つむいでつなぐ

崎田毅駿

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9.魔法使いだって悩むもの

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 不知火が友達とマジックの先生を連れてきたのは、至って普通の、いやむしろ古めかしくて通常なら入るのをためらいそうな構えの店だった。流行っていないのは明白で、店内にお客は見当たらず、ショーウインドウは曇りがちでメニューがよく見えない。
「な、何でここが気になったの」
 案内された窓際の四人掛けテーブルに着き、店の内装をざっと見渡しながら源が不知火に聞く。ちなみに席の並びは、女子二人が隣同士で、源が奥。緑山は反対側の二連ソファのほぼ真ん中に腰を下ろしている。
「看板に出ていたの、気付きませんでした? 『ベネゼエラ・コーヒー』って」
「え? ベネズエラ・コーヒー?」
「ちょっと違います。むかーし、源さんにも話した覚えがあるのですが、ベネズエラをベネゼエラと言っても聞き分けにくい、みたいな話を」
「ああ、覚えてる。つまり、外の看板には『ベネゼエラ』とあったのね」
「はい」
 笑顔で肯定する不知火に、今度は緑山が真顔で「何のこと?」と聞く。それに応える前に、従業員の中年女性が注文を取りに来たので“ベネゼエラ・コーヒー”とケーキのセットを三人分、オーダーした。
「今はソフトが進歩して、『べねぜえら』と打ち込んでも『ベネズエラ』と訂正してくれる物もあるかと思いますが、昔は『べねぜえら』を変換しようとすると無茶苦茶になっていた。そういうことです」
「ああ、ようやく意味が理解できたよ」
 そうこうする内に、早々とケーキセットが運ばれてきた。ケーキはお任せだったのでどうせ同じ物が三つ、それもバタークリームのケーキだろうなと期待していなかった。だが目の前に並べられたのは三つとも異なるケーキ。一つ目はオーソドックスなチーズケーキ、二つ目はモンブラン(ただし栗の実はのっていない)、三つ目が中にキウィやイチゴやバナナなどの欠片を巻いたフルーツロール(ただしやや薄切り)と、バラエティに富んでいる。
「どうします?」
 不知火が二人を見やった。
「ここはやはり、財布を握っている緑山さんからお好きな物を」
「いやいいよ。甘い物は嫌いじゃないけど、何が好きっていうこだわりは薄いから。女子二人が選んだあとの残りでいい」
 そう言われて、今度は不知火と源が目を見合わせる。
「どうしましょう」
わたし的には、三つを三人でシェアしたいくらいだけど」
「え、そういうのは遠慮したい」
 ケーキ選択会議の終了を待とうと背もたれに身体を預けていた緑山だったが、弾かれたように戻って来た。
「分けるのなら、二人で二つのケーキを……いや、僕はなくてもかまわないから二人で三つをシェアしてくれていいよ」
「それでは私達がカロリーオーバーです」
「あー、もうお好きなように」
 緑山は長く待たされるのを覚悟したのか、懐からサイズが大中小と様々なコイン三枚を取り出すと手先で操り始めた。
「新しい演目ですか」
「いや、これはほんとに単なる基礎トレーニング。色んな大きさのコインを操れた方がいいからね。仮にお客さんから借りたコインでも」
「そういうもんですか」
「うん。カードとなるともっと繊細で、横幅がコンマ数ミリ長かったり短かったりしただけで違和感を感じて、うまくできない場合もあり得る」
「大変な仕事だぁ」
「こちらのことはいいから、早く決めてね」
 結局、不知火がモンブラン、源がフルーツロールを選び、少しだけシェアすることになった。
「ご本人としては、今日の出来映えには満足されていますか」
 いただきますをしてから早速、源が聞いた。
「満足……には届かなかったかなあ。落第点ではないけれども、もっとよくできるはずと思ってやっているから。あちこちに瑕疵があったのは、自分でもよく分かっている。やっている本人だからこそ分かるって言うのもあるかもしれない」
「具体的にはどこが不満でした?」
 不知火は口に入れたモンブランケーキを味わい、ほどよい甘さだと感じた。
「一番はラストだな。急ぎ足になってしまったのが悔やまれる」
 最後にやったトランプを復活させるマジックのことらしい。
「時間があればもうちょっと感動的な演目にできた可能性があったのに。あんな短い時間に押し込んじゃうと、何だか教訓じみてしまってマジックらしさが弱くなる」
 彼の言葉には悔やしさがにじんでいた。

 つづく
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