1 / 29
1.怪我人いっぱい、死者も出た
しおりを挟む
平日の昼前だというのに病院の待合は意外と混雑していた。それまでは見知らぬ人と人との間は一つか二つ、空席を挟んでいられたのが、今では徐々に埋まり始めている。
「この間ね、親戚の集まりがあったんだけど」
昔から仲のよい友達の関係にある源《みなもと》からそんな風に切り出され、不知火《しらぬい》は調べ物の手を止め、辞書を太ももの上で伏せた。何か自分にとって興味深い話をしてくれるのだという予感がある。
「まだ小さな、小学生低学年辺りの子が二人で会話してるのが聞こえて来て。何となく耳を傾けていたら『怪我人いっぱい、死者も出た』と言ってるのよ」
「穏やかではありませんね。大人がしていても剣呑なやり取りです」
「でしょう? 私もええっ?となっちゃって、その子達のいる場所に近付こうとにじり寄ったわ。あ、部屋は畳の間ね。大きな温泉旅館の大広間」
「了解しました」
「一体何の話をしているのかしらと意識を集中すると、時間が経つにつれておぼろげに分かってきた。片方の子がもう片方の子に、旅行したときの土産話というか自慢話というか、そういうのをしてるみたいなの」
「ふうん。そのような旅のお話で、怪我人だの死者だのはやはり不自然だと思いますが、旅先で事故の発生に第三者的に遭遇したということでしょうか」
「そう思うでしょ、不知火さんでも」
「はい」
「ところがよくよく聞いてみると、子供達の舌足らずな言い方プラス私の早とちりが原因の聞き間違いでした。さあ、何を聞き違えたんでしょうか、考えてみて」
「……手掛かりが少なすぎますね」
不知火は一応首を傾げてみせてから、源の顔を見つめた。けど、同じようなシチュエーションは実はこれまでにも何度も経験している。源の方も簡単にはヒントを出してくれそうにない。両手で頬杖をつき、にやにやにこにこして見つめ返すばかりである。
「想像を逞しくすると、一つ、駄洒落が浮かんでいるのですが、そこからが全然進めません」
「どんな駄洒落? 言ってみて」
「そこだけ単独で言っても、意味が通じない……」
「いいから。ミステリには有名な聞き違いがあってね。『丸は三角』だっていうの」
源は子供の頃から小説を書くのが好きかつ得意で、殊に推理小説には一家言持っているタイプである。
「『丸は三角』でしたら私も昔から承知しています。パズルや言葉遊びが発祥だと思っていましたけど、ミステリにもあるのですか」
「うん。まあ、ミステリとパズルは似ているところあるものね」
「念のために確認しますが、『丸は三角』というのは、『丸』という漢字の画数が三画だという意味で合っています?」
「合ってる。同じネタだね。私から横道に反らしておいてなんだけど、そんなことよりも思い浮かんだ駄洒落っていうのを聞かせてよ。恥ずかしがらずに」
「はい、まあ恥ずかしいわけではないのでかまいません。『死者も出た』は『シシャモ出た』と音が同じになるなと、ふと閃いただけです」
つづく
「この間ね、親戚の集まりがあったんだけど」
昔から仲のよい友達の関係にある源《みなもと》からそんな風に切り出され、不知火《しらぬい》は調べ物の手を止め、辞書を太ももの上で伏せた。何か自分にとって興味深い話をしてくれるのだという予感がある。
「まだ小さな、小学生低学年辺りの子が二人で会話してるのが聞こえて来て。何となく耳を傾けていたら『怪我人いっぱい、死者も出た』と言ってるのよ」
「穏やかではありませんね。大人がしていても剣呑なやり取りです」
「でしょう? 私もええっ?となっちゃって、その子達のいる場所に近付こうとにじり寄ったわ。あ、部屋は畳の間ね。大きな温泉旅館の大広間」
「了解しました」
「一体何の話をしているのかしらと意識を集中すると、時間が経つにつれておぼろげに分かってきた。片方の子がもう片方の子に、旅行したときの土産話というか自慢話というか、そういうのをしてるみたいなの」
「ふうん。そのような旅のお話で、怪我人だの死者だのはやはり不自然だと思いますが、旅先で事故の発生に第三者的に遭遇したということでしょうか」
「そう思うでしょ、不知火さんでも」
「はい」
「ところがよくよく聞いてみると、子供達の舌足らずな言い方プラス私の早とちりが原因の聞き間違いでした。さあ、何を聞き違えたんでしょうか、考えてみて」
「……手掛かりが少なすぎますね」
不知火は一応首を傾げてみせてから、源の顔を見つめた。けど、同じようなシチュエーションは実はこれまでにも何度も経験している。源の方も簡単にはヒントを出してくれそうにない。両手で頬杖をつき、にやにやにこにこして見つめ返すばかりである。
「想像を逞しくすると、一つ、駄洒落が浮かんでいるのですが、そこからが全然進めません」
「どんな駄洒落? 言ってみて」
「そこだけ単独で言っても、意味が通じない……」
「いいから。ミステリには有名な聞き違いがあってね。『丸は三角』だっていうの」
源は子供の頃から小説を書くのが好きかつ得意で、殊に推理小説には一家言持っているタイプである。
「『丸は三角』でしたら私も昔から承知しています。パズルや言葉遊びが発祥だと思っていましたけど、ミステリにもあるのですか」
「うん。まあ、ミステリとパズルは似ているところあるものね」
「念のために確認しますが、『丸は三角』というのは、『丸』という漢字の画数が三画だという意味で合っています?」
「合ってる。同じネタだね。私から横道に反らしておいてなんだけど、そんなことよりも思い浮かんだ駄洒落っていうのを聞かせてよ。恥ずかしがらずに」
「はい、まあ恥ずかしいわけではないのでかまいません。『死者も出た』は『シシャモ出た』と音が同じになるなと、ふと閃いただけです」
つづく
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忍び零右衛門の誉れ
崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる