誘拐 ~ 幸福の四葉

崎田毅駿

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5.過去の関係者

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「と言いますと」
 よほどその書類を見せてくださいと言いたかったが、手を伸ばすのをぐっと堪え、三反薗は待った。
「しのぶちゃんが遺体で見つかったあと、しばらくの間、小渕を尾行・監視した。その体制を解かない内に、次の四葉の犯行が起きたとある」
「アリバイがある訳ですか。しかし、共犯者がいて……」
「その可能性は低いとされている。共犯がいるにしても、連絡を全く取り合わないことは考えにくいという理由でな」
「じゃ、じゃあ、今回も共犯がいる可能性は低いんでは……」
 つまり、逆に可能性が高まる。幸がすでに殺害されている可能性が。
 三反薗の心配をよそに、田邊は書類を四つ折りにした。しばし考える様子を見せたかと思うと、おもむろに口を開く。
「小渕が四葉であると考えると、そう思わざるを得なくなるが、どうも矛盾している。約束さえ守れば被害者の身の安全を保障するのが、奴のやり口。今回は子供を預かる共犯者がどうしても必要だろう。むしろ、この報告書を信じて、小渕は四葉でないと見なす方が自然じゃないか」
「どういう意味ですか」
「模倣犯。今風に言えば、コピーキャットか」
「そんなはずは。四葉を模倣するには、例のマークを知らなければ無理です。田邊さんにはまだ見せていませんが、脅迫状には四葉マークがしっかりとあったんだ。間違いない」

「しのぶちゃん事件の折、小渕は四葉からの脅迫状を目にしているだろ」
 何を言ってるんだ、当たり前のことをとばかりに指摘してくる田邊。
「……ああ」
 腑に落ちた。俄然、模倣犯の可能性が高まってしまった。
 しかし、三反薗にとって、小渕が四葉であるかどうかは二の次。一番大事なのは、幸の安否だ。四葉なら約束を破らない限り無事だと信じるだけの前例があるが、模倣犯では当てにならない。
「恐らく、姉夫婦の家を追い出され、小渕は生活苦に陥ったんじゃないか。そこで思い付いたのが誘拐。自分を転落させた誘拐という手段を執ることで、恨みを晴らすつもりもあった。こう考えれば、つながってくる」
「何故、幸なんでしょう? 私の娘を狙った理由が分からない」
「それは想像するしかないが、我々に対する恨みもあったかもしれん。知り合いの探偵社に、調べさせたんじゃないか。警察関係者の自宅住所や家族構成を炙り出すとは、大した能力だな。そして、たまたま家が近所のおまえが選ばれた……」
 あとは裏付けを取るだけだと言わんばかりの田邊の口ぶりに、三反薗は苛立ちを徐々に募らせた。
「今の私にとっちゃ、事件の背景はどうでもいいんです。幸の居場所を、早く突き止めてください」
「親しい人間を中心に鋭意捜査中だと、さっきも言っただろ。小渕が四葉でなくても、絶対に共犯がいるはずだ」
「私を、そちらの捜査に当たらせてください。今の状況は耐えられません」
「……死んだ小渕が四葉であろうがなかろうが、幸ちゃんの安全度は変わらないんだぞ」
 被害者の身内が捜査に関わるのは好ましくないなどとは言わずに、厳しい現状を言葉にする田邊。三反薗は一層強い調子で言い返した。
「関係ありません。とにかく、幸を探したいんです。親の気持ちが分からん訳じゃないでしょう、田邊さん?」

 三反薗が真っ先に疑ったのは、蔵部探偵社だった。独力で誘拐事件に対処しようとしたり、(田邊の推測だが)警察官の住所や家族構成、資産状況等を調べたりする辺り、少々危ない仕事でも請け負う方針なのだろう。小渕が誘拐の事実を伏せて幸を預かってくれと頼んだら、金次第で引き受けるのではないか。
 ただ、この見方にはおかしな点もあった。田邊の推測通りだとしたら、探偵社は幸が三反薗の娘だと知っているはず。小渕が幸を連れて来た段階で気付くであろう。刑事の娘と承知の上で、預かるとは常識的に考えづらいが、いかなる危ない橋でも渡るのだろうか。
 ともかく、三反薗は単身で乗り込んだ。小渕が四葉の一味である線が、まだわずかながら残っているためだ。下手に同僚と行動を共にし、約束を違えたとみなされては最悪。飽くまで、独力でここまで辿り着いた風を装うのが賢明であろう。できれば誘拐の件そのものも持ち出したくないが、さすがに難しい。
「小渕さんが交通事故で亡くなり、家族の方を探しているのですが、なかなか掴まえられませんでね。アドレス帳にあった住所を一つずつ当たっているところなんです」
 穏やかな態度に努めながら、探りを入れる。応対に出た受付の女性を通じ、社長の蔵部嗣郎しろうに伝えてもらうと、案外簡単に会うことができた。中規模の探偵社ながら、広々とした応接室に通され、ガラスのテーブルを挟んで向かい合って座る。
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