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その11
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「少なくともうちのシステムではあり得ません。テンドー=ケシンはオリジナルマジックの開発となると、秘密主義を貫きますから。私も舞台でサポートする以外のマジックは、種の分からないものがたくさんあるんですよ」
姪に聞く必要はなくなったようだ。あの美人アシスタントが目の前にいる女性と同一人物……。分からんもんだという言葉を飲み込み、横路は会話を続けた。
「分かりました。奇術から離れて、世間でよく云われる動機も存在しないんでしょうね。金とか女とか」
「あれば警察に話しています」
「では真犯人がいるとすれば、そいつはケシンさんにも恨みを持ってるかもしれませんね。罪を擦り付ける細工をしたのだから」
「警察の判断することです。が、可能性はあると私も思います」
「お心当たりは? つまり、ワンダーマンさんに殺意を抱き、ケシンさんにも相当な恨みがあるような人物の……」
「その質問は、警察に聞かれませんでした」
少し意外そうに、日野。急にうなだれると、苦しげな表情で白い歯を覗かせる。音こそ聞こえないが、歯ぎしりしたに違いなかった。
「先生の無実を信じていながら、警察に真犯人の心当たりを伝えないなんて、私は……」
「恐らく、急な話に動転されたんですよ。誰にでもあることだ。失地回復は、今からでも遅くありません」
「今から警察に? でも、動機があるだけで警察に云うのは、乱暴すぎる気が。まるで貶めるための密告だわ」
「とりあえず、私に話してくれませんか。一緒に検討してみれば、その人物の名を警察に伝えるのが妥当かどうか、見えてくるかもしれない」
「そう、ですわね……。縫川健吾という男です。元プロマジシャンで、現在は超能力者と称していますが、当然、いんちきですわ」
日野は、自らの失態から生まれた腹立ちをぶつけるかのように吐き捨てた。その辛辣な口調による告発を受け、子供達がざわめく。あいつなやりかねない、そんな呟きが聞こえた。
「一年半前に、ケシン先生やワンダーマンと論争を繰り広げた縫川ですね」
無双の発言は、横路への説明の色合いもあった。
「テレビ番組や誌上で何度か激しくやり合って、最終的に縫川の敗色濃厚になったところで幕引きとなった。あれで終わりと思っていましたけれど」
「あなた達には知らせていなかったけれども、幾度か封書が届いていたのよ。何枚もの便箋が、抗議とも嫌がらせとも取れる文言で埋め尽くされていたわ。おまえらマジシャンは超能力がマジックでもできることを示したに過ぎないとか、超能力がたまに失敗するのは、それが真実存在するからであるとか。最後の方には、ろくな死に方をしないであろうとまで書いていたわね」
「その手紙、残してないんですか」
「今となっては残念だけど捨てた。取っておいても無意味と、ケシン先生が判断されて」
「それだと、動機の証拠がないままか……」
無双が男の子みたいに腕組みをし、唸るのを見て、横路は意見を述べることにする。
「いや。動機なら、一年前にテレビ等でやり合ったんだろう? 少なくとも諍いがあったことは、簡単に認めて貰えるよ」
「ああ、そうか。そうですね」
「手紙の現物がなくても、第一アシスタントの日野さんが記憶されていることだから、それなりに信用度はあると判断されるんじゃないか。ケシンさんだって今頃、同じ供述を刑事さんに話してるかもしれない。日野さんの話とケシンさんの話が重なれば、信用度は更に上がる」
横路は希望的観測も含めて云う。会ったばかりの日野に優しいのは、事件に関心を持ったからだった。話を聞くまでは、どこにでもあるような単純で発作的な犯罪を想像していたが、凶器の謎により印象は一変した。
七尾がマジックを習い始めたことに影響され、不思議な謎を解き明かしたい横路の欲求は、三年間で以前とは比べものにならないほど強まった。
この事件も解けるものなら解いてみたい。が、それには情報が少なすぎる。
「日野さん。もう少し詳しく、事件について話してくれませんか」
「私が警察から聞いたことは、他にもういくつもありません。遺体発見現場が彼――ワンダーマンの自宅で、発見時、冷房ががんがん効いていて寒いくらいだった。家の鍵は全て内側から施錠されていた」
「密室、ですね。凶器を除けば、状況は自殺を示している訳か」
「当日のワンダーマンの足取りは、割とはっきりしているみたい。まず、Aにあるテレビ局のスタジオでレギュラー番組のまとめ録り。水曜の夜六時半に局入りし、八時四十五分まで。これは十五分押しだったそうです。十時からSホテルで宿泊客相手のナイトショー。控室に入ったのが九時三十五分頃で、ぎりぎりだったとか。今年の四月より月、水、土とやっていたので、手慣れてはいたんでしょうけど、際どいスケジュールだわ。ワンダーマンの扮装を解かずに移動して乗り切っていた。このショーの終了が、十一時十五分――」
「はーい、質問!」
七尾が唐突に挙手し、元気よく云った。日野は顔を向け、小首を傾げることで続きを促す。
「テレビ局からホテルへの移動手段は何ですか?」
「車よ。彼、自分で運転するの好きだったから。警察の話だと、車中でホットドッグをかじりながらハンドルを握っていたと。車内にあった包装紙、胃袋の内容物なんかでそう推測できるんですって」
そこまで答えてから、日野は困った風にへの字口をこしらえた。ため息混じりに「中学生にすべき話じゃないわね」と云うと、横路に向き直った。
「あの子らは解散させて、あなたにだけ話したいのですが」
横路の返事よりも圧倒的に早く、その子供らからブーイングが一斉に発生した。「これからがいいところなのに」「俺達にも考えさせてよ」「今時の子供は、これくらい大丈夫だよ」「知らされない方が気持ち悪いな」等と、口々に不満をこぼす。
さらに七尾が言葉を重ねた。
「僕、一人じゃ帰れないからね。大人二人で話してる間、ハンバーガーショップに預けられるのもお断り!」
こうなると云うことを聞かせるのは、なかなか大変だと横路は苦い顔をした。経験上知っているし、七尾の両親が苦労させられているのを見たのも数限りない。
「……おや? 僕も帰れないな」
法月が自分の左手の中を見ながら云った。携帯電話を持っている。
「バッテリー切れだ」
抑揚のない口ぶりが、いかにも嘘っぽい。この場合、嘘がばれてもいいと踏んでいるに違いない。
姪に聞く必要はなくなったようだ。あの美人アシスタントが目の前にいる女性と同一人物……。分からんもんだという言葉を飲み込み、横路は会話を続けた。
「分かりました。奇術から離れて、世間でよく云われる動機も存在しないんでしょうね。金とか女とか」
「あれば警察に話しています」
「では真犯人がいるとすれば、そいつはケシンさんにも恨みを持ってるかもしれませんね。罪を擦り付ける細工をしたのだから」
「警察の判断することです。が、可能性はあると私も思います」
「お心当たりは? つまり、ワンダーマンさんに殺意を抱き、ケシンさんにも相当な恨みがあるような人物の……」
「その質問は、警察に聞かれませんでした」
少し意外そうに、日野。急にうなだれると、苦しげな表情で白い歯を覗かせる。音こそ聞こえないが、歯ぎしりしたに違いなかった。
「先生の無実を信じていながら、警察に真犯人の心当たりを伝えないなんて、私は……」
「恐らく、急な話に動転されたんですよ。誰にでもあることだ。失地回復は、今からでも遅くありません」
「今から警察に? でも、動機があるだけで警察に云うのは、乱暴すぎる気が。まるで貶めるための密告だわ」
「とりあえず、私に話してくれませんか。一緒に検討してみれば、その人物の名を警察に伝えるのが妥当かどうか、見えてくるかもしれない」
「そう、ですわね……。縫川健吾という男です。元プロマジシャンで、現在は超能力者と称していますが、当然、いんちきですわ」
日野は、自らの失態から生まれた腹立ちをぶつけるかのように吐き捨てた。その辛辣な口調による告発を受け、子供達がざわめく。あいつなやりかねない、そんな呟きが聞こえた。
「一年半前に、ケシン先生やワンダーマンと論争を繰り広げた縫川ですね」
無双の発言は、横路への説明の色合いもあった。
「テレビ番組や誌上で何度か激しくやり合って、最終的に縫川の敗色濃厚になったところで幕引きとなった。あれで終わりと思っていましたけれど」
「あなた達には知らせていなかったけれども、幾度か封書が届いていたのよ。何枚もの便箋が、抗議とも嫌がらせとも取れる文言で埋め尽くされていたわ。おまえらマジシャンは超能力がマジックでもできることを示したに過ぎないとか、超能力がたまに失敗するのは、それが真実存在するからであるとか。最後の方には、ろくな死に方をしないであろうとまで書いていたわね」
「その手紙、残してないんですか」
「今となっては残念だけど捨てた。取っておいても無意味と、ケシン先生が判断されて」
「それだと、動機の証拠がないままか……」
無双が男の子みたいに腕組みをし、唸るのを見て、横路は意見を述べることにする。
「いや。動機なら、一年前にテレビ等でやり合ったんだろう? 少なくとも諍いがあったことは、簡単に認めて貰えるよ」
「ああ、そうか。そうですね」
「手紙の現物がなくても、第一アシスタントの日野さんが記憶されていることだから、それなりに信用度はあると判断されるんじゃないか。ケシンさんだって今頃、同じ供述を刑事さんに話してるかもしれない。日野さんの話とケシンさんの話が重なれば、信用度は更に上がる」
横路は希望的観測も含めて云う。会ったばかりの日野に優しいのは、事件に関心を持ったからだった。話を聞くまでは、どこにでもあるような単純で発作的な犯罪を想像していたが、凶器の謎により印象は一変した。
七尾がマジックを習い始めたことに影響され、不思議な謎を解き明かしたい横路の欲求は、三年間で以前とは比べものにならないほど強まった。
この事件も解けるものなら解いてみたい。が、それには情報が少なすぎる。
「日野さん。もう少し詳しく、事件について話してくれませんか」
「私が警察から聞いたことは、他にもういくつもありません。遺体発見現場が彼――ワンダーマンの自宅で、発見時、冷房ががんがん効いていて寒いくらいだった。家の鍵は全て内側から施錠されていた」
「密室、ですね。凶器を除けば、状況は自殺を示している訳か」
「当日のワンダーマンの足取りは、割とはっきりしているみたい。まず、Aにあるテレビ局のスタジオでレギュラー番組のまとめ録り。水曜の夜六時半に局入りし、八時四十五分まで。これは十五分押しだったそうです。十時からSホテルで宿泊客相手のナイトショー。控室に入ったのが九時三十五分頃で、ぎりぎりだったとか。今年の四月より月、水、土とやっていたので、手慣れてはいたんでしょうけど、際どいスケジュールだわ。ワンダーマンの扮装を解かずに移動して乗り切っていた。このショーの終了が、十一時十五分――」
「はーい、質問!」
七尾が唐突に挙手し、元気よく云った。日野は顔を向け、小首を傾げることで続きを促す。
「テレビ局からホテルへの移動手段は何ですか?」
「車よ。彼、自分で運転するの好きだったから。警察の話だと、車中でホットドッグをかじりながらハンドルを握っていたと。車内にあった包装紙、胃袋の内容物なんかでそう推測できるんですって」
そこまで答えてから、日野は困った風にへの字口をこしらえた。ため息混じりに「中学生にすべき話じゃないわね」と云うと、横路に向き直った。
「あの子らは解散させて、あなたにだけ話したいのですが」
横路の返事よりも圧倒的に早く、その子供らからブーイングが一斉に発生した。「これからがいいところなのに」「俺達にも考えさせてよ」「今時の子供は、これくらい大丈夫だよ」「知らされない方が気持ち悪いな」等と、口々に不満をこぼす。
さらに七尾が言葉を重ねた。
「僕、一人じゃ帰れないからね。大人二人で話してる間、ハンバーガーショップに預けられるのもお断り!」
こうなると云うことを聞かせるのは、なかなか大変だと横路は苦い顔をした。経験上知っているし、七尾の両親が苦労させられているのを見たのも数限りない。
「……おや? 僕も帰れないな」
法月が自分の左手の中を見ながら云った。携帯電話を持っている。
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