誘拐 ~ 幸福の四葉

崎田毅駿

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4.本物か模倣犯か

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「顔を」
 死んだその男が偽名を使って、自分と過去に接触していたのかもしれない。そんな可能性を考え、三反薗は顔写真を求めた。
「今、免許証のコピーしか手元にない。部屋には写真の一枚や二枚、あるかもしれんが」
 言いつつも、そのコピーを取り出す田邊。不鮮明極まりないが、顔が分からないほどではない。実物との印象の違いを差し引いたとしても、見知った顔ではなかった。
 首を捻ってみせた三反薗。田邊は「そうか」と呟く。
「ならば、確定だな。誘拐があった。四葉がおまえの娘をさらった」
「――……」
 ずばりと言われ、絶句した。状況を把握するのに時間を要し、最初のショックが去ってからは、冷静な判断の上、無言になる。
「安心しろ。警察の力を、刑事が信じなくてどうする。それに、おまえは誘拐の件を一言も漏らしちゃいないんだ」
「……どうして分かったのですか」
 質問を絞り出す声が、掠れた。田邊は音量を一層落とし、答える。
「封筒の中身は、現金受け渡しの指示を記した物だった。おまえの名前も出て来たし、幸ちゃんの無事を保証する旨も書いてあった」
「読ませてくださいっ」
 部下の掴み掛からんばかりの勢いに、田邊は相手の両肩に手を置き、落ち着かせた。
「ここにはない。貴重な証拠品だからな。指紋やら筆跡やらを至急調べているところだ。じきにコピーが届く」
「幸は、幸は無事なんですねっ?」
「無事だと書いてあった。発見保護には至っていない」
「手がかりは? アパートには何もなかったんですか?」
 田邊の首が左右に振られた。三反薗は反射的に腰を上げ、車を飛び出そうとした。手首を掴まれ、「落ち着け」と止められる。否応なしに再び座る。
「今も調べている。おまえには他にできることがあるだろ。当事者としてな」
「……」
「四葉からの最初の脅迫状を受け取ったな? それを出せ。それから、脅迫状は郵便で来たのか、直接放り込まれたのか?」
「直接、郵便受けに入れられたみたいでした……」
「よし。それも調べよう。郵便受けに奴さんの指紋が残っているかもしれん。おまえさんとこには防犯カメラ、付けてなかったっけか」
 三反薗は質問に直には答えず、数秒の間を取った。言い辛さから目を細めて眉間にしわを作る。しかしやがてきっぱりと言った。
「田邊さんの言うことは、私も理解できています。しかし、幸の行方につながらないじゃないですかっ」
「無論、小渕の交友関係も調べる。たとえばだ、知り合いの女に預けるっていうのは、ありそうな線だろ」
「小渕なる男が主犯とは限らない」
 言葉を絞り出す。田邊が顔を顰めた。
「あん?」
「幸を預かる人物こそが、四葉かもしれない。だとしたら、小渕の死が四葉の次の行動にどんな影響を与えるのか、皆目見当がつかない。幸は、幸は……」
「そんな最悪なこと、させねえよ」
 悪い意味で煮詰まりかけた三反薗だが、田邊に背中を強く叩かれ、冷静なテリトリーに何とか踏みとどまった。

 いかにして目立たぬよう、郵便受けを鑑識に回すかの段取りを考えていた三反薗と田邊に、捜査本部から意外な報告がもたらされた。
 報告を書類の形で受け取った田邊の顔色が変わり、不安に襲われた三反薗。上司による説明を、息を飲んで待った。
「小渕の経歴を調べて、特別なことが判明した」
「過去に、何かやらかしていたのですか」
 その罪の種類によっては、親として気が狂わんばかりの思いを再び味わうかもしれない。
「前科はないみたいだ。むしろ逆。小渕の姉の子供が四葉に誘拐され、殺されている」
「え? 四葉の被害者と親戚ってことですか?」
 信じられない……と消え入るような声で続けた三反薗。
練川ねりかわしのぶちゃん事件だ」
 田邊の挙げた名前に、三反薗も覚えがあった。表沙汰になった中では三つ目の四葉事件で、練川夫妻は警察への通報を選ばず、さりとて自分達だけで解決しようともしなかった。蔵部くらべという探偵社に依頼したのである。しかし、その動向は四葉にあっさり看破され、まだ小学生の長女を失うことになった。
「探偵社への依頼を夫妻に持ち掛けたのが、当時、練川家に居候していた小渕だ。しのぶちゃんの死に責任を感じたのか追い出されたのかは知らんが、事件後、あのアパートに越したらしい」
「では、小渕は誘拐犯・四葉のターゲットとして、身近な人間にまで狙いを付けていたことになるんですね……」
 冷酷を絵に描いたような所業に、思わず歯ぎしりをした。
 が、そんな三反薗の焦燥を前に、田邊は落ち着いた声で続きを述べた。
「そこなんだが、ここには当時、小渕を疑った上で、四葉ではないと結論づけられた経緯が記されている」
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