3 / 10
2話:異世界でも続く“飼い主“の溺愛(直樹視点)
しおりを挟む目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に広がっていた。
柔らかな寝台の感触に包まれ、豪華な装飾の部屋――どうやらここは城の一室らしい。
周りには心配そうに見つめる人々が立っているが、俺が今会いたい「あの子」の姿はどこにも見当たらない。
心の奥に焦燥が広がり、どうしても落ち着かない。
つい先ほどまで、あの愛しい存在――俺の「チャッピー」と一緒にいたはずなのに。
今では「ラビエル」と名乗っている、小さくて優しい瞳のあの子だ。再会の喜びに抱きしめたときの感触が、まだ腕に残っている。
だが、ここにはいない。それだけで胸が締めつけられるような感覚に囚われ、何かが欠けたような虚無感が押し寄せてくる。
どうやら、俺はこの世界で「異世界転移者」と呼ばれているらしい。
突如として現れた俺の存在が、王族や周囲の者に不安を抱かせたようで、この城に保護されることになったのだとか。
だが、俺にとってはそれがただの「監禁」にしか思えない。
大切なラビエルと引き離され、彼の安否も分からないままでここに留め置かれるなんて。
何もできず天井を見つめていると、ふと記憶がぼんやりと浮かんできた。
こちらに来る直前の、忙しくも孤独な日々――。
毎朝、目を覚ますと、暗い部屋に仕事の書類が山積みされていた。
通勤電車の人混み、目の下に濃くなっていくクマ。
仕事に追われ、ただ帰宅してベッドに倒れ込むだけの生活。
唯一の心の支えだったのは、家で待っていてくれた「チャッピー」の存在だった。
友人に誘われたペットショップで偶然出会い、飼うことになった、初めての小さな家族。
愛らしい茶色の毛並みに、柔らかな金色の瞳。
食事をする姿も、耳をぴくぴくと動かす姿も、どれも天使のようで、彼と触れ合うだけで疲れが和らぐのを感じていた。
だが、そんな彼もある日、突然いなくなってしまった。
残業帰りにおやつを買って帰宅した夜、ケージの中で冷たくなっている彼の姿を見つけ、目の前が真っ暗になった。
「仕事ばかりで……何もできなかった」
ふと、呟くように後悔がこみ上げてくる。
思い返すのは、チャッピーがそばにいた日々。
ミスに打ちひしがれた時も、彼は変わらず俺に寄り添ってくれた。彼がいたからこそ、あの生活が成り立っていたのだと、失って初めて気づいた。
ただ、その日々から逃れたいという思いを抱えてふらりと外に出て、気づけば見知らぬ森で目を覚ました。
目の前には、まるで彼を思い出させるような存在――ラビエルがそこにいた。
思わず「チャッピー」と呼んで抱きしめた瞬間、胸の痛みが和らいでいくのを感じた。
「ラビエル……」
今も彼の名を呼び、腕に残る感触を思い返す。
だが、周囲の衛兵たちは、ただ心配そうに見つめるばかりで、誰一人として俺の訴えに応じようとはしない。
日に日に不安と焦燥が募り、彼が無事でいるのか確認したいだけなのに――耐えきれなくなり、ついに叫んでしまった。
「今すぐラビエルに会わせてくれ!!」
その瞬間、城内が一瞬静まり返った。
皆が驚きの表情を浮かべているが、そんなことはどうでもいい。ラビエルがいないこの城など、ただの牢獄でしかないのだから。
その後、俺の叫びがきっかけで、城内は小さな騒ぎになった。
俺が望んでいる「ラビエル」について事情を知っている人物として、ギルドの受付嬢であるリリカさんや冒険者仲間が次々と城に呼ばれたらしい。
迷惑をかけているのは承知しているが、彼の安否が分からない限り、俺の意志は変わらない。
結局、王族側が折れてくれたのか、限られた時間で彼に会えるよう取り計らわれることになった。ラビエルが無事でいてくれる、それだけが今の俺にとっての救いだ。
ギルドに向かい、ドキドキしながら彼を待っていると、茶色い髪に優しい金色の瞳がこちらを見つめていた。
あのラビエルの姿が見えた瞬間、思わず胸が締めつけられるような感覚に襲われる。
「……ラビエル」
彼の名を呼び、近づいてそっと腕を掴む。
その感触が確かに温かいものであると分かった瞬間、心の奥から安堵が湧き上がる。
「無事でよかった……もう、どこにも行かないでくれ」
俺の言葉に、ラビエルは驚きの表情を浮かべつつも、少し照れたように目を逸らした。
そんな彼の仕草が、なぜだか愛おしくて目が離せない。
どれほどの時間が経っても、こうして彼のそばにいられるだけで、喪失感が癒えていくような気がした。
それから、王城に戻った後も定期的に彼に会えるようになり、毎回ギルドへと足を運ぶようになった。会うたびに、彼の存在が俺にとってどれだけ大切なものかを再確認する。
ある日、ギルドのロビーで待っていると、少し照れたように俺の方を見つめて歩いてくるラビエルの姿があった。
その優しい表情が、まるで「おかえり」と言ってくれているようで、思わず心が温かくなる。
「直樹さん……お待たせしました」
その一言が、どれほど俺の心を満たしてくれるか分からない。言葉にはできないほど、ただ「待っていてよかった」と思える瞬間だ。
「いや、気にしなくていい。俺はラビエルさえいてくれたら、それだけでいいんだ」
俺がそう伝えると、彼は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに目を逸らした。
その仕草一つ一つが、俺にとって特別で、愛おしいものに感じられる。
ラビエルがそばにいてくれるだけで、俺の心が満たされていく。
異世界での不安や孤独も、彼がいてくれる限り、きっと乗り越えられるだろう。
次に会える日が待ち遠しくて仕方がない。ラビエルがそばにいてくれることが、今の俺の支えであり、かけがえのない時間になっているのだと、そう確信できる。
2
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
[長編版]異世界転移したら九尾の子狐のパパ認定されました
ミクリ21
BL
長編版では、子狐と主人公加藤 純也(カトウ ジュンヤ)の恋愛をメインにします。(BL)
ショートショート版は、一話読み切りとなっています。(ファンタジー)
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
生粋のオメガ嫌いがオメガになったので隠しながら詰んだ人生を歩んでいる
はかまる
BL
オメガ嫌いのアルファの両親に育てられたオメガの高校生、白雪。そんな白雪に執着する問題児で言動がチャラついている都筑にとある出来事をきっかけにオメガだとバレてしまう話。
【完結】ねこネコ狂想曲
エウラ
BL
マンホールに落ちかけた猫を抱えて自らも落ちた高校生の僕。
長い落下で気を失い、次に目を覚ましたら知らない森の中。
テンプレな異世界転移と思ったら、何故か猫耳、尻尾が・・・?
助けたねこちゃんが実は散歩に来ていた他所の世界の神様で、帰るところだったのを僕と一緒に転移してしまったそうで・・・。
地球に戻せないお詫びにとチートを貰ったが、元より俺TUEEをする気はない。
のんびりと過ごしたい。
猫好きによる猫好きの為の(主に自分が)猫まみれな話・・・になる予定。
猫吸いは好きですか?
不定期更新です。
前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果
はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが
ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク
王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。
余談だが趣味で小説を書いている。
そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが?
全8話完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる