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第1話 誤解の三角

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 放課後の教室に響く机を拭く音と、窓の外で部活動をする掛け声。それは、この時間の学校にいつも漂う、日常の残響だった。

 宮崎陽翔は、軽く伸びをしながら鞄を持ち上げた。
 今日のサッカー部の練習は少し早めに終わったおかげで、教室にはまだ数人のクラスメイトが残っている程度だ。
 部活の後は、家に帰って適当に課題を済ませ、悠斗とオンラインゲームでもするつもりだった。
 特に何の波乱もない、いつも通りの一日――そんなはずだった。

 けれど、何気なく廊下に出た瞬間、陽翔は思わず足を止めた。少し開いた隣の教室から、聞き慣れた声が響いてきたからだ。


「ずっと好きだったんだ」


 真剣な声音。低いが、確かに気持ちが込められているその声は、陽翔にとってよく知るものだった。

 藤崎颯真――幼馴染であり、どこかクールで掴みどころのない彼の声だ。開いた扉の隙間から、中の様子がうかがえる。

 陽翔は息を飲んだ。

 そこには、颯真ともう一人の幼馴染、村上悠斗が向かい合って立っていた。
 悠斗の表情は、いつもの軽さを一切感じさせない、静かで真剣なものだった。


「知ってたよ」


 悠斗が答える。予想外に落ち着いたその声が、陽翔の心をさらにざわつかせる。

 彼らが何を話しているのか、正確にはわからない。だが、言葉の端々がどうしても胸に刺さる。

 ずっと好きだった?
 悠斗がそれを知ってた?

 ――二人の関係が、自分の知らないところで特別なものだったのだろうか。

 陽翔の心に、これまで考えたこともなかった違和感が生まれる。

「好き」という言葉の意味が、いつも以上に重く感じられるのはなぜだろう。
 自分でも理由がわからない。ただ、どうしてもその場を動けず、立ち尽くしてしまう。

 颯真は一歩近づき、悠斗の肩に手を置いた。

「お前、陽翔にくっつきすぎなんだよ」

 一瞬、場の空気が変わる。悠斗が睨み返すように見上げたのが分かった。

「だからって、俺に説教するつもりか?」

 悠斗の声に、かすかに笑いが混じる。

「颯真、お前も大して変わらないだろ。陽翔がどれだけ気づいてないか、わかってるのか?」

 陽翔はそれ以上聞くことができなかった。
 自分の名前が出た瞬間、教室の中を見てはいけない、という感覚に襲われたのだ。慌てて教室から離れる。
 胸の奥が妙にざわざわしていた。

 陽翔は気づかないふりをしようとした。

 けれど、頭の中に浮かぶのは、颯真の「ずっと好きだったんだ」という声。
 そして、悠斗の「知ってたよ」という言葉だった。

 彼らの間に何か特別な感情があるのだとしたら。

 自分がそれを知らなかったのは、おそらく当たり前のことなのだろう。
 二人の間に、陽翔が入り込む隙間なんて、きっと最初からなかった。

(俺、邪魔してないよな……)

 妙な罪悪感と、胸をぎゅっと締め付けられるような感覚。
 その正体に気づかないまま、陽翔は早足で廊下を駆け抜けた。
 後ろで交わされる颯真と悠斗の声が、いつまでも耳に残っていた。
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