誘拐 ~ 幸福の四葉

崎田毅駿

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6.過去の関係者その二

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「忙しいところを申し訳ない」
「いやいや。警察への協力は市民の務めですよ」
 眼鏡を掛けた細面の顔を柔和に緩め、いかにも人好きする表情を作った蔵部。体格も中肉中背で、威圧感はない。見た目の年齢も若そうで、社長と聞いて真っ先にイメージする人物像からはかなり外れている。
「それに、私どもの仕事柄、警察とよい関係を築いておくことは、決して損ではありませんしね」
 代わりに、弁が立つようだ。練川のぞみちゃん事件での彼らの暴走をあげつらってやりたかった三反薗だが、表情に出すことなく我慢する。
「蔵部さんは実際に探偵の仕事はされないんで?」
「しなくはありませんが、基本的にはここでふんぞり返っていますよ。あははは。何故、そんなことをお聞きに?」
「話は長くなるかもしれないので、確認ですよ」
「でしたら、今日は大丈夫。昼食をご一緒する気がおありなら、少なくともあと……四時間は三反薗さんに付き合えるでしょう」
「では遠慮なく。小渕さんとはどのようなお知り合いです?」
「昔からの知り合いとしか。きっかけは、我が社の広告作りを頼んだことですがね。チラシを発注したら、担当が彼だった」
「小渕さんは印刷工と聞いてますが」
「肩書きはそうかもしれませんが、小さな会社だから一人何役もやったんでしょう。デザインの細かい指定を直にできるので、ありがたかったな」
 思い出す口ぶりになる蔵部。しかし、遠い目をしたのは一瞬で、俯くと「彼が死んだとは、到底信じられません」と殊勝な口吻で言った。
「プライベートでのお付き合いは」
「割と気が合ったので、一緒に酒を飲む程度のことはしましたよ。年に数度ですがね」
「それなら、小渕さんの家族や親戚の方とも?」
「え、ええ」
 若干、たじろいだ様子を垣間見せる蔵部。のぞみちゃんの件を記憶の底から呼び起こされ、忸怩たる思いが浮かんだか、それとも……。
「ある程度は親しいですよ。……三反薗さん、警察の方なら当然ご存知だと思いますが、小渕さんから依頼を受けて、彼の姉夫婦の子が誘拐された事件に、私どもは介入した過去があります」
「存じ上げています。だからこそ早い段階で、こちらに寄せてもらった」
 声が震えそうになるのを、語調を変えることで抑えた三反薗。
「だったら、三反薗さん。私どものところに来なくても、練川さん夫婦に連絡を取れば……」
「誘拐事件の悲惨な結末のせいでか、小渕さんは絶縁されたようですね。我々警察が練川家に連絡しても、けんもほろろってやつでして」
「じゃあ、私が協力できるのもここまでですねえ。小渕さんに近しい人を、他に誰も知らない」
「そうですか。だが、話は終わりじゃない。こちらへ伺ったのには、実は別の用件もあるんだ」
 丁寧語を続けるのが危うくなってきた。三反薗は口元を手の甲で拭い、平静でいようと努力を重ねる。全ては娘のため、家庭のため。
「捜査上の秘密故、詳細は省くが、小渕さんは誘拐事件に関与していた節がある。その人質の行方を追っている」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 蔵部は肘掛けを押して立ち上がり、座り直した。ついでのように眼鏡のずれも直す。
「ま、まず確認させてください。その事件とは、練川さんの娘さんのことではないんですね?」
「もちろん。のぞみちゃんは死んだ」
 おまえらのせいで、と言い足すのは思いとどまる。四葉の犯行で被誘拐者を死なせた責任は、警察にも多々あった。
「では、一体、どんな……」
「秘密だ。言っておくが、私は個人的に動いている」
 つい口走ってしまった。そうせずにいられなかった。
「蔵部さん。あなた方が人質の行方を知ってるんじゃないか?」
「知らない」
 蔵部は首を左右に振った。最前の焦りは消えたかのように見える。真偽のほどは、三反薗には判定できなかった。
「小渕の自宅に人質はいなかった。彼の周囲の人間にも、共犯者は見当たらない」
「私どもが共犯者だと?」
「違うのか」
「冗談じゃありません」
「小渕の奴から、子供を預かってくれと頼まれなかったのか? 六月二日以降に」
「……それはなかった」
 蔵部の表情に変化が見られた。瞬間的に血の気が引いたような具合だ。思い当たる何かがあるに違いない。
「何だ?」
「先月末だったか、おかしな依頼がありましたね。彼の言い種を再現すると、確か……『小さな子供を四の五の言わずに預かってくれる、無認可保育所みたいなところはないか』と相談を受けました」
「紹介したのかっ?」
 台詞とともに掴み掛かりそうになった。事実、立ち上がった三反薗は、乱れた息を整えるのに必死だった。
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