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2巻

2-3

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 第3話 深夜の襲撃


 話し合いが終わりかけた時、その場にいる者達が不穏ふおんな気配を感じた。

「おい、何かこの国に迫っているぞ」

 そう言うとシロは、ユリアの眠る部屋に向かうため急いで出ていった。

「俺達も行くぞ!」

 オーウェン夫妻、そしてガルムも後を追う。他の者も各々動き出した。

「私とクロじいは様子を見てくるよ!」

 九尾きゅうび妖狐ようこである桔梗ききょうはそう言うとクロじいと家を出ていく。
 ラーニャとネオは気配を探り、クロノスとゼノスは王宮に報告に行くため転移した。シリウスは黙って部屋を出ていき、マーリンはこの屋敷に強い結界を張る。

「俺達も行くか! ちびを起こそうとするやからは捨て置けねぇからな!」
「そうね、久々に暴れようかしら!」

 チェスターとエリー夫妻が嬉々として出ていくのを、マーリンは苦笑いしながら見送った。


 シロがユリアの部屋に入ると、おちび二人はすやすや眠っていた。そして部屋の窓辺には不死鳥のピピがいて、外の様子をうかがっている。ピピはシロの方に視線を向けた。

『かなりの人数だね、一人一人は雑魚だけど厄介だね』
「あぁ、援護しに行くか」

 戦闘態勢になったガルムが後ろからそう言ったが――

「……いや、大丈夫そうだな」

 何かを感じ取ったのか、窓の外を見て笑うシロだった。

         †

 一方、ルウズビュード国正門前では……

「何この人数~、面倒臭いわね!」
「うむ、厄介じゃな」

 桔梗とクロじいの前にいるのは、こちらに向かってくる数千人の兵士と、その先頭にいる黒装束くろしょうぞくの男。

「どうやってこれだけの人間がこの国まで来たのかと疑問に思ったけど……あれは」
「ああ、生けるしかばねじゃな……恐らくあの黒装束の男が操っておるな」

 のそりのそりと歩いてくる兵士達は生気がなく、所々骨が見えていて、腐敗している。周辺の森や古戦場から掻き集めてきたのだろう。

「ぎゃははは! たった二人で相手にするのか? 馬鹿にも程があるぞ!」

 兵士等の先頭に立つ男は、やけにはしゃいでいた。

「気に入らないねぇ」

 桔梗が魔力を解放しようとした時、後ろからおぞましい気配がして振り向く。

「俺がやる。その方が早い」

 気配の主は、無表情でこちらに歩いて来たシリウスだった。

「おぉ、そうじゃな! お主に勝てる屍はおらんわい!」
「ふん! 良いところだったのにさ!」

 嬉しそうなクロじいに対して、不貞腐れてしまう桔梗。
 シリウスはそんな桔梗を気にすることなく、黒装束の男の方へ歩いて行く。シリウスからはどす黒いオーラが出ている。
 黒装束の男は慌てふためいた。

「なっ……何なんだあいつ! 気味が悪い!」
「お前に言われたくない」
「くそ! かかれーー! 誰一人として残すなよ!」

 屍兵士達は剣を手にこちらに向かってくる。目の前まで迫った屍兵士達に、シリウスは黒い球体を投げる。するとその球体が大爆発して眩い光を発する。

「【浄化】」

 シリウスがそう言うと、光が雨のように屍兵士達に降り注ぐ。途端に彼らの動きが止まり、剣を落とし始めた。
 暫くすると、屍兵士達は涙を流して一人また一人と光となり消えていく。

「おい……どうなっているんだ? ……あり得ない! あり得ない!」

 地団駄じだんだを踏む黒装束の男の鼻先にまで近付くシリウス。

「くそ! まだだ!」
「死者を冒涜ぼうとくする者は許さない」

 男は必死に呪文を唱え出すが、シリウスが男の頭を鷲掴わしづかみにする。すると男が断末魔だんまつまの叫びと共に徐々にミイラ化していき、そして最期は苦しそうに息絶えた。
 それを見届けていたシリウスは、空を飛んでいたカラスの一匹にいきなり攻撃を仕掛けた。攻撃を受けたカラスは地に落ち息絶えたが、何故か砂のように消えていった。

「誰かが見ている」

 シリウスが呟いた。

         †

「あー! 見つかったかぁ! あいつ弱すぎだよね!」

 途絶えた映像を見て黒髪の少年が笑う。

「何で勝手なことをするんだ!」

 そんな少年を叱咤しったするのはあの草臥れた男性だ。その横で神経質そうな眼鏡の青年は、二人を無視して、本に没頭していた。
 ここは聖ラズゴーン教会の、八人掛けの円卓が置かれたあの部屋だ。以前は四人しかいなかったが、今は全ての席が埋まっている。

「いや~、あの男何者なんだい! 強すぎでしょう!」

 糸目をした男性が興奮気味に草臥れた男に問う。彼は溜め息を吐き、ここにいるイカれた連中を見て改めて頭を抱える。

「取り敢えず全員揃ったんだ、話し合いを始める」

 そしてこちらも深夜の話し合いが始まった。
 草臥れた男――ダウニーは一番奥の席に座り、イカれた参加者達を取り纏めている。だが、一筋縄ではいかない参加者に頭を悩まされるのもいつものことである。

「イル、勝手なことをするな。このことはあの方に報告する」

 イルと呼ばれたのは先程の少年だ。年は十代後半くらい、黒い短髪に緑の瞳の、一見普通の男の子だ。

「相手がどんなもんか知りたかったんだよ! でもさー、あいつも弱すぎでしょ!」
「……どうせこの任務を成功させたら幹部にしてやるとか言ってやらせたんだろう」

 黒ずくめの不気味な男――ユージンは呟くように言う。深淵の森でラーニャと戦った男は彼であった。

「おー! オッサンご名答! 単純な奴でさぁー、くくくっ」

 ダウニーはイルを睨み付け、そして溜め息を吐いた。

「もういい、今後のことだが、ルウズビュード国のことを詳しく知っている者はいないのか?」
「あの国とは交流がないからなぁ」

 ワイン片手に、色気漂う青年――ディパードが言う。

「ねぇあとどれくらいかかるの~? 私、予定が詰まってるのよ~」

 気だるそうな声で話す派手な女は、ジェファニー。彼女のきつい香水の匂いが部屋中に広がっていて、何人かは鼻に皺を寄せていた。

「悪いけど俺も予定があるんだよねぇ~」

 ふざけたような軽い話し方をする、糸目が特徴の男――クシナ。

「あの国はヤバいって! 近寄らない方が良いよ!」

 そう叫んだのは、ラーニャとの戦いがトラウマになっている少女――キラ。
 そんなキラを睨み付ける神経質そうな眼鏡の青年は、カヒルという。

「お前らが勝手に行動を起こしたんだ。自業自得だろ!」
「何よ! あんたはいつも不機嫌で感じ悪いのよ!」
「あはは! 確かに!」

 キラとカヒルの言い争いに爆笑するイル。

「いい加減にしろ! 今はルウズビュード国の件を話しているんだ! いいか? あの国に愛し子がいるのは間違いないが、問題はその周りにいる奴らだ。先程の男も女もそしてあの老人も、只者ではない。間違いなくここにいる者でも勝てないだろう」

 ダウニーのその言葉に場の空気が一変する。

「つまり俺達が弱いってことかぁ?」

 急にイルの顔色が変わり、真顔でダウニーに問う。

「本当よ、嫌な言い方をするわね」

 ジェファニーの声も、いつもの気だるそうなそれではなく怒気を含んでいる。多分こちらの方がこの女の本性なのだろう。ディパードも笑顔のままだが目は笑っていない。

「勝てないときたかぁ~」

 クシナだけはそう言って、ただ笑っている。

「無礼な男だな! 俺を誰だと思っている!」

 カヒルはダウニーを怒鳴りつける。
 だが、一度相手をしたユージンとキラだけはダウニーの言葉に反論しない。確かに勝てる相手ではない。こちらから殺されに行くようなものだと分かっているからだ。

「他にも仲間がいるとしたら、あれ以上の強さの者もいる可能性がある。この件は慎重にいった方がいい。あの方には俺が報告するから余計なことは絶対に考えるな!」

 ダウニーはそう言うと部屋を出ていき、その後をユージンとキラが追う。
 残ったメンバーもそれぞれの思惑を秘めて、一人また一人と出ていく。
 最後に残ったイルは、怒りのあまり動けないでいた。今まで負けたことがなく、実力でのし上がってきた少年は、ダウニーの勝てないという言葉に、プライドを酷く傷つけられたのだ。

「ルウズビュード国! 俺がやってやるよ! 勝てないなんて言わせないからな! くそジジイがぁ!」

 ようやく立ち上がると、教会内部にある自分の部屋に戻る。そして、そこにいたシスターらしき女性に声をかける。

「あいつらを集めろ!」
「イル様、任務ですか?」

 お祈りをしていたシスターの女性が立ち上がり、イルに問う。

「あぁ、お前も準備しろ」
「はい、彼は失敗したんですね」

 シスターの女性が部屋を出ていく。そして集まった五人の部下に軽く説明だけすると、共にルウズビュード国を目指す準備に入るイル達であった。

         †

 黒装束の男がルウズビュードに現れてから少しして。

「ユリアは無事か⁉」

 クロノスに王宮から連れてきてもらったオーランド――ユリアの一番上の兄だ――が急いで子供部屋へ行くと、そこにはすやすや眠るユリアとカイルがいた。
 オーランドは眠るユリアに抱きつこうとして、シロに襟を掴まれた。

「襲撃者は始末したみたいだな、シリウス達が戻って来たら詳しく聞いてみよう」

 不穏な気配がなくなり、シロは皆に報告する。
『何か面倒に巻き込まれそうだね』と窓辺のピピ。
 オーウェンとアネモネはその報告を聞いてほっとしたように頷き合った。

 暫くすると、不貞腐れたチェスターと苦笑いしているエリーが部屋に入って来た。二人は共に正門の方へ向かったはずだった。

「義母上、お怪我はありませんか?」

 オーウェンが尋ねると、エリーは微笑む。

「えぇ……でもこの人は自分で始末したかったみたいで……」

 チェスターは何も言わずに黙って、ソファーに寝転がってしまう。するとこの騒ぎに気付いたのかユリアがパチッと目を開ける。

「ユリアー!」

 オーランドが嬉々としてユリアの赤いほっぺたをプニプニと突いた。

「ん~、にーに?」

 ユリアが目をこすりながら辺りを見回すと、その先々にオーランドが自分の顔を持っていく。ユリアはベッドから降りると、フラフラと部屋を彷徨さまよい始めた。

「ユリア、どうしたの?」

 ユリアを心配するアネモネが声をかける。

「ん~、むちめがねであしょぶの……」
「まだ寝てないと、明日眠くなっちゃうでしょう?」
「やーだー!」

 癇癪かんしゃくを起こしたユリアはチェスターの所に行き、ソファーの空いている隙間に寝転がる。

「本当にこの二人はそっくりね」

 そう言いながら二人を微笑ましそうに見ているエリー。

「なっ! いつの間に仲良くなったんだ! こんな人と仲良くなったらユリアがグレてしまうぞ!」

 何だかんだで仲が良いチェスターとユリアを見て、ショックを受けるオーランド。これでも彼は六代目ルウズビュード国王なのだが、妹のこととなると威厳の欠片かけらもない。

「おいおちび、ベッドで寝ろ」
「おちびじゃにゃい!」

 不貞腐れながらも話す祖父と孫。
 そんなやり取りをしていると、シリウス達が戻って来た。

「あーつまんない!」

 こちらも不貞腐れている桔梗と何かを考えているクロじい、そして相変わらず無表情のシリウスが部屋に入って来た。
 そしてクロノス達やラーニャ達も集まり大人達の話し合いが始まった。

「誰かが魔道具で見ていたらしいんじゃよ」
「趣味が悪いわね」

 クロじいに続いて、ラーニャが吐き捨てるように呟く。

「また襲撃してくるかしら?」

 アネモネがユリアを見ながら心配そうに言う。

「例の教会が関与しているのは確かじゃな。狙いはユリアじゃろうよ……」
「国の警備は万全ですし、今度襲撃してきたら教会は潰します」

 オーランドが厳しい顔で宣言する。それには誰も反対しない。

「教会もあの戦いを見ていたら、余程の馬鹿じゃなければ手を引くだろう」

 シロが呆れながら言う。

「おちび、果実水でも飲みに行くか?」

 寝転がりながらぼそりと言うチェスター。

「そうでしゅね、いきましゅ……」

 同じく寝転がりながらぼそりと言うユリア。
 自分以外のメンバーで話がまとまってしまい、何となく面白くないチェスターは、ユリアを小脇に抱えて厨房に向かったのであった。

         †

 夜明け前、深淵の森を進む六つの影があった。教会の幹部イルとその部下である。転移魔法で森に現れた彼らは、襲ってくる魔物を狩りながらルウズビュード国に近付きつつあった。

「イル様、あとどのくらいっすか?」

 オークの大群を倒しながら、軽薄そうな男がイルに聞く。

「この森を抜ければもうすぐだ」
「あぁ、もうすぐ神の愛し子様に会えるのですね!」

 返り血塗れのシスターは、恍惚こうこつな表情でダークウルフの大群を切り刻んでいく。

「相変わらず気持ち悪い女だな!」

 巨漢がシスターに悪態をつく。そんなやり取りを一番後ろで見つめる、気の強そうな女性と真面目そうな男性。

「教会も終わりね……私達もここまでかしら。でももし神の愛し子様に会えたら助けてくれるかしらね」

 気の強そうな女性は涙ぐみながら男性に話しかける。

「教会の腐敗を見ていて何もできないとは……不甲斐ふがいないですね」

 二人は死を覚悟しながら、最後の願いをこめてルウズビュード国へ向かっていたのだった。

         †

「一体何を考えているのよ! こんな時間に果実水とケーキなんか食べさせて!」
「ユリアちゃんがお腹を壊したらどうするの!」

 今、アネモネとエリーに正座させられて怒られているのはチェスター。


 事件は少し前に起こった。
 話し合いに参加できず、ますます機嫌を損ねたチェスターと、遊べなくて不貞腐れていたユリアは意気投合して厨房にいた。厨房には色々な食べ物や飲み物が豊富に置いてあった。

「キャーー! ちゅごいね!」
「あぁ! お前は何を飲むんだ?」

「オリェンのみじゅ~!」とユリアが興奮気味にピョンピョン跳ねる。

「オリェンの水? ……あぁ! オレンな! 待ってろ!」

 チェスターは保冷庫を開けてオレンの果実水を探す。自分もちゃっかりエールを確保する。

「おっ、これか」

 オレンの果実水が入った大きい瓶を出してきて、コップにいであげる。ユリアは喜んで受け取りごくごくと飲んだ。チェスターも冷えたエールをこれでもかと喉に流し込む。

「ぷはー! 生き返るなーー!」

 気分良く飲むチェスターをじっと見て、ユリアもチェスターの真似を始めた。

「ぷはー! いききゃえりゅにゃーー!」
「お前は猫かよ!」

 それを聞いて爆笑するチェスター。
 そうして気分良く飲んでいた二人だが、ユリアが禁断の言葉を口にする。

「あにち~、おかちたべたい~!」
「あぁ? 菓子かぁ……どこにあるんだ?」

 ごそごそ探す祖父と孫。すると保冷庫の中にケーキが入っているのに気付いたチェスターが、それを取り出して、ユリアの元へと持っていく。

「キャーー! ケーキでしゅ!」

 たちまち興奮して小躍こおどりするユリア。

「全部は食うなよ! 腹壊すからな!」
「あい!」

 チェスターもつまみになるものを探し、二人は嬉々として食べ始める。

「おいちー!」

 口にべったり生クリームを付けて食べ散らかすユリアと、エールを飲みながらつまみをつつきご機嫌のチェスター。だが終焉しゅうえんは確実に近付いていたのだ。

「キャー! ユリア! 何してるの!」

 ユリアを探してやって来たアネモネが驚いて駆け寄る。

「貴方!」

 アネモネと一緒に探していたエリーは、逃げようとするチェスターを捕まえる。
 ユリアは急いで袖で口を拭くが、ますます顔に生クリームが広がるのだった。


 そして現在、チェスターとユリアは正座させられて説教されている。ユリアは大泣きしていて、心配してシロ達魔物とオーウェンやオーランドがかばおうとするが、アネモネとエリーの迫力に負けてしまう。

「あなた達はユリアが体調を崩しても良いの⁉」

「でも加護があるんじゃ……」とぼそりと言うシロ。

「この人のような粗暴な女の子になっても良いの⁉」

「「「「「嫌だー!」」」」」と満場一致で上がる悲鳴。

「おい! 失礼な奴らだな!」

 怒るチェスターだが、エリーに怒りのこもった笑みを無言で向けられ震える。

「ユリア、分かった? お腹が痛くなるから夜中に食べちゃ駄目よ!」
「すん……ごめんな……しゃい……すん」

 そう言ってアネモネに抱きつくユリア。そんな反省したユリアを見て、これ以上は言わずに優しく抱きしめるアネモネ。

「あ~ユリア! 可哀想に! あのくそジジイのせいで! これをお飲み!」

 オーランドが嗚咽おえつを漏らすユリアに水を渡す。ユリアはそれをもらい飲み始めて……

「すん……ぷはー……いきかえりゅー……すん」
「「「「「はぁ?」」」」」

 とてもユリアのものとは思えない語彙ごいに驚いた一同は、一斉に元凶であろうチェスターを睨み付ける。エリーは指をポキポキ鳴らして笑顔でチェスターを引きずっていった。
 そんなことになっていると知らずに、反省したユリアはアネモネに抱かれてベッドに戻り、安らかな眠りについたのだった。
 次の日、気持ち良く起きたユリアをよそに、顔をらして落ち込むチェスターがいたとか。


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