上 下
1 / 10

プロローグ

しおりを挟む
 

 森の奥深く、鳥たちのさえずりと風が木々を揺らす音が心地よく耳に届く中、薬草を一枚一枚、丁寧に摘んでいた。
 駆け出しの冒険者としてギルドで学んだ治療の知識を生かし、動物たちに囲まれながら役に立てることを願って、こうして森に足を運ぶのが日課だ。

 ふと顔を上げると、森の緑が柔らかく目に優しい光を放っている。
 木漏れ日が肌を温め、ふわりと垂れたウサギ耳も、その暖かさを嬉しそうに感じ取っている気がした。
 こんな静かな場所で、少しでも誰かの役に立てるようにと努力を重ねる日々は、心を穏やかにさせてくれる。  
 だけど――この広い世界の中で自分はどう生きるべきなのだろうか、そんな漠然とした思いが胸の片隅に芽生えることもある。

「今日もいい薬草が集まったな」

 ひとり呟くと、草むらから小さなウサギがぴょこんと顔を出して、足元にちょこんと近づいてくる。
 まるで甘えるように鼻をすんと動かし、そっと擦り寄ってくるその姿に、思わず笑みがこぼれた。

「また来たの?怪我とかはしてないよね」

 優しく声をかけ、膝をついて小さなウサギの頭を撫でる。
 村にいた頃から、自分がウサギ獣人だからか、動物たちはよくこうして懐いてくれる。
 幼い頃は「癒しの存在」として大切に育てられ、村の人々からも守られてきたけれど、その中でふと感じる小さな孤独もあった。
 誰かに囲まれ、愛されることは幸せだ。でも、心の奥にあるのは、ただ一人のウサギ獣人としての少しの寂しさ。

「……やっぱり、誰かと一緒に過ごしたいな」

 小さなウサギにそっと触れながら、自然とそんな言葉が口をつく。
 動物たちは心を温めてくれるけれど、もし人と同じように話し合え、頼り合える存在がそばにいたら、どれほどの安心が得られるだろう。
 そんなささやかな願いが、静かに胸の中で膨らんでいくのを感じた。

 自分が暮らすグレイス王国は、ウサギ獣人のような動物の特性を持つ種族や魔法生物が共に暮らし、それぞれの能力を尊重し合う文化が根づいている。
 けれど街へ出れば、人間が多く、冒険者ギルドで受ける依頼も危険なものばかりだ。
 人間の価値観や街のルールにはまだ戸惑うことも多いけれど、それでも冒険者として何か自分にできることを見つけたいという思いが、ここまで自分を導いてくれた。

「さて、そろそろ帰ろうか」

 摘んだ薬草をまとめ、肩にかけようとしたとき、小さなリスが肩に飛び乗り、甘えるようにくるくると回ってみせる。自然と心がほっと温かくなる瞬間だ。

「……俺にも、いつか誰かと一緒に歩む日が来るんだろうか」

 動物たちが次々と寄り添い、目を細めながら甘えてくるのを感じると、ふと胸の奥で何かが騒ぎ出す。
 こんなふうに森の仲間と共に過ごす日々には心から感謝しているし、動物たちの温もりがあれば寂しさは薄れる。
 でも、それでも――心の片隅には、確かな温もりとともに少しの寂しさが混ざっているのが分かる。

 今日もこうして、森の中でひとり静かな時間を過ごす。
 いつか誰かと寄り添える日が訪れるのだろうか。そんなささやかな期待を胸に抱きながら、摘んだ薬草の入った袋を手に、静かに歩き出した。

 自分がまだ知らない運命の出会いが、この森の中で待っているとも知らずに――。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[長編版]異世界転移したら九尾の子狐のパパ認定されました

ミクリ21
BL
長編版では、子狐と主人公加藤 純也(カトウ ジュンヤ)の恋愛をメインにします。(BL) ショートショート版は、一話読み切りとなっています。(ファンタジー)

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結済】20回目の攻略対象は便乗ハーレムで帰りたい。

キノア9g
BL
11/10 1話から修正しました。完結済。 幼馴染のイケメン×地味凡人系主人公 エロなし。全8話。 男子校生たちが授業中にクラス丸ごと転移!? ついた先はまさかの乙女ゲームの世界にだった。 乙女ゲームから帰る方法はヒロインとエンディングを迎えること。 彼女いない歴=年齢の、恋なんてしたこともない地味系凡人主人公は、攻略対象として無事元の世界に帰ることができるのか?

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...