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2.5話 エリオット視点

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 母の病が進行し、家族の中で希望を失わないのは自分だけになっていた。
 医者たちもすでに治療を諦めた延命処置になり、どうしても母を救いたかった俺は最後の手段として妖精の涙を求め、森に足を踏み入れた。
 しかし、そう簡単に妖精に出会えるはずもない。
 深い森の奥へ足を踏み入れるごとに、母が待つ家からどんどん遠ざかっていく。
 その焦りが、ますます俺の足を急かせた。

「母上……もう少しだけ待っていてください……」

 そう祈るように歩き続けていると、不意に何かが視界の隅に映り込んだ。
 暗い木々の間をふわりと漂う、淡い光。それはまるで、ここにいると俺を誘うかのように明滅し、静かに漂っている。
 妖精か?と胸が高鳴るのを抑えながら、その光の方へと近づいた。

 光が途切れた木々の先、地面に横たわっていたのは、かすかに白く輝く小さな体だった。書物でしか読んだことはなかったが、その特徴は紛れもなく妖精だった。
 彼は、まるで宝石のように美しく、儚い。僕はその場にひざまずき、息を呑んだ。

「こんな……」

 彼の体はあざだらけだった。
 無理やり切り落とされたようなぐちゃぐちゃの金色の髪。服にはところどころ血のようなものもついている。
 彼の肩から背中にかけては引き裂かれたような傷跡が残り、背にかつて羽があったことがかすかにわかる。まるで命を奪われる寸前で放り出されたかのような姿に、胸が締めつけられた。

「どうして……」

 妖精が求められる理由は知っていた。薬に、治療に、命を救うための貴重な材料として。けれど、こんな方法で命を削ってまで彼を追い詰める必要があったのだろうか。
 
 気絶している様子だった彼が微かに目を開けて僕をみた。微かに見える彼の瞳は宝石のように美しい。思わず見惚れていると、彼は現状に気づいたようで怯え震えだした。
 その表情は恐怖そのもので、人間に手酷く傷つけられたことを物語っている。
 安心してほしくてできる限り優しくそっと抱きあげ、目線を合わせる。

「妖精さん初めまして。俺はエリオット・グレイ。騎士をしているものだ。神に誓って危害を加えるつもりはないし、今後も絶対に君を傷つけたりしない。俺の言葉を信じてその身を預けてくれるか?」

 彼に俺の言葉が届いたのかどうかはわからないが、こわばって力の入った体から力が抜けていくのはわかった。
 彼の口が何かつぶやいた気がするが、ききとることはできなかった。
 すりっと俺の手に彼の髪が触れる。まるで彼が俺に抱きついてきてくれたような行動に、胸が甘く痛む。

「もう大丈夫だ。君を絶対に守る……」

 そう誓うように呟き、彼の体をそっと胸に抱き寄せる。彼の小さな体は信じられないほど冷たく、まるでこのまま消えてしまいそうな儚さを抱えていた。かすかな命の気配を感じながら、俺はその存在が消えてしまわないように強く抱きしめた。



 森の中はしんと静まり返り、冷たい夜の風が俺の頬を撫でていく。
 彼の顔は疲れ切っていて、その無惨な姿が胸に痛みを与え続けた。どこか落ち着ける場所を探さなければ──そう思いながらも、ふと彼が動いたような気がして足を止める。

「……たすけて……」

 かすかな声が、彼の青ざめた唇からこぼれた。言葉はわからないが、助けを求めていることはわかる。彼の苦しむ姿に心が痛みで締めつけられ、どうしてもこの小さな命を守りたいと思った。
 そのためなら、どれだけの困難が待ち受けていてもかまわない。

「……安心して。俺がそばにいる。」

 俺はそっと彼小さなの額に口付けして、冷たい肌に少しでも温もりが伝わるように抱きしめた。彼が苦しみの中で唯一頼れる存在になりたいと、ただ願った。
 彼を安らかに眠らせるために、この森の奥で魔物に警戒しながらも、しっかりと彼を抱きしめたまま進んでいく。



 夜が更けていく中、時折魔物の気配が漂う度に足を止め、剣の柄を握りしめた。
 冷たい汗が背中に流れるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。彼を守り抜くと誓ったその瞬間から、俺は決して一歩も退かないと決めていた。
 彼が静かに息をついて眠れる場所にたどり着くまでは、どれほどの危険があろうと進んでいくしかない。

 森の中、ようやく安全と思われる木陰にたどり着いた。彼を地面に寝かせることもできず、膝の上に乗せたまま、周囲を警戒しながら静かに待つことにした。彼の顔には苦痛の表情が残り、時折震えるように動く。

「君を理不尽に傷つけていい理由などあるはずもないのに……」

 彼の眠る姿を見つめながら、どうしてこんな小さな存在を傷つけることができたのか、理解できない思いで胸がいっぱいになった。
 自分もまた妖精の涙を求めている一人だが、目の前の彼を見ていると、その目的さえもすっかり忘れてしまいそうになる。

 そのとき、ふいに彼の瞼がかすかに開き、ぼんやりとした瞳で俺を見上げた。
 彼の目には驚きと怯えが入り混じっていたが、僕がそっと頭を撫でると、少しだけ落ち着いたような気配を見せた。

「大丈夫だ、君はもう一人じゃない。」

 囁くように伝えると、彼は少しだけ力なく笑みを浮かべたように見えた。
 すぐにまた瞼が閉じられ、微かな寝息が聞こえてくる。俺はその寝顔を見守りながら、安堵と共に心の奥に温かいものが広がっていくのを感じた。



 夜が明けると、再び森を進み始めた。彼の体は相変わらず冷たく、頼りない息が続いているが、俺がそばにいることでほんの少しでも彼が安心してくれれば、それだけで救われるような気がした。
 彼が苦しんでいるのは俺と同じ人間のせいだと思うと、申し訳なさが胸にこみ上げてくる。

「どうして、君がこんな目に遭わなければならなかったのか……」

 けれど、今は彼を守ることだけに集中しよう。
 俺がここで守り続けることで、少しでも彼の負担が軽くなればそれでいい。不気味な森の中で、俺はただ彼を抱きしめ続けた。

 その後も少しずつ歩みを進め、神域と呼ばれる神聖な森があるとされる方角へと向かう。
 人間は入ることができないと言われている森だ。長い旅路になるかもしれないが、彼を守りながら進んでいくことに僕は何の迷いもなかった。
 この小さな存在が、いつか再び元気を取り戻してくれることを心から祈りながら、俺は夜明けの森を進み続けた。
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