りはごもっともなんです、私が、私が婚約者のいる殿下を好きになっちゃったから……ぐすんっ』
『相応しいか相応しく無いかは俺が決める事だ、アイシャは何も気にしなくて良い』
『殿下……』】
その他にもアイシャがホルンに危害を加えられたと偽装する記憶が次々と流れていく、それらを王子はぽっかりと口を開けて見るしか無かった。
記憶の再生が終わる。
会場は静まり返り、視線はアイシャへと集まる。
「こんなの偽物よ!ホルンさんが私を貶める為にしている自作自演なんだから!」
「偽物ではございません、先ほど殿下もおっしゃっていたではないですか『王宮魔術師達によって認定されている』とまさか王族のお言葉をお疑いになるのですか?」
「……っ!」
「王族に虚偽の申告をし、公爵位であるアイネスト家のご令嬢を貶めようなどそんな大それた考えをよく思いつきましたね」
【「あの王子は馬鹿だからちょっと目をウルつかせて上目遣いで言えば何でも信じるし買ってくれるのよ。ちょろくてウケるわね。」
「おいおい、お前の恋人なんだろ?そんな事言ってやるなよ」
「もうっ!私が本当に好きなのは貴方だって知っているくせに!あいつはただの金蔓よ。このまま虐められたって嘘の話で王子の婚約者を上手く追放できれば将来の王妃になって贅沢三昧の生活ができるから愛想を振りまいてるだけ。王妃になったらお城に招くから一緒に暮らしましょうね」
「ははは、悪い女だな!」】
ガラの悪い男にしな垂れかかり、甘えた口調で喋るアイシャの姿が映し出された。
「おっと、どうやら私の言葉が何らかのキーワードになって記憶が再生されたようですね、失礼しました」
顔を真っ赤にしてわなわなと震えるアイシャに軽く頭を下げ、ランファは話を続ける。
「ともあれ、これで事件の真相は明らかになりました。ホルン嬢はアイシャ嬢へ危害を加えた事実は無く、全てアイシャ嬢の自作自演であったと。殿下、いかがでしょう?」
「あ、ああ。どうやらその様だな……その、ホルン、先程の言葉は取り消す、これからも俺の婚約者として共に国を支えていこうではないか」
「お断り致します、貴方にはほとほと愛想が尽きましたわ。今後は私に一切関わらないでくださいまし」
「ふん、宣言はしたがまだ婚約破棄は正式にはされていない、つまりお前は俺の婚約者のままだ。お前の意志がどうであれ、お前は俺と結婚するしかない」
「いいや、婚約は白紙にする」
王子の言葉を遮り、婚約破棄を宣言したのはいつの間にか会場に居た国王その人だ。
国王の傍にはホルンの両親もおり、表情はにこやかだが目は一切笑っていない。
「ち、父上!何故ここに?!」
「お前が愚かな事をしでかしそうだと部下から報告を受けてな、念のためと思って来ていたのだがまさか本当にそこまで愚かであったとは、失望したぞ」
「違うのです!俺はこの女に騙されただけで、」
「黙れ!騙されたとしても国を担う立場にある者が自らの行いの先に何が有るのかも考えずに公的な場で仕出かしたのは事実、お前には為政者としての自覚も覚悟も器も足りん。それに先程、その女を将来の王妃などと言っておったが、立太子もしておらぬのに随分と偉そうな事を宣っておったな?」
「俺は第一王子です!俺が王位を継ぐのは当然でしょう」
「そうか、では私はここで宣言しよう。次期後継者として第二王子を立太子させる」
「そんなっ!」
「お前は北の塔でしばし頭を冷やすと良い、連れていけ」
国王の指示に騎士が第一王子を連れていく。
抵抗し、罵声を上げる王子を引き摺り騎士達は去っていった。
「さて、残るはそこな娘への処罰だな」
「ひっ」
「罪状としては王族に対する虚偽申告及びホルン嬢への名誉毀損及び国庫資金の着服と言ったところか」
「着服なんかしていません!」
「ほう、ではお前が今身に着けている装飾品とドレスはどうやって手に入れた?」
「これは第一王子からのプレゼントです!」
「そのプレゼントの購入資金は婚約者であるホルン嬢への予算から捻出されている。ホルン嬢ではなく、お前に贈られるのは予算の本来の用途とは違う不正な利用であり、つまりは立派な着服にあたるのだよ」
「そんなっ……!」
青い顔でガタガタと震えるアイシャをホルンは冷たい目で見る。
王子にねだっては豪奢なアクセサリー類を貰い、それを見せびらかしてきたアイシャにホルンはそれらの購入資金は国民の血税で賄われていると告げた事がある。
だが彼女はそれを婚約者に見向きもされない女の嫉妬だと馬鹿にするだけで気にも掛けなかった。
つまりは自業自得だ。
王子と同じく騎士に連行されたアイシャを見送っていると国王がホルンの名を呼んだ。
「愚かな息子が悪かった、ホルン嬢には何の過失も無く、今回の婚約も破棄ではなく白紙とさせよう」
「ありがとうございます」
どんなにこちらに非が無くとも婚約破棄となると経歴に傷が付いてしまうが、白紙であればそれは最初から無かった事になる。
「ホルン嬢が良ければ新たな婚約者をこちらが探そう。無論、最大限の便宜を図り、良縁を用意する事を約束する」
「けありがたい申し出ですが、それには及びません。契約した保険の内容に新たな婚約者の紹介が含まれておりますのでそちらを使用したく存じます」
「そうか、だがもし見付からなければ王家からも協力を惜しまない。いつでも声を掛けると良い」
「ありがとうございます」
ここで王家に新たな結婚相手を斡旋してもらえば確かに良縁を結べるだろう、だが、喉元を過ぎれば熱さを忘れるように王家が結んだ縁だからと後々便利に使われても癪だし、お詫びと称しつつホルンの家と縁続きにさせる事で王家に利益が発生する可能性があるのも気に食わない。
そう考えたホルンは国王の提案を断る事にした。
この国での契約者第一号であるのであればホルンの新たな婚約者探しにシェンロン社は全力で挑み、素晴らしい相手を見つけてくれるだろう。
なにせ、今回の出来事が社交界で大きな話題になるのは確実で、新事業立ち上げ時にこんなに良い宣伝ができる機会に恵まれたのであれば全力でそれを利用するのが商売の基本だ。
ホルンが国王からの申し出を断った事にランファの目が輝いている。
「ホルン様、ありがとうございます!ワタクシ共が必ずや王家に匹敵する程の良縁をご用意するとお約束いたします!」
「ええ、期待しているわね」
こうしてホルンの婚約破棄騒動は幕を閉じ、新たな保険部門でシェンロン社の名前は国中に大きく広まるのであった。
後日、嗜好調査で答えた通りの理想の軍人系スキンヘッド奥手マッチョを紹介されたホルンは天を仰いでシェンロン社の繁栄と発展を祈り、生まれた子供にも必ずシェンロン社の保険に加入させようと誓ったのだった。
もちろん、婚約破棄保険の特約をつけて。
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