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しおりを挟む「刑事。香坂刑事」
肩を揺らされながら呼ばれる声に、香坂はゆっくりと目を開いた。
覆い被さるように、黒く丸い目をもつ青年が彼を覗きこんでいた。
「おはようございます」
目が合うと、青年はニヤリと笑みを浮かべた。
「・・・ここは?」
香坂は目線だけ動かしながら尋ねた。身体が酷く怠い。ベッドに寝かされていることだけは分かった。
一瞬、病院かと思ったが、それにしては部屋に何もなく、奇妙な感じがした。
「さぁ。もの好きな人間に閉じ込められてしまったようです」
腰掛けていたベッドから下り、マントを翻しながら彼は壁際に歩いて行った。
香坂は、上半身を起こし頭を掻いた。マント越しにも分かる華奢な彼の後ろ姿を目で追う。
「刑事、これを」
彼はドアの上に掲げられた看板を指差した。
そこには「セックスしないと出られない部屋」と書かれていた。
「・・・は?」
寝起きのスッキリしない頭で呟く。
「馬鹿馬鹿しい。何のおふざけだ?」
香坂は看板を暫く凝視したあと、その下のドアを見ながら言った。
「・・・お前なら、そんなドアくらい、いくらでも開けられるだろう」
香坂はドアの前で佇む彼の後ろ姿に言った。
彼のことを、警察やマスコミ関係者は怪盗Tと呼んでいる。そのピッキング技術で、何度、金庫や牢獄の鍵を開けられたことか。
「そうしたいのは、山々なんですがね」
彼──怪盗Tは、冷静にポツリと呟く。
「どうにも、開かなくて」
大袈裟な手振りで、怪盗は首を振った。
「私と刑事の情事を見るために、相当頑丈な鍵を作られたようですよ」
呆れたように笑いながら、彼は香坂を振り返った。
「・・・そんな馬鹿な」
香坂は再びベッドにバタンと倒れこんだ。
「まぁ、待っていれば、そのうち救助がくるだろ」
香坂は懐のポケットからスマートフォンを取り出す。画面左上には、圏外を表すマークが表示されていた。
「クソ。圏外か」
念のため、署や部下に電話してみるも、繋がらない。
「そのうち・・・まで待てないかもしれません」
ギシ・・・と音を立てて、怪盗は仰向けの状態の香坂に跨った。
真剣な目で、香坂を見下ろす。
「・・・おいおい。まさか、看板の文字を信じているんじゃないだろうな」
緊張なのか、香坂は鼓動が速くなるのを感じた。
「その、まさかですよ。私は早く出たいのですよ、この部屋から」
怪盗は、シルクハットを脱ぎ、ベッドの下に投げ、そっと顔を近づける。
香坂は慌てて彼を押し返し、ベッドから逃げるように降りた。
「な、何、考えてるんだ!お前と、俺とで・・・で、できるワケないだろ!」
香坂は怪盗を睨みながらスーツの上着を整えた。
「お好みとあらば、女装して差し上げますよ」
怪盗は、するりとマントを脱いだ。マントの下は、一瞬でブラウスとタイトスカート、黒ストッキングという女性の服装に着替えられていた。
「ほら」
手で顔を隠し、手を離す頃には、薄化粧をした女性の顔になった。セミロングの黒髪を手で梳かしながら、怪盗は微笑む。
「そんなマジックで・・・」
騙されるものか、と香坂は息をのんだ。こいつはどこまで俺のことを調べ上げているのか。その姿は、昨日、自分がアダルトサイトで見た、OLモノのAV女優にそっくりだった。
確かに女性に見えるが、そう見えたところで身体は男のままだろうが。
「へえ?」
女装した怪盗は、ニヤニヤしながら香坂に近づいた。
「香坂刑事、さては童貞でしょ」
声色まで女性に似せてくる。香坂は後退りするも、狭い部屋のため壁にぶつかってしまった。
「だったら、なんだよ」
鼻が当たりそうなほど近づいてきた怪盗を睨む。その端正な顔立ちに、男だと分かっていてもドキドキする。
「たっぷりと、教えて差し上げますよ」
怪盗は瞳を閉じると、香坂のネクタイを軽く引き、彼に唇を重ねた。
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