つむいでつなぐ

崎田毅駿

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その13

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 警察捜査陣が問題の鍵穴を調べた結果、極細い鉤状の金属でいじった痕跡が見つかった。この事実と、ケシンやワンダーマンに対する恨み、鍵開けの技術を有するといった点から、縫川健吾が参考人として呼ばれた。それが事件からちょうど一週間の木曜のこと。
「縫川は三週間ばかり前を皮切りに、ケシン先生宅を訪れたことは認めたそうよ。それも三回ね」
 普段より一日早い土曜、子供達プラス横路は教室に集まり、日野の事後報告を聞いていた。
「一度目は穏便な話し合いを、二度目はその続き、三度目は謝罪をするためとか。そして縫川の証言は、ケシン先生の記憶とも矛盾しなかった」
「だったら、少なくともナイフを持ち出す機会はあった。方法はまだ分からないけれど」
 色めき立つ七尾達に、日野は冷や水を浴びせる。
「ところがアリバイ成立。犯行があったと目される午前一時から三時まで、出版社の人間と仕事の打ち合せを兼ねて飲んでいたというのよ」
「出版の仕事?」
「超能力の本ですって。よくあるやつよ。縫川は刑事に云い放ったらしいわ。『自分が犯人だとしたら、ナイフを箱からワンダーマンさんの自宅にテレポーテーションさせ、そのまま超遠隔操作の念動力で、彼の喉を掻き切ったことになりますねえ』と」
「超能力者ならできるってことじゃない。あいつが超能力者だって自称してるんだから、さっさと逮捕すればいいんだわ」
 無双が憤然として吐き捨てた。本気の発言ではないらしい。
「はい、質問」
 目に隈を作った七尾が挙手をした。大会出場がいよいよ迫り、練習もしたいが、事件も気になる。そんな具合で、寝不足なのだ。
「ケシン先生はナイフを毎日眺めてましたか? 云い換えると、ナイフが無事あることを毎日確認していたかって意味ですが」
「まさか。別にナイフのコレクターという訳ではないのよ。まあ、書斎に入る度に、箱にちらっと目をやるぐらいでしょうね」
「箱は確認しても、ナイフはどうだか分からないんですよね」
「そうなるわね……」
 日野の語尾が曖昧になる。七尾が何を云いたいのか、ぴんと来た様子だ。
 だが、次に発言したのは法月だった。
「そうか。外見がそっくりの箱を用意して、すり替えたか!」
「うん。それでうまく行くと思うんだ。縫川さんは三度、ケシン先生の家に行ってる。一回目に箱を写真に収め、偽物を作る。二回目のとき、偽物と本物をすり替える。持ち帰った本物にじっくり取り組み、ナイフを手に入れる。三回目で、本物と偽物をまた入れ換える」
「先生が箱の中身を確かめない限り、ばれない!」
 衣笠が感極まったように叫ぶ。黄色い声に、隣に座っていた天野が耳を塞いでいた。
「種を見破る能力は相変わらず、君が一番だな」
 法月が誉めると、七尾は「それほどでも」と謙遜してみせた。そこへ天野が突っかかる。
「だけどよ、ナイフの謎を解いたって、アリバイがあるんなら、どうにもならねえよ。同じやり口を使った、別の人間が犯人としか――」
「僕は縫川さんにあったことないから分からないんだけど、縫川さんがワンダーマンになりすませると思う?」
 相手の台詞を遮って、皆に尋ねる口ぶりの七尾。彼女がゆっくりと見渡す内に、日野が答えた。
「技術的には問題ないでしょうね。かつては意外と有能なマジシャンだったんだし。ワンダーマンは喋らないから、声でばれることもない。スタッフの人とは会話せざるを得ないでしょうが、風邪気味とか何とか云ってごまかせる」
「体格はどうです?」
「身体つきそのものは似てる。ただ、身長がね。多分、縫川が五センチは高い」
「その程度なら、シルクハットで帳消しにできます。膝の辺りをちょっと曲げるだけでも、かなり低くなるし」
「できそうな気がしてきたわ」
 日野も認める。
 ワンダーマンが移動のときも扮装を解かなかった理由が、縫川のなりすましのためだとしたら、辻褄が合ってくる。収録を押し気味にしたのも、わざとだったかもしれない。
「縫川がワンダーマンに変装していたとして、それがあいつのアリバイとどう関係して来るんだ?」
 天野は「分からん」という風に首をしきりに捻りつつ、聞いた。
「殺した時間を勘違いさせられる。木曜の午前一時から三時の間だってことになってるけれども、本当は収録が始まる前、水曜の午後六時ぐらいに殺しちゃったんじゃないかなあ」
「莫迦な! 全然違うじゃねえか。最低でも七時間は差があることになる。そんなの、警察が見落とすか?」
「水曜日の一時から二時ぐらいに、ワンダーマンさんにホットドッグを食べさせることができたら、警察も勘違いするかもしれない」
「あ?」
「この前、日野さんから聞いた話だと、死亡推定時刻っていうのは、胃の内容物を基準に弾き出されると思ったんだけど、合ってる?」
「え、ええ」
 視線を向けられ、日野はどぎまぎした調子で対応した。
「詳しくはないけれど、今度の事件の場合だと、現場である自宅が全室冷房を効かせてあって、しかも温度がファジー設定されていたため、遺体の体温だけでは絞りにくい。だから胃の内容物が大いに役立ったと」
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