つむいでつなぐ

崎田毅駿

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その4

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 夏の陽射しを受けて、赤いスポーツカーが高速道を疾駆する。
 テンドー=ケシンの主宰するマジックスクールへの招待を、七尾弥生が受けたのは、「君と同じぐらいの年頃で、凄い腕前の子達がいる」と聞かされたのが大きかった。見破りに来ないかと誘われれば、好奇心旺盛な質の七尾だ、行かないはずがない。
 幸い、両親の許しも簡単に出た。多忙な彼らに代わって、七尾に付き添うのは横路の役目である。
「叔父さんも暇よね。折角の日曜日に、またこうして僕の御供なんてしてるんだから」
 七尾の声を後頭部で受けて、横路はただただ苦笑した。姪は後部座席でシートベルトに押さえ付けられた鬱憤晴らしのつもりなのか、いつにもまして口がよく動く。
「恋人いないでしょ?」
「いないよ」
「で、日曜に、僕みたいな女子小学生を車で連れ回してる……うわー、変質者みたいだわ。叔父さん、かわいそ」
「あのねえ」
「真面目な話、何でいないの? 叔父さんの顔かたちなら、彼女の一人くらい、いてもいいのに。ほんとに変な趣味を持ってるんじゃないでしょうね」
「前の彼女が死んじゃったから。しばらく恋愛はできそうにないな」
「え、嘘!」
「嘘だよ」
「……マジシャンよりも騙すの上手かもねっ!」
 腹立たしそうに叫んで、手足をじたばたさせる。その音と、ルームミラーを通じて見えた後ろの様子に、横路は急いで注意する。
「あんまり無茶をして、傷を付けたり汚したりしないでくれよ。この車、友達から借りたんだから」
「自分の車、買えばいいのに」
「簡単に云うなよ。今の僕だと、中古でも厳しい。……そういえば、こんなクイズがあったな。『スピード狂のA君は、お金がないのでおんぼろ中古車を買うのが精一杯。速度もせいぜい時速四十キロしか出ない。いつか世界一速い車に乗りたいと願うA君の前にある日、悪魔が現れ、おまえの願いを一つだけかなえてやると云った。A君が世界一速い車を望むと、悪魔は明日の朝にはおまえの願いはかなっているであろうと云って消えた。翌朝、A君が車庫に行くと、そこにあった車はいつもの中古車のまま。走らせてみても、時速四十キロが限界だった。首を傾げるA君だが、悪魔は約束を果たしていたのである。どういうことだろう?』ってね」
「……質問していい?」
 興味を示したらしく、身体の動きは大人しくなった七尾。
「いいよ。何なりと」
「世の中にある車が、A君の持っている一台だけになってたんじゃないの?」
 それは質問と云うよりも回答ではないかと思った横路。しかも、用意していた答に極めて近い。
「そうだなあ、それも正解みたいなもんなんだが、他にも車がいっぱい走っているんだ」
「じゃあ、楽勝だわ。他の車は時速四十キロ以下しか出なくなっていたんでしょ。あれ? 四十キロ未満かしら」
「どっちでもいいよ。当たり」
 あっさりと正解を出された上に、別解付きと来ては、横路も立つ瀬がない。でもちょうどいい暇潰しにはなったみたいで、車は程なく目的地に着いた。
 駐車場に車を停めて、降りたところで時計を見る。
「少し早かったかな」
 十時半の約束だが、十分余り早い。マジックスクールは眼前の複合ビルの四階で催されると聞いている。お邪魔していいのかどうかは分からないが、建物の中に入るぐらいならかまわないだろう。そう判断し、横路は七尾の手を引いてビルの玄関をくぐる。
 自動ドアの向こうはエアコンが効いており、汗をかく暇がなかった。
 横路がさてどうしたものかと腕組みをしている間に、七尾は各フロアの案内掲示板の前まで走る。見上げて、四階にマジックスクールがあることを確認したらしい。
「割といいとこだわ。これなら僕、入学して通ってみてもいいかな」
「マジックをやることに、興味あるのかい?」
「うーん。微妙。半分半分。ううん、今は見破る方が楽しい。演じるのって、大変そうじゃない? たとえばこの間のケシンさんのトランプ、特別なやつだったわ。きっと高い」
「“大変”の意味がずれてないか」
 苦笑混じりに指摘した横路だったが、当人は一向に気にしていない様子だ。元から家にある物でできるのならやってみてもいいかな、なんて呟いている。
 お喋りをしていると、十分程度はすぐに潰れた。四階に上がろうとエレベーターを待っていた二人だが、到着した箱がドアを開くと、テンドー=ケシンその人が現れた。ただ、初対面時とは異なり、衣服はいたってノーマルなスーツ姿、髭もなくなっていたため、見違えた。
「お着きでしたか」
 ケシンも二人に気付き、降りる足を止めて、逆に横路達を迎え入れる。挨拶しをながら四階へ向かった。
「私の生徒達がとても張り切ってましてね。生意気な女の子を打ち負かしてやろうと、手薬煉引いて待ちかまえています」
 冗談半分なのは顔つきから読み取れた。が、それは横路にとっての話であり、七尾がどう感じたかは分からない。黙っているのは、怒ったのか、それとも意欲をかき立てられたのか。
 廊下を進んだ一番奥の部屋が教室らしい。磨りガラスの入ったドアからは白い光がこぼれ、『マジックスクール』のプレートが掛かっていた。文字の周りに何やら意匠を凝らした緑色の模様が描かれている。
「……えむえーじーしーって、ローマ字じゃなくて、英語?」
 いきなりそんなことを云った七尾に、横路は眉を寄せたが、ケシンは一つ、拍手をした。
「おや、読めたのかい。MAGIC。そう、マジックの英字綴りだ。その後ろはSCHOOL、学校のことさ」
 ケシンの説明に七尾は納得した風に頷く。横路が怪訝な表情を見せると、ケシンが云った。
「プレートの文字を取り囲む模様があるでしょう」
「ええ」
「崩し文字になってましてね。MAGIC SCHOOL と書いてあります。その気になってみれば、読めるはずですよ。身体を気持ち、右に傾けて見ればもっと分かりいいかもしれない」
 云われた通りにやってみると、なるほど、蔦のように見えた緑の模様が、英字に変化した。意識しなければ見えづらいこの文字を、七尾は一目見ただけで理解したことになる。
 中に入ると、四人の子供がいた。長テーブルに横一列に座って、戸口の方をじろりと見やってくる様は、面接官のお芝居でもしているかのようだ。年齢はケシンが先日話していた通り、小学生高学年らしい。
 先に七尾がケシンから紹介され、次いで彼女自身もよろしくと頭を下げたのだが、顕著な反応はない。むしろ、緊張感が高まったかもしれない。
 と、向かって左端に座っていた男児が、ケシンの方を向いて手を挙げた。
天野あまの君、何かね」
「先生。待っているのもかったるいし、自己紹介をしたあと、すぐにマジックをしてもいいですか?」
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