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7.緩い休戦協定
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下り坂の途中で歩みを止めるビッシェ。彼女は「様子を見てきますから、二人は決して動かないでください」と言い、飛ぼうとしたようだった。が、失敗して、前につんのめりそうになる。
「と――。羽根を切られたことを忘れていました」
リアルなテヘペロを初めて目撃した。あ、ファンタジーな世界で目撃したのだから、リアルとは呼ばないか。
と、どうでもいいことを考えている俺の前で、リクガメ型の車はカーブを曲がらずに、そのまま花畑に突っ込んだ。
一瞬、音もなく宙に浮いたもんだから、飛ぶのかと思った。が、そのままピンク色の花の海に没する。リクガメからウミガメへの転身でもあるまい。
「え? 事故?」
「……違います。恐らくあれは蜜泥棒」
「泥棒?」
「あの車は特殊車両で、ここへ来る車だと誰も分かっているから、強盗連中が狙いを定めたのかもしれません。通常は、蜜の運搬車輌を乗っ取るケースが多いのですが」
「過去の事例は今はよい。どうするつもりだ、ビッシェ飛衛士? 原因を作った張本人たる自分が言うのもおかしいが、飛べぬ状態で対処可能なのか」
「相手次第です。大人数だと厳しいかもしれません。運搬車ではなく、衛士の車と知っていてなお襲うとしたら、相当に厄介です」
答ながらも、注意を怠らないビッシェ。くだんのリクガメ車は、花の海から再び浮上し区画のほぼ真ん中で停止した。程なくして、サイドのハッチが左右ともに開く。中から現れたのは――。
「え、何あれ? ピンクの全身タイツ?」
思わず、見たままを言ってしまった。
開いた扉からぞろぞろと出て来たのは、ピンクのペンキの沼に落っこちたフィギュアスケートの選手みたいに、全身桃色の連中だった。顔の部分だけ目にはサングラス風眼鏡、下半分はマスクで覆われて、黒っぽい。
「蜜泥棒で決まりです。あの格好が目くらましになるとあの輩は信じているのです」
「いや、カムフラージュになるとしたって、真っ昼間に?」
「計画にない犯行なのかもしれません。推測や説明はあとです」
短くなった右の方の羽根を、肩越しにちらと振り返るビッシェ。彼女にチャールストンが再確認の問いを投げ掛ける。
「して、厄介な相手なのか?」
「はい、恐らく」
「ならば助太刀いたそう」
「……寝返らないでくださいね」
「そのような恥を恥とも思わぬような恥ずべき行いは、自分の内に微塵もない。あやつら、斬ってもよいのかな」
「一人か二人を残せば充分でしょう。蜜泥棒は、国に対する反逆に等しい」
事も無げに言うビッシェ。
俺は視界が震えるのを感じた。何かと思ったら、膝が勝手にガクブルしている。そりゃそうか。俺だって花の蜜を勝手に頂いたんだから、悪くすればこの場でお陀仏になっていたかもしれない訳で。
「承知した」
「あなたはかなりの手練れと見受けましたから心配してませんけど、危ないと思ったら逃げてください」
「死んでも弔慰金はもらえんだろうからな」
すっと身を屈め、花の陰に姿を隠すと、チャールストンは道伝いにそのまま忍者よろしくすばしこく前進する。
「さて、手練れじゃなさそうなあなたは、どこかに隠れていなさい」
言われなくてもそうするつもりだったけど、言われたので嬉しい。
「万が一、逃亡を図っても無駄よ。私はあなたの位置を把握できるんですからね」
「へ?」
「チャールストンには言わなかったけど、あなた達二人とも、監視錠で捕縛済みだから」
「何だか分からないけど凄そう……いつの間に?」
「この切羽詰まったときに、あれやこれやと説明を求めてくるのはあなたの悪い癖のようね。いいわ、役目を一つ与える」
隠れているだけでよかったはずでは。
「簡単よ。さっき切り落とされた私の羽根を拾ってきて。あんまりやりたくないから捨ててきたけど、緊急事態だから仕方がないわ。ほら、早く。泥棒連中はまだ私達の存在に気が付いていない。気付いていても、変な格好の奴らがいるくらいにしか見ていないでしょう」
ビッシェに身体の向きを百八十度換えられ、さらに背中を押された俺は、つんのめりそうになりながらも、羽根の欠片のある場所を目指した。
つづく
「と――。羽根を切られたことを忘れていました」
リアルなテヘペロを初めて目撃した。あ、ファンタジーな世界で目撃したのだから、リアルとは呼ばないか。
と、どうでもいいことを考えている俺の前で、リクガメ型の車はカーブを曲がらずに、そのまま花畑に突っ込んだ。
一瞬、音もなく宙に浮いたもんだから、飛ぶのかと思った。が、そのままピンク色の花の海に没する。リクガメからウミガメへの転身でもあるまい。
「え? 事故?」
「……違います。恐らくあれは蜜泥棒」
「泥棒?」
「あの車は特殊車両で、ここへ来る車だと誰も分かっているから、強盗連中が狙いを定めたのかもしれません。通常は、蜜の運搬車輌を乗っ取るケースが多いのですが」
「過去の事例は今はよい。どうするつもりだ、ビッシェ飛衛士? 原因を作った張本人たる自分が言うのもおかしいが、飛べぬ状態で対処可能なのか」
「相手次第です。大人数だと厳しいかもしれません。運搬車ではなく、衛士の車と知っていてなお襲うとしたら、相当に厄介です」
答ながらも、注意を怠らないビッシェ。くだんのリクガメ車は、花の海から再び浮上し区画のほぼ真ん中で停止した。程なくして、サイドのハッチが左右ともに開く。中から現れたのは――。
「え、何あれ? ピンクの全身タイツ?」
思わず、見たままを言ってしまった。
開いた扉からぞろぞろと出て来たのは、ピンクのペンキの沼に落っこちたフィギュアスケートの選手みたいに、全身桃色の連中だった。顔の部分だけ目にはサングラス風眼鏡、下半分はマスクで覆われて、黒っぽい。
「蜜泥棒で決まりです。あの格好が目くらましになるとあの輩は信じているのです」
「いや、カムフラージュになるとしたって、真っ昼間に?」
「計画にない犯行なのかもしれません。推測や説明はあとです」
短くなった右の方の羽根を、肩越しにちらと振り返るビッシェ。彼女にチャールストンが再確認の問いを投げ掛ける。
「して、厄介な相手なのか?」
「はい、恐らく」
「ならば助太刀いたそう」
「……寝返らないでくださいね」
「そのような恥を恥とも思わぬような恥ずべき行いは、自分の内に微塵もない。あやつら、斬ってもよいのかな」
「一人か二人を残せば充分でしょう。蜜泥棒は、国に対する反逆に等しい」
事も無げに言うビッシェ。
俺は視界が震えるのを感じた。何かと思ったら、膝が勝手にガクブルしている。そりゃそうか。俺だって花の蜜を勝手に頂いたんだから、悪くすればこの場でお陀仏になっていたかもしれない訳で。
「承知した」
「あなたはかなりの手練れと見受けましたから心配してませんけど、危ないと思ったら逃げてください」
「死んでも弔慰金はもらえんだろうからな」
すっと身を屈め、花の陰に姿を隠すと、チャールストンは道伝いにそのまま忍者よろしくすばしこく前進する。
「さて、手練れじゃなさそうなあなたは、どこかに隠れていなさい」
言われなくてもそうするつもりだったけど、言われたので嬉しい。
「万が一、逃亡を図っても無駄よ。私はあなたの位置を把握できるんですからね」
「へ?」
「チャールストンには言わなかったけど、あなた達二人とも、監視錠で捕縛済みだから」
「何だか分からないけど凄そう……いつの間に?」
「この切羽詰まったときに、あれやこれやと説明を求めてくるのはあなたの悪い癖のようね。いいわ、役目を一つ与える」
隠れているだけでよかったはずでは。
「簡単よ。さっき切り落とされた私の羽根を拾ってきて。あんまりやりたくないから捨ててきたけど、緊急事態だから仕方がないわ。ほら、早く。泥棒連中はまだ私達の存在に気が付いていない。気付いていても、変な格好の奴らがいるくらいにしか見ていないでしょう」
ビッシェに身体の向きを百八十度換えられ、さらに背中を押された俺は、つんのめりそうになりながらも、羽根の欠片のある場所を目指した。
つづく
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