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10.お客様の中にネゴシエーターはいませんか?

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 ピンクのさなぎはすでに人の形に戻っていた。桃色をした薄いマントのような布を身体全体に巻き付けていたらしい。そして女の口は、黒のマスク越しでもはっきり分かるほど、残忍そう笑みを浮かべていた。
 ここで「弱いです」と答えられたからと言って何ら事態は変わるまい。実際、口答えできる心理状態じゃなかった。
「弱いからここに隠れていろと言われた。どうだ?」
 声を出すと、声ごと吸い込まれてしまう。本気でそう感じた。
 俺は何の抵抗もできぬまま、左手を背中に回され、ねじり上げられた。空いていた右手も掴まれ、再び後ろに着かれる格好になる。
「人質を取るとは、悪知恵が働く奴なんだな」
 遠くの方からチャールストンの声が届く。お願いだから、あんまり刺激しないで欲しい……。
「だが、その者は、飛衛士にとってさして重要な人間ではないかもしれんぞ。のう?」
 だから! マッシブ・チャールストンは黙っててくれ!
「そんなことは承知しているよ」
 背後の女賊将が言った。敵の言葉で多少安心できるとは。
「そこにいる飛衛士は、たとえ悪党の身柄でも一度保護すると決めたら、守ろうとする質なのさ。知ってるよ、ミーツ・ビッシェ」
 ビッシェの名前を知っている? 二人の間に過去の因縁でもあるのか、それともビッシェが結構凄腕で犯罪者間でも有名な存在なのか。
 この発言に対し、ビッシェは暫時、険しい表情をしたが、じきに解除した。力を抜くかのように嘆息すると、最初に俺とチャールストンの前に現れたときの、どこか子供っぽさを残した態度に戻った。
「あなたが何を知っていようが、こっちは知ったこっちゃないです。お仲間は全員、動けなくしました。人質を取っても、援軍が来るわけでもないでしょうが。抵抗は無駄です」
 彼女はつぶてを放つときのかまえを取った。どこから何を撃ち出しているのか、皆目分からないが、恐らく指に強烈なスナップを利かせている。
「いざとなったら、人質の身体を突き抜けて、あなたの命を奪うことも可能です。――人質の人体の構造が、私の知識と合致していたらの話ですが」
 おいおい。
「そうなったときは、人質の頭を吹き飛ばす。私の命がこの肉体から消え去るまで、その程度の猶予はあるね、きっと」
 おいおいおいおい。
 焦りが募るが前方ほぼ正面にいるビッシェを見ていると、本気で撃つ気はなさそう。逡巡が顔に出やすいタイプなのか、わざとなのか。後者だとしたら、俺、やばい。
「……あなた、賢いですよね。私とチャールストンの他にもう一人いると察して、人質に取ることを思い付き、緊急脱出装置の放出力を利して飛び出して、目標のすぐ近くに着地。位置が分かったのは、私が気にしていたのを下から観察していて分かったから?」
「――そうだよ。ほんの一瞬間だけど、周期的に意識が私以外に向くのが分かったからね。でなきゃ、この人質の気配はとても感じ取れなかったろうね」
「それくらい賢ければ、分かるでしょう。もう詰んでいるって」
「ふん。ミーツ・ビッシェ、あんたが思いも付かない妙案を、賢い私が持っているとは思えないの?」
「あるのなら早く実行に移しなさい。見届けて、今後の参考にします」
「……実は妙案ではない。泥臭い、よくある手さ」
 言い終わるや、女賊将は俺をほんの一瞬手放し、すぐにまた引き寄せた。左腕で首を後ろからがっちり固められ、女性とは思えぬ力で引き摺られる。人質を取ったまま、逃走を図る。これが「泥臭い、よくある手」か。なるほど。

 つづく
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