転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi

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1巻

1-2

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「こ……皇帝陛下!?」

 震えながらも急いで平伏ひれふす女官達だが、顔や腕にガラスの破片が刺さり痛々しい。

「誰が声を出して良いと言った? 全て見ていたぞ。皇女に対する無礼の数々……許されると思うなよ。何が死産だ、こんなに図太く生きているではないか?」
「おい! 図太いは余計でしゅ!」

 恐ろしい程の威圧感で怒りを露わにするルシアードに、女官達はガタガタと震えている。アレクシアがいるので言い訳は出来ない状況だ。故に自分達の恐ろしい未来が想像出来たのだろう。

「死産であった子のために使う公金はどうした? 今正直に答えておいた方が身のためだぞ」

 死産した子のために、葬式そうしき費用として多額の公金が支払われているはずなのだ。

「あ……ス、スーザン様が自由に使えとおっしゃって…………その……」
「まさか、アレクシアに使わずにお前達が使ったのか?」
「はい……申し訳ございません!」「「申し訳ございません!」」
「はっ! まだ許されると思っているのか? いやしい者共が!」

 ルシアードは剣を抜く。女官達は恐怖の余り失禁しっきんして倒れてしまった。それと同時に、騒ぎを聞きつけた後宮の衛兵が二人飛び込んでくる。

「何事だ、うるさいぞ!」
「おい、ここ、例の悪魔の部屋だぞ!」

〝悪魔の子〟。アレクシアに付けられた名だ。スーザン妃のみやでは決して死なないこの幼子をそう呼んで、ごく一部の者以外は絶対に近付かなかった。
 悪態を吐きつつ部屋に入ってきた兵士達を待っていたのは、剣を抜いて立っているアウラード大帝国の皇帝だった。

うそだろ……」

 衛兵達は信じられない光景に頭が追いつかない。

「何が嘘なんだ? 俺が後宮にいたらおかしいのか?」
「あ……その……」
「無理に話すことはない。今、俺自身が、お前達の皇女に対する無礼を目撃したからな」

 アレクシアはその光景を冷めた目で見ていた。皇帝と森で出会うことがなくても、三年後にはこの後宮を出ていたはずだ。だが、奇妙な縁で、父親であるルシアードと出会い、今に至っている。

(こいつらの運は尽きたってことか。同情は出来ないけどね)
「アレクシア、部屋を出ていろ。ここはもう使
「了解でしゅ」

 アレクシアは覚束ない足取りで部屋を出ていこうとするが、一つ問題が発生する。

「父上、ドアを開けてくだしゃいな。シアはドアから出たことがないんでしゅよ」
「む……そうだな。お前はまだ幼子だったな」

 ルシアードがドアを開けてやるために衛兵達に背を向けると、ここで死を迎えたくない彼らはおろかにも最悪の手段に出る。

「死ねぇぇぇーー!」

 剣を抜き、背後からルシアードに素早く斬りかかる。だが、歴代最強の皇帝に敵うはずもなく、最初に斬りかかった男の首が簡単に飛び、ボールのようにコロコロと転がる。

「ヒィ!」

 残ったもう一人の兵士は仲間の死を見て一気に戦意を失う。ルシアードの剣から新鮮な血がポタポタとしたたり落ちている。

「アレクシア、すぐに終わらすから外で待っていろ」
(普通の子供が見たらトラウマ確定ね)

 アレクシアは苦笑いをしながらも頷き、ドアの外へ出ていった。
 彼女が出てすぐに、部屋の中から女官達のおぞましい悲鳴が聞こえてくる。待てと言われたアレクシアがドアの横にちょこんと座っていると、この異常な騒ぎに他の宮の女官や衛兵、そしてある人物がこちらに向かってくる。

「何の騒ぎなの!?」

 金髪にあわいグリーンの瞳の美女が、高級そうな寝間着姿でこちらに歩いてくる。アレクシアの推測では、この人が母親であるスーザン妃だろう。

(自分の母親を推測する羽目になるとはね……)

 生まれてから一度も会ったことのない母親との対面だ。さて、どうなることやら……
 アレクシアを見たスーザン妃は、あからさまに顔をゆがめる。

「お前……まだ生きてたの」
「お陰様で何とか生きてましゅね」

 まだ幼いはずなのに大人びた受け答えをするアレクシアを不気味に感じ、スーザン妃は顔色をがらりと変える。

「……この騒ぎは何なの、中で何が起こっているの! 答えなさい!」
「自分で見てくだしゃい。シアはここで待っててと言われていましゅから」

 アレクシアがそう答えた瞬間、頬に衝撃が走り、叩かれたのが分かった。思い切り叩かれたのだろう、衝撃に耐えられず、横によろめき倒れてしまう。

「生意気な子ね」

 無表情で我が子を見下ろすスーザン妃には、情の欠片かけらもない。この宮の女官や衛兵達は当たり前に見て見ぬふりをしているが、他の宮の女官は酷く驚いていた。アレクシアはよろよろと立ち上がるとまたドアの脇にちょこんと座る。
 その行動に腹を立てたスーザン妃がまた殴ろうと手を振り上げた時、部屋のドアが荒々しく開いた。
 皆が注目する中、暗闇から出てきたのは彼らの想像を遥かに超える人物だった。

「陛下!?」

 驚きを隠せないスーザン妃は呆然と立ち尽くしているが、女官達は一斉に平伏し、兵士達も急いでひざまずいていく。ルシアードがこの場にいることも驚きだが、その姿、その光景に皆が震え上がる。
 ルシアードは全身血塗ちまみれで、剣からは生々しく鮮血が滴り落ちている。そして左手には、先程まで一緒に仕事をしていた女官の首が無惨むざんにも握られている。
 そのおぞましい光景に複数の女官が気絶してしまい、兵士達はこの状況を見てガタガタと情けなくも震えている。スーザン妃はあまりの惨状に吐き気をもよおしてうずくまる。

「何の騒ぎだ」
「あんなに叫び声がしゅれば集まりましゅよ」

 恐ろしい存在感を放つ皇帝ルシアード相手に普通に会話するアレクシアを見て、驚愕する一同。特に母親であるスーザン妃は、ないがしろにしてきた娘が皇帝と親しげなことに驚きと焦りを感じる。

「アレクシア……その頬はどうした――」
「陛下!」

 娘の頬がれていることに気づいたルシアードは、持っていた首をゴミのように放り投げて、アレクシアに近付こうとした。だが、スーザン妃が彼の行く手をはばむ。

「この娘に近付かないでくださいませ! この子は呪われているのです!」

 自分の娘を忌々いまいましそうに指差しながら訴えるスーザン妃。

「……お前、呪われているのか?」
「知りましぇんよ」

 馬鹿正直に質問するルシアードに、アレクシアは呆れるしかない。

「この子の周りで次々に人がいなくなるのです! 実際にこの子の護衛の者や女官が行方ゆくえ不明になっています!」
「そのような報告はなかったぞ? いや、確か死産と報告を受けたが?」

 スーザン妃をするどく見るルシアード。

「それは……」

 あからさまに目が泳ぐスーザン妃。
 話にならないとばかりに、ルシアードは娘に視線を向けた。

「アレクシア、どうなのだ?」
「何人かがシアを殺そうとしたから返り討ちにしまちた」
「だそうだ。何か問題でもあるか? 自分の身を自分で守っただけだ」
「そんな……この子の言っていることを信じるんですか!? まだこんなに幼いのに、そんなことが出来るわけないです! そうよ! 死んだのに生き返った悪魔きなんです! だから隔離かくりしてたんです!」

 今度は自分の娘を悪魔憑きにするスーザン妃。

「そんなことよりも、誰がアレクシアに刺客しかくを送ったかが問題だ」

 そう言うルシアードの冷酷で無慈悲な瞳が、スーザン妃を捉える。

「わ……私の方でも調べていますが他の側妃が怪しいですわ!」
「そうか? この子が生きていると知っている者がいたとは思えんが。では、俺の方でも徹底的に調べよう。娘が殺されそうになったんだ、容赦はしないつもりだ。今からスーザン妃および専属女官と兵士を尋問じんもんする。既にお前達には追跡魔法を掛けた、逃げようなどと思うなよ?」

 その途端、スーザン妃や女官、兵士達の首に赤い紋章もんしょうのようなものが浮かび上がる。そしてルシアードは、小さなアレクシアを優しく抱き上げ、後宮を出ようと歩き出した。そんな父のえりを、アレクシアは引っ張った。

「父上、シアは皇女でしゅから、勝手に後宮から出ちゃいけないはずでしゅよ」
「そうなのか? 何処ぞの皇女が森で狩りばかりしていたから、出入り自由だと思っていたが」
「…………何でもありましぇん」

 生意気な娘に微笑むルシアード。
 そんな光景を血走った目でにらみ付けるスーザン妃は、信じられない思いでいた。誰にも何の感情も抱かない冷酷無慈悲でいて、なのに誰もが引き寄せられる魅力を持つルシアード皇帝。
 誰にも同じ冷酷な態度だから耐えられた。それ程までに彼を愛していた。少しでも興味を持たれるように皇子をと願ったが、失敗作が生まれてしまい絶望した。だから捨てた。失敗作なら死んでも良いと、いや、むしろ死を望んだのだ。

「あんな彼を……見たことがない……何でよ! 何でよ! 何で娘なの! 悔しい悔しい悔しい悔しい! 死ね死ね死ね!」

 手が血塗れになっても、狂気の如く地面を叩き続けるスーザン妃。そんな彼女を誰も止められずに見ているだけだった。


 3 皇帝と暮らします!?

 後宮を出るまでにも湧いて出てきた野次馬は、ルシアード皇帝がいることに酷く驚いては急いで平伏し、その皇帝が大事そうに抱えている人物を見ては更に驚愕する。皇妃や各側妃付きの女官達は今からあるじに報告に行くのだろう。皆慌ただしくしていた。


 後宮を出て、血塗れのまま、隣り合う皇宮に堂々と入っていくルシアード。アレクシアは興味深くキョロキョロとせわしなく辺りを見回している。

「どうだ、ここが皇宮だ」
「迷子になりそうでしゅね……それにあの絵とか売ったらお金になりそうでしゅね」
「む……感想が独特だな」
「父上、そんなことより、シアまだ幼いから眠いでしゅ」
「ぶっ……部屋に案内する」

 自分で自分を幼いと言う娘を見て笑ってしまうルシアード。自然と笑っている自分にまだ気付いていない。

「あい……」

 ルシアードに抱っこされながら目をこする、ルシアードにそっくりな幼女。
 皇宮の女官や従者、それに兵士達は、皇帝陛下が楽しそうに話している光景も、彼の全身が血塗れなのに幼子が泣き声一つ上げない様子も、確かに見ているが頭が追いつかない。
 ルシアードはきらびやかな階段を上り、長い廊下を奥まで歩いていくと巨大で重厚な扉の前に着いた。

「今日は俺の部屋で寝ろ。明日には部屋を用意する」
「あーい」

 うとうとしながらも返事をするアレクシア。ルシアードが扉に手をかざすと、複雑な術式が浮かび上がり鍵が開く音がする。そのまま室内に入ると、そこにはアレクシアの想像を絶する光景が広がっていた。
 落ち着いているが高級感が滲み出ている家具に絵画、そして大人五人がゆったりと寝られるサイズのベッドが存在感をアピールする。

「おお! 嫌味ってくらいに凄い部屋でしゅね」
「そうか? 広すぎて落ち着かん」
「部屋を探検したいでしゅが……眠いでしゅ……」
「ああ。だが血塗れだな、風呂は……」
「【クリーン】」

 アレクシアが唱えると、二人とも綺麗な状態になっていた。

「お前……まぁいい」

 完全に眠ってしまった娘をベッドに寝かせて、自分も着替えて横になるルシアード。今までは寝る前に酒を飲まないと眠れなかったが、何故か今日はそのままでも眠れそうだった。

         †

 皇宮のとある一室で、一人の少年が声を上げた。

「父上が幼子を連れてきた?」
「はい、とても大事そうに抱えていらっしゃいました」

 書類から目を離して、報告してきた側近を見る少年。煌めく金髪に淡いピンクの瞳の、十代前半くらいの中性的な顔立ちだ。

「興味深いね、あの冷酷無慈悲な人が幼子をねぇ……。自分で見て確かめないと信じられないね。それでその幼子の情報は?」
「アレクシア・フォン・アウラード第四皇女。年齢は三歳。母親はあのスーザン妃です」
「アレクシア? 聞いたことないな……スーザン妃の子供は死産と聞いていたが、恐ろしい女だね。まぁ、明日様子を見に行ってこよう」

 少年は楽しそうに笑うと、また書類に目を通し始めた。

         †

 翌日。鳥のさえずりで目を覚ましたアレクシアは、ここが皇帝の部屋だと思い出してニヤリと笑う。

(金目のものを探すチャンス)

 横で眠るルシアードを見ると、小さく寝息を立てている。アレクシアはベッドからそっとずり落ちるように降りると、絵画やつぼを値踏みしたり、クローゼットを風魔法で静かに開けて我が物顔で金品を物色したりするが、中々思うような品が見当たらない。

「宝物庫にあるんでしゅかね」
「何がだ?」
「金目のもので……はっ!」

 アレクシアが恐る恐る後ろを振り返ると、いつの間にかルシアードが腕を組んで立っていた。その姿はまるで美しい彫刻ちょうこくのようだ。

「……あっ、おはようごじゃいましゅ」
「ああ、おはよう。お前、金に困っているのか?」
「はい。困っていましゅ、お金くだしゃいな!」

 堂々と言うアレクシアに驚き、何故かそれが可笑しくて僅かに微笑むルシアード。彼にとってそれは満面の笑みであった。

「後で金貨を用意しよう。お前に支払われなかった養育費代わりだと思え」
「本当でしゅか! ああ、お父上~!」

 金貨と聞いて目を輝せる幼子に、ルシアードは苦笑いする。

「腹が減っただろ? 朝食を食べに行こう」
「あい」
「……あのソースはあるか?」
「気に入りましたね?」
「あれは病み付きになる味だ」

 アレクシアとルシアードは頷き合う。やはり似た者親子だ。

「お前の服も用意しないとな」
「魔物狩りに行くので動きやすい服でお願いしましゅ」
「また行くのか? ……よし俺も行こう」

 それを聞いてアレクシアがルシアードに話しかけようとした時、扉がノックされる。

「誰だ?」

 今までの声色から打って変わって、いきなり冷たい声になるルシアード。微妙な声の違いだがアレクシアにはそれが分かった。

「僕です、開けてください」

 子供の声だ。

「何故だ?」
「話したいことがあります」
「急用でないなら仕事の時に聞く」
「…………アレクシアの件です」

 その言葉に反応したルシアードが、ドアの前に行くと術式が浮かび鍵が開く音がする。そしてそのドアを開けると、そこには絶世の美少年が立っていた。


 4 皇太子とアレクシア

(綺麗な子供だな)

 アレクシアは少年を見上げている。
 少年もまたアレクシアの姿を見下ろして驚く。

「うわぁー、本当に父上にそっくりだね」
「一応親子でしゅからね」

 ルシアードをチラッと見ながら答えるアレクシア。

「む。一応って何だ」
「まだ実感がありましぇんよ」
「俺はお前の父親だ」

 こんな幼子にむきになっている自分に驚くルシアード。

「それは知ってましゅよ」

 二人の会話を静かに聞いていた少年が突然笑い出した。

「この少年はどうしたんでしゅか?」
「俺もわからん、頭でも打ったか?」

 二人の似たような反応に、これまた興味津々の少年。

「失礼ですね、あー面白いものを見たなぁ! まさかこんなに面白……可愛い妹だと思わなくてさ!」

「今、面白いって言おうとしまちたね」と少年をジト目で見るアレクシア。

「それに父上とここまで打ち解けているとは驚きだよ! こんな父上、見たことがないからね~」
「無視されまちた。妹ってことはシアの兄上でしゅか?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はシェイン・フォン・アウラードだ」
「シェイン……皇太子でしゅか」

 すぐに反応するアレクシアに驚くシェイン。

「本当にかしこいね。とても三歳とは思えないよ」
「それは俺も同感だ」
「失礼な兄上と父上でしゅね!」

 ぷんすか怒りながらも、クローゼットの前に戻るとまた中身をあさり始めるアレクシア。

「父上……あれは何をしているのですか?」
「金目のものを探しているらしい」

 それを聞いて、シェインは改めてアレクシアを見る。クローゼットに入っている衣服や小物を品定めしている幼女の姿は実に奇妙だ。

「ぶっ……本当に面白い妹だね」

 それに、その光景を優しい顔で見ているルシアードの姿にも驚きを隠せない。冷酷な皇帝としての姿しか見たことがないからだ。常に顔色一つ変えずに国を動かし、時には人を殺めていた者とはとても思えない。

「それで、お前は何をしに来た」
「はい。アレクシアの母親であるスーザン妃の件です」
「動いたのか」
「はい。父親であるキネガー公爵に使いを出したのを確認しています」

 ローランド・キネガー公爵は優秀で実力のある人格者として有名な大貴族だ。だが、ルシアードの父親である前皇帝の悪政をうれい、それをとがめたことで、彼とその派閥はばつの者は隠居いんきょへと追いやられてしまったのだ。
 その数年後にルシアードが前皇帝を討ち、新たに皇帝の座にくと、キネガー公爵から和解条件として娘であるスーザンとの婚姻こんいんを提案され、それを受け入れた経緯がある。

「ローランドは孫のことを知らんのだろう」
「死産だと思っていますね」
「あれの何処が死産だ」

 ルシアードは、クローゼットから物を出しては真剣に品定めをしているアレクシアを見てそう言う。シェインは苦笑いしながらも、二人に挨拶して部屋から出ていった。

「おい、品定めは終わったか?」
「う~ん、また後でやりましゅよ」
「む。まだやるのか」

 呆れながらも娘に荒らされたクローゼットから服を取り、着替えて床に座る。それから品定め中のアレクシアを無理矢理に抱っこした。
 ルシアードは身の回りのことは自分で行い、決してこの部屋に誰も入れないようにして、従者と距離を取ることを徹底していた。部屋を出ると数人の男女が一様に綺麗な礼をする。

「おはようございます、皇帝陛下」
「「「おはようございます、皇帝陛下」」」

 先頭に立つ執事長しつじちょうが挨拶を述べると、他の使用人や近衛兵このえへい達もそれに続く。

「こいつに至急新しい服を用意してくれ。アレクシア、着替えてこい」
「えーーーー……これで良いでしゅよ」

 薄汚れたドレスを結構気に入っていたアレクシアは反論する。

「こいつを連れていけ」

 ルシアードは有無を言わせず女官にアレクシアを預けると、一人すたすたと歩いていってしまう。その後ろを、従者や近衛兵達が距離をおきながら緊張気味についていく。

「自由な人でしゅね……」

 溜め息を吐きながら呟く幼女に、女官達は驚いた。


「アレクシア殿下、こちらの部屋でございます」

 女官に招かれて部屋に入ると、色とりどりの綺麗なドレスがズラリと並んでいた。

「うっ! 眩ちいでしゅ!」

 あまりの煌びやかさに目がやられたアレクシア。

「殿下が気に入ったドレスはございますか?」
「う~ん…………これでいいでしゅ」

 近くにあった淡いブルーのワンピースを適当に選ぶ。スカートのすそに白いラインが入っていて可愛らしい。派手さのない清楚せいそな装いだ。
 女官が着替えようとするアレクシアを当たり前に手伝おうとするが、それを制止して自分で着替え出す。淡々たんたんと着替える幼子を、女官達は困惑して見守るしかなかった。
 アレクシアは着替え終わると、ルシアードがいる部屋に案内された。書類を見ていたルシアードは娘が入ってきたことに気付いて視線を送る。

「まぁ、似合ってるな」

 ぶっきらぼうに誉めるルシアード。

「そうでしゅか? 美少女でしゅからね~」
「赤子の間違いだろ? それに自分で言うな」

 鼻で笑うルシアード。

「赤子じゃないでしゅよ! シアはもう三歳でしゅ!!」

 二人の気の置けないやり取りを、周囲の者達は呆然と見守っている。それを気にも留めず、アレクシアはテーブルに目を向けた。ルシアードとの間にあるテーブルには、出来立てとおぼしき料理が並んでいた。

「しゅごいご馳走ちそうでしゅね!」
「ああ、食べるか」
「あい、頂きましゅ」

 二人が料理に手をつけようとした時、一人の男性が急いでルシアードの元に駆け寄る。

「陛下、キネガー公爵が、至急お会いしたいといらっしゃいました」
「放っておけ、今は食事中だ」

 ルシアードに睨み付けられて尻込みする男性。
 だが、入口が騒がしくなり、誰かが暴れている音がする。


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