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その3
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「もう一回、クラブのキングを出せる?」
七尾が何故かおかしそうに聞いた。リクエストを受け、ケシンは大きく首肯すると、右手の人差し指と親指とを擦り合わせ、山のトップカードをめくる。
当然のごとく、クラブのキング。二度目なので驚きは減ったが、不思議さはまだまだ残っている。
ケシンはそれをさっさと裏向きにすると、「更に」と言葉を挟んで、またもやカードをめくった。
すると、スペードの6が現れた。
最早、横路の口からも間抜けな驚嘆は飛び出さなかった。呆気に取られてしまった。
「そのトランプ、見せて貰ってもいい?」
スペードの6を見つめながら七尾が頼んだのだが、その台詞の途中でケシンは「え?」と云いつつ、カードを裏返しにしてしまった。
「ああ、ごめんごめん。これかい?」
裏を見せている一番上のカードを取り上げ、そのまま七尾に差し出してくる。
「ようく見てご覧」
「これ、ハートの3だよね?」
七尾は表を見ずに早口で云った。
ケシンの目が瞬きを何度か、素早く繰り返した。幾分硬い口調で返事する。
「見れば分かるよ」
手首を返した七尾。赤い心臓のマークが三つ。
「やっぱり」嬉しそうに微笑む姪に、横路はどうして分かったのか尋ねたかったが、ケシンの前ではそれもしづらい。
七尾はカードをケシンに返すと、パフェの容器を両手で掴んで、目の前に置いた。溶けかけてマーブル色になったアイスクリームを、スプーンで掬う。
「僕も練習したら、できるようになるかな、ケシンさん?」
クリームを舐め、マジシャンに尋ねる。
「分かったと? これはこれは参りましたね」
まだ見破られたとは信じていない口ぶりだ。それよりも、用意していた次のマジックに移るきっかけをなくし、多少、不機嫌になったように見える。無論、ミスはケシン本人に帰すものだが。
「あることができれば、僕も同じマジックをやれる。さっきケシンさんがクラブのキングやスペードの6を見せたとき、そのカードを直接僕の手に載せてくれたら、きっと証拠が見つかってた」
「ふむ……本物のようだ」
ケシンの物腰が変化する。演者としての軽妙さが消え、分別のある大人の重重しさが前面に現れた。
「君が気付いたという種を、小さな声で、私に教えてくれるかい?」
「いいわよ。二枚または三枚を一遍にひっくり返していたんでしょ? 最初は一枚しか摘んでないように見えたけれど」
けろっとして答えた七尾。ケシンは横路に顔を向けた。
「本当に、マジックの勉強は何もされていないので?」
「え? あ、ああ。はい」
返答の遅れる横路。彼自身は姪の話した種明かしそのものが信じられず、頭の中で最前のマジックをリプレイするのに忙しかった。
「姪御さんは、マジックに限らず、物事を冷静に見極める能力、若しくは論理的に分析する能力に長けてらっしゃるようだ。この年齢でこのテクニックを見透かすとは、感服しました」
「いや、私もびっくりしていまして。普段から、鋭いところのある子だなと思うことはありましたが。しかし、マジックの種を見抜けても、得はなさそうですねえ。素晴らしいマジックでも詰まらなく見えるんでしょうから」
「一概には決め付けられませんが、確かに姪御さんの場合、その気配があるようです」
ケシンはパフェを楽しむ七尾を一瞥してから、横路に囁いた。
「マジシャンを志されると、大成する可能性がある。途轍もないマジックを創出するかもしれません」
「ははあ、どうなんでしょうね」
「実は私、優秀な才能の持ち主を求めています。お声をお掛けしたのは、あの子にマジシャンの資質があると直感したからでして」
「と申されましても……私はこの子の親でありませんし」
たとえ親だったとしても、マジシャンになりませんかとの誘いをどう受け止めていいのか、簡単に結論を下せそうにない。むしろ、笑って断るべき類の話ではないのか。
「この子の両親には私が伝えますが……」
「そうしてくださると有り難いです。返事を、名刺の番号に電話をいただけるとなお助かります」
「でも、私がとやかく口を挟むことじゃないですので、この場では何とも。結局は当人の意志が大事であって」
「無論です」
テーブルの上で両手を組み、満足げかつにこやかに頷いたケシン。髭を一撫ですると、七尾に聞いた。
「マジックを観ていて、面白いかい?」
「面白いけど」
少女はスプーンを置いて、曖昧な返事をよこした。
「けど?」
「面白くて楽しいけど、びっくりはしない。今日のだって、大きな音や火や虎が出たときだけびっくりした」
「ふむ。それじゃあ、こういうのはどうかな」
ケシンは横を向くと、トランプ一式を右手でホールドし、構えた。数字やマークが見える。ダイヤのキングだ。
そこへ開いた左手をかざし、何度か振る。
左手が退けられると、そこにあったのは矢張りダイヤのキング。だが、サイズが変化していた。半分の大きさになっていた。
「おお。鮮やかなお手並みで」
軽く拍手をしたのは横路。七尾は首から上だけを突き出すようにして、ケシンの手元をしげしげと見る。
ケシンは無言のまま、にやりとして、同じ仕種をもう一度やった。するとダイヤのキングはより小さく、初めの四分の一になった。
更にもう一度、左手をかざす。ダイヤのキングは八分の一のサイズになってしまった。
「……」
七尾は口を半開きにして、何か云いたげであるが、なかなか声が出て来ない。
種が分からず、悩んでいるのだろうか。横路は微笑ましくなった。しかしその微笑みは、直に引いた。
「マジック用の道具があるのね」
七尾はどことなく落胆した口ぶりで、ぽつりと云った。ため息さえ混じっている。
「本当に縮むんだとしたら、手で隠さずに、お客さんの目の前で縮んで行くところを見せた方がいいに決まってる」
「はははは。どうやら私の想像以上に手厳しく、手強いようです」
ケシンは半ば自棄気味の笑い声を立てた。
七尾が何故かおかしそうに聞いた。リクエストを受け、ケシンは大きく首肯すると、右手の人差し指と親指とを擦り合わせ、山のトップカードをめくる。
当然のごとく、クラブのキング。二度目なので驚きは減ったが、不思議さはまだまだ残っている。
ケシンはそれをさっさと裏向きにすると、「更に」と言葉を挟んで、またもやカードをめくった。
すると、スペードの6が現れた。
最早、横路の口からも間抜けな驚嘆は飛び出さなかった。呆気に取られてしまった。
「そのトランプ、見せて貰ってもいい?」
スペードの6を見つめながら七尾が頼んだのだが、その台詞の途中でケシンは「え?」と云いつつ、カードを裏返しにしてしまった。
「ああ、ごめんごめん。これかい?」
裏を見せている一番上のカードを取り上げ、そのまま七尾に差し出してくる。
「ようく見てご覧」
「これ、ハートの3だよね?」
七尾は表を見ずに早口で云った。
ケシンの目が瞬きを何度か、素早く繰り返した。幾分硬い口調で返事する。
「見れば分かるよ」
手首を返した七尾。赤い心臓のマークが三つ。
「やっぱり」嬉しそうに微笑む姪に、横路はどうして分かったのか尋ねたかったが、ケシンの前ではそれもしづらい。
七尾はカードをケシンに返すと、パフェの容器を両手で掴んで、目の前に置いた。溶けかけてマーブル色になったアイスクリームを、スプーンで掬う。
「僕も練習したら、できるようになるかな、ケシンさん?」
クリームを舐め、マジシャンに尋ねる。
「分かったと? これはこれは参りましたね」
まだ見破られたとは信じていない口ぶりだ。それよりも、用意していた次のマジックに移るきっかけをなくし、多少、不機嫌になったように見える。無論、ミスはケシン本人に帰すものだが。
「あることができれば、僕も同じマジックをやれる。さっきケシンさんがクラブのキングやスペードの6を見せたとき、そのカードを直接僕の手に載せてくれたら、きっと証拠が見つかってた」
「ふむ……本物のようだ」
ケシンの物腰が変化する。演者としての軽妙さが消え、分別のある大人の重重しさが前面に現れた。
「君が気付いたという種を、小さな声で、私に教えてくれるかい?」
「いいわよ。二枚または三枚を一遍にひっくり返していたんでしょ? 最初は一枚しか摘んでないように見えたけれど」
けろっとして答えた七尾。ケシンは横路に顔を向けた。
「本当に、マジックの勉強は何もされていないので?」
「え? あ、ああ。はい」
返答の遅れる横路。彼自身は姪の話した種明かしそのものが信じられず、頭の中で最前のマジックをリプレイするのに忙しかった。
「姪御さんは、マジックに限らず、物事を冷静に見極める能力、若しくは論理的に分析する能力に長けてらっしゃるようだ。この年齢でこのテクニックを見透かすとは、感服しました」
「いや、私もびっくりしていまして。普段から、鋭いところのある子だなと思うことはありましたが。しかし、マジックの種を見抜けても、得はなさそうですねえ。素晴らしいマジックでも詰まらなく見えるんでしょうから」
「一概には決め付けられませんが、確かに姪御さんの場合、その気配があるようです」
ケシンはパフェを楽しむ七尾を一瞥してから、横路に囁いた。
「マジシャンを志されると、大成する可能性がある。途轍もないマジックを創出するかもしれません」
「ははあ、どうなんでしょうね」
「実は私、優秀な才能の持ち主を求めています。お声をお掛けしたのは、あの子にマジシャンの資質があると直感したからでして」
「と申されましても……私はこの子の親でありませんし」
たとえ親だったとしても、マジシャンになりませんかとの誘いをどう受け止めていいのか、簡単に結論を下せそうにない。むしろ、笑って断るべき類の話ではないのか。
「この子の両親には私が伝えますが……」
「そうしてくださると有り難いです。返事を、名刺の番号に電話をいただけるとなお助かります」
「でも、私がとやかく口を挟むことじゃないですので、この場では何とも。結局は当人の意志が大事であって」
「無論です」
テーブルの上で両手を組み、満足げかつにこやかに頷いたケシン。髭を一撫ですると、七尾に聞いた。
「マジックを観ていて、面白いかい?」
「面白いけど」
少女はスプーンを置いて、曖昧な返事をよこした。
「けど?」
「面白くて楽しいけど、びっくりはしない。今日のだって、大きな音や火や虎が出たときだけびっくりした」
「ふむ。それじゃあ、こういうのはどうかな」
ケシンは横を向くと、トランプ一式を右手でホールドし、構えた。数字やマークが見える。ダイヤのキングだ。
そこへ開いた左手をかざし、何度か振る。
左手が退けられると、そこにあったのは矢張りダイヤのキング。だが、サイズが変化していた。半分の大きさになっていた。
「おお。鮮やかなお手並みで」
軽く拍手をしたのは横路。七尾は首から上だけを突き出すようにして、ケシンの手元をしげしげと見る。
ケシンは無言のまま、にやりとして、同じ仕種をもう一度やった。するとダイヤのキングはより小さく、初めの四分の一になった。
更にもう一度、左手をかざす。ダイヤのキングは八分の一のサイズになってしまった。
「……」
七尾は口を半開きにして、何か云いたげであるが、なかなか声が出て来ない。
種が分からず、悩んでいるのだろうか。横路は微笑ましくなった。しかしその微笑みは、直に引いた。
「マジック用の道具があるのね」
七尾はどことなく落胆した口ぶりで、ぽつりと云った。ため息さえ混じっている。
「本当に縮むんだとしたら、手で隠さずに、お客さんの目の前で縮んで行くところを見せた方がいいに決まってる」
「はははは。どうやら私の想像以上に手厳しく、手強いようです」
ケシンは半ば自棄気味の笑い声を立てた。
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