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その14
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「いかにもホットドッグを午後九時前後に食べたかのように細工して、実際はその七、八時間前に食べただけだとすれば、死んだ時刻もずれるんじゃないかなって思った。だめかなぁ?」
「クーラーをがんがん掛けていたのも、そのためか。不敗進行を少しでも遅らせる……」
横路は内心の感嘆を隠しつつ、呟いた。姪にここまでの力があるなんて、夢にも思わなかった。
「いい感じだわ。残すは、ワンダーマンさんの家が密室状態だった謎だけ」
無双の言葉に、天野が「そんな物、謎でも何でもないだろ」と返す。
「どうしてよ」
「にっぶいなあ。鍵開けの名人なんだぜ、縫川は。道具を使ってちょちょいとやれば、鍵を開けることも閉めることも――」
「ああ、天野君。それは駄目よ。否定されてるの」
日野に云われて、天野はがたがたと椅子を鳴らした。
「何で? そりゃ閉めるのは難しいかもしれないけど、特別な道具があれば」
「現場の鍵穴の方は、警察が真っ先に調べたのよ。自殺か他殺か不明瞭だったためね、きっと。その結果は、鍵穴に傷の類はなかったんですって」
「そういう大事なことは、もっと早く云って欲しかったな」
舌打ち混じりに云い、口を噤んだ天野。いいところを見せようとして失敗したのが堪えたか、そっぽを向く。
「七尾さん、何か名案、名推理はある?」
無双が水を向けるが、これには七尾も頭を横方向に振るばかり。
「全く浮かびません……。せめて実際に家を見てみないと」
「それもそうよね。ねえ、日野さん。行って見ることできない?」
「警察の検分は終わったそうだから、あとはご遺族の許しを得られたら入れると思うわ。連絡、取ってみる?」
みんな、揃って頷いた。
ワンダーマンの家は、主の年齢に比べれば、充分すぎるほど大きく広い部類に入るだろう。その稼ぎを窺わせる。
「勝手にちょろちょろせず、ひとかたまりになって動いてくださいよ」
遺族から聞き及んだのだろう、人のよさそうな外見の刑事が一人、見張りにやって来た。ケシンへの容疑をまだ解き得ない警察としては、当然の措置。日野達はケシンの身内であり、現場に入ることで証拠堙滅を謀ったり、他人に罪を擦り付ける工作をしたりする可能性を見過ごす訳に行くまい。
「警察は調べ尽くした、だからここ、入れるようになったんでしょ」
衣笠が鬱陶しいとばかり、ずけずけと云う。刑事は年齢の割には広いおでこを触りながら、「警察も完全ではありませんから」と素直に認める。この人当たりのよさが武器なのだろう。
「中学生が犯罪の片棒を担ぐとでも?」
「元気のいいお嬢さん。自分は先輩からこう教わった。先入観は禁物と」
「大体ねえ、ケシン先生を犯人と考えること自体、間違ってる。犯人は縫川って奴よ」
「その話は自分も聞いたが、現時点では残念ながら、どうにも判断できそうにない」
玄関先で頑張る衣笠だが、それをのらりくらりとかわしつつ、刑事は横路らの動きを抜け目なく監視する。勝手な行動は許さない。そんな厳しさをあからさまに発散していた。
「ずっと実験動物みたいに観察されるのも落ち着かなくて、じっくり現場を見られないわ」
七尾が口火を切った。自分に注目してという風に、一際大きな声で。それから刑事に向かって続ける。
「僕らの考えを聞いてください。そしてミスがなければ、僕らを信用してほしいんですけど」
「そいつは、自分の一存では返事できない要望だな。最近の子は難しいことばかり……君は女の子だよね?」
「女です。目立ちたくて『僕』を使ってるんじゃなく、小さい頃からの口癖」
「では、考えを拝聴しよう。中を見ながらでも」
「見ながらは駄目! 真剣に聞いてほしい」
片腕を開き、家の中に誘おうとした刑事に、七尾は鋭く云い放った。主導権を掌握したと確信した様子だった刑事は、少なからず意外そうに足を止めた。
「分かった。本気で拝聴するよ。他の皆さんは、きっと同じことの繰り返しで退屈だろうが、中に入らないでいただきます」
堅物で狸だが、洒落が分かるし、一般人の話を聞く耳も持っているようだ。
七尾は、縫川が犯人たり得る推理を、ときに日野達のフォローを受けながら刑事に伝えた。
彼女の話が終わったとき、意外と物分かりのよい刑事はしばし静寂を保った。思案げに両手を組み、視線を地面に向ける。
その沈黙の長続きを嫌って、横路が言葉を差し挟んだ。
「残っているのは、この家の密室だけなんですよ。早く調べさせて貰えたら、有り難いのですが……」
「警察は密室を重要視していません。それよりもまず、縫川氏が本当に、被害者に扮することでアリバイ作りをしていたかどうかだ。多分、簡単に確かめられますよ」
声を出して決心がついたのか、刑事は携帯電話を取り出し、横路達から少し離れると、通話を始めた。内容までは聞き取れない。
「そっか」
程なくして七尾が呟いた。
「『そっか』って何が?」
衣笠と無双が同時に振り向き、聞いてくる。
「指紋だわ。車の中では指紋を付けないように注意しただろうけど、スタジオやホテル内では他人の目もあって、完璧に残さずに済ませるのは難しいと思う。それを調べるように、あの刑事さん、電話してるんだわ」
「クーラーをがんがん掛けていたのも、そのためか。不敗進行を少しでも遅らせる……」
横路は内心の感嘆を隠しつつ、呟いた。姪にここまでの力があるなんて、夢にも思わなかった。
「いい感じだわ。残すは、ワンダーマンさんの家が密室状態だった謎だけ」
無双の言葉に、天野が「そんな物、謎でも何でもないだろ」と返す。
「どうしてよ」
「にっぶいなあ。鍵開けの名人なんだぜ、縫川は。道具を使ってちょちょいとやれば、鍵を開けることも閉めることも――」
「ああ、天野君。それは駄目よ。否定されてるの」
日野に云われて、天野はがたがたと椅子を鳴らした。
「何で? そりゃ閉めるのは難しいかもしれないけど、特別な道具があれば」
「現場の鍵穴の方は、警察が真っ先に調べたのよ。自殺か他殺か不明瞭だったためね、きっと。その結果は、鍵穴に傷の類はなかったんですって」
「そういう大事なことは、もっと早く云って欲しかったな」
舌打ち混じりに云い、口を噤んだ天野。いいところを見せようとして失敗したのが堪えたか、そっぽを向く。
「七尾さん、何か名案、名推理はある?」
無双が水を向けるが、これには七尾も頭を横方向に振るばかり。
「全く浮かびません……。せめて実際に家を見てみないと」
「それもそうよね。ねえ、日野さん。行って見ることできない?」
「警察の検分は終わったそうだから、あとはご遺族の許しを得られたら入れると思うわ。連絡、取ってみる?」
みんな、揃って頷いた。
ワンダーマンの家は、主の年齢に比べれば、充分すぎるほど大きく広い部類に入るだろう。その稼ぎを窺わせる。
「勝手にちょろちょろせず、ひとかたまりになって動いてくださいよ」
遺族から聞き及んだのだろう、人のよさそうな外見の刑事が一人、見張りにやって来た。ケシンへの容疑をまだ解き得ない警察としては、当然の措置。日野達はケシンの身内であり、現場に入ることで証拠堙滅を謀ったり、他人に罪を擦り付ける工作をしたりする可能性を見過ごす訳に行くまい。
「警察は調べ尽くした、だからここ、入れるようになったんでしょ」
衣笠が鬱陶しいとばかり、ずけずけと云う。刑事は年齢の割には広いおでこを触りながら、「警察も完全ではありませんから」と素直に認める。この人当たりのよさが武器なのだろう。
「中学生が犯罪の片棒を担ぐとでも?」
「元気のいいお嬢さん。自分は先輩からこう教わった。先入観は禁物と」
「大体ねえ、ケシン先生を犯人と考えること自体、間違ってる。犯人は縫川って奴よ」
「その話は自分も聞いたが、現時点では残念ながら、どうにも判断できそうにない」
玄関先で頑張る衣笠だが、それをのらりくらりとかわしつつ、刑事は横路らの動きを抜け目なく監視する。勝手な行動は許さない。そんな厳しさをあからさまに発散していた。
「ずっと実験動物みたいに観察されるのも落ち着かなくて、じっくり現場を見られないわ」
七尾が口火を切った。自分に注目してという風に、一際大きな声で。それから刑事に向かって続ける。
「僕らの考えを聞いてください。そしてミスがなければ、僕らを信用してほしいんですけど」
「そいつは、自分の一存では返事できない要望だな。最近の子は難しいことばかり……君は女の子だよね?」
「女です。目立ちたくて『僕』を使ってるんじゃなく、小さい頃からの口癖」
「では、考えを拝聴しよう。中を見ながらでも」
「見ながらは駄目! 真剣に聞いてほしい」
片腕を開き、家の中に誘おうとした刑事に、七尾は鋭く云い放った。主導権を掌握したと確信した様子だった刑事は、少なからず意外そうに足を止めた。
「分かった。本気で拝聴するよ。他の皆さんは、きっと同じことの繰り返しで退屈だろうが、中に入らないでいただきます」
堅物で狸だが、洒落が分かるし、一般人の話を聞く耳も持っているようだ。
七尾は、縫川が犯人たり得る推理を、ときに日野達のフォローを受けながら刑事に伝えた。
彼女の話が終わったとき、意外と物分かりのよい刑事はしばし静寂を保った。思案げに両手を組み、視線を地面に向ける。
その沈黙の長続きを嫌って、横路が言葉を差し挟んだ。
「残っているのは、この家の密室だけなんですよ。早く調べさせて貰えたら、有り難いのですが……」
「警察は密室を重要視していません。それよりもまず、縫川氏が本当に、被害者に扮することでアリバイ作りをしていたかどうかだ。多分、簡単に確かめられますよ」
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「そっか」
程なくして七尾が呟いた。
「『そっか』って何が?」
衣笠と無双が同時に振り向き、聞いてくる。
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