化石の鳴き声

崎田毅駿

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10.夢のお告げに導かれ

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(何、これ?)
 純子の目の前に、白い、大きな物がありました。とても近くにあるので、何なのか、さっぱり分かりません。
 純子は、その白い物を遠ざけようと、ぐっと押してみました。でも、びくともしません。両手で力一杯、一生懸命に押しても、同じです。
(あ、そうか。私が下がればいいんだ)
 簡単な解決方法を思い付くと、純子はすぐに実行しました。そろりそろり、後ろ向きに下がります。
 ところが、下がっても、下がっても、なかなか、白い物の全体は見えません。どうにか、白い物がいくつもあって、それらが組み合わさっているとだけ分かりました。
 かなりの距離を歩いて、やっと、純子は全体像を見ることに成功しました。
「あ!」
 白い物の正体を知ったとき、そんな驚きの声が、勝手にこぼれます。それほどの感動を与えてくれるのは……。
「恐竜の化石! すごい!」
 それは首長竜の化石でした。何という名前か分かりませんが、長い首に、大きな前びれ、カメのような胴体は、首長竜に違いありません。
(おじいちゃん、首長竜とか海竜は、恐竜じゃないって言ってたっけ。恐竜の仲間なんだって。でも、首長竜だって、立派な恐竜だと思うわ)
 そんな言葉を心でつぶやきながら、純子は再び、化石へと近付きました。手でなでてあげたくなったのです。
 あと少しで手が届こうかというとき――。
「あ、あっ」
 首長竜の左前びれに、ひびが入ったのです。あわてて、純子は駆け寄りました。そっと両手で、ひび割れた部分を包みます。
 でも、でも……。
 ぱらぱらと音を立て、純子の手から、細かくくだけた骨がこぼれ落ちました。
「……」
 言葉をなくし、首長竜を見上げる純子。
 次の瞬間、化石全体に、ひびが入り始めました。細かな粉があちこちから降ってきて、純子の肩にもかかります。もう、どうすることもできません。
 純子は泣きそうになりながら、何とかその場を離れました。
 そして、崩壊。
 首長竜の化石は、今や、粉々に砕け散って、元あった場所に、うず高い山を作っていました。
「首長竜が……死んじゃった」
 ぼう然。次に、自分の身体が痛みを受けたように、純子の気持ちは、張り裂けそうになっていきます。
「いやあっ!」

 身体を起こすと、真っ暗な部屋の中にいるんだと、純子は気付きました。
 目は覚めました。そう、夢だったのです。
「夢……」
 胸の前で掛けぶとんの端っこを握りしめながら、純子はぽつりとつぶやきます。
「夢で……よかった」
 安心できたせいでしょう。深いため息をつくと共に、純子の右目からは一粒、涙がこぼれていました。こぼれた涙は、ふとんの布に、小さな染みを作ります。
(嫌な夢……。どうして、あんな悪い夢を見たの?)
 純子は、自分に腹が立ってきました。好きな化石の夢を見るのはいい。だけど、それが壊れるところなんて、見たくない。
(もしかして……正夢?)
 よくない想像が、純子の頭に浮かんでしまいました。いくら彼女自身が打ち消そうとしても、それは勝手に、どんどん悪い方へと広がっていきます。まるで、大雨の前の黒雲のように。
「いけない!」
 一声、短く叫ぶと、純子はベッドから飛び降りました。そして、そのあとは、音を立てないように、準備を始めました。
 何の準備?
(あそこに行ってみないと……)
 そうです。この夜中、純子は秘密の場所に行こうと決めたのです。
 着替えてから、純子は懐中電灯を探しました。部屋の明かりをつけては、お母さんやお父さんに気付かれるかもしれないので、暗いまま探します。机の隅っこに、懐中電灯はありました。
「電池、よし、と」
 ほんの一瞬、試しにスイッチを入れてみると、ちゃんと明るい光が出ました。
 懐中電灯をしっかりと両手で握り、純子は部屋を、そっと抜け出しました。

 思ったより、夜道は暗くありませんでした。懐中電灯はもちろんのこと、外灯がある上に、天には自然の明かりがあるからです。空に輝く星々は、都会の夜空とは比べものになりません。銀色にきらめく星に、手が届きそうなぐらい。
 純子は、後ろの方を、ずっと気にしています。両親のことも気になりますし、誰かにつけられているのでは、という恐怖心もあるかもしれません。
 秘密の場所は、昼間よりも、ずっと遠くにあるような気がしてきます。歩いても歩いても、見慣れた光景は目の前に現れません。
 実際、いつもより時間がかかって、純子は目的の場所にたどり着きました。転ばないよう、慎重に坂を歩き、とげとげの針金で囲われた土地の手前に来ました。
 がさっ!
 不意に、そんな音が。
 全身を震わせた純子は、声を上げそうになりました。けれど、何とか声を飲み込んで、しゃがみ込みます。
 立入禁止になっている土地の中に、誰かいるらしいのです。でも、暗くて誰なのかは、分かりません。かといって、懐中電灯を向けては、こちらのことを気付かれてしまうでしょう。気付かれてはいけないと、純子はじっと闇を見つめました。
 星のおかげで、ぼんやりと、人影が浮かんできました。何かの道具を持って、地面を掘り起こしているみたいです。さっきの音も、地面を掘る音だったのでしょう。
(……太田……さんだ)
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