10 / 17
10.お客様の中にネゴシエーターはいませんか?
しおりを挟む
ピンクのさなぎはすでに人の形に戻っていた。桃色をした薄いマントのような布を身体全体に巻き付けていたらしい。そして女の口は、黒のマスク越しでもはっきり分かるほど、残忍そう笑みを浮かべていた。
ここで「弱いです」と答えられたからと言って何ら事態は変わるまい。実際、口答えできる心理状態じゃなかった。
「弱いからここに隠れていろと言われた。どうだ?」
声を出すと、声ごと吸い込まれてしまう。本気でそう感じた。
俺は何の抵抗もできぬまま、左手を背中に回され、ねじり上げられた。空いていた右手も掴まれ、再び後ろに着かれる格好になる。
「人質を取るとは、悪知恵が働く奴なんだな」
遠くの方からチャールストンの声が届く。お願いだから、あんまり刺激しないで欲しい……。
「だが、その者は、飛衛士にとってさして重要な人間ではないかもしれんぞ。のう?」
だから! マッシブ・チャールストンは黙っててくれ!
「そんなことは承知しているよ」
背後の女賊将が言った。敵の言葉で多少安心できるとは。
「そこにいる飛衛士は、たとえ悪党の身柄でも一度保護すると決めたら、守ろうとする質なのさ。知ってるよ、ミーツ・ビッシェ」
ビッシェの名前を知っている? 二人の間に過去の因縁でもあるのか、それともビッシェが結構凄腕で犯罪者間でも有名な存在なのか。
この発言に対し、ビッシェは暫時、険しい表情をしたが、じきに解除した。力を抜くかのように嘆息すると、最初に俺とチャールストンの前に現れたときの、どこか子供っぽさを残した態度に戻った。
「あなたが何を知っていようが、こっちは知ったこっちゃないです。お仲間は全員、動けなくしました。人質を取っても、援軍が来るわけでもないでしょうが。抵抗は無駄です」
彼女はつぶてを放つときのかまえを取った。どこから何を撃ち出しているのか、皆目分からないが、恐らく指に強烈なスナップを利かせている。
「いざとなったら、人質の身体を突き抜けて、あなたの命を奪うことも可能です。――人質の人体の構造が、私の知識と合致していたらの話ですが」
おいおい。
「そうなったときは、人質の頭を吹き飛ばす。私の命がこの肉体から消え去るまで、その程度の猶予はあるね、きっと」
おいおいおいおい。
焦りが募るが前方ほぼ正面にいるビッシェを見ていると、本気で撃つ気はなさそう。逡巡が顔に出やすいタイプなのか、わざとなのか。後者だとしたら、俺、やばい。
「……あなた、賢いですよね。私とチャールストンの他にもう一人いると察して、人質に取ることを思い付き、緊急脱出装置の放出力を利して飛び出して、目標のすぐ近くに着地。位置が分かったのは、私が気にしていたのを下から観察していて分かったから?」
「――そうだよ。ほんの一瞬間だけど、周期的に意識が私以外に向くのが分かったからね。でなきゃ、この人質の気配はとても感じ取れなかったろうね」
「それくらい賢ければ、分かるでしょう。もう詰んでいるって」
「ふん。ミーツ・ビッシェ、あんたが思いも付かない妙案を、賢い私が持っているとは思えないの?」
「あるのなら早く実行に移しなさい。見届けて、今後の参考にします」
「……実は妙案ではない。泥臭い、よくある手さ」
言い終わるや、女賊将は俺をほんの一瞬手放し、すぐにまた引き寄せた。左腕で首を後ろからがっちり固められ、女性とは思えぬ力で引き摺られる。人質を取ったまま、逃走を図る。これが「泥臭い、よくある手」か。なるほど。
つづく
ここで「弱いです」と答えられたからと言って何ら事態は変わるまい。実際、口答えできる心理状態じゃなかった。
「弱いからここに隠れていろと言われた。どうだ?」
声を出すと、声ごと吸い込まれてしまう。本気でそう感じた。
俺は何の抵抗もできぬまま、左手を背中に回され、ねじり上げられた。空いていた右手も掴まれ、再び後ろに着かれる格好になる。
「人質を取るとは、悪知恵が働く奴なんだな」
遠くの方からチャールストンの声が届く。お願いだから、あんまり刺激しないで欲しい……。
「だが、その者は、飛衛士にとってさして重要な人間ではないかもしれんぞ。のう?」
だから! マッシブ・チャールストンは黙っててくれ!
「そんなことは承知しているよ」
背後の女賊将が言った。敵の言葉で多少安心できるとは。
「そこにいる飛衛士は、たとえ悪党の身柄でも一度保護すると決めたら、守ろうとする質なのさ。知ってるよ、ミーツ・ビッシェ」
ビッシェの名前を知っている? 二人の間に過去の因縁でもあるのか、それともビッシェが結構凄腕で犯罪者間でも有名な存在なのか。
この発言に対し、ビッシェは暫時、険しい表情をしたが、じきに解除した。力を抜くかのように嘆息すると、最初に俺とチャールストンの前に現れたときの、どこか子供っぽさを残した態度に戻った。
「あなたが何を知っていようが、こっちは知ったこっちゃないです。お仲間は全員、動けなくしました。人質を取っても、援軍が来るわけでもないでしょうが。抵抗は無駄です」
彼女はつぶてを放つときのかまえを取った。どこから何を撃ち出しているのか、皆目分からないが、恐らく指に強烈なスナップを利かせている。
「いざとなったら、人質の身体を突き抜けて、あなたの命を奪うことも可能です。――人質の人体の構造が、私の知識と合致していたらの話ですが」
おいおい。
「そうなったときは、人質の頭を吹き飛ばす。私の命がこの肉体から消え去るまで、その程度の猶予はあるね、きっと」
おいおいおいおい。
焦りが募るが前方ほぼ正面にいるビッシェを見ていると、本気で撃つ気はなさそう。逡巡が顔に出やすいタイプなのか、わざとなのか。後者だとしたら、俺、やばい。
「……あなた、賢いですよね。私とチャールストンの他にもう一人いると察して、人質に取ることを思い付き、緊急脱出装置の放出力を利して飛び出して、目標のすぐ近くに着地。位置が分かったのは、私が気にしていたのを下から観察していて分かったから?」
「――そうだよ。ほんの一瞬間だけど、周期的に意識が私以外に向くのが分かったからね。でなきゃ、この人質の気配はとても感じ取れなかったろうね」
「それくらい賢ければ、分かるでしょう。もう詰んでいるって」
「ふん。ミーツ・ビッシェ、あんたが思いも付かない妙案を、賢い私が持っているとは思えないの?」
「あるのなら早く実行に移しなさい。見届けて、今後の参考にします」
「……実は妙案ではない。泥臭い、よくある手さ」
言い終わるや、女賊将は俺をほんの一瞬手放し、すぐにまた引き寄せた。左腕で首を後ろからがっちり固められ、女性とは思えぬ力で引き摺られる。人質を取ったまま、逃走を図る。これが「泥臭い、よくある手」か。なるほど。
つづく
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
職能呪術娘は今日も淡々とガチャする
崎田毅駿
ファンタジー
ガウロニア国のある重要な職務を担うラルコ。彼女は、自分達のいる世界とは異なる別世界から人間を一日につき一人、召喚する能力を有しどういていた。召喚された人間は何らかの特殊能力が身に付く定めにあり、遅くとも一両日中に能力が発現する。
現状、近隣諸国でのいざこざが飛び火して、今や大陸のあちらこちらで小さな戦が頻発している。決して大国とは言い難いガウロニアも、幾度か交戦しては敵軍をどうにか退けているが、苦戦続きで劣勢に回ることも増えている。故に戦闘に役立つ者を求め、ラルコの能力に希望を託すも、なかなか思うようなのが来ない。とにかく引きまくるしかないのだが、それにも問題はあるわけで。
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
誰が悪役令嬢ですって? ~ 転身同体
崎田毅駿
恋愛
“私”安生悠子は、学生時代に憧れた藤塚弘史と思い掛けぬデートをして、知らぬ間に浮かれたいたんだろう。よせばいいのに、二十代半ばにもなって公園の出入り口にある車止めのポールに乗った。その結果、すっ転んで頭を強打し、気を失ってしまった。
次に目が覚めると、当然ながら身体の節々が痛い。だけど、それよりも気になるのはなんだか周りの様子が全然違うんですけど! 真実や原因は分からないが、信じがたいことに、自分が第三巻まで読んだ小説の物語世界の登場人物に転生してしまったらしい?
一体誰に転生したのか。最悪なのは、小説のヒロインたるリーヌ・ロイロットを何かにつけて嫌い、婚約を破棄させて男を奪い、蹴落とそうとし続けたいわいゆる悪役令嬢ノアル・シェイクフリードだ。が、どうやら“今”この物語世界の時間は、第四巻以降と思われる。三巻のラスト近くでノアルは落命しているので、ノアルに転生は絶対にあり得ない。少しほっとする“私”だったけれども、痛む身体を引きずってようやく見付けた鏡で確かめた“今”の自身の顔は、何故かノアル・シェイクフリードその人だった。
混乱のあまり、「どうして悪役令嬢なんかに?」と短く叫ぶ“私”安生。その次の瞬間、別の声が頭の中に聞こえてきた。「誰が悪役令嬢ですって?」
混乱の拍車が掛かる“私”だけれども、自分がノアル・シェイクフリードの身体に入り込んでいたのが紛れもない事実のよう。しかもノアルもまだ意識があると来ては、一体何が起きてこうなった?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
忍び零右衛門の誉れ
崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。
ベッド×ベット
崎田毅駿
ファンタジー
何だか知らないけれども目が覚めたら、これまでと違う世界にいました。現地の方達に尋ねると、自分みたいな人は多くはないが珍しくもないそうで、元の世界に帰る方法はちゃんと分かっていると言います。ああ、よかったと安心したのはいいのですが、話によると、帰れる方法を知っているのは王様とその一族だけとかで、しかもその王様は大のギャンブル好き。帰る方法を教えてもらうには、王様にギャンブルで勝たなければならないみたいです。どうしよう。
神の威を借る狐
崎田毅駿
ライト文芸
大学一年の春、“僕”と桜は出逢った。少しずつステップを上がって、やがて結ばれる、それは運命だと思っていたが、親や親戚からは結婚を強く反対されてしまう。やむを得ず、駆け落ちのような形を取ったが、後悔はなかった。そうして暮らしが安定してきた頃、自分達の子供がほしいとの思いが高まり、僕らはお医者さんを訪ねた。そうする必要があった。
闇と光と告白と
崎田毅駿
ファンタジー
大陸の統一を果たしたライ国の年若い――少女と呼んで差し支えのない――王女マリアスがある式典を前に高熱を出して倒れる。国の名医らが治療どころか原因も突き止められず、動揺が広がる中、呪術師と称する一行が城に国王を訪ねて現れる。ランペターと名乗った男は、王女が病に伏せる様が水晶球(すいしょうきゅう)に映し出されたのを見て参じたと言い、治療法も分かるかもしれないと申し出た。国王レオンティールが警戒しつつもランペター一行にやらせてみた結果、マリアスは回復。呪術師ランペターは信を得て、しばらく城に留まることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる