つむいでつなぐ

崎田毅駿

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5.マジシャンはやさしくて意地悪

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「たいしたことじゃないです。緑山さんが『やってみたい人』と言ったあとに、変な間ができたでしょう?」
「ええ。何となくだけど私も気になった。ミスなのか予定通りなのか微妙な」
「あれは恐らく『やってみたい人は手を挙げて!』と言いそうになったのを、寸前でよしたんだと思います」
「え、何でやめなきゃ――」
 やめなきゃいけないの?という質問を途切れさせる源。彼女も察したらしい。
「そっか。ここは病院だから、特に気を遣ったんだ?」
「はい、多分」
 何らかの理由で手を挙げられない子もいるんじゃないかと気付き、マジックショーではおなじみの口上を急遽ストップした。だから間ができて、変な風に聞こえたのだと思う。
 カイ君はと見ると、包帯を巻いていない左手でリングをさするように触っている。もちろん、隣の女の子がリングを支えてあげているのだ。
「気が済んだ? 切れ目なんかないでしょ? では返してもらえるかな。あ、そのまま持っていて」
 手にした輪っかを前に差し出そうとしたカイ君を止めると、マジシャンは手にしていた輪の方を近づけていった。それはさっきマジシャンがやったのと同じように一点で接し、溶けるように交差し、貫通した。
「はい、これで返してもらうね。ありがとう」
 二つの輪っかが交わるところを文字通り目の当たりにし、カイ君も少女も改めて驚き、大喜びしている。
 その後も緑山は四つの輪っかを自在に操り、つなげたり離したり、ピラミッドや蝶々の形にしたりと流れるように演じた。
 三つ目のマジックは複合技だった。まず透明なコップに入った透明な液体が、ハンカチを被せてすぐにまた取る一瞬の内に、青色に変わる。そのコップは台となるテーブルに置き、代わって英字新聞を取り出した。新聞紙一枚を細かくちぎって重ね合わせ、手の中でボールのように丸めた。そこから一枚ひらりと床に落ちるが気にせずに、丸めた新聞紙を再び開いていくと、元通りの一枚に戻っている。しかもその左下の角が四角く破れており、先ほど落とした紙切れをあてがうとぴたりと合う。
 その新聞紙をメガホン状にし、最初に用いたコップを手に取るや中身の青い液体を高い位置から新聞紙メガホンに注ぎ入れる。が、液体が染み出ることはなく、それどころか新聞を開くと液体は消え失せ、中はまったく濡れていない。
(古典的な演目も三つうまくつなげると、スピード感と相まって、別のものに見えてくるんですね。お見事でした)
 最後になる四つ目のマジックの前に緑山は再度、女性司会者に目で合図を送る。学習机のようなどっしりした外観のデスクが椅子とともに運び込まれた。その机上を捉えるためのカメラが電気スタンドよろしく装着されている。
 その搬入作業と同時に、緑山の背後少し離れたところの天井から、黒い縁取りのある白のスクリーンが降りてきた。言うまでもなく映像を投影するための物で、机上のカメラが捉えた動画がそのままスクリーンに映される。
 病院のロビーにこのようなからくりめいた設備があることを知らなかった人は多いらしく、今日初めて足を運んだ面々は無論のこと、通院もしくは入院患者と思しき方達の中にも驚きや感嘆の声を発している人が結構いる。
「凄いでしょ。僕が自慢することじゃ全然ないですけど」
 すかさず言って、笑いを取るマジシャン。
「こういうのがあってほんとに助かります。この設備のおかげで、一番得意とするマジックをご覧に入れられるのですから」
 そう宣言しながら取り出したのは、最初と同じくトランプ。これからやるのはカードマジックで、手元をみんなに見てもらうためにはカメラやスクリーン等が必要というわけ。
 準備が整ったところで緑山はマイクを係の人に渡し、机の上に用意されていた小ぶりなマイクスタンドに取り付けてもらう。それからデスクの向こうの椅子に腰を下ろした。
「最初はシンプルな現象がいいでしょう。さっき、お手伝いしたいと言ってくれた子で、輪っかに触れなかった子に、改めてお手伝いを頼もうかな。難しくはないよ。その場にいて、ストップって言うだけだから」
 最前列のちょっとませた雰囲気の女の子が選ばれた。おだんご二つをくっつけたような髪型が似合っている。
「こうやってトランプをぱらぱらぱらって弾いていくから、好きなときに『ストップ!』って大きな声で言ってください。分かった?」
「分かった」
「では行くよ」
 裏向きのトランプの束の端を指で押し上げ、次に弾き始める緑山。ヶ、その動作はあっという間に終わった。女の子がストップを言う間はもちろんなし。
「うーん、もうちょっと早くお願い。もう一回行くから、今度は遅れないようにね」
「うん」
 後ろから見ていても、女の子の肩に力が入るのが分かる。
(このパターンは……)

 つづく
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