1 / 1
ミダスを乱す
しおりを挟む
私は触れたものを皆、純金に変える能力を手に入れた。他の皆にとっては路傍の石であっても、それは私にとっては金の石と相違無い。私は金を大量に生み出し、売却益で豊かな生活を送ることを可能とした。
私が食べ物に直接触れてしまうと、食べ物が金に変わってしまうため、自分一人の力では食事ができない。また、風呂に入ろうとした時、自分で自分の身体を洗うこともできない。
私は全てを手に入れたかのように思われることが多いのだが、実はそんなことは全くない。心が満たされていない。私が人に触れようとすると、その相手は一瞬で仰け反ってしまう。金塊になることを恐れて、だ。当然かもしれないが、私は悲しい。
ある時、私の元に一人の女性がやってきた。
「私はコンフと申します。街で家政婦の仕事をしています。私ならば、あなたのお悩みを解決できるかもしれません」
コンフと名乗る女性は言った。
「どういうことでしょうか」
私が訊くと、コンフは私の手を取り、自分の手のひらと私の手のひらを合わせた。
普段ならば、ミシミシと音を立てながら、私の触れたものが金に変わっていく。だが、今回は違った。コンフの手のひらからは温もりを感じ、金に変わった様子も無い。
「私は、今まで自分が特殊な人間であることに気が付いていませんでした。ところが先日、とある男性にプロポーズされて、金の指輪をプレゼントしていただいたのです」
私ならば、鉄でできた指輪を金に変えることは朝飯前だが、茶々を入れるのは無粋というものだ。黙っておくことにしよう。コンフは先を続ける。
「私は彼からのプレゼントを喜んで受け取りました。するとどうでしょう。金の指輪が、プラスチックの指輪に変わってしまったのです」
私は思い出していた。プラスチックの指輪を大量に仕入れて、金の指輪に変換して販売するビジネスを行っていたことを。その流通先の一つが、コンフにプロポーズした男性だったということなのだろう。
コンフの話で私は理解した。コンフは、私と正反対の能力を持っている。私が触れて金にしたものをコンフが触れることによって、元の物質に戻すことができる。
「私は彼にはフラれてしまいました。『せっかくのプレゼントを台無しにしやがって』と彼は怒りました。その時、私はあなたの存在を思い出したのです。あなたは何でも金に変えることがある。でも、本当は変えたくないものもあるのではないか。私はそう思ったのです。私がそうであったように」
「確かにその通りです。私は何でも金に変えられる。ただし裏を返せば、望む望まずに関わらず、身の回りのものが全て金になってしまう、ということです。全てが金に変わるという現象は、最初は楽しみ、興奮もしたものです。得るものがたくさんありました。付いてくる人もたくさんいました。でも、それは私にでは無いのです。この能力になのです。金になのです」
私は下を向いた。私が手で触れたものは金に変わるが、足で触れたものは金には変わらない。この地面を踏みしめることはできる。歩いていくことはできる。
「私をあなたの傍に置いてはいただけないでしょうか? 私のこの役に立たない能力を、あなたのためになら役に立たせることができるはずです。私の生きがいになるかもしれません。私に救いをいただけないでしょうか?」
私は顔を上げて、コンフの目を見た。最近は金目当ての人間とばかり付き合ってきた。皆、目がギラギラしていて、隠すことのできない欲望が溢れ出していた。コンフはどうだろうか。助けを求める目。懇願の目。そんな気がする。私は今、どんな目をしているのだろう。コンフと同じかもしれない。正反対の能力を持つ、似た者同士。その不思議な関係性に触れてみたいと思い、私はコンフと一緒に暮らすことを決めた。
コンフは、その手で触れた金を元の物質に戻す能力を持っているという点以外は、至って真面目で、素直で、素朴で、魅力溢れる女性だった。私はコンフとの生活を楽しく過ごしていった。
食事の時、私はパンを食べようとするが、そのパンは金になってしまう。そんな時、コンフは金となったパンに触れて、元のパンに戻してくれる。私がパンを食べ終わるまでの間、コンフがパンを触り続けていてくれるおかげで、私はパンを食べることができる。
私はコンフのことが段々と好きになっていった。私といつも行動を共にしてくれる。日常生活が全てにおいて困難な私に、そっと手を差し伸べてくれる。コンフへのプレゼントも考えたが、私が与えられるのは金だけであり、私が与えた金はコンフが触れると元の物質に戻ってしまう。私の恋が進展することは無かった。
コンフは私と生活を共にしていく上で、当然ながら私が生み出した金に触れることが多かったのだが、その時にちょっと手が滑って、私の体に触れてしまうことがあった。最初は、本当に手が滑っただけ、という感じがした。だが次第に、特に何もしていない時であっても、コンフは私の頭を撫でたり、肩に触れたりした。
コンフも私のことを好きなのかもしれない。確かめるためにも、思いっ切り抱きしめてみたくなる。でも、それはできない。コンフがただの金になってしまう。金を元に戻せるのは、コンフだけだ。
コンフからのスキンシップは増えていく。私のフラストレーションも増えていく。
どうしようもなくなった私は、自分の頭を抱えた。
(了)
私が食べ物に直接触れてしまうと、食べ物が金に変わってしまうため、自分一人の力では食事ができない。また、風呂に入ろうとした時、自分で自分の身体を洗うこともできない。
私は全てを手に入れたかのように思われることが多いのだが、実はそんなことは全くない。心が満たされていない。私が人に触れようとすると、その相手は一瞬で仰け反ってしまう。金塊になることを恐れて、だ。当然かもしれないが、私は悲しい。
ある時、私の元に一人の女性がやってきた。
「私はコンフと申します。街で家政婦の仕事をしています。私ならば、あなたのお悩みを解決できるかもしれません」
コンフと名乗る女性は言った。
「どういうことでしょうか」
私が訊くと、コンフは私の手を取り、自分の手のひらと私の手のひらを合わせた。
普段ならば、ミシミシと音を立てながら、私の触れたものが金に変わっていく。だが、今回は違った。コンフの手のひらからは温もりを感じ、金に変わった様子も無い。
「私は、今まで自分が特殊な人間であることに気が付いていませんでした。ところが先日、とある男性にプロポーズされて、金の指輪をプレゼントしていただいたのです」
私ならば、鉄でできた指輪を金に変えることは朝飯前だが、茶々を入れるのは無粋というものだ。黙っておくことにしよう。コンフは先を続ける。
「私は彼からのプレゼントを喜んで受け取りました。するとどうでしょう。金の指輪が、プラスチックの指輪に変わってしまったのです」
私は思い出していた。プラスチックの指輪を大量に仕入れて、金の指輪に変換して販売するビジネスを行っていたことを。その流通先の一つが、コンフにプロポーズした男性だったということなのだろう。
コンフの話で私は理解した。コンフは、私と正反対の能力を持っている。私が触れて金にしたものをコンフが触れることによって、元の物質に戻すことができる。
「私は彼にはフラれてしまいました。『せっかくのプレゼントを台無しにしやがって』と彼は怒りました。その時、私はあなたの存在を思い出したのです。あなたは何でも金に変えることがある。でも、本当は変えたくないものもあるのではないか。私はそう思ったのです。私がそうであったように」
「確かにその通りです。私は何でも金に変えられる。ただし裏を返せば、望む望まずに関わらず、身の回りのものが全て金になってしまう、ということです。全てが金に変わるという現象は、最初は楽しみ、興奮もしたものです。得るものがたくさんありました。付いてくる人もたくさんいました。でも、それは私にでは無いのです。この能力になのです。金になのです」
私は下を向いた。私が手で触れたものは金に変わるが、足で触れたものは金には変わらない。この地面を踏みしめることはできる。歩いていくことはできる。
「私をあなたの傍に置いてはいただけないでしょうか? 私のこの役に立たない能力を、あなたのためになら役に立たせることができるはずです。私の生きがいになるかもしれません。私に救いをいただけないでしょうか?」
私は顔を上げて、コンフの目を見た。最近は金目当ての人間とばかり付き合ってきた。皆、目がギラギラしていて、隠すことのできない欲望が溢れ出していた。コンフはどうだろうか。助けを求める目。懇願の目。そんな気がする。私は今、どんな目をしているのだろう。コンフと同じかもしれない。正反対の能力を持つ、似た者同士。その不思議な関係性に触れてみたいと思い、私はコンフと一緒に暮らすことを決めた。
コンフは、その手で触れた金を元の物質に戻す能力を持っているという点以外は、至って真面目で、素直で、素朴で、魅力溢れる女性だった。私はコンフとの生活を楽しく過ごしていった。
食事の時、私はパンを食べようとするが、そのパンは金になってしまう。そんな時、コンフは金となったパンに触れて、元のパンに戻してくれる。私がパンを食べ終わるまでの間、コンフがパンを触り続けていてくれるおかげで、私はパンを食べることができる。
私はコンフのことが段々と好きになっていった。私といつも行動を共にしてくれる。日常生活が全てにおいて困難な私に、そっと手を差し伸べてくれる。コンフへのプレゼントも考えたが、私が与えられるのは金だけであり、私が与えた金はコンフが触れると元の物質に戻ってしまう。私の恋が進展することは無かった。
コンフは私と生活を共にしていく上で、当然ながら私が生み出した金に触れることが多かったのだが、その時にちょっと手が滑って、私の体に触れてしまうことがあった。最初は、本当に手が滑っただけ、という感じがした。だが次第に、特に何もしていない時であっても、コンフは私の頭を撫でたり、肩に触れたりした。
コンフも私のことを好きなのかもしれない。確かめるためにも、思いっ切り抱きしめてみたくなる。でも、それはできない。コンフがただの金になってしまう。金を元に戻せるのは、コンフだけだ。
コンフからのスキンシップは増えていく。私のフラストレーションも増えていく。
どうしようもなくなった私は、自分の頭を抱えた。
(了)
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
エトランジェの女神
四季
恋愛
特別な力を持つ能力者と特別な力を持たぬ非能力者が存在した、銀の国。
その中に、非能力者を集めて作られた街『エトランジェ』はあった。
非能力者たちは、限られた自由しか与えられず、しかしながらそれなりの生活を続けている。能力者が調査という名目でやって来ては問題行動を起こすことに不満を抱きつつも、ではあるが。
そんな『エトランジェ』で暮らす一人の女性がいた。
その名は、ミリアム・ルブール。
彼女は、能力者でありながらも非能力者の味方になることを選んだ、珍しい人物だ。
そんな彼女のもとに、ある日、一人の青年が現れる。
そして、出会いの後、ミリアムと『エトランジェ』の運命は動き始める……。
※2020.5.26〜2020.7.10 に書いたものです。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる