上 下
7 / 10

6話:初恋の自覚と会いたい気持ち

しおりを挟む

 ここ数日、直樹さんに会えていない。
 王城での任務が続いているとは聞いているけれど、いつも隣で笑ってくれたあの優しい顔が見えないことが、こんなにも寂しいなんて……自分でも驚いてしまう。

 彼のことを考えれば考えるほど、胸がふわりと温かくなる。
 今まで他の誰かに対してこういう感情を抱いたことなんてなかった。
 いつも隣にいてくれることが当たり前のように思っていたけれど、こうして会えない日々が続くと、その存在の大きさに気づかされる。

 ――もしかして、これが「好き」という気持ちなのだろうか。

 頭の中でその言葉を思い浮かべた瞬間、顔が熱くなってしまう。
 初めての恋というのは、こんなにも胸をざわつかせるものなんだろうか。
 少し恥ずかしくなって、思わず頬に触れる。

「……会いたいな、直樹さん」

 小さく呟いたその言葉が、静かな森に消えていく。
 動物たちがこちらを見上げて心配そうに鳴くが、優しく撫でて「大丈夫だよ」と声をかける。
 しかし、その優しい声に反して心は一層、直樹さんに会いたい気持ちでいっぱいになっていた。


 どうしても我慢できなくなり、俺は思い切って王城まで足を運ぶことにした。
 会えるかどうか分からないけれど、一目だけでも彼の姿を見たい。
 もし王城の誰かが許可してくれるなら、少しだけでもいいから声をかけたい。

 しかし、王城の門に着くと、衛兵たちが厳しい顔で俺を制止する。「一般人は立ち入り禁止です」と言われ、どうすることもできずに立ち尽くしてしまう。
 何か伝えようと試みたが、彼らは容赦なく首を振るばかりで、とうとう引き返すしかなかった。

 途方に暮れて森へ戻ると、どこか気持ちが重たくなっていた。
 ほんの少しの勇気も、彼に会いたいという想いも、すべて否定されたような虚しさが胸を締め付ける。

 その夜、家に帰っても眠れずに窓から外を眺めていると、ふいに足音が聞こえた。
 窓を開けると、そこには直樹さんが立っていた。
 月明かりに照らされて、少し疲れた表情を浮かべながらも、彼は俺を見上げて微笑んでいた。

「ラビエル、会いに来てくれたんだって?嬉しいよ」

 彼が優しく声をかけてくれて、胸がじんと熱くなる。
 返事もせずに玄関まで駆け寄り、直樹さんの顔をまじまじと見つめてしまった。
 久しぶりに見る彼の顔は、どこか懐かしくて、愛おしさで胸がいっぱいになる。

「ごめんね、急に王城に呼び出されて……忙しくてなかなか会えなくて、寂しい思いをさせてしまったね」

 そう言って頭を撫でてくれる直樹さんの手が、暖かくて心地よい。
 俺は何も言わずにその手に身をゆだねていると、直樹さんがふと真剣な表情になり、静かに語り始めた。

「ラビエル、君に話したいことがあるんだ。実は、俺の前の世界にいた大事な存在……『チャッピー』について」

 チャッピー――その言葉を初めて聞いたとき、どこか胸がざわついた。
 彼にとって大切な存在であり、唯一の癒しだったという。
 彼は遠い目をしながら、小さなうさぎだったチャッピーの話をしてくれた。

「仕事で疲れた俺をいつも待っていてくれて、何も言わずにそばにいてくれる存在だったんだ。彼に救われていたんだと思う。俺がここに来て、最初に君を見たとき……君がまるでチャッピーの生まれ変わりのように感じてしまった」

 直樹さんの声が少し震え、彼の目に微かに涙が浮かぶのを見て、心がぎゅっと締め付けられる。彼がどれだけチャッピーを愛していたのか、その深い思いが伝わってきた。

 けれど、心のどこかで、自分に向けられている彼の愛情が本当に「ラビエル」としての自分に向けられているのか、それとも「チャッピー」というかつての存在を重ねているのか……ふとした不安がよぎる。

「……直樹さん、俺はチャッピーじゃありません。でも、俺もあなたのそばにいたいんです」

 勇気を振り絞ってそう告げると、直樹さんは驚いた顔をして、そしてすぐに優しい笑顔を浮かべた。

「ごめん、そうだよね……ありがとう、ラビエル」

 彼は静かにそう言って、俺の手をそっと握りしめてくれる。
 その温もりが心にしみわたり、再び彼のそばで穏やかな時間が流れ始める。

 少しの間、無言のまま寄り添っていると、直樹さんがふと俺に向かって柔らかく微笑んだ。

「今度、森に一緒に行かないか?」

 彼の何気ない誘いに、胸がふわりと温かくなる。俺の喜びを察したかのように、直樹さんも目を細めて微笑んでくれる。

「君と一緒にいると、不思議と心が癒されるんだ。いつもラビエルがそばにいてくれるから、俺も強くなれる。ありがとう、ラビエル」

 その言葉に、心がじんわりと温かく満たされる。
 俺にとって直樹さんは、ただ「大切な人」というだけではない。
 彼の言葉の一つ一つが、今の自分の支えになっている。彼がいてくれることで、どんな日々も乗り越えられる気がする。

 月明かりに照らされる直樹さんの横顔を見つめながら、俺は彼と一緒に歩む未来を、ほんの少しだけ夢見るようになっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる

琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。 落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。 異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。 そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

処理中です...