つむいでつなぐ

崎田毅駿

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12.魔法使いへのお願い

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 緊張からだろうか、強ばった表情のまま彼女は切り出した。
「私、一週間前の帰り道、不知火さんとお友達の方が三人目の男性と喫茶店に連れ込むのを見てました」
「何か日本語が間違っています。男性と連れ立って喫茶店に入る、ぐらいにしてほしい」
 見られていたのですねと思いつつ、訂正を促す不知火。
「あ、はい、すみません。興奮すると言葉がだいぶおかしくなりますが許してください。それでですね、一緒にいた男性はあの日マジックをした人と同じではありませんか」
「――凄い、見て分かったのですか?」
 素直に感嘆していた。緑山のあのときのなりは確かに凝った変装ではないけれども、印象や雰囲気を変えるには充分なカムフラージュになっている。それを恐らく遠目から見たただけで看破していたなんて。
「はい」
 ルイーザは当たり前のように答え、小首を傾げた。
「背格好が非常に似通っていたのでもしかしたらと思い、横顔を見て確かめました」
「凄い観察力ですね。それで用事というのは?」
「あの、緑山マジシャンの連絡先を教えてくださいませんか」
 ルイーザはいきなり不知火の両手を手に取ってきた。外国人らしいと言えばらしいが、こういうのが苦手なところのある不知火は、思わず身を引き気味になった。
 ただ、無碍に断れない、熱意と必死さをルイーザから感じもした。
「本人の気持ちを確かめないといけないから即答はできません」
 不知火はそう答えてから、自らの手をそっと引き抜き、逆にルイーザの手の甲に添えた。苦手だから相手の真似をすることくらいしか思い付かない。
「でも緑山さんの意向を確かめる前に、できることならあなたの方の事情を聞いておきたいのですが。何かあるんじゃなくって?」
「それを言えば教えてくれますか」
「約束はできません。今も言いましたように決めるのは私ではなく、緑山さんご自身ですから。ただし、事情を教えてくれたらそのことについてはきっちりと先方にお伝えさせていただきます」
 小学生相手でも敬語を使うのは、不知火にとって珍しいことではない。でも今この会話では、誠意を示す必要があると感じたからという理由もあった。
「カイ君があれから体調を崩してしまい、この度手術を受けることになりました」
「え?」
 話が急ですぐには飲み込めなかった。
「あれからというのはマジックのあった日ですね?」
「はい。マジックを観た日の次の次の日ぐらいに、おかしくなり始めたそうです。私がそのことを教えてもらったのは金曜日の夕方ぐらいで、次の日にお見舞いに行ってみたら、おなかを切る手術を受けなければいけないってなっていて。それでカイ君、怖がっていて」
 まだ依然として状況が理解できない。
「落ち着いてください。最初に確認をしておきたいのですが、カイ君というのはあの車椅子に乗っていた男の子ですね? 少し話をしましたが、おなかを切るような手術を受けなければいけない病気には見えませんでした」
 あるとしたら重い火傷かしらと想像した不知火だったが、そこまでは声に出しはしなかった。ルイーザの意思に任せよう。
「カイ君の病気は骨折と大きな擦り傷です。でも今度の手術はそれではなくって、傷口からばい菌が入ってしまったみたいです。私の前でははっきり言いませんでしたけれども、カイ君のお母さんのお話では、こまめに消毒をしなければいけないのに、カイ君が一人のとき、トイレのあと面倒くさがったらしくて、それでばい菌が入ってしまったような事の次第でした」
「症状については分かりました。怖がっているというのは?」
 小さな子が手術を怖がるのはよくある話という気がするが、大騒ぎするほどの背景があるのだろうか。
「私もこの間初めて聞きましたが、カイ君、好きだった親戚の叔母さんを二年ぐらい前に亡くしていると言います。真実は分かりませんが、亡くなったのが手術を受けたあとだったので、手術のせいで叔母さんは死んだんだと思い込んでいるみたいです」
「そういうわけでしたか。それでは次が最後の質問になると思います。マジシャンの緑山さんに連絡を取りたいのは、どういう理由があるのでしょう?」
 不知火が穏やかに問うと、ルイーザは手に力を込めて答えた。
「昨日お見舞いに行ったときに私、カイ君が言うのを聞きました。緑山秀明のマジックをもう一度目の前で観られたら、手術を受ける勇気が出ると思う、と。それで少しでも早く受けてもらいたくて、私、緑山マジシャンの連絡先を探しています。どうでしょうか?」
「うん、話してくれてありがとう」
 不知火は携帯端末を懐から取り出した。その様子を目の前にして、ルイーザが舌足らずな調子で聞いてくる。
「電話してくれるですか?」
 喜色が露わな彼女に対し、不知火は時計を見てから首を横に振り、即座にフォローする。
「今日、この時間は緑山さんはお仕事が入っていると聞いています。ですから、電話は無理だけれども、メッセージを送っておきます。お仕事が終わったあと、読んでくださるでしょう」

 つづく
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