つむいでつなぐ

崎田毅駿

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その10

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 初対面の横路に、日野秋奈あきなと自己紹介をした女性は、ドラマの配役で喩えるなら通行人Bぐらいだった。細身で背も低く、目鼻立ちもぱっとしない。一見若そうだが、事件の説明という大役を担うほどテンドー=ケシンの信頼を得ているのだから、結構行っているのかもしれない。後ろでひとまとめにした髪の長さだけが印象に残る、そんな感じだ。
「舞台では、テンドー=ケシンの第一アシスタントを務めています。ケシンの個人事務所であるKMS(ケシンマジックスタヂオ)では、渉外を」
 控え目に、硬い口調で云った日野。
 横路は、第一アシスタントと聞いて、目を剥く思いになる。ただ券を貰ってケシンのショーを観ること数度、人体切断や人間消失等のマジックでいつも美女が手伝っていたが、まさか、目の前にいる女性がそうとは信じ難かった。
 第一アシスタントイコール人体切断の美女と限るまい。他の役目の人を第一アシスタントと呼ぶ慣習なのだろう。あとで姪に聞くかと横路は思った。
「最初に明言しておきます」
 日野は口調を若干改め、生徒ら――七尾、無双、衣笠、法月、天野――に対して云った。
「マジックスクールは継続されます。中断も廃止もありません。それに今度の一件で、あなた達に迷惑や危険が及ぶことは一切ないと約束します」
 随分自信たっぷりに断言する。警察が捜査中の殺人事件について、素人であるはずの日野に裏付けがあると思えないが、子供を安心させるにはこうせざるを得ないのかもしれない。
「それなら、ケシン先生と同等かそれ以上の新しい先生が来られるんですね? 誰が教えてくださるんですか」
 法月がテーブルの上でマジックの練習らしい手の仕種を繰り返しながら、当然の質問を発した。日野は多少、弱り顔を覗かせた。
「同等はおこがましいけれど、この先二回は私が受け持つ。それまでにケシン先生が戻られたときは、勿論ケシン先生が」
「三回目以降は?」
「未定よ。これから交渉するので」
 法月は不満げだが、それを口にはしなかった。騒ぎ立てても詮無きことと心得ているようだ。
「レクチャーについちゃそれでいいから、事件のこと教えてよ、日野先生」
 大きく片手を挙げ、要求したのは天野だった。
 日野はため息を吐いてから始めた。
「一番新しく分かったところでは、ケシン先生は警察から容疑を掛けられており、すぐには帰されそうにないとのことです」
「そうじゃなくって、事件の中身だよ」
 天野は云って、みんなも知りたいだろという風に、他の四生徒を振り返った。
「俺達で考えて、犯人を見つけたら手っ取り早い。ケシン先生は無罪放免、俺達はレクチャーを受けられる」
「理屈ではあるな」
 法月が早速同調する。いや、次に彼の口から出たのは、否定の見解だった。
「しかし現実的じゃない。警察に先んじて解決できるとは考えにくいね」
「やってみる価値はあり、だろ」
「それは、僕らがどれだけ手がかりを持てるかが鍵だ。換言するなら、日野さんがどれほど警察から話を聞かせて貰っているか」
 台詞を途中で放り出し、日野の方を見る法月。
「きっと、あとでがっかりさせるわね。それに、あなた達に話していいものかどうか、まだ決めかねています」
「説明のために集めたんでしょ、日野さん?」
 衣笠が口を開く。
「だったら、知ってること全部教えてくれてもいいじゃない。ねえ? 大人と子供で差別はよくないと思いまーす」
「あなた達、分かって云ってるでしょう? 教育上、倫理上ってことよ」
 さすがに怒ったような、叱るような声になる日野。ただし、表情は至って平静で、むしろ微笑を湛えてさえいる風にも見える。
 天野らが不平を漏らす最中、無双が「とりあえず、話せるところまで話してください」と求めた。
「私が話そうと決めているのは、ケシン先生が疑われている理由だけよ。使用された凶器が、ケシン先生の持ち物だった」
「具体的に何なんですか」
 このリクエストに日野は、少し迷ったらしいが、結局応えた。
「イニシャル入りのナイフよ。断るまでもないけれども、奇術用のナイフではなく、昔、曲芸に使っていた本物」
「それって確か、大事に保管されていると、ケシン先生ご自身が話されていたと記憶していますが」
 法月が顎に手を当て、首を傾げる。父親の癖が移ったようなその仕種は、なかなかどうして板についていた。
「そうなの。先生しか持ち出せない。だからこそ疑われている訳なんです」
「アリバイってやつは、なかったの?」
 天野が聞いた。
「私もはっきりとは聞かされていないけれど、事件が起きたのは三日前の木曜、深夜一時から三時の間で、そんな時間にアリバイが成立するとしたら、状況が限られて来るんじゃないのかしら」
「機会はあったという訳か」
 思案げに呟いたのは法月。当初の否定的見解はどこへやら、いつの間にか推理を巡らせようとしている。
「動機は何なんでしょう? 師匠が弟子を殺害する理由なんか、あります?」
「警察から同じことを尋ねられた。見当も付かないと答えたら、ワンダーマンの人気や実力を妬んだとは考えられませんか、ですって。不謹慎になるけれど、笑いそうになったわ」
 日野は今また笑いを堪えるためか、口元に手をやった。生徒達も大凡同感なのか、黙って小さく頷くのみ。
「奇術の腕前なら、ケシン先生はワンダーマンを圧倒的に上回っている。人気もそんなに差はないでしょう。テレビによく出ている分、一般的な知名度ならワンダーマンだったかもしれなくても、殺人の動機になるなんて馬鹿げている」
「私も聞いてよろしいですか」
 横路は肩の高さで挙手した。日野が無言のまま首を縦に振る。
「失礼があったら許してください。逆のパターンはないのですか。つまり……ワンダーマン氏が師匠であるケシンさんの持ちネタを勝手に使い、そのことに激怒したケシンさんが、というような」
「仮令、そのような経緯が起こったとしても、ケシン先生が感情の赴くまま、人殺しをするとは思えません。それに、先生が弟子に教える奇術は、広く知られている一般的・古典的な演目が多くて、先生のオリジナルはあまりありません。プロのマジシャンとしてやって行くには、自分自身でオリジナルの奇術を編み出す力も重要ですからね。それでもたまに、先生オリジナルの奇術を教わる機会があります。その場合、弟子一人々々に個別に教えるんです。これが意味するところ、お分かりですね? オリジナルを教えることは即ち演じるのを許可したことになるんです」
「奇術のネタを、その、勝手に盗むというようなことは……?」
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