幼子は最強のテイマーだと気付いていません!

akechi

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1巻

1-3

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 天虎はクロじいを睨み付けながら唸り、近くにいたトトに攻撃を仕掛けようとする。

「しょうがないの~。アルバート、下がっておれ」
「はい! トトもこっちだ!」

 アルバートは、天虎に睨まれて動けないトトを抱えると後ろに下がる。
 天虎は一瞬でその場から消え、アルバートの目の前に現れると鋭い爪を振り下ろす。しかしすぐにクロじいが立ち塞がり、何と指一本でそれを受け止めた。天虎は力を込めるが、クロじいは動じない。
 苛立つ天虎が吠えた。

『何故生かしておくんだ! それにこの道はユリアの家に繋がる道だ! まさか連れて行くのか⁉』
「そうじゃよ。こやつらは悪い者達ではないからの」
『悪い者ではないだと? 何故そう言い切れるんだ!』
「ワシの勘じゃ!」
『はぁ?』
「「「「「えーーー!」」」」」

 アルバート達は、自分がジャイアントグリズリーの勘のみで生かされていたことに衝撃を受ける。天虎の声は聞こえないものの、クロじいの発言だけで会話の流れは何となく理解できていた。
 アルバートは口を尖らせて抗議する。

「酷いじゃないですか! 色々話して信頼してくれたのかと思ったのに! 勘って……」
「「「「そうだ! そうだ!」」」」

 他の四人も同調し、ブーイングの嵐だ。

「いや……言葉のあやじゃよ」

 天虎はアルバート達を見る。確かに、彼の持つ特殊な力――【聖眼せいがん】でると、悪い者ではないと分かるが、だからといってユリアに近付かせるのは賛成できない。

『じい! ここで待っていろ!』

 天虎はそう言うと瞬時に消えて、暫くするとまた戻って来た。オーウェンをくわえて……
 無理矢理連れて来られたらしいオーウェンは、当然ながら怒っていた。

「おい天虎! 下ろせ!」

 その言葉通り、天虎はすぐにオーウェンを地面に落とす。

「いでっ」

 オーウェンはシロに敵を任せた後、家路いえじを急いでいたが、突然目の前に天虎が現れたと思ったら咥えられて、今に至る。

「手荒い真似を……」

 クロじいは呆れている。
 アルバート達は新たな人物に警戒を強めた。
 オーウェンは起き上がると、ジェロラル国の騎士達が目に入りすぐさま剣を抜く。

「オーウェンよ、剣をしまってくれんかの」

 オーウェンは白髭の老人を見る。そこにいるのは小柄で穏やかそうな老人だが、内なる魔力は莫大ばくだいで只者ではない。

「じーさん何者だ!」
「おぉこの姿では初めてかのぉ~、ワシじゃ! クロじいじゃ!」
「クロじいって……あのジャイアントグリズリーか!」
「そうじゃよ! それより若造が手荒なことをしたのー、すまん」
「あー……それより何の用だ? 俺はユリア達が心配だから早く帰りたいんだが……それに何で騎士達がいるんだ?」

 オーウェンが騎士達を睨み付ける。アルバートは仲間を守るように前へ出るが、ふとオーウェンをまじまじと見る。それに釣られ、オーウェンもアルバートをまじまじと見る。
 そして――

「「えーーー!」」

 二人はお互い驚く。

「オーウェンさんですよね?」
「お前はダンさんとこの息子だよな?」
「なんじゃ? もしかして知り合いか? そんなことあるのか?」

 興味津々のクロじいである。
 オーウェンはアルバートを知っていた。アルバートの父親のダンは、ジェロラル国の冒険者ギルドの解体所で働いていて、オーウェンはそこのお得意様だった。
 アルバートも休みの日には手伝うこともあり、オーウェンとは顔見知りだったのだ。

「お前、騎士だったのか」

 オーウェンは剣を鞘に収める。

「知り合いなら話が早い! オーウェン、お主に相談があるんじゃ!」

 クロじいはオーウェンに、アルバート達の事情を全て話す。聞きながらオーウェンはだんだん涙ぐみ、最後には鼻水をたらしながら大号泣して、アルバート達をドン引きさせた。

「お前ら……苦労したんだな。よし! 俺に任せろ!」
「オーウェンよ! よく言った!」
「だが先にユリア達に会いたいんだ! ユリア、待ってろよー!」

 一方、その頃のユリアはと言うと。

「へくちっ」
「ユリア、風邪かしら?」

 くしゃみをしてアネモネに鼻を拭かれていたのだった。

         †

 オーウェンはクロじいやアルバート達を連れて、家へ向かおうとする。だが納得のいかない天虎が立ち塞がった。

「おい! 天虎! ユリアが心配なんだ、そこを退いてくれ!」

 だが天虎は唸り、オーウェン達を威嚇いかくする。

「やれやれ……これ天虎! いい加減にせんか! あまり勝手なことをしてると……」

 ドーーン‼

「ほら来たぞい!」

 地響きと共に現れたのは、今いる天虎の二倍以上はある身の丈の、これまた白い天虎だった。
 先程までの威圧的な態度が嘘のように、天虎は借りてきた猫のごとく大人しくなり、降参のポーズを取る。そんな天虎を睨み付ける巨大な天虎。

『坊や! 人様に迷惑をかけるんじゃない! クロじい、ごめんなさいね~』
「久しいの、ラーニャ」

 クロじいは目を細めて笑う。

「ラーニャ? このどでかい天虎のことか?」

 オーウェンの問いに、クロじいが頷く。

「そうじゃよ。名前はラーニャ。この小さくなっている天虎の母親じゃ!」

 今度は大きな天虎が口を開いた。

『初めまして~、この子がいつもユリアちゃんにはお世話になってて……』
『俺が世話してるんだよ!』
『お黙り!』

 オーウェンからしたら、虎二頭が唸っているようにしか聞こえない。アルバート達も呆然と立ち尽くしている。

「クロじい、何て言ってるんだ?」
「おーそうか! 聞こえんか。ラーニャよ、ちと人化してくれんかの?」
『あら、ごめんなさいね! ちょっと待って!』

 そう言うとラーニャが光を発し、美しい白髪に黒のメッシュが入った、二十代ぐらいの豊満な胸が印象的な美女に変化した。

「これで通じるわよね?」
「あ……ああ。俺はオーウェン、ユリアの父親だ。ユリアのことは知ってるんだよな?」
「知っているわ! ユリアちゃん、可愛いわよね~」
「分かるか! そうだろ~可愛いんだ! 天使だ!」

 オーウェンとラーニャは、ユリアの話が止まらない。呆れたクロじいが止めに入らなかったら延々と続いただろう。
 ラーニャは未だに呆然としているアルバート達の所に行く。

「坊やがごめんなさいね。貴方達が悪い者達ではないことは分かっているわ。でもね、この子にとってはジェロラル国の者というだけで敵なのよ。私にとってもね」
「で……ですが、貴方がたはジェロラル国の聖獣様ですよね?」

 アルバートは恐る恐る尋ねる。

「何が聖獣だ! 無理矢理契約して奴隷どれいのように扱ったくせに!」

 高い声が響く。アルバートが振り向くと、ラーニャと同じく白い髪に黒のメッシュが入った、幼い男の子が泣いていた。恐らくあの天虎だろう。頭には虎の耳が残っていた。

「坊や……」

 ラーニャは男の子を抱きしめる。

「ユリアに助けてもらえなかったら俺は……」

 それを聞いて「ん?」と声を上げるオーウェン。

「ユリアちゃんには感謝してるわ!」
「ん? ちょっと待ってくれ……ユリアが助けたのか?」

 オーウェンは混乱していた。この天虎が古の森に現れたのは約二年前で、聖獣がジェロラル国から消えたのもそのぐらいだ。

「おい! その頃は、ユリアはまだ赤ん坊だったはずだぞ!」
「私もね、よく分からないのよ。でも感謝してもし切れないわ……私の坊やを助けてくれて私はまた坊やと……グスッ……会えたの……」
「俺は【闇奴隷】の首輪に繋がれていたんだ。凄く辛かった……そしたらいきなりフェンリルに乗った赤ん坊が現れたんだ! そしていとも簡単に首輪を外したんだ!」

【闇奴隷】にされたら、首輪は一生外れず死ぬまで働かされる。これは禁忌きんき魔道具まどうぐだ。
 アルバート達は自国の信じられない非道な行為に、ショックを受けていた。

「おい天虎……本当にユリアだったのか?」

 まだ受け入れられないオーウェンに、天虎が噛みつく。

「そうだ! それに俺にはネオっていう、ユリアからもらった名前があるんだ!」
「オーウェン、落ち着くんじゃ。ワシがシロから聞いた話じゃが……」

 パニック状態のオーウェンを心配したクロじいは、その時の話を始めた。



 第4話 赤子ユリアの冒険記


 それは二年前のある日のこと。

「シロ、ユリアをお願いね」

 アネモネはスヤスヤと昼寝するユリアをベビーベッドに寝かせると、静かに部屋を出ていく。シロと呼ばれた大型の〝犬〟は、ベッドの近くに移動してユリアを見守る。
 暫くすると突然ユリアが目覚めて泣き出した。今までこんなことはなかったが、赤子ゆえ何が原因か分からない。ベビーベッドをのぞき、泣き出したユリアに触れた時、シロの頭の中におびただしい映像が流れてきた。
 それは行方不明と聞いていた、ラーニャの息子らしき天虎が、禍々まがまがしい首輪をつけられて、むちで打たれている姿や無理矢理に戦場で戦わされている姿だった。何とも痛ましい。

『これは……どういうことだ?』
「たぁ! たぁ!」

 映像が終わった瞬間に、ユリアは起き上がりシロに抱っこをせがむ。
 ユリアがあんなに激しく泣いたのに、アネモネが様子を見に来ない。シロはユリアを背中に乗せると器用にドアを開けて一階に降りていく。そこには、ソファーで不自然に眠るアネモネがいた。
 ユリアをそっとアネモネの隣に降ろし、シロは周囲を見渡した。

【聞こえるか、フェンリルよ】

 するといきなりシロの頭の中に声が聞こえてくる。

(お前は何者だ? アネモネに何をした!)
【眠っているだけだ、安心せよ。私はフェミリアだ】
(フェミリア? まさか女神フェミリアか⁉)
【そうだ。ユリアを通して天虎の現状を知らせたのだ。ジェロラル国に天虎一族のおさの子が捕らえられている。天虎一族に知られれば、その怒りによってジェロラル国以外にも被害が及ぶ……この森に住むユリアにもだ】
(何故ユリアを通して教えたのだ?)
【ユリアは神のいとし子だ】
(神の愛し子だと⁉ ……だからユリアにかれたのか)
【そうだ。でも基本可愛いだろう!】
(可愛さは世界一だ! ユリアは世界一だ!)

 ユリアはアネモネの隣でうとうとしている。

【ごほん! かくジェロラル国に行き、天虎を助けて欲しいのだ】
(ユリアはまだ赤子だぞ!)
「ねお!」

 うとうとしていたはずのユリアが、バッと玄関を指差す。

【ユリアがいないと助けられない。シロ、人化してくれんか?】
(何故だ?)
【そのままだとユリアが落ちないか心配だ】
(愛し子なのだから、神の加護かごがあるだろう?)
【気持ちの問題だ!】

 シロは渋々人化した。するとユリアが宙に浮き、シロの背中にしがみつくと、ソファーに置いてあったおんぶ紐が勝手に動き出して器用にユリアを縛っていく。
 美青年の背中に赤子がいるのはシュールだ。

【プッ】
(おい、今笑ったな? 笑ったよな?)
【似合っておるぞ。ユリアも喜んでいる!】

 女神の言う通り、ユリアはキャッキャと喜んでいる。それを見てシロは諦めた。

(ちなみにジェロラル国は滅ぼしてもいいのか?)
【それは……まだだ。あの国は自ら終わる】
(あの国のことなどどうでもいいが、もう行く。オーウェンが戻る前に帰って来たいしな。アネモネは大丈夫か?)
【眠らせておくから心配ない。オーウェンの方も問題ない】

 狩りに向かったオーウェンは、それが女神の手によるものだと知らずに、大量の獲物が自ら向かってくるのを喜んで捌いている。
 シロは背中の赤子に声をかけた。

「行くか、ユリア」
「たぁ!」

 元気に返事をするユリア。
 そして二人は、ジェロラル国に向かうのであった。

         †

 シロは物凄いスピードで森を駆け抜ける。ユリアは神の加護で守られているので風には当たらないが、楽しそうに笑っている。

「ユリア、楽しいか?」
「たぁ! うーぅ!」

 ユリアが何かを話している。「可愛い!」とシロは顔をほころばせた。
 簡単に森を抜けジェロラル国に入ると、シロは自身とユリアに認識阻害そがいの魔法をかけて、街の屋根を伝いながら一気に王宮を目指す。
 王宮周辺には兵士がいるがシロ達には気付かない。シロは二階まで跳ぶと、開いている窓から侵入する。そこには裸でたわむれる男女がいた。シロはユリアの目を塞ぎながら部屋を出ていく。

「たぁ!」

 廊下に出ると、ユリアがいきなり指を差す。その方向に進んでいくと、やがて地下入口に着いた。そこは兵士が何人も立っており、扉には厳重に鍵がかけられている。

「ここにいるのか?」
「たぁ! ねお~」

 シロは兵士達に近寄ると何かを唱える。すると兵士は急に眠気に襲われて崩れ落ちた。入口の鍵は、シロが力業ちからわざで一気にぶち壊す。
 階段の先は真っ暗で何も見えないので、シロが光魔法で辺りを明るくした。階段は螺旋状らせんじょうになっていてずっと続いている。暫く階段を下りていると、動物の弱々しい鳴き声が聞こえてくる。
 クゥーン……クゥーン……

「ねお! ねお!」

 シロの背中のユリアが騒ぎ出す。

         †

 暗い部屋の中、俺はジッと横たわって闇を見つめていた。


 俺は天虎。一族の長である母さんの息子に生まれ、あの日も狩りの練習をするために単独行動をしていた。
 だがそこを狙われたのか、いきなり矢が飛んできたと思った時にはもう遅く、すぐに意識がなくなった。
 気が付いた時には、おりのついた暗い部屋に閉じ込められていた。首に違和感があるが身体が自由に動かない。怖い……母さん……怖いよ。
 暫くすると、檻の向こうに明かりが見えた。それが段々近付いてくる。魔法の明かりのようだ。俺は威嚇しようとするが、やはり身体が動かない。
 そして、ドンという大きな音と共に檻が開き、三人の人間が中に入ってきた。

「フェリクス王太子殿下、こちらがあの天虎でございます!」

 太った男が冷たい目をした男に、俺のことを指差しながら得意げに告げる。

「よく捕まえたな」
「まだ幼獣ようじゅうでしたので簡単でした」
「この大きさでまだ幼獣なのか……こいつは使えるな」
「はい! この国にも聖獣は必要でしょう! 傷ついた天虎を王太子殿下がお助けになり、契約して聖獣になった、というのはいかがでしょう!」
「悪くないな、父上は〝病気〟で臥せている。だが国王は必要。そこに聖獣と契約した俺か……フフフ」
「はい! ですから、我が商会の後ろ楯となるお約束、よろし……」
「ロイメル、始末しろ」

 それまで傍に控えていた大柄な人間が、ペラペラしゃべっていた人間をいきなり斬り殺した。もう一人の男が俺を見て不気味に笑った。


 それからは地獄だった。俺は聖獣としてこのジェロラル国のシンボルになった。しかし実態は、ずっとこの暗い部屋に閉じ込められ、たまに外に出ると戦場に連れていかれ、何の罪もない人間を無理矢理殺めさせられる。
 一番不思議なのは、母や仲間が助けに来ないことだ。
 俺が弱いから捨てられたのかな……
 部屋の隅を見つめながら、俺はたまらなくなって、心の中で叫んだ。
 もう一人は嫌だ! 誰か! 助けてよ!

「たぁ!」

 初めて聞く声だ。俺が顔を上げると、檻の向こうには人間の赤子を背負う男が立っていた。

         †

 シロは檻を鍵も使わずに開き、床にぐったりと横たわる天虎に近寄った。その首にはまった首輪を見て、目を鋭く細める。

「これは魔道具か……しかも【闇奴隷】の首輪。何処で見つけたんだ?」

【闇奴隷】の首輪は、古代魔法が組み込まれた、今では伝説とされる魔道具だ。これを使うとどんな者も決して逆らえない……正確には、意識はあるが身体が支配されるのだ。しかも契約者にしかこの首輪は扱えない。

(この首輪はつけられた者の気配さえも消す。どうりで、天虎一族が探そうとしても見つからないわけだ。本当に人間は恐ろしい道具を作るな)

 シロは天虎に優しい声で言う。

「辛かったな」

 天虎は目を見開く。

(何故そんなことを言うのだ……あいつらの仲間じゃないのか?) 

 動揺する天虎に構わず、シロはじっくりと首輪を眺める。

「どれ……この首輪の外し方だが、契約者にしか無理か?」

 シロが首輪に触ろうとした時、ユリアが騒ぎ出す。

「たぁ! たぁーたぁ!」

 何か訴えているらしいが、内容までは分からない。
 ユリアは手を伸ばし、首輪に触ろうとする。シロが危険だと遮ろうとした時、ユリアの手から光が溢れ出した。それはとても優しい光だった。天虎は優しい光に触れて心が暖かくなり、自然と涙を流した。
 ガシャン!
 そして首輪が取れた。

(ん? 首輪が取れた?)

 シロは思わずユリアを見るが、彼女が何をしたのかはまったく分かっていない。
 天虎は首輪が外れたことが信じられないでいた。

『こえ……だせる』
「悪いが森へ急ぐぞ! お前の母親が来ると厄介だ」

 首輪が外れた今、この天虎の気配は他の仲間が察知できるようになっていた。

『人間……許せない』

 天虎の怒りがひしひしと伝わってくる。
 シロはユリアを降ろすと、フェンリルの姿に戻る。

『フェンリル?』
『そうだ、俺は人間じゃない。とりあえず話は後だ。行くぞ!』

 天虎にも認識阻害の魔法をかけて、ユリアを再度背中に乗せると森へ急ぐ。シロは心配になって振り返るが、女神の加護のおかげか、本当にユリアが背中から落ちない。本人はまた眠くなったのか、うとうとしている。
 森へ入ると認識阻害を解き、そこで天虎一族を待つことにした。暫く沈黙が続いたが、天虎が口を開く。

『その赤子は何なんだ? 何故フェンリルが一緒にいるんだ?』
『ユリアは神の愛し子だ。首輪が外れたのもその力だろう』

 天虎は何故か驚かなかった。あの優しい光を思い出し、不思議と納得できたのだ。そして非常にユリアに惹かれている自分に気付く。人間は憎い、でもユリアはまた違う特別な存在だ。

『ユリア……』

 天虎は木に寄りかかって寝ている赤子に近寄る。

『惹かれたか?』

 隣で見守るシロが問う。

『分からないけど、ユリアは落ち着く』

 すると、眠っていたユリアがいきなり泣き出した。その瞬間、恐ろしい程の力を持つ者が物凄い速さでこちらに向かっていることを、シロは察知した。
 これは……

『ラーニャか』

 ラーニャはこの天虎の母親であり、天虎一族の長でもある。
 ドーーン!
 大きな音を立てて、目の前に巨大な天虎が現れる。

『坊や!』
『母上ー!』
『何処に行ってたの! ……私の坊や!』
『それは俺が説明するから落ち着いて聞いてくれ』

 ラーニャはシロをいぶかしげに見る。

『お前は……何故坊やといるんだい? まさかお前が!』
『違う! フェンリルとユリアは俺を助けてくれた!』
『ユリアって誰なの?』

 ラーニャは泣いている赤ん坊に初めて気付いた。

『この人間の赤子がユリアかい?』

 シロが天虎に起こった悲劇を話すと、次第に殺気立っていくラーニャ。

『おのれ人間風情ふぜいが! 坊や……辛かったね。今すぐ一族と共にジェロラル国へ攻め入るよ!』
『ラーニャ、それは待ってくれないか?』
『待てだって? ふざけるな! 我が子を痛めつけられたんだよ!』
「たぁ!」

 睨み合うラーニャとシロの間に入ったのは、いつの間にか天虎の背中に乗っていたユリアだった。

『坊や! そこを退いて!』
「たぁ! たぁーー!」

 ユリアは手をブンブンと振り回している。

『母上! 話を聞いて……俺も人間が憎い! あの首輪をつけた奴もフェリクスも!』
『なら!』
『でもユリアが嫌がってる! だから……』

 そう言われ、ラーニャは息子の背中に乗る赤子を見る。見ただけだと普通の人間の赤子だが、不思議な気分になる。暖かいというか、この子を見ていると心が落ち着いていく。

『フェンリル……この赤子まさか!』
『あぁ、神の愛し子だ。お前の息子の危機は、このユリアが救ったと言ってもいい。女神フェミリアはお前達天虎がジェロラル国を滅ぼさないよう、ユリアに助けさせたんだ』
『俺はユリアが好きだ! ユリアと一緒にいたい!』
『あらあら~坊やったら!』

 天虎の意外な言葉に、ラーニャは頬を緩める。

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