つむいでつなぐ

崎田毅駿

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6.疑いは晴らさねばならぬ

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 不知火が想像した通り、二度目のストップも失敗。今度はマジシャンが弾き始めない内から、女の子がストップと言ってしまったのだ。
「焦らない焦らない。声は凄くいいんだから。いい練習になったよね。さあ、三度目の正直、お願いします」
 二度続けて失敗した(させられた?)せいか、女の子からの返事はなし。テーブルの上に見える緑山の両手とカードをじっと見つめ、集中しているようだ。
「それじゃ行くよ」
「――ストップ!」
 今度こそ成功した。
 緑山は指を止めて、自らは身体をねじって後ろを向いた。
「よかった、成功だ。ありがとう。じゃあ、これを会場の皆さんで覚えてください。僕は見ませんので。あ、思わず声に出して読まないようにね。お手伝いしてくれた子の努力が水の泡になります」
 そう注意したあと、止めたところでカードを二つに分け、上の方をゆっくりと返してみせる。クラブの5だった。緑山の手がその一枚を抜き取り、残りのカードはひとまとめにして裏向きに置いた。
「覚えましたね? それじゃこれをカードの山に戻します」
 後ろを向いたまま、クラブの5をカードの山の適当なところに差し込む緑山。机の平面に当ててとんとんと揃えられ、どこに入ったのかは目で見ても分からなくなる。
「さて、今さら言うまでもないでしょうけれども、これはカードを当てるマジックです。このまま当てても、まだ何か怪しいぞという向きもおられるでしょうから」
 そう述べつつ、緑山は片手でカードのコントロールを始めた。トランプ一山をいくつかの塊に分け、巧みな手さばきで上下を入れ替えていく。
「このように上下を入れ替えて、順序をばらばらのめちゃめちゃにすれば、選ばれたカードがどこに行ったのか分からなくなる、よね?」
 会場の大多数は「うん!」と肯定的な反応を示したのだけれども、ごく一部に「そうかなー」という懐疑派もいた。これには緑山も苦笑し、一度カードをきちんと揃えてから手を引っ込めた。両太ももに手をつくような姿勢になり、「これでもお疑いとは、さてどうしましょうか」と思案顔。
 するとおもむろに、「そうかなー」の声が上がった方に目を向けて、「疑い深いあなたに手伝ってもらいましょう」と言い出した。発言の主である人物は男性で、見た目は若いが結構白髪が交じっている。四十歳手前ぐらいか。組んでいた腕を解いて、「俺?」という風に自らを指差した。
「はい、あなたです。お子さん連れですか。心配なら当病院の者にお預けください」
 マジシャンはさも病院関係者であるかのような発言をして、再度笑いを誘う。幸い、男性には連れの女性がいて、そちらが子供の手を引いた。
「どうぞこちらへ。野次の責任は取らないといけません。何とお呼びしましょうか」
「えと、梶原かじわらで」
「では梶原さんに盛大な拍手を願いします」
 沸き起こる拍手に戸惑いつつも気をよくしたような笑みになる梶原氏。デスクの脇まで来た彼に、緑山はカードの束を持つように頼んだ。
「お好きなようにシャッフルしてください。できれば落とさないように。自信がないときは、この机の上でぐしゃぐしゃにかき混ぜていただいても結構です」
「分かりました」
 身体は細身だが眉が太く厳つい雰囲気の梶原氏は、器用にヒンズーシャッフルを繰り返した。軽く五十回は切ったところで気が済んだようだ。
「もういいですか? お疲れ様でした」
 立ち上がって梶原氏の背中に左手をあてがい、ねぎらう緑山。
「これから先ほど選ばれたカードを探し出してもらいたいのですがよろしいですか?」
「探すって、この中から?」
 手の中の束を見やる梶原氏。ちょっと面倒臭そう。
「はい。僕から見えないよう、お願いします。選び終わるまで僕はそのカードを言い当てますから」
「しょうがねえな」
 手元のカードの束をひっくり返し、表向きにしてみていく。緑山は男性から離れて元の席に戻るや、「あ、分かりました。――クラブの5かな」と呟いた。
 梶原氏の手が止まり、「えっ」と声を漏らす。観客の多くも同じような感嘆の反応を示した。
「何故分かったか、不思議ですか?」
「あ、うん」
「梶原さんが背中で教えてくださったからです。すいませんが、ちょっとこちらを向いて皆さんに男の背中を見せてあげてください」
「ん? 何のこと?」
 言いながらも素直に観客席へ背中を向ける梶原氏。途端に、「おおーっ」というどよめきが生じた。
 梶原氏の背中の真ん中辺りに、トランプが一枚張り付いていた。クラブの5だった。

 つづく
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