つむいでつなぐ

崎田毅駿

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その8

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「ふふ。うまく行ってよかった。本当は法月君の得意技なのよね。私、専門外だから、冷や汗ものだったわ」
「ショックを受けているところに、追い討ちを掛けて、とどめを刺してもいいかい? えっと、七尾さん?」
 無双の台詞を遮る形で、法月が云った。すでに腰を浮かせ、臨戦態勢だ。返事を待つ気も、否応を聞く気もないと見える。
「ちょっと待って。分からないままだと、頭の中がむず痒い感じがするのよね」
 気を取り直した風に、強い口調で云い返した七尾。横路は目を見張った。こんな姪の様子を見たのは初めてだった。
「君が彼女のマジックを解き明かすまで待てと? だったら何年経っても無理じゃないかな」
 小馬鹿にしたような、いや小馬鹿にした文言でからかう法月。その尻馬に一番手を務めた天野も乗った。
「そうだそうだ。帰って勉強し直してきた方が、身のためだぜ。時間の節約してくれよ。俺達も練習したいんだしな」
「やっぱり、女の子同士だわ」
 不意に、そんなことを切り出した七尾。場がしばし、ぽかんとした空気に包まれる。
「何だ? 考えすぎておかしくなったか」
「考え過ぎってほど、頭使ってないわよ。僕が云ったのは、衣笠さんと無双さんがヒントをくれたってこと。気付くのが遅くなっちゃったけど」
 伏せがちだった面を起こすと、にっこりとした笑顔。
 対照的に、名前を挙げられた女子二人は、困惑も露に互いに顔を見合わせるのみ。その横では天野が、「ヒントなんか出したか?」と眉を顰めている。
「衣笠さん、確かこう云った。『得意なのは、あなたの弱点を衝くタイプの技じゃない』とかどうとか」
「ええ。そんな感じのこと、云ったわ」
 見つめられた衣笠は、先ほどまで明白だった動揺を即座に隠し、答えた。切り換えぶりは、マジックを人前で演じた場数のおかげか、大したものだ。
 七尾は次に無双の顔を見た。今度は指差し付き。
「そのあと、無双さんがさっきこんなことを。『本当は法月君の得意技』って」
「確かに云った。でも、それが?」
 無双もまた平静を装って聞き返したが、最前の勝利で緩んでいた目元が引き締まったところを見ると、自らの犯したミスに気付いたのかもしれない。
「二人とも、『技』って言葉を使った。なーんか変だなって思ってたんだけど、なかなかすっきりしなくて。今、やっと分かった。普通なら、『弱点を衝くタイプのマジック』『得意のマジック』でいいはずなのに、『技』と云ってる。ひょっとしたら、無双さんが二番目にやったのや、法月君とかがこれからやるつもりのマジックは、種なんかなくて、技だけでできるマジックなんじゃないかなあって思ったんだけど、間違い?」
「……」
 再びの静寂。少し前のぽかんとした空気とはまるで別物。
 無双は顔を逸らし、衣笠は俯き気味になって嘆息した。天野もまた大きく息をつくと、隣の女子二人に向かって、「ばーか」と小声で非難した。
「考えてみたら、最初のカップとボールだって、技なんだよね。藁人形が踊るのだって、技は使われてる。ただ、順序立てて考えたら、この二つの仕組みは分かるの。でも無双さんの二番目のやつは、考えても分かんなかった。それだけ高度な技なんじゃないかしら。ね、違う?」
 対戦相手を見渡す七尾。問い掛けに応じたのは法月だった。
「君は勉強もできる方なんだろうな」
「そうでもないけど」
「いや、考えることが好きなはずだ。君が今云った通り、マジックは種さえあればできるってもんじゃない。色々な技――テクニックが必要なんだ。たとえば」
 法月は言葉を切ると、徐にポケットに片手を突っ込み、五百円玉大のコイン一枚を取り出した。その銀色のコインは、彼自身の右手のひら中央に置かれた。左手は手のひらを下向きに、右手の二十五センチほど上空で構える格好をした。
「練習を積めば、こういうこともできる」
 言い終わるのよりも若干早く、コインに変化が起きた。
 右手も左手も全く動かしていないのに、コインが浮いたのだ。
 真っ直ぐ上に。
 重力に逆らって、吸い込まれるように、左手の中へ。
「わぁ……凄い」
 七尾はマジックを観て初めて拍手した。部屋の隅では、ケシンが腕組みをしたまま、口元に笑みを浮かべていた。



 三年後――。
 マジックコンテストのジュニア部門に初めて出場することになり、七尾は日曜日も朝から張り切って練習を重ねていた。最初にマジックと出会ったときは、単なるなぞなぞとしてしか見ていなかったのが、今や最大の趣味になり、見破るだけでなく、演じる腕前も上がっていた。無論、テンドー=ケシンに教わったのが大きい。
「電話って云ってるでしょうが、さっきから!」
 部屋のドアが短い強風を伴って開き、何事かと思って顔を上げると、頭から角を生やしそうなほどぷんぷんしている母親の仁王立ちが見えた。
「あ。電話。練習に夢中になってて、聞こえなかった」
「程々にしなさいよ。だいたい、携帯電話ぐらい持ったらどうなの。あんたの年頃でもってない方が少ないでしょうに」
「そんな物に使うお金があったら、マジックに使うもの、僕」
 当たり前のように答えると、七尾はカードを一応片付け、廊下に出た。
「ところで電話って、誰からか云ってた?」
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