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1.四葉という犯罪者
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誘拐殺人鬼・四葉は表舞台に現れるや、恐怖という名の旋風を世に巻き起こした。決して過言ではない。
人をさらい、金を要求する。ここまではあまたの誘拐犯と変わりない。ただ、四葉は約束にうるさかった。
人質と金との交換が成立完了するまで、同居人以外の者へ誘拐発生の事実を漏らさぬこと――この約束を反古にされたと知った時点で、四葉は脅迫文に謳った通り、人質を即座に殺害し、次の誘拐に取り掛かる。これが四葉のやり口だった。誘拐の職業化と評され、ドライでクールな四葉を英雄視する若者も極一部に出始めるほどである。
初めて四葉の犯行が公になってから、現在でほぼ二ヶ月半が経過。四葉によると見られる誘拐は、判明しただけで五件起きている。
うち三名が殺害された。警察への通報だけでなく、同居人以外に相談を持ち掛けたことを四葉に知られたために命を奪われたケースもあった。いずれも誘拐殺人事件として捜査が継続されるも、四葉の尻尾を掴むどころか、影さえ見つけられないでいる。
誘拐被害者の残る二名は家族が警察に報せぬまま対応し、身代金と引き換えに無事帰された。その後、警察に届けが出されたが、やはり犯人逮捕にはほど遠い。
この他にも、表沙汰になっていない犯行があるかもしれない。
加えて、今や、模倣犯が現れる始末。救いは、模倣犯が模倣犯としてあっさり看破される点くらいだろう。看破されるのには単純明快な理由がある。つまり、本物の四葉なら、脅迫文の末尾に特異な四つのマークを書き記す。このことは警察内部と被害家族しか知らない、最上級の秘密事項だ。ために、模倣犯はじきに御用となる。
公表されていないその四つのマークとは、四つ葉のクローバーである。一つはありきたりの四つ葉のクローバー、あとの三つはそれぞれハート、スペード、ダイヤを象った葉を持つ。印刷されたみたいに整い、きれいな緑色をしたマークだが、本当のところは手書きである。厚紙かプラスチック板による型枠のような物を用い、量販品の絵の具で作画したと推定される。この絵の具を含め、脅迫文に、物的証拠となりそうな手がかりは、一切ない。
三反薗夏彦は久方ぶりの我が家を前にして、早くも疲れが癒される気分に浸っていた。長引いた事件が片付き、休みを得た三反薗にとって、家庭は心の底からのんびりとできる空間。正真正銘、オアシスと言えた。
幸い、妻の香織は仕事に理解を示してくれている。彼女は元婦警なのだから、それも当然ではあるが、やはりありがたい。
一方、小学三年生になる娘の幸は、ほとんどかまってくれない父親に不満いっぱいのようだ。こうしてたまの休日ともなると、穴埋めをするかのごとく、思い切り甘えてくる。無論、三反薗もできうる限り応えるよう心掛けてきた。
「ただいま」
疲労感を滲ませまいと、意識して張りのある声で、インターフォン越しに告げる。鍵が解除された。いつもより早いお出迎えのように感じ、小さな幸せを味わう。
ところが。
「あなた」
まるで転がるようにして出てきた香織は、髪をばらけさせていた。いつもは最低でも引っ詰めにしているのに……と訝しさを覚えた三反薗は、続く妻の囁き声に耳を疑った。
「幸が誘拐されました」
「――まさか」
思わず、腕時計を覗き込んだ三反薗。今日は四月一日ではなかったはずだと、わざわざ確認する。
「とにかく、中へ入ってください」
さすがは元警官だと称えるべきか、香織は冷静さを保ち、家の中に夫を引き入れた。身体を斜めにしながら、どうにかバランスを崩さずに入った三反薗。
立ち尽くしていると、香織が背後に回って、玄関の戸にしっかりと施錠した。
「冗談でも何でもないんです。本当に、幸が誘拐されてしまった!」
香織が、ここに来てようやく、悲鳴のような声で訴えた。この重大事を絞り出すと、短距離走をしたばかりみたいに呼吸を乱し、肩で息をする。両手を下駄箱につき、額には汗を浮かべた。
「通報したのか」
三反薗は靴を脱ぐことも忘れ、妻の肩越しに聞いた。上下する肩が、香織の精神的疲労具合を物語る。
「できる訳ないじゃありませんかっ。幸をさらったのは、あの四葉なんです!」
人をさらい、金を要求する。ここまではあまたの誘拐犯と変わりない。ただ、四葉は約束にうるさかった。
人質と金との交換が成立完了するまで、同居人以外の者へ誘拐発生の事実を漏らさぬこと――この約束を反古にされたと知った時点で、四葉は脅迫文に謳った通り、人質を即座に殺害し、次の誘拐に取り掛かる。これが四葉のやり口だった。誘拐の職業化と評され、ドライでクールな四葉を英雄視する若者も極一部に出始めるほどである。
初めて四葉の犯行が公になってから、現在でほぼ二ヶ月半が経過。四葉によると見られる誘拐は、判明しただけで五件起きている。
うち三名が殺害された。警察への通報だけでなく、同居人以外に相談を持ち掛けたことを四葉に知られたために命を奪われたケースもあった。いずれも誘拐殺人事件として捜査が継続されるも、四葉の尻尾を掴むどころか、影さえ見つけられないでいる。
誘拐被害者の残る二名は家族が警察に報せぬまま対応し、身代金と引き換えに無事帰された。その後、警察に届けが出されたが、やはり犯人逮捕にはほど遠い。
この他にも、表沙汰になっていない犯行があるかもしれない。
加えて、今や、模倣犯が現れる始末。救いは、模倣犯が模倣犯としてあっさり看破される点くらいだろう。看破されるのには単純明快な理由がある。つまり、本物の四葉なら、脅迫文の末尾に特異な四つのマークを書き記す。このことは警察内部と被害家族しか知らない、最上級の秘密事項だ。ために、模倣犯はじきに御用となる。
公表されていないその四つのマークとは、四つ葉のクローバーである。一つはありきたりの四つ葉のクローバー、あとの三つはそれぞれハート、スペード、ダイヤを象った葉を持つ。印刷されたみたいに整い、きれいな緑色をしたマークだが、本当のところは手書きである。厚紙かプラスチック板による型枠のような物を用い、量販品の絵の具で作画したと推定される。この絵の具を含め、脅迫文に、物的証拠となりそうな手がかりは、一切ない。
三反薗夏彦は久方ぶりの我が家を前にして、早くも疲れが癒される気分に浸っていた。長引いた事件が片付き、休みを得た三反薗にとって、家庭は心の底からのんびりとできる空間。正真正銘、オアシスと言えた。
幸い、妻の香織は仕事に理解を示してくれている。彼女は元婦警なのだから、それも当然ではあるが、やはりありがたい。
一方、小学三年生になる娘の幸は、ほとんどかまってくれない父親に不満いっぱいのようだ。こうしてたまの休日ともなると、穴埋めをするかのごとく、思い切り甘えてくる。無論、三反薗もできうる限り応えるよう心掛けてきた。
「ただいま」
疲労感を滲ませまいと、意識して張りのある声で、インターフォン越しに告げる。鍵が解除された。いつもより早いお出迎えのように感じ、小さな幸せを味わう。
ところが。
「あなた」
まるで転がるようにして出てきた香織は、髪をばらけさせていた。いつもは最低でも引っ詰めにしているのに……と訝しさを覚えた三反薗は、続く妻の囁き声に耳を疑った。
「幸が誘拐されました」
「――まさか」
思わず、腕時計を覗き込んだ三反薗。今日は四月一日ではなかったはずだと、わざわざ確認する。
「とにかく、中へ入ってください」
さすがは元警官だと称えるべきか、香織は冷静さを保ち、家の中に夫を引き入れた。身体を斜めにしながら、どうにかバランスを崩さずに入った三反薗。
立ち尽くしていると、香織が背後に回って、玄関の戸にしっかりと施錠した。
「冗談でも何でもないんです。本当に、幸が誘拐されてしまった!」
香織が、ここに来てようやく、悲鳴のような声で訴えた。この重大事を絞り出すと、短距離走をしたばかりみたいに呼吸を乱し、肩で息をする。両手を下駄箱につき、額には汗を浮かべた。
「通報したのか」
三反薗は靴を脱ぐことも忘れ、妻の肩越しに聞いた。上下する肩が、香織の精神的疲労具合を物語る。
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