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1巻
1-2
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†
「おい、何か不気味すぎないか?」
古の森に入った騎士の一人、マービンは警戒する。
「あぁ、静かすぎる……大丈夫なのか?」
ガイ副団長率いる騎士達が桔梗に蹂躙されている頃、マービン達六人も森を探索していたが、自然以外何もない上に物音一つしない。
「マービン、もう戻らないか? 何かやばそうだぞ!」
「王太子の命令だ! 仕方ないだろ!」
「……くそ!」
ぎゃあぁぁぁぁーーーー!
皆が神経を尖らせて慎重に歩いていると、突然凄まじい叫び声が聞こえた。
「な……何だよ! 叫び声だよな!」
「ガイ副団長達の方からだぞ!」
「俺は戻るぞ!」
「おい! 落ち着……」
マービンが戻ろうとする仲間を必死に止めていると、その仲間の肩にポタポタ何かが落ちてくる。仲間はそれに気付いた瞬間、激痛に襲われる。
「ぎゃあぁぁ肩がぁぁ‼」
仲間の肩は酸を浴びたように服が溶けて爛れてしまっている。マービンは恐怖で無意識に距離を取ってしまう。痛みでのたうち回る仲間の騎士は助けを求めるが、皆が恐怖で動けないでいた。
すると、ズルズルと何かを引き摺るような音が近付いてくる。その音は騎士達の目の前で止まるが、恐ろしいことにそこには何もいなかった。
だが次の瞬間、倒れていた仲間の騎士が急に浮いたと思ったら、何かに呑み込まれていく。一瞬のうちに血飛沫が飛び散り、何かを噛み砕く生々しい音がその場に響いた。
マービン達は恐怖の中、剣を抜いて構える。
「おい! 姿を現せ! 卑怯な手を使いやがって!」
その声に反応するかのように、目の前の風景が歪み、全長十メートル以上はある巨大な黒い大蛇が現れた。
『卑怯か……私にとっては褒め言葉ですね』
大蛇は嬉しそうにそう言ったが、騎士達にはただ蛇がシューッと鳴いたようにしか聞こえない。
「う……嘘だろ……バジリスクなのか?」
マービンは腰を抜かしてしまう。
バジリスクは伝説上の化け物で、数百年前に姿を消したと言われている。人々を騙して食らう狡猾な蛇で、退治しようとした国を僅か一匹で滅ぼしたという。
『久々に人間を相手にして張り切ってしまいました。それに、ユリアを脅かす者は誰であろうと万死に値します』
勝てないと悟った騎士達は、この大蛇の動きが鈍いと踏んで、動けずにいるマービンを置き去りにして走り出した。
『人間の方がよっぽど卑怯だと思うんですけどね』
走り出した四人は、急に何かに躓いて転ぶ。何事かと足元を見ると、無数の蛇が絡まっている。皆が悲鳴を上げ、一生懸命蛇を振りほどこうとするが蛇は増えていく一方だ。
そして大蛇は、一人また一人と順番に味わうようにゆっくりと〝食事〟をしていく。それを待つ間の恐怖といったら想像を絶するだろう。
マービンは何とか己を奮い立たせ、バジリスクが〝食事〟をしている隙を見て逃げ出す。だが逃げられるわけがなく、バジリスクは巨体を器用に動かし、鋭利な尾でマービンを串刺しにする。
『これで最後ですか……より味わって食べないといけませんね』
そしてその場には何も残らなかったのだった。
†
今、騎士のアルバート達の目の前には巨大な熊が現れていた。
ジャイアントグリズリーはただでさえS級の化け物なのに、今いるのは全長五メートルはある、赤い毛皮のいわゆる変異種で、多分SS級だろう。
口から涎を垂らし、今にもアルバート達を襲ってきそうだ。
「おい! 逃げるぞ!」
アルバートはそう指示を出すが、騎士の一人、ヒューズが剣を抜き、グリズリーに向け構える。
「おいヒューズ、やめろ! 逃げるぞ! 勝てるわけない!」
「ふんっ! たかが熊だろ。魔法剣士の俺にはいい運動だ」
そう、彼はジェロラル国の中でもエリートで、ごく少数しかいない魔法剣士なのだ。魔法は、魔力さえあればどんな種族でも使うことができる。しかし戦闘で活躍できる程となると才能が必要だ。そして、剣に魔法をかけて戦うのは非常に高等な技術であった。
だが、ヒューズの階級はアルバートより下だ。それは、彼の人格が破綻しているから。戦に好んで参加して、敵味方問わず、村人達まで無差別に殺戮して楽しむ異常な男なのだ。
王により死刑を言い渡されていたが、王が病に伏せると王太子が自分の部下にしてしまった。そして今回は、アルバートにとっては運の悪いことに、彼の部下として行動している。
ヒューズは興奮気味に、剣に火を纏わせる。そして目にも留まらぬ速さでグリズリーに斬りかかる。だがその時、いきなり現れた小さな紅い鳥がヒューズの目を狙い、嘴で突いた。
「ぎゃあぁぁ目が……目が!」
ヒューズの右目が潰れている。怒り狂ったヒューズはグリズリーの頭に止まる小鳥を睨み付ける。
『おお、ピピか』
『あいつ嫌い! 凄く汚い魂だよ!』
『ふむ、余程悪さをしたようじゃな』
『天罰だよ!』
そう言うとピピは紅く光り出して、燃え盛る巨大な美しい鳥になる。
ヒューズは伝説の不死鳥に興奮する。
「ははっ不死鳥かぁ! いくら殺しても生き返るなら殺し放題だな!」
『やっぱりクズだこいつ! こんな奴がユリアに近付くのはダメ!』
『うむ。魔物よりも恐ろしい男じゃな』
ヒューズは奇声を上げながらピピに攻撃を仕掛ける。
「【氷結の矢 コールドアロー】」
剣が弓矢に変形して、氷の矢が数百発ピピに襲いかかる。手応えがあったのか、ヒューズは更に数百発撃ち込む。
立ち上る冷気が辺りを隠していたので見えなかったが、やがて姿を現したピピは傷一つ付いていなかった。
『もう終わりー? つまんないの~』
ピピはヒューズめがけて飛んでいく。
『【永遠の業火】』
ヒューズの周りに見えない壁ができ、彼は閉じ込められる。ピピが口から炎を吐くと、ヒューズは燃え上がり一瞬で灰になった。
そしてすぐに再生させられ、また燃え上がる――それを延々と繰り返す、地獄のような罰だ。ピピが翼を一振りすると、空間に切れ目が入り、異空間が顔を覗かせる。ピピは見えない壁に閉じ込めたままのヒューズをそこにしまう。
『永遠に裁かれろ!』
ピピが小鳥に戻り、グリズリーのクロじいは残りの騎士を見る。皆が恐怖で震えていて、失禁している者もいる。
クロじいが溜め息を吐くとその身体が光り出し、白髭が特徴の一人の老人が現れた。
巨大な熊が突然小柄な老人になり、アルバートは頭が付いていかない。
「青年よ、聞きたいことがあるんじゃが」
「ひぃ!」
「怯えるでない! ワシは聞きたいことがあるだけじゃ!」
「すみません! な……何でしょうか?」
「まず、お主らは何故この森に入ってきたのじゃ? 正直に答えるのじゃぞ!」
「はい! 我々はジェロラル国の騎士で、王太子殿下より古の森の探索を命じられ、この森に入りました」
「ほぅ……例の王太子か。他には何か言われているのか?」
「もし森に誰かいたら始末しろと……」
「ふむ……あの一家が見つかったら面倒じゃな」
すると、アルバートがひれ伏し許しを乞う。
「部下が申し訳ございませんでした! 勝手は承知でお願いします! このまま森を出ていくので助けてください!」
アルバートに次いで他の騎士達もひれ伏す。
「出ていって、王太子には何と言うのじゃ?」
「それは……どうしたら良いですか?」
「ワシに聞くのか、ふむ……お主はこのまま王太子の元で騎士を続けるのか?」
そう言われ、アルバートはこれまでの騎士生活を思い出す。王太子派の騎士は貴族の子息が多く、アルバートのような平民出身の騎士は馬鹿にされ、いくら優秀でも出世街道は歩めず、一生を終えるのだ。
「できれば辞めたいですが、私には兄弟が沢山おりまして……生活費を稼ぐには今の仕事をするしかないんです」
「兄弟? どのくらいいるんじゃ?」
「弟六人、妹四人です! 全部で十人います!」
「そ……それは凄いのぅ」
クロじいが引いている。
「養うので精一杯で……でももう王太子の元で騎士をするのは限界で……ヒューズのようなイカれた奴ばかりで……グズッ……」
「おい、泣くでない! どうしたものかのー」
周りの騎士も泣いている。他の四人も平民出身の騎士で、各々家庭の事情で我慢して働いていた。ピピは疲れたのか、クロじいの肩に止まり眠っている。
「ワシが何とかしてやるから泣くでない!」
「本当ですか! あぁ! ありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「う……うむ」
クロじいは頼もしく頷いたものの、内心では「どうすればいいんじゃ!」と戸惑っていた。とにかくオーウェンに相談してみようと決めて、五人を連れてオーウェンの元へ急ぐ。
歩きながら、アルバートはクロじいに確認するように尋ねた。
「あの……貴方は先程のジャイアントグリズリーですよね?」
「そうじゃが……」
「人にもなれるんですか?」
「……お主、遠慮がなくなったのぅ」
「はっ! すみません!」
「良い良い、ワシくらいになると簡単なことじゃよ」
「凄いですね!」
「ふふふ! そうであろう!」
アルバート達を気に入ったクロじい。彼の周りは憎たらしい者が多く、唯一の癒しはユリアだけだった。そこにアルバート達が現れて、素直な青年達だったために助けたくなったのだ。
「あの……人間を食べるんですか?」
「お主……本当に遠慮がなくなったのぅ」
こうして、アルバートは森の中で熊さんに出会ったのだった。
第3話 標的は一瞬で仕留めます
「くそ! 何でこの俺が、こんな汚らしい所に来なきゃいけないんだ!」
「アルバート達がいれば暇潰しできたのにな!」
公爵家三男のウォルトと侯爵家四男ジャンは悪態をつきながら歩いていた。彼ら二人とその連れの四人は、コネで騎士団に入った、家柄だけが取り柄のお坊っちゃん達だ。平民を馬鹿にして、普段はアルバート達を虐げていた。
ウォルトを中心としたメンバーは嫌々ながら前へ進む。周りが静かすぎることにも、このお坊っちゃん達は気付かない。
「ウォルトもう戻ろうぜ。もう探索はした、これでいいだろ!」
「そうだな。うー、靴が汚れちまったよ! おい、戻るぞ!」
「「「はい!」」」
一人、返事がない。ウォルトがそのことに苛つきながら振り返ると、一人いなくなっている。
「おい! クリスは何処行った?」
皆が周りを探すがいない。
ウォルトは面倒臭そうに吐き捨てる。
「勝手に動きやがって! めんどくせーから置いてくぞ! 戻らなかったら魔物にやられたってことでいいな!」
「了解~!」
「「「はい!」」」
そして、五人は来た道を戻り始めた。クリスのことは気にはなっているが、この森を探し回るという考えはウォルト達にはないので黙々と歩き続ける。すると、仲間の一人が騒ぎ出す。
「ウォルト様! サムがいません!」
「はぁ? 何ではぐれるんだ! 一本道だぞ⁉」
「何なんだ?」
さすがに気味が悪くなってきたウォルト達は、周りを探すことにした。だが人の気配すらない。ウォルトとジャンは話し合い、またしても置いていくことにした。
「ウォルト様! さすがに二人も消えてしまうのはヤバいんじゃ……ぐぁ!」
苛立つウォルトは、意見を述べてきた騎士を殴る。
「うるさい! この俺に指図するのか? あぁ?」
「申し訳ございません!」
騎士は顔を青くして土下座した。いらぬ不興を買って斬り捨てられてはたまらない。
「くそが! 行くぞ!」
そんな騎士に唾を吐き、ウォルトは彼らを連れて再び歩き出す。
「気味悪ぃな……何なんだ?」
ウォルトの問いに誰も答えない。いつもはジャンが答えていたが、彼からも返事がない。ウォルトは何か得体の知れない不安を募らせ、恐る恐る振り返る。
「嘘だろ……」
後ろには誰もいなかった。ジャンもいない。ウォルトはパニックになり、奇声を上げて走り出す。すると横から何かが飛んできて、ウォルトの目の前に転がった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
そこに転がっていたのは、変わり果てた姿のジャンだった。首元に咬まれたような痕がある。
ウォルトは恐怖心で腰を抜かして、失禁しながらも這って逃げようとするが、いきなり音もなく目の前に大きな影が現れる。
誰か助けに来たのかと思い、ウォルトが顔を上げると、そこには唸り声を上げる巨大な白い虎がいた。ジャン達を殺めたのか、口から赤い血が滴っている。
「な……何で聖獣様がこのような!」
その虎――〝天虎〟はジェロラル国の聖獣として崇められていたが、ここしばらく姿が見えなかった。何故こんな所にいるのか。
「聖獣様! 私はジェロラル国の騎士です! どうかお助け……」
ウォルトが助けを乞う前に、天虎は目にも留まらぬ速さで息の根を止める。天虎がウォルトを放り投げると、その姿は突然空中で消えた。
暫くして、騎士達の死体は全部大蛇の腹に収まることになるのだった。
†
「今日はこのくらいにして早めに帰るか」
大量のレッドボアをアイテムボックスにしまうと、ユリアの父オーウェンは帰宅しようと準備をする。
ユリアのことがジェロラル国にいつ知られてもおかしくない。できるだけ傍にいて守ってやるのが父親の務めだ。
ユリアを連れてこの森に移住して三年、この子には特別な力があると気付いた時にはもう〝動物達〟と出会っていた。人目につかないように生きてきたが、その暮らしが終わりつつあることを感じていた。
オーウェンが自宅に戻ろうとした時、近くに人の気配を感じた。オーウェンは鞘から剣を抜き、気配のする方へ向かう。向こうからも緊張感が伝わってくる。慎重に気配を消して進んでいると、ジェロラル国の紋章が入った鎧を纏った騎士が六人歩いているのが見えた。先頭の男は相当な手練れだろう、空気が一人だけ違う。
騎士達が向かう方向にはオーウェン達の家がある。オーウェンは暫く考え、意を決して騎士達の道を塞いだ。
「何者だ!」
先頭の騎士――ロイメルはすぐに気付いて素早く剣を抜く。それに次いで、他の騎士達もいきなり現れた男に驚くが、ただちに剣を抜く。
オーウェンは低い声で問いかける。
「……そう言うお前達は、この森に何しに来た? ジェロラル国の騎士だな?」
「だったら何だ?」
ロイメルはオーウェンを視線で射殺すように睨み付ける。
「悪いがこの先には行かせない」
オーウェンは動じずに剣を構えると、隠していた力を解放する。
彼を中心に風が吹き始め、木々が揺れる。そしてその足元から地割れが起こった。
ロイメルは辛うじて立っているが、他の五人は頭を打って失神してしまった。
「お前は何なんだ!」
「話す必要があるか?」
「我々にも任務がある! 任務を妨害する者は始末するだけだ!」
ロイメルは剣を構えるとオーウェンに斬りかかる。オーウェンは軽々と避けて、瞬時にロイメルの顔を殴りつける。
ロイメルは吹っ飛んで木に激突するが、気力で起き上がり剣に雷を纏わせる。
「ほぉ……魔法剣士か」
「【雷雨】」
ロイメルが剣を振ると、オーウェンの頭上から激しい雷が次々に落ちる。暫くして、ようやく静かになり、煙が立ち込めていたのが徐々に落ち着いていく。
そして、ロイメルは目を見開く。
「なっ……嘘だろ……」
そこには傷一つないオーウェンが立っていた。
「ジェロラル国の騎士もこんなもんか」
オーウェンは呟く。そのまま放心状態のロイメルに斬りかかろうとした時、物凄いスピードで森の奥からシロが走って来た。
『間に合ったか!』
「シロか! ユリアとアネモネは無事か!」
「フェ……フェンリルだと?」
驚くロイメルをよそに、シロは人化するとオーウェンに近付く。
「ユリアもアネモネも無事だ、今は〝馬〟が一緒にいるから大丈夫だ」
「そうか……良かった」
シロはロイメルに視線をやると、ぶっきらぼうに言う。
「おい、この森に入ったお前の仲間は全滅した。残っているのはお前達だけだぞ」
「そんな……お前達は何なんだ! この森は……何なんだよ!」
「この森は俺達のテリトリーだ。侵入者に容赦はしない。オーウェン、お前は先に戻っていろ。ユリア達が待っている。後、そろそろ潮時かもしれないぞ、王よ」
「ッ……分かった」
それだけ言うと、オーウェンは戻った。
残されたシロとロイメルが対峙する。シロは冷たく相手を見据えた。
「では片付けるか」
険しい顔でロイメルは剣を構える。
「【雷皇】」
ロイメルが剣を天へ翳すと、空に雨雲ができて、激しい雷がシロに向かって突き刺さる。
凄まじい爆発が起こり、シロがいた地面は大きなクレーターに変わった。黒煙が上がる中、シロの姿はない。
「……やったのか?」
「残念ながらピンピンしている」
ロイメルは声に驚き、後ろを振り返る。
「嘘だろ……くそ!」
ロイメルはまた剣を構えた。
「【雷……」
「しつこいな。【風斬】」
シロが手を横に振ると、ロイメルは一瞬何が起きたか分からないまま――終わった。
失神していた部下は、ロイメルとシロの戦闘中に気が付いたが、震えて何もできないでいた。そして今、目の前で騎士団最強の男の首が飛んだ。五人は逃げたくても身体に力が入らない。
「すぐに終わる」
シロは五人に向かい、手を振り翳す。
そして二時間経っても、集合場所には誰も現れなかった。
†
「あの……貴方のことは何と呼べばいいんですか?」
「クロじいで良いぞ」
アルバートの問いかけにクロじいは穏やかに答える。力を使って疲れたのか、老人の姿のクロじいの肩の上のピピは全然起きない。
森をひたすら歩くアルバート達とクロじい。道すがらクロじいは、アルバート達の複雑な事情も聞いた。
まずアルバートは二十四歳で弟妹が十人もいるが、両親の実子はアルバートだけで、他は皆、ジェロラル国と隣国のコールウィン帝国の戦争で親を失った孤児だ。難民地区で弱っている子をアルバートの両親が引き取り育てている。
だが両親だけでは十人も養うのは厳しく、アルバートは十五歳で騎士団に入団して、生活費の稼ぎ手の一人になっていた。
アルバート以外の青年達の中で最年少の、小柄の少年トトは、十六歳で入団した。母親はトトが四歳の時に家を出ていった。それから、トトは飲んだくれで暴力を振るう父親と二人で生きてきた。殴られて追い出された時や、ご飯を食べさせてもらえない時はアルバートの家に避難していた。アルバートはトトの憧れでもある。
ジルは二十歳の、大柄で少しマイペースな青年。いつもからかいの標的になるジルを、アルバートが助けていた。ジルは戦災孤児で、アルバートの初めての兄弟でもある。少しでもアルバートや両親の助けになりたくて入団した。
ルイスとロイスは双子の兄弟で十八歳。赤子の時から孤児院育ちでトトとは親友だ。
「グスッ……苦労したんじゃな……」
彼らの事情を聞いて、クロじいは大号泣。
だが泣いていたクロじいの目が鋭くなり、急に後ろを振り返ると、最後尾にいたジルを守るように鉄の壁のようなものを出現させた。するとその壁に、何か大きいものがぶつかる音がする。
「何の用じゃ若造よ」
驚いているアルバート達をよそに、クロじいは壁を消しながらぶつかった相手に問う。
それは大きな白い虎、そう、天虎だ。
「おい、何か不気味すぎないか?」
古の森に入った騎士の一人、マービンは警戒する。
「あぁ、静かすぎる……大丈夫なのか?」
ガイ副団長率いる騎士達が桔梗に蹂躙されている頃、マービン達六人も森を探索していたが、自然以外何もない上に物音一つしない。
「マービン、もう戻らないか? 何かやばそうだぞ!」
「王太子の命令だ! 仕方ないだろ!」
「……くそ!」
ぎゃあぁぁぁぁーーーー!
皆が神経を尖らせて慎重に歩いていると、突然凄まじい叫び声が聞こえた。
「な……何だよ! 叫び声だよな!」
「ガイ副団長達の方からだぞ!」
「俺は戻るぞ!」
「おい! 落ち着……」
マービンが戻ろうとする仲間を必死に止めていると、その仲間の肩にポタポタ何かが落ちてくる。仲間はそれに気付いた瞬間、激痛に襲われる。
「ぎゃあぁぁ肩がぁぁ‼」
仲間の肩は酸を浴びたように服が溶けて爛れてしまっている。マービンは恐怖で無意識に距離を取ってしまう。痛みでのたうち回る仲間の騎士は助けを求めるが、皆が恐怖で動けないでいた。
すると、ズルズルと何かを引き摺るような音が近付いてくる。その音は騎士達の目の前で止まるが、恐ろしいことにそこには何もいなかった。
だが次の瞬間、倒れていた仲間の騎士が急に浮いたと思ったら、何かに呑み込まれていく。一瞬のうちに血飛沫が飛び散り、何かを噛み砕く生々しい音がその場に響いた。
マービン達は恐怖の中、剣を抜いて構える。
「おい! 姿を現せ! 卑怯な手を使いやがって!」
その声に反応するかのように、目の前の風景が歪み、全長十メートル以上はある巨大な黒い大蛇が現れた。
『卑怯か……私にとっては褒め言葉ですね』
大蛇は嬉しそうにそう言ったが、騎士達にはただ蛇がシューッと鳴いたようにしか聞こえない。
「う……嘘だろ……バジリスクなのか?」
マービンは腰を抜かしてしまう。
バジリスクは伝説上の化け物で、数百年前に姿を消したと言われている。人々を騙して食らう狡猾な蛇で、退治しようとした国を僅か一匹で滅ぼしたという。
『久々に人間を相手にして張り切ってしまいました。それに、ユリアを脅かす者は誰であろうと万死に値します』
勝てないと悟った騎士達は、この大蛇の動きが鈍いと踏んで、動けずにいるマービンを置き去りにして走り出した。
『人間の方がよっぽど卑怯だと思うんですけどね』
走り出した四人は、急に何かに躓いて転ぶ。何事かと足元を見ると、無数の蛇が絡まっている。皆が悲鳴を上げ、一生懸命蛇を振りほどこうとするが蛇は増えていく一方だ。
そして大蛇は、一人また一人と順番に味わうようにゆっくりと〝食事〟をしていく。それを待つ間の恐怖といったら想像を絶するだろう。
マービンは何とか己を奮い立たせ、バジリスクが〝食事〟をしている隙を見て逃げ出す。だが逃げられるわけがなく、バジリスクは巨体を器用に動かし、鋭利な尾でマービンを串刺しにする。
『これで最後ですか……より味わって食べないといけませんね』
そしてその場には何も残らなかったのだった。
†
今、騎士のアルバート達の目の前には巨大な熊が現れていた。
ジャイアントグリズリーはただでさえS級の化け物なのに、今いるのは全長五メートルはある、赤い毛皮のいわゆる変異種で、多分SS級だろう。
口から涎を垂らし、今にもアルバート達を襲ってきそうだ。
「おい! 逃げるぞ!」
アルバートはそう指示を出すが、騎士の一人、ヒューズが剣を抜き、グリズリーに向け構える。
「おいヒューズ、やめろ! 逃げるぞ! 勝てるわけない!」
「ふんっ! たかが熊だろ。魔法剣士の俺にはいい運動だ」
そう、彼はジェロラル国の中でもエリートで、ごく少数しかいない魔法剣士なのだ。魔法は、魔力さえあればどんな種族でも使うことができる。しかし戦闘で活躍できる程となると才能が必要だ。そして、剣に魔法をかけて戦うのは非常に高等な技術であった。
だが、ヒューズの階級はアルバートより下だ。それは、彼の人格が破綻しているから。戦に好んで参加して、敵味方問わず、村人達まで無差別に殺戮して楽しむ異常な男なのだ。
王により死刑を言い渡されていたが、王が病に伏せると王太子が自分の部下にしてしまった。そして今回は、アルバートにとっては運の悪いことに、彼の部下として行動している。
ヒューズは興奮気味に、剣に火を纏わせる。そして目にも留まらぬ速さでグリズリーに斬りかかる。だがその時、いきなり現れた小さな紅い鳥がヒューズの目を狙い、嘴で突いた。
「ぎゃあぁぁ目が……目が!」
ヒューズの右目が潰れている。怒り狂ったヒューズはグリズリーの頭に止まる小鳥を睨み付ける。
『おお、ピピか』
『あいつ嫌い! 凄く汚い魂だよ!』
『ふむ、余程悪さをしたようじゃな』
『天罰だよ!』
そう言うとピピは紅く光り出して、燃え盛る巨大な美しい鳥になる。
ヒューズは伝説の不死鳥に興奮する。
「ははっ不死鳥かぁ! いくら殺しても生き返るなら殺し放題だな!」
『やっぱりクズだこいつ! こんな奴がユリアに近付くのはダメ!』
『うむ。魔物よりも恐ろしい男じゃな』
ヒューズは奇声を上げながらピピに攻撃を仕掛ける。
「【氷結の矢 コールドアロー】」
剣が弓矢に変形して、氷の矢が数百発ピピに襲いかかる。手応えがあったのか、ヒューズは更に数百発撃ち込む。
立ち上る冷気が辺りを隠していたので見えなかったが、やがて姿を現したピピは傷一つ付いていなかった。
『もう終わりー? つまんないの~』
ピピはヒューズめがけて飛んでいく。
『【永遠の業火】』
ヒューズの周りに見えない壁ができ、彼は閉じ込められる。ピピが口から炎を吐くと、ヒューズは燃え上がり一瞬で灰になった。
そしてすぐに再生させられ、また燃え上がる――それを延々と繰り返す、地獄のような罰だ。ピピが翼を一振りすると、空間に切れ目が入り、異空間が顔を覗かせる。ピピは見えない壁に閉じ込めたままのヒューズをそこにしまう。
『永遠に裁かれろ!』
ピピが小鳥に戻り、グリズリーのクロじいは残りの騎士を見る。皆が恐怖で震えていて、失禁している者もいる。
クロじいが溜め息を吐くとその身体が光り出し、白髭が特徴の一人の老人が現れた。
巨大な熊が突然小柄な老人になり、アルバートは頭が付いていかない。
「青年よ、聞きたいことがあるんじゃが」
「ひぃ!」
「怯えるでない! ワシは聞きたいことがあるだけじゃ!」
「すみません! な……何でしょうか?」
「まず、お主らは何故この森に入ってきたのじゃ? 正直に答えるのじゃぞ!」
「はい! 我々はジェロラル国の騎士で、王太子殿下より古の森の探索を命じられ、この森に入りました」
「ほぅ……例の王太子か。他には何か言われているのか?」
「もし森に誰かいたら始末しろと……」
「ふむ……あの一家が見つかったら面倒じゃな」
すると、アルバートがひれ伏し許しを乞う。
「部下が申し訳ございませんでした! 勝手は承知でお願いします! このまま森を出ていくので助けてください!」
アルバートに次いで他の騎士達もひれ伏す。
「出ていって、王太子には何と言うのじゃ?」
「それは……どうしたら良いですか?」
「ワシに聞くのか、ふむ……お主はこのまま王太子の元で騎士を続けるのか?」
そう言われ、アルバートはこれまでの騎士生活を思い出す。王太子派の騎士は貴族の子息が多く、アルバートのような平民出身の騎士は馬鹿にされ、いくら優秀でも出世街道は歩めず、一生を終えるのだ。
「できれば辞めたいですが、私には兄弟が沢山おりまして……生活費を稼ぐには今の仕事をするしかないんです」
「兄弟? どのくらいいるんじゃ?」
「弟六人、妹四人です! 全部で十人います!」
「そ……それは凄いのぅ」
クロじいが引いている。
「養うので精一杯で……でももう王太子の元で騎士をするのは限界で……ヒューズのようなイカれた奴ばかりで……グズッ……」
「おい、泣くでない! どうしたものかのー」
周りの騎士も泣いている。他の四人も平民出身の騎士で、各々家庭の事情で我慢して働いていた。ピピは疲れたのか、クロじいの肩に止まり眠っている。
「ワシが何とかしてやるから泣くでない!」
「本当ですか! あぁ! ありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「う……うむ」
クロじいは頼もしく頷いたものの、内心では「どうすればいいんじゃ!」と戸惑っていた。とにかくオーウェンに相談してみようと決めて、五人を連れてオーウェンの元へ急ぐ。
歩きながら、アルバートはクロじいに確認するように尋ねた。
「あの……貴方は先程のジャイアントグリズリーですよね?」
「そうじゃが……」
「人にもなれるんですか?」
「……お主、遠慮がなくなったのぅ」
「はっ! すみません!」
「良い良い、ワシくらいになると簡単なことじゃよ」
「凄いですね!」
「ふふふ! そうであろう!」
アルバート達を気に入ったクロじい。彼の周りは憎たらしい者が多く、唯一の癒しはユリアだけだった。そこにアルバート達が現れて、素直な青年達だったために助けたくなったのだ。
「あの……人間を食べるんですか?」
「お主……本当に遠慮がなくなったのぅ」
こうして、アルバートは森の中で熊さんに出会ったのだった。
第3話 標的は一瞬で仕留めます
「くそ! 何でこの俺が、こんな汚らしい所に来なきゃいけないんだ!」
「アルバート達がいれば暇潰しできたのにな!」
公爵家三男のウォルトと侯爵家四男ジャンは悪態をつきながら歩いていた。彼ら二人とその連れの四人は、コネで騎士団に入った、家柄だけが取り柄のお坊っちゃん達だ。平民を馬鹿にして、普段はアルバート達を虐げていた。
ウォルトを中心としたメンバーは嫌々ながら前へ進む。周りが静かすぎることにも、このお坊っちゃん達は気付かない。
「ウォルトもう戻ろうぜ。もう探索はした、これでいいだろ!」
「そうだな。うー、靴が汚れちまったよ! おい、戻るぞ!」
「「「はい!」」」
一人、返事がない。ウォルトがそのことに苛つきながら振り返ると、一人いなくなっている。
「おい! クリスは何処行った?」
皆が周りを探すがいない。
ウォルトは面倒臭そうに吐き捨てる。
「勝手に動きやがって! めんどくせーから置いてくぞ! 戻らなかったら魔物にやられたってことでいいな!」
「了解~!」
「「「はい!」」」
そして、五人は来た道を戻り始めた。クリスのことは気にはなっているが、この森を探し回るという考えはウォルト達にはないので黙々と歩き続ける。すると、仲間の一人が騒ぎ出す。
「ウォルト様! サムがいません!」
「はぁ? 何ではぐれるんだ! 一本道だぞ⁉」
「何なんだ?」
さすがに気味が悪くなってきたウォルト達は、周りを探すことにした。だが人の気配すらない。ウォルトとジャンは話し合い、またしても置いていくことにした。
「ウォルト様! さすがに二人も消えてしまうのはヤバいんじゃ……ぐぁ!」
苛立つウォルトは、意見を述べてきた騎士を殴る。
「うるさい! この俺に指図するのか? あぁ?」
「申し訳ございません!」
騎士は顔を青くして土下座した。いらぬ不興を買って斬り捨てられてはたまらない。
「くそが! 行くぞ!」
そんな騎士に唾を吐き、ウォルトは彼らを連れて再び歩き出す。
「気味悪ぃな……何なんだ?」
ウォルトの問いに誰も答えない。いつもはジャンが答えていたが、彼からも返事がない。ウォルトは何か得体の知れない不安を募らせ、恐る恐る振り返る。
「嘘だろ……」
後ろには誰もいなかった。ジャンもいない。ウォルトはパニックになり、奇声を上げて走り出す。すると横から何かが飛んできて、ウォルトの目の前に転がった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
そこに転がっていたのは、変わり果てた姿のジャンだった。首元に咬まれたような痕がある。
ウォルトは恐怖心で腰を抜かして、失禁しながらも這って逃げようとするが、いきなり音もなく目の前に大きな影が現れる。
誰か助けに来たのかと思い、ウォルトが顔を上げると、そこには唸り声を上げる巨大な白い虎がいた。ジャン達を殺めたのか、口から赤い血が滴っている。
「な……何で聖獣様がこのような!」
その虎――〝天虎〟はジェロラル国の聖獣として崇められていたが、ここしばらく姿が見えなかった。何故こんな所にいるのか。
「聖獣様! 私はジェロラル国の騎士です! どうかお助け……」
ウォルトが助けを乞う前に、天虎は目にも留まらぬ速さで息の根を止める。天虎がウォルトを放り投げると、その姿は突然空中で消えた。
暫くして、騎士達の死体は全部大蛇の腹に収まることになるのだった。
†
「今日はこのくらいにして早めに帰るか」
大量のレッドボアをアイテムボックスにしまうと、ユリアの父オーウェンは帰宅しようと準備をする。
ユリアのことがジェロラル国にいつ知られてもおかしくない。できるだけ傍にいて守ってやるのが父親の務めだ。
ユリアを連れてこの森に移住して三年、この子には特別な力があると気付いた時にはもう〝動物達〟と出会っていた。人目につかないように生きてきたが、その暮らしが終わりつつあることを感じていた。
オーウェンが自宅に戻ろうとした時、近くに人の気配を感じた。オーウェンは鞘から剣を抜き、気配のする方へ向かう。向こうからも緊張感が伝わってくる。慎重に気配を消して進んでいると、ジェロラル国の紋章が入った鎧を纏った騎士が六人歩いているのが見えた。先頭の男は相当な手練れだろう、空気が一人だけ違う。
騎士達が向かう方向にはオーウェン達の家がある。オーウェンは暫く考え、意を決して騎士達の道を塞いだ。
「何者だ!」
先頭の騎士――ロイメルはすぐに気付いて素早く剣を抜く。それに次いで、他の騎士達もいきなり現れた男に驚くが、ただちに剣を抜く。
オーウェンは低い声で問いかける。
「……そう言うお前達は、この森に何しに来た? ジェロラル国の騎士だな?」
「だったら何だ?」
ロイメルはオーウェンを視線で射殺すように睨み付ける。
「悪いがこの先には行かせない」
オーウェンは動じずに剣を構えると、隠していた力を解放する。
彼を中心に風が吹き始め、木々が揺れる。そしてその足元から地割れが起こった。
ロイメルは辛うじて立っているが、他の五人は頭を打って失神してしまった。
「お前は何なんだ!」
「話す必要があるか?」
「我々にも任務がある! 任務を妨害する者は始末するだけだ!」
ロイメルは剣を構えるとオーウェンに斬りかかる。オーウェンは軽々と避けて、瞬時にロイメルの顔を殴りつける。
ロイメルは吹っ飛んで木に激突するが、気力で起き上がり剣に雷を纏わせる。
「ほぉ……魔法剣士か」
「【雷雨】」
ロイメルが剣を振ると、オーウェンの頭上から激しい雷が次々に落ちる。暫くして、ようやく静かになり、煙が立ち込めていたのが徐々に落ち着いていく。
そして、ロイメルは目を見開く。
「なっ……嘘だろ……」
そこには傷一つないオーウェンが立っていた。
「ジェロラル国の騎士もこんなもんか」
オーウェンは呟く。そのまま放心状態のロイメルに斬りかかろうとした時、物凄いスピードで森の奥からシロが走って来た。
『間に合ったか!』
「シロか! ユリアとアネモネは無事か!」
「フェ……フェンリルだと?」
驚くロイメルをよそに、シロは人化するとオーウェンに近付く。
「ユリアもアネモネも無事だ、今は〝馬〟が一緒にいるから大丈夫だ」
「そうか……良かった」
シロはロイメルに視線をやると、ぶっきらぼうに言う。
「おい、この森に入ったお前の仲間は全滅した。残っているのはお前達だけだぞ」
「そんな……お前達は何なんだ! この森は……何なんだよ!」
「この森は俺達のテリトリーだ。侵入者に容赦はしない。オーウェン、お前は先に戻っていろ。ユリア達が待っている。後、そろそろ潮時かもしれないぞ、王よ」
「ッ……分かった」
それだけ言うと、オーウェンは戻った。
残されたシロとロイメルが対峙する。シロは冷たく相手を見据えた。
「では片付けるか」
険しい顔でロイメルは剣を構える。
「【雷皇】」
ロイメルが剣を天へ翳すと、空に雨雲ができて、激しい雷がシロに向かって突き刺さる。
凄まじい爆発が起こり、シロがいた地面は大きなクレーターに変わった。黒煙が上がる中、シロの姿はない。
「……やったのか?」
「残念ながらピンピンしている」
ロイメルは声に驚き、後ろを振り返る。
「嘘だろ……くそ!」
ロイメルはまた剣を構えた。
「【雷……」
「しつこいな。【風斬】」
シロが手を横に振ると、ロイメルは一瞬何が起きたか分からないまま――終わった。
失神していた部下は、ロイメルとシロの戦闘中に気が付いたが、震えて何もできないでいた。そして今、目の前で騎士団最強の男の首が飛んだ。五人は逃げたくても身体に力が入らない。
「すぐに終わる」
シロは五人に向かい、手を振り翳す。
そして二時間経っても、集合場所には誰も現れなかった。
†
「あの……貴方のことは何と呼べばいいんですか?」
「クロじいで良いぞ」
アルバートの問いかけにクロじいは穏やかに答える。力を使って疲れたのか、老人の姿のクロじいの肩の上のピピは全然起きない。
森をひたすら歩くアルバート達とクロじい。道すがらクロじいは、アルバート達の複雑な事情も聞いた。
まずアルバートは二十四歳で弟妹が十人もいるが、両親の実子はアルバートだけで、他は皆、ジェロラル国と隣国のコールウィン帝国の戦争で親を失った孤児だ。難民地区で弱っている子をアルバートの両親が引き取り育てている。
だが両親だけでは十人も養うのは厳しく、アルバートは十五歳で騎士団に入団して、生活費の稼ぎ手の一人になっていた。
アルバート以外の青年達の中で最年少の、小柄の少年トトは、十六歳で入団した。母親はトトが四歳の時に家を出ていった。それから、トトは飲んだくれで暴力を振るう父親と二人で生きてきた。殴られて追い出された時や、ご飯を食べさせてもらえない時はアルバートの家に避難していた。アルバートはトトの憧れでもある。
ジルは二十歳の、大柄で少しマイペースな青年。いつもからかいの標的になるジルを、アルバートが助けていた。ジルは戦災孤児で、アルバートの初めての兄弟でもある。少しでもアルバートや両親の助けになりたくて入団した。
ルイスとロイスは双子の兄弟で十八歳。赤子の時から孤児院育ちでトトとは親友だ。
「グスッ……苦労したんじゃな……」
彼らの事情を聞いて、クロじいは大号泣。
だが泣いていたクロじいの目が鋭くなり、急に後ろを振り返ると、最後尾にいたジルを守るように鉄の壁のようなものを出現させた。するとその壁に、何か大きいものがぶつかる音がする。
「何の用じゃ若造よ」
驚いているアルバート達をよそに、クロじいは壁を消しながらぶつかった相手に問う。
それは大きな白い虎、そう、天虎だ。
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