上 下
9 / 17

9.敵・適・的

しおりを挟む
 チャールストンは、もしかしたら笑っているのではないかというくらい快活な調子で続けた。
「この分では、大地は赤く染まりそうだがな」
 こちらの人間の血の色も赤いらしい。殺伐とした状況でありながら、ちょっぴりほっとしたのは不思議な感覚だ。
「結構です。その調子で」
 ビッシェはチャールストンとのやり取りの間も、警戒を怠っていない。リクガメ車に残る一人――多分一人だろう――の動きを注視し、いつでもつぶてを撃ち込めるように狙いを定めている。
 中にいる女はどんな心持ちなんだろうか。一か八か、リクガメ車を発進させて逃走するのが最もありそうに思えるのだけれども、そんな気配は一向に感じられない。むしろ逆にエンジン(多分エンジンだろう)を切って、静かになっていた。
「聞く耳を持つのであれば、そして仲間達の身を大事に思うのであれば、投降命令を下すという選択肢がある」
 朗々とした声が辺りに鳴り渡った。ビッシェが話しているとは思えないくらい、調子が異なる。リクガメ車の中にいる女に向けられた言葉であるのは明白だ。しかし、返事はすぐにはない。
「想像するに、恐らくは計画にない襲撃になってしまったんでしょう? この車を強奪しているということは、衛士隊との予定外の遭遇、そして戦闘を経て、おまえ達はすでに体力も武器も相当失っているに違いない。それでもなお、徹底抗戦を望むのかしらね?」
「別に部下想いじゃないんでね」
 初めて賊の大将と思しき女が口を開いた。何で聞こえるんだろうと俺は頭を少しだけ高くした。そうしたことで、リクガメ車のドームの天井に当たる部分が開いているのが見えた。
「――何の真似?」
 その上に浮いたままのビッシェが怪訝そうに表情を歪める。車の中がどんな様子なのか、女が何をしているのかはさっぱり分からない。
「死なば諸共」
 賊の女将――って書くと「おかみ」になってしまうな――、もとい、女賊将が鋭く一声言ったかと思うと、開いた車の天窓から、何か細長い物が猛スピードで飛び出す。ビッシェが軽い身のこなしで避けると、飛翔体の行き先を目で追った。ピンク色をしたロケットのような物体は、天高く上がり……最高到達点は百メートルぐらいあったんだろうか。ほぼ真上の方向に目測することなんてあまりないから、感覚が掴めない。
 とにかくそのピンクのさなぎみたいな物体は、一転して落下を始めた。自由落下ではなく、目的を持って意識的に加速しているような……って、まさか。
 いや、まさかじゃない。

 “標的”は俺だ。

 察したときには遅かった。リクガメ車から発射された飛翔体は、俺の真後ろに落下、いや、着地した。短い地響きが足を伝わってくる。
 恐ろしさが急速に周りの空気を満たす。振り返って防御? 振り返らずにダッシュで逃げる? それとも……何があるんだ?
「やはりいたね」
 しゃがんでいた俺の方を、細長い指が掴んだ。爪がじわっと食い込む感触。痛がる間もなく振り返らされた。
「おまえ、弱いのだろう?」

 つづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

職能呪術娘は今日も淡々とガチャする

崎田毅駿
ファンタジー
ガウロニア国のある重要な職務を担うラルコ。彼女は、自分達のいる世界とは異なる別世界から人間を一日につき一人、召喚する能力を有しどういていた。召喚された人間は何らかの特殊能力が身に付く定めにあり、遅くとも一両日中に能力が発現する。 現状、近隣諸国でのいざこざが飛び火して、今や大陸のあちらこちらで小さな戦が頻発している。決して大国とは言い難いガウロニアも、幾度か交戦しては敵軍をどうにか退けているが、苦戦続きで劣勢に回ることも増えている。故に戦闘に役立つ者を求め、ラルコの能力に希望を託すも、なかなか思うようなのが来ない。とにかく引きまくるしかないのだが、それにも問題はあるわけで。

誰が悪役令嬢ですって? ~ 転身同体

崎田毅駿
恋愛
 “私”安生悠子は、学生時代に憧れた藤塚弘史と思い掛けぬデートをして、知らぬ間に浮かれたいたんだろう。よせばいいのに、二十代半ばにもなって公園の出入り口にある車止めのポールに乗った。その結果、すっ転んで頭を強打し、気を失ってしまった。  次に目が覚めると、当然ながら身体の節々が痛い。だけど、それよりも気になるのはなんだか周りの様子が全然違うんですけど! 真実や原因は分からないが、信じがたいことに、自分が第三巻まで読んだ小説の物語世界の登場人物に転生してしまったらしい?  一体誰に転生したのか。最悪なのは、小説のヒロインたるリーヌ・ロイロットを何かにつけて嫌い、婚約を破棄させて男を奪い、蹴落とそうとし続けたいわいゆる悪役令嬢ノアル・シェイクフリードだ。が、どうやら“今”この物語世界の時間は、第四巻以降と思われる。三巻のラスト近くでノアルは落命しているので、ノアルに転生は絶対にあり得ない。少しほっとする“私”だったけれども、痛む身体を引きずってようやく見付けた鏡で確かめた“今”の自身の顔は、何故かノアル・シェイクフリードその人だった。  混乱のあまり、「どうして悪役令嬢なんかに?」と短く叫ぶ“私”安生。その次の瞬間、別の声が頭の中に聞こえてきた。「誰が悪役令嬢ですって?」  混乱の拍車が掛かる“私”だけれども、自分がノアル・シェイクフリードの身体に入り込んでいたのが紛れもない事実のよう。しかもノアルもまだ意識があると来ては、一体何が起きてこうなった?

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ベッド×ベット

崎田毅駿
ファンタジー
何だか知らないけれども目が覚めたら、これまでと違う世界にいました。現地の方達に尋ねると、自分みたいな人は多くはないが珍しくもないそうで、元の世界に帰る方法はちゃんと分かっていると言います。ああ、よかったと安心したのはいいのですが、話によると、帰れる方法を知っているのは王様とその一族だけとかで、しかもその王様は大のギャンブル好き。帰る方法を教えてもらうには、王様にギャンブルで勝たなければならないみたいです。どうしよう。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

神の威を借る狐

崎田毅駿
ライト文芸
大学一年の春、“僕”と桜は出逢った。少しずつステップを上がって、やがて結ばれる、それは運命だと思っていたが、親や親戚からは結婚を強く反対されてしまう。やむを得ず、駆け落ちのような形を取ったが、後悔はなかった。そうして暮らしが安定してきた頃、自分達の子供がほしいとの思いが高まり、僕らはお医者さんを訪ねた。そうする必要があった。

魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙
ファンタジー
真実を司りし神ウェルスの名のもとに、 魔法公証人が秘められし真実を問う。 舞台は多くのダンジョンを近郊に擁する古都レッジョ。 多くの冒険者を惹きつけるレッジョでは今日も、 冒険者やダンジョンにまつわるトラブルで騒がしい。 魔法公証人ルロイ・フェヘールは、 そんなレッジョで真実を司る神ウェルスの御名の元、 証書と魔法により真実を見極める力「プロバティオ」をもって、 トラブルを抱えた依頼人たちを助けてゆく。 異世界公証人ファンタジー。 基本章ごとの短編集なので、 各章のごとに独立したお話として読めます。 カクヨムにて一度公開した作品ですが、 要所を手直し推敲して再アップしたものを連載しています。 最終話までは既に書いてあるので、 小説の完結は確約できます。

処理中です...