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2話
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また人間の足音が聞こえたような気がした。
かすかな意識の中でも、それがどこか力強く、規則正しい足音であることだけは感じ取れた。誰かが近づいてくる。
けれど、体は動かない。目を開けようとしても、まぶたが重くて開かない。
やがて、その足音は僕のすぐそばで止まった。
気配がすぐ近くに感じられ、僅かに開いた視界の隅に、大きな影がぼんやりと映る。
あのおじさんが戻ってきたのかと思い、恐怖で体がこわばるが、違う。
影は僕をそっと抱き上げ、驚くほど優しい手つきで、包み込むように支えてくれた。
その腕の中は、驚くほど温かかった。
冷え切っていた体が少しずつ温もりに包まれていき、安らぎが心の奥に広がっていく。
ぼんやりと意識が戻りかけたとき、彼が静かに何かを口にした。
「エリオット」──それだけはかろうじて聞き取れた。多分彼の名前だろう。
(エリオット……)
彼の名前を心の中で繰り返す。無意識のうちに、彼の胸元に顔をうずめてしまう。
彼の温かい心音が聞こえてきて、不思議と安心する。
力が抜けて、安らぎに満たされると、僕は再び意識を手放していた。
次に目が覚めると、やわらかな布の感触が体を包んでいた。
手作りの籠のようなものの中に寝かされているようで、体の痛みは残っているものの、冷たい地面にいたときの絶望感は消えていた。
隣を見ると、エリオットが静かに木にもたれて座っていた。
短い黒髪に、深い青の瞳が印象的な顔立ち。体格はがっしりしているが、表情はどこか穏やかで、まるで微笑んでいるかのようだ。
僕に気づくと、そっと微笑んで安心させるようにうなずいてくれた。
その微笑みを見た瞬間、胸の奥にあった恐怖と不安がふわりと溶けていくような気がした。なんとかお礼を伝えたかったけれど、声がうまく出ない。体を起こそうとしても、まだ力が入らず動けない。
それでも、エリオットは気にすることなく、静かに僕の髪を撫でてくれた。
その手の温かさが、体だけでなく心にまで染み渡っていく。
言葉は交わしていないけれど、彼の優しさはしっかりと伝わってきた。
僕は彼の温もりに安心し、もう一度そっと目を閉じた。
数日が過ぎても、エリオットはずっと僕のそばにいて、看病を続けてくれた。
静かに果物らしきものを口元に運んでくれたり、布を整えたり、やさしく体を支えてくれたり。
僕が何もできないまま甘えているだけなのに、エリオットは嫌な顔ひとつせず、むしろ僕を気にかけてくれているように見えた。
彼がそばにいてくれるだけで、僕の心は少しずつ癒されていくようだった。
(エリオット……)
心の中でそう呼ぶたびに、不思議と安心する。
この名前が、僕にとっても特別なものになっているのかもしれない。彼のそばにいるだけで、ここが居場所のように感じられる。
さらに数日が過ぎ、僕は少しずつ体力を取り戻し始めた。まだふらつくものの、手足をゆっくり動かすことができるようになって、籠から起き上がって歩ける日も増えてきた。
エリオットは僕が少しでも動けるようになるたびに、静かに微笑んでくれた。
その微笑みが、どれだけ僕を勇気づけてくれたことか。
彼のそばにいると、どんな不安も静かに和らいでいく気がする。
ただ、時折エリオットの表情に、かすかな悲しみが浮かんでいるように見えた。
それは何か憂いているような。彼は何かを背負っているのかもしれない。
彼が何を思っているのか僕にはわからないけれど、僕を助けてくれた彼に、いつか恩返しがしたいと思った。
ある日、エリオットが静かに立ち上がり、僕のそばを離れようとする気配を感じた。
胸が急に締め付けられるような気がして、彼ともう会えないかもしれない不安が押し寄せてくる。
何度か試してみたが言葉は通じず、感謝の気持ちもまだ伝えられていない。
それなのに、エリオットが森を出てしまうのは寂しかった。
僕は必死でエリオットを見つめ、少しでもこの気持ちが伝わるようにと願った。
エリオットはその視線に気づいてか、ふと振り返り、静かに微笑んだ。
その表情が「大丈夫だよ」とでも言っているかのようで、少しだけ胸の中が暖かくなる。それでも、エリオットが森を出て行く姿を想像するととても耐えられそうにない。
もう彼のいない森で生活できる気がしなかった。
かすかな意識の中でも、それがどこか力強く、規則正しい足音であることだけは感じ取れた。誰かが近づいてくる。
けれど、体は動かない。目を開けようとしても、まぶたが重くて開かない。
やがて、その足音は僕のすぐそばで止まった。
気配がすぐ近くに感じられ、僅かに開いた視界の隅に、大きな影がぼんやりと映る。
あのおじさんが戻ってきたのかと思い、恐怖で体がこわばるが、違う。
影は僕をそっと抱き上げ、驚くほど優しい手つきで、包み込むように支えてくれた。
その腕の中は、驚くほど温かかった。
冷え切っていた体が少しずつ温もりに包まれていき、安らぎが心の奥に広がっていく。
ぼんやりと意識が戻りかけたとき、彼が静かに何かを口にした。
「エリオット」──それだけはかろうじて聞き取れた。多分彼の名前だろう。
(エリオット……)
彼の名前を心の中で繰り返す。無意識のうちに、彼の胸元に顔をうずめてしまう。
彼の温かい心音が聞こえてきて、不思議と安心する。
力が抜けて、安らぎに満たされると、僕は再び意識を手放していた。
次に目が覚めると、やわらかな布の感触が体を包んでいた。
手作りの籠のようなものの中に寝かされているようで、体の痛みは残っているものの、冷たい地面にいたときの絶望感は消えていた。
隣を見ると、エリオットが静かに木にもたれて座っていた。
短い黒髪に、深い青の瞳が印象的な顔立ち。体格はがっしりしているが、表情はどこか穏やかで、まるで微笑んでいるかのようだ。
僕に気づくと、そっと微笑んで安心させるようにうなずいてくれた。
その微笑みを見た瞬間、胸の奥にあった恐怖と不安がふわりと溶けていくような気がした。なんとかお礼を伝えたかったけれど、声がうまく出ない。体を起こそうとしても、まだ力が入らず動けない。
それでも、エリオットは気にすることなく、静かに僕の髪を撫でてくれた。
その手の温かさが、体だけでなく心にまで染み渡っていく。
言葉は交わしていないけれど、彼の優しさはしっかりと伝わってきた。
僕は彼の温もりに安心し、もう一度そっと目を閉じた。
数日が過ぎても、エリオットはずっと僕のそばにいて、看病を続けてくれた。
静かに果物らしきものを口元に運んでくれたり、布を整えたり、やさしく体を支えてくれたり。
僕が何もできないまま甘えているだけなのに、エリオットは嫌な顔ひとつせず、むしろ僕を気にかけてくれているように見えた。
彼がそばにいてくれるだけで、僕の心は少しずつ癒されていくようだった。
(エリオット……)
心の中でそう呼ぶたびに、不思議と安心する。
この名前が、僕にとっても特別なものになっているのかもしれない。彼のそばにいるだけで、ここが居場所のように感じられる。
さらに数日が過ぎ、僕は少しずつ体力を取り戻し始めた。まだふらつくものの、手足をゆっくり動かすことができるようになって、籠から起き上がって歩ける日も増えてきた。
エリオットは僕が少しでも動けるようになるたびに、静かに微笑んでくれた。
その微笑みが、どれだけ僕を勇気づけてくれたことか。
彼のそばにいると、どんな不安も静かに和らいでいく気がする。
ただ、時折エリオットの表情に、かすかな悲しみが浮かんでいるように見えた。
それは何か憂いているような。彼は何かを背負っているのかもしれない。
彼が何を思っているのか僕にはわからないけれど、僕を助けてくれた彼に、いつか恩返しがしたいと思った。
ある日、エリオットが静かに立ち上がり、僕のそばを離れようとする気配を感じた。
胸が急に締め付けられるような気がして、彼ともう会えないかもしれない不安が押し寄せてくる。
何度か試してみたが言葉は通じず、感謝の気持ちもまだ伝えられていない。
それなのに、エリオットが森を出てしまうのは寂しかった。
僕は必死でエリオットを見つめ、少しでもこの気持ちが伝わるようにと願った。
エリオットはその視線に気づいてか、ふと振り返り、静かに微笑んだ。
その表情が「大丈夫だよ」とでも言っているかのようで、少しだけ胸の中が暖かくなる。それでも、エリオットが森を出て行く姿を想像するととても耐えられそうにない。
もう彼のいない森で生活できる気がしなかった。
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