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クマさんに出逢った

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あのフランス人は私よりも、

よりによって、母と仲良くなった。



振り返って考えてみても

ふたりの邂逅はそんなにべったりしたものじゃ

なかったはずだ....


なのに...



 
 「オー マドムワゼェル エ マッダァーム!

 ムワァ、ムワァ」


と私と母の頬の両方の頬にキスをして、


大げさな挨拶をする、フランス人。


まず、第一をもって、フランス人は大げさか。



母は面食らっている。


異国人との邂逅にまったく慣れていないわけ

ではないが、フランス人とはもしかして

はじめてかも。



ーーー

母の旅好きにつきあって、これまで私は

あちこちに連れていってもらった。

そう、あくまでも、「連れていって」もらっ  

た。



費用はいつも母持ち。



そして私はいつも荷物もち。



母にとって私を連れて行くメリットは


いくつかある。


私は”一家に一台”の、なんちゃって言語屋。



ロシア語や、ポーランド語やチェコ語を
かじった。


ほかにもいろいろ。


肝心の英語は片言だが、発音だけは超一流。


それで、母をだまくらかして、売り込む。


母は騙されたふりをして、私を旅行に
連れて行く。




イタリア、チェコ、ロシア、中国、アメリカ

までは一緒に出掛けた。


あ、それとドイツも...



「マミー、かぜをひいたらドイツではなんて


いうか知ってる?


イッヒ、ゲッヘ、ゴッホっていうんだよ!」



とエセ・ドイツ語を披歴してみせ、


ドイツ旅行をゲットした...




だいたいこんないい加減なもので、


結構あちこちで楽しんだもの。



ところが、フランス語については

不覚にも、遅れをとってしまっていた。

なんでだろ。



小さいころ、フランス語は


世界で一番美しい言語と言われるのを聞いて、


好奇心でフランス語の映画を見たところ、


あまりにひどい発音に幻滅し、


それからなぜか、遠ざかっていた、

という理由があった。

 

そんな中、フランス語はむこう側から

やってきた。


ーーー



居酒屋で友人5人と楽しく会食中。



変な外国人がガヤガヤしている、


あのあたりから


おかしな視線を送ってきた。


無視していると、


ウィンクし、手を振ってきた。



私は回転いすを


その、変な外国人から45度ずらして


座りなおした。



そうして、しばらくは、連れ達との


会話に興じて、楽しく、正しく飲食していた...



”にょき!”



は?  


なに?




熊のように、眼前に姿を現したのは


さっきの変な外人。



こいつお風呂はいってんの?



そう思いながらにらみあげた。



無精ひげもひどさのピークを迎えた


熊ヅラ...



バカみたいに、優しい顔をして


ニコニコしている....


「アロー、ハイ!」


私はさらに回転いすを45度回した。


が、その瞬間、


すごいスピードで椅子はバネのように、


もとの位置に戻された。



・・・・・・・・



しばしの沈黙。




何が起きたか理解するのにちょっと時間を


要した。



そして私はその相変わらずのニコニコの

熊面にようやく言い放った。


「エクスキューズ、ミィ?!」


「なにすんのぉ?」


お酒の勢いも手伝って、声のピッチが高い私。



それを聞いて、なぜかちょっと寂しそうに、

フランス人は言った。



「きれぇなおかお、もったいないです。


なぜおこるぅ?」



ん?


日本語?



「あれ、日本語しゃべるの?」



「はい、すこぉしべんきょぉしまぁあしたぁ!」


拍子抜けした私にむかって、


またぞろ笑顔を向ける。




「蘭ちゃん、いいじゃん、いれてあげれば」


「そうよ、それに、彼、なかなかダンディで


 セクシーだしぃ!」



「オー ウィ、ウィ! メルシー ボクゥー!」



あざとく、私の女友達たちのラブコールに


応えるパリジャン。



こんな日本語はよくわかってるじゃん。


ゲンキンなやつ...




あー、わかったから、いいから、


じゃ、そこに座って...



私はぞんざいに、目の前の空いた


椅子を指差した。




「あなたが、ずぅっととても楽しそうに笑って、


いるのを見ていました。お話しましょ!」



はぁ....


なんてあからさま直球ぶり...




なんだか少し恥ずかしくなった私は


ちょっと、この、フランス人にしては


大男の、むさい顔に向き合うことにした。



大人の女性の振る舞いとして、
レディライクに....


「で?


名前なんてんの?」



「オォ、ワタァシのナマァエは、フランスゥワですぅ」



フランスは?



プルプルプル


「チガァイマスぅ!」


「フランスゥワァ!」




そんな.......


髭の中から、そんな大きなノドチンコ見せながら、

発音して見せなくても、

ちゃんと、聞こえていますって....



はいはい、


フランスワね、


わかりましたよ...




エ ヴゥ_?



は?




エ ヴゥ_? マドムワゼェル?



あ?



あ、私ね....


「 ワタスィノナマエワァ、ランランヨォオオオオオオオオ」


と言い放った途端、皆の唖然とした視線が


私に集中する。



は?



なんで、そんな、ストップモーションかけなくてもいいじゃん。



酒の席だしぃ、ちょっと乗ってみただけだしぃぃ!



で、肝心のフランスワァは、大きなクエッションマーク,


頭の上に浮かべてきょとんとしている。





そんなに意外だったか?


.............



「だからぁ、冗談よぉ、ジョウダン!


 蘭と呼んでね!」



「オー! ウィ! ランサン!


 きれいな名前!」


「メルシィ、メルシィ!



 ところで、くまさん、ここで何を?」




「クマサン?」




あー、いいから、いいから、


いちいちひっかからないでいいから....



「ウィ!」


「ワタシ、イッシャデスヨ」



一社?



「ソレで、ガッカイデキマシタァ」




一者?


ああ。。。




医者?



ドック?




そうなの?



「ウィ、ウィ、ウィ!」




...............




こんなハイテンションの医者って


見たことないし.....





ま、そゆことなのね....




で、



なんのイッシャをしているの?



「シンケーゲッカよ!」



神経外科医ね?



「ウィ、ウィ!」



またぞろうれしそうに...



でも、あなた、



イシャに見えない。。。



じゃあ、


どうも、



ナイスチューミーチューでした。





そういって、席を立とうと


した瞬間、後ろから腕を


がっしりつかまれ、



行く手を阻まれた。



................



あ?




振り向くと、



大きくニカニカとした


満面笑みの


くまさんがいた。


目がテンになる私をさらにひきよせて

鼻先で放つ。


”ボクニ ツゥキアッテクダサイ!”



”アシタ、タクサンイキタイトコロアリマス、


イッショニイッテクダサイ!”



すごい熱量。



ふぅ..


がんじがらめから解放されるには


方法は一つしかなさそうだ。



”ウィ、わかりましたよ、付き合います


で。どこへ行きたいですか?”




くまさんの顔に大きな花がさいた。







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