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1話:森で出会った異世界からの転移者
しおりを挟む森の奥で薬草を摘みながら、穏やかな時間を感じていた。
周りには、さっきまで俺と一緒に遊んでいたウサギやリスたちが小さく跳ねている。
ここは自分だけの静かな場所――そう思っていたのに、今日に限ってどこか違和感がある。
風の匂いがふと変わった気がして、視線を上げた。
その瞬間、少し離れた木陰に黒髪の男性が倒れているのが目に飛び込んでくる。
森ではまず見かけない、貴族のような服装に身を包んでいた。
茶色と黒色のおしゃれなスーツ、整った顔立ち。歳は少し上くらいだろうか?
目の下には深いクマがあって、まるでずっと眠れていなかったような疲れ切った表情が浮かんでいる。
……放っておけない。森には魔物も出るし、危険だ。このままだと命が危うくなるかもしれない。
少し迷ったけれど、勇気を出して彼の腕を取って、そっと引き寄せた。
動物たちも興味津々な様子でこちらを見ているけれど、さすがに重いので「今日はごめんね」と小声で伝えながら、近くのテントまで彼を運んだ。
どうにか寝袋に寝かせ、少し休んでもらうことにしたけれど、これで大丈夫だろうか。
ふと思い立って、簡単なご飯を用意してみる。
腹をすかせているかもしれないし、少しでも食べれば元気が出るかもしれない。
しばらくすると、彼がふっと目を開け、こちらをぼんやりと見つめた。そして――
「……チャッピー!!」
突然、彼が強く叫んで、驚く間もなくぎゅっと抱きしめられた。
あまりに唐突で、一瞬何が起きたのか分からなくなる。
身動きもできずにいると、彼の肩が小さく震えているのが分かった。
泣いている……?
「会えて嬉しい……」「大好きだよ」と、まるで昔からの知り合いのような言葉が聞こえてくる。
その声に込められた熱が伝わって、どう返していいか分からず固まってしまう。
俺たち、会ったばかりのはずなのに……どうしてこんなにも懐かしそうな目で見つめてくるんだろう?
「だ、大丈夫ですか?」
何とか声をかけてみたけれど、彼は俺の顔をじっと見たまま、「君がそばにいてくれるなら、もう大丈夫だよ」と、どこか噛み合わない返事が返ってくる。
まるで夢を見ているかのような表情で、その視線が一切離れない。
「……俺、ラビエルっていいますけど」
少しでも話を合わせてみようと、控えめに自己紹介してみた。
けれど彼はそれを気に留める様子もなく、まるで俺が「チャッピー」という名前の存在だと言わんばかりの態度を崩さない。
「チャッピー」って……一体誰なんだろう。
心の中でそう疑問が浮かぶけれど、ここで突っ込んで聞くのも気が引けてしまう。
それにしても、彼の腕の力は緩むことはなく、ずっと抱きついたままだ。
時折、頬ずりするように顔を近づけてくるたびに、くすぐったくて身を縮めてしまうけれど、彼は構わずしがみつき続けている。
「……このままだと帰れないんだけどな」
森で待っている動物たちのことを思い出し、小さくつぶやいてみた。
でも、彼には届いていない様子。俺から離れることを全く考えていないみたいだ。
森に帰って、動物たちにご飯をあげなきゃいけないんだけど……どうしよう、これじゃ帰れない。
「俺、家に帰らなきゃならないんです。待ってる子がいるので」
できるだけ穏やかに、やんわりと伝えてみる。
すると、彼が驚いたように顔を上げて「待ってる子……? まさか、俺の他に主がいるのか?」と、まるで意味が分からないことを言い出す。
困惑していると、森の外れからギルドの受付をしているリリカさんと、冒険者仲間のエドガーがこちらを見て驚いた表情を浮かべているのが見えた。
彼らにとっても、この黒髪の男性が俺を離さず抱きしめている姿は奇妙な光景に映ったに違いない。
「おい、そこの男!ラビを離せ!」
エドガーが声を張り上げると、黒髪の男性が少し怯んだ表情を見せる。
その間にリリカさんが衛兵を呼んでくれて、男はあっという間に取り押さえられてしまった。
けれども、その視線は終始こちらに向けられていて、彼は呆然とした表情で「チャッピー?何が起こって……?」とつぶやいている。
俺も何が起きているのか分からないまま、ただ手を振って見送るしかなかった。
彼の寂しそうな表情がどうにも頭に残る。それがほんの少しだけ胸に引っかかるような気がして、帰路につく足取りが少しだけ重く感じられた。
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