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2話:異世界でも続く“飼い主“の溺愛(直樹視点)

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 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に広がっていた。
 柔らかな寝台の感触に包まれ、豪華な装飾の部屋――どうやらここは城の一室らしい。
 周りには心配そうに見つめる人々が立っているが、俺が今会いたい「あの子」の姿はどこにも見当たらない。

 心の奥に焦燥が広がり、どうしても落ち着かない。
 つい先ほどまで、あの愛しい存在――俺の「チャッピー」と一緒にいたはずなのに。
 今では「ラビエル」と名乗っている、小さくて優しい瞳のあの子だ。再会の喜びに抱きしめたときの感触が、まだ腕に残っている。

 だが、ここにはいない。それだけで胸が締めつけられるような感覚に囚われ、何かが欠けたような虚無感が押し寄せてくる。


 どうやら、俺はこの世界で「異世界転移者」と呼ばれているらしい。
 突如として現れた俺の存在が、王族や周囲の者に不安を抱かせたようで、この城に保護されることになったのだとか。
 だが、俺にとってはそれがただの「監禁」にしか思えない。
 大切なラビエルと引き離され、彼の安否も分からないままでここに留め置かれるなんて。

 何もできず天井を見つめていると、ふと記憶がぼんやりと浮かんできた。
 こちらに来る直前の、忙しくも孤独な日々――。


 毎朝、目を覚ますと、暗い部屋に仕事の書類が山積みされていた。
 通勤電車の人混み、目の下に濃くなっていくクマ。
 仕事に追われ、ただ帰宅してベッドに倒れ込むだけの生活。
 唯一の心の支えだったのは、家で待っていてくれた「チャッピー」の存在だった。

 友人に誘われたペットショップで偶然出会い、飼うことになった、初めての小さな家族。
 愛らしい茶色の毛並みに、柔らかな金色の瞳。
 食事をする姿も、耳をぴくぴくと動かす姿も、どれも天使のようで、彼と触れ合うだけで疲れが和らぐのを感じていた。

 だが、そんな彼もある日、突然いなくなってしまった。
 残業帰りにおやつを買って帰宅した夜、ケージの中で冷たくなっている彼の姿を見つけ、目の前が真っ暗になった。

「仕事ばかりで……何もできなかった」

 ふと、呟くように後悔がこみ上げてくる。
 思い返すのは、チャッピーがそばにいた日々。
 ミスに打ちひしがれた時も、彼は変わらず俺に寄り添ってくれた。彼がいたからこそ、あの生活が成り立っていたのだと、失って初めて気づいた。


 ただ、その日々から逃れたいという思いを抱えてふらりと外に出て、気づけば見知らぬ森で目を覚ました。
 目の前には、まるで彼を思い出させるような存在――ラビエルがそこにいた。
 思わず「チャッピー」と呼んで抱きしめた瞬間、胸の痛みが和らいでいくのを感じた。

「ラビエル……」

 今も彼の名を呼び、腕に残る感触を思い返す。
 だが、周囲の衛兵たちは、ただ心配そうに見つめるばかりで、誰一人として俺の訴えに応じようとはしない。

 日に日に不安と焦燥が募り、彼が無事でいるのか確認したいだけなのに――耐えきれなくなり、ついに叫んでしまった。

「今すぐラビエルに会わせてくれ!!」

 その瞬間、城内が一瞬静まり返った。
 皆が驚きの表情を浮かべているが、そんなことはどうでもいい。ラビエルがいないこの城など、ただの牢獄でしかないのだから。

 その後、俺の叫びがきっかけで、城内は小さな騒ぎになった。
 俺が望んでいる「ラビエル」について事情を知っている人物として、ギルドの受付嬢であるリリカさんや冒険者仲間が次々と城に呼ばれたらしい。
 迷惑をかけているのは承知しているが、彼の安否が分からない限り、俺の意志は変わらない。

 結局、王族側が折れてくれたのか、限られた時間で彼に会えるよう取り計らわれることになった。ラビエルが無事でいてくれる、それだけが今の俺にとっての救いだ。


 ギルドに向かい、ドキドキしながら彼を待っていると、茶色い髪に優しい金色の瞳がこちらを見つめていた。
 あのラビエルの姿が見えた瞬間、思わず胸が締めつけられるような感覚に襲われる。

「……ラビエル」

 彼の名を呼び、近づいてそっと腕を掴む。
 その感触が確かに温かいものであると分かった瞬間、心の奥から安堵が湧き上がる。

「無事でよかった……もう、どこにも行かないでくれ」

 俺の言葉に、ラビエルは驚きの表情を浮かべつつも、少し照れたように目を逸らした。
 そんな彼の仕草が、なぜだか愛おしくて目が離せない。
 どれほどの時間が経っても、こうして彼のそばにいられるだけで、喪失感が癒えていくような気がした。


 それから、王城に戻った後も定期的に彼に会えるようになり、毎回ギルドへと足を運ぶようになった。会うたびに、彼の存在が俺にとってどれだけ大切なものかを再確認する。

 ある日、ギルドのロビーで待っていると、少し照れたように俺の方を見つめて歩いてくるラビエルの姿があった。
 その優しい表情が、まるで「おかえり」と言ってくれているようで、思わず心が温かくなる。

「直樹さん……お待たせしました」

 その一言が、どれほど俺の心を満たしてくれるか分からない。言葉にはできないほど、ただ「待っていてよかった」と思える瞬間だ。

「いや、気にしなくていい。俺はラビエルさえいてくれたら、それだけでいいんだ」

 俺がそう伝えると、彼は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに目を逸らした。
 その仕草一つ一つが、俺にとって特別で、愛おしいものに感じられる。

 ラビエルがそばにいてくれるだけで、俺の心が満たされていく。
 異世界での不安や孤独も、彼がいてくれる限り、きっと乗り越えられるだろう。

 次に会える日が待ち遠しくて仕方がない。ラビエルがそばにいてくれることが、今の俺の支えであり、かけがえのない時間になっているのだと、そう確信できる。

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