上 下
16 / 19

理と訳

しおりを挟む
 中から現れたのは、白色のW型をした塊。縦に細長いダブリューだ。固そうなのに、触れれば崩れそうにも見える。クッション代わりなのだろう、周囲と底に綿らしき物が敷いてある。
「これが自然な状態で七つ以上連なっているのは、なかなか見付からない。故に国外への持ち出しは禁止されているのだ。代用品として、欠片を拾い集めて、つなげることもあるそうだよ」
「これが七つつながっている……小麦の穂みたいな形になる?」
 頭の中での想像図をそのまま口にする結月。
「言われてみれば似ていなくもない。――アレッサ、案外的を射ているかもしれないよ、今の見方は」
「と言いますと?」
「昔から不思議に感じていた。希少価値があるとは言え、何でこんな豆粒ほどの物を婚約の証にしているのかと。連なった物が小麦の穂の象徴だとしたら、つまり食料の象徴。我々砂漠の民の食物に対する渇望が、この形をありがたがることにつながっているのではないか?」
 王子の話にアレッサは明らかに面食らっていた。切れ者らしい素早いレスポンスもこのときばかりは影を潜める。意味の咀嚼に時間を掛け、ようやく反応する。
「……急にアカデミックもどきなことを仰る。自分には判断しかねますので、帰国ののちに専門家に尋ねるとしましょう。忘れぬよう、きちんと書き取っておかなくては」
「任せた。さて、結月さん。話がてんぷ、いや脱線してばかりだが、返事を聞かせてもらいたい。断られても取材は最後まで付き合います」
「あの、ですね」
 結月は結月で、聞いたことをあれやこれやとメモ書きしていた。きりのいいところまで書き終えると一旦仕舞い、こちらの事情をどう切り出せばいいのかを少しだけ考えた。
 そのが、逡巡と受け取られたようで、アッシャー王子は言葉を継ぎ足してきた。
「一時の気の迷いや気まぐれで申し入れた訳ではないんだ。日本語で何と言ったか、ああ、唾を付けておくと言うつもりもない。一期一会? この機会を逃すと次にいつ直に会えるか確証がないので、この人はと思ったときは行く心構えで来ているのだ」
「率直で情熱的な言葉は素晴らしいと思うんですが……私は断らねばなりません」
「そ、そうか。すでに約束した相手がいるとか?」
 あっさりとした断りの返事に、動揺が露わなアッシャー。アレッサもメモを取る手を止めて、気の毒げな視線を送った。
「いえ、いません。私が断らなければならないのは、同性なので」
「うん? どうせいとは何だ、アレッサ?」
 アッシャーの問い掛けに、アレッサはこれまでと違って即答はせず、頑丈そうな顎に片手を当て、思案する。その時間、三十秒足らず。やがてアレッサは表情を明るくした、かと思うとしかめっ面になり、さっきまでとは逆の手を顎に当てて、また首を傾げる。
「おいおい、教えてくれないのですか、センセー」
「いくつかあるので迷いましたが、この場合は、性別が同じことを意味する同性……ですね、結月さん?」
「あ、はい」
「ああ、これで一応、納得した」
 結月の返事に大きな動作で頷くアレッサ。護衛も務めるというだけあって、そんな仕種一つ取っても力強く、体幹がぶれていない……ように見える。
「おーい、分かるように言ってくれませんかね、アレッサ先生?」
 置いてけぼりを食らった形のアッシャーが、ふくれっ面になっている。本気でいらついていることは確かだが、その表情は笑わせようとする方に重点を置いている風でもあった。場の空気を笑いで染めたいのかも。
「アッシャー王子。断られたことが多少ショックのようですが、ある意味、ご安心ください。ふられるのは必然だったのだから」
「その哀れんだ目と釣り合いが取れていないぞ、アレッサ」
「いえ、自分もすっかり騙されていた――当人にそんなつもりはないのだろうから、この言葉は不適切だな。すっかり信じて疑いもしなかったので、我々は同じ穴の狢というやつです。結月さんが男性だとは」
「男?」
 肝心要のことがようやく伝わり、アッシャーは両目を見開いた。そのままじろじろと結月を、頭のてっぺんからつま先まで見渡す。それだけでは満足、いや納得できなかったらしくて、席を立つと距離を取ってからもう一度改めて見据えてきた。
「信じられん……です。すらっとした体躯、繊細そうな手指、喉仏は出てないし。声もどちらかと言えば高い」
「希ですが、間違われた経験は何度かあります」
 結月はそう認め、微笑んだ。苦笑いを浮かべるつもりだったのに、失敗した。
「でも、結婚を前提にお付き合いを申し込まれたのは、初めてだった。なので、かなりびっくりしましたよ。ぎょっとして、笑い出すのも忘れてしまうほど」
 答えてから、隣の安藤をちらっと見やる。
(この人も最初は間違えたくらいだからなあ。じきに気付いてくれたものの、でも去年、女性用の水着をくれたのには焦った。ジョークでも何でもなく、姉さんへのプレゼントだと分かったときはほっとしたっけ)
 そのときの場面を思い出して、遅ればせながら苦笑いを作ることに成功した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

何度死んで何度生まれ変わっても

下菊みこと
恋愛
ちょっとだけ人を選ぶお話かもしれないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

誰が悪役令嬢ですって? ~ 転身同体

崎田毅駿
恋愛
 “私”安生悠子は、学生時代に憧れた藤塚弘史と思い掛けぬデートをして、知らぬ間に浮かれたいたんだろう。よせばいいのに、二十代半ばにもなって公園の出入り口にある車止めのポールに乗った。その結果、すっ転んで頭を強打し、気を失ってしまった。  次に目が覚めると、当然ながら身体の節々が痛い。だけど、それよりも気になるのはなんだか周りの様子が全然違うんですけど! 真実や原因は分からないが、信じがたいことに、自分が第三巻まで読んだ小説の物語世界の登場人物に転生してしまったらしい?  一体誰に転生したのか。最悪なのは、小説のヒロインたるリーヌ・ロイロットを何かにつけて嫌い、婚約を破棄させて男を奪い、蹴落とそうとし続けたいわいゆる悪役令嬢ノアル・シェイクフリードだ。が、どうやら“今”この物語世界の時間は、第四巻以降と思われる。三巻のラスト近くでノアルは落命しているので、ノアルに転生は絶対にあり得ない。少しほっとする“私”だったけれども、痛む身体を引きずってようやく見付けた鏡で確かめた“今”の自身の顔は、何故かノアル・シェイクフリードその人だった。  混乱のあまり、「どうして悪役令嬢なんかに?」と短く叫ぶ“私”安生。その次の瞬間、別の声が頭の中に聞こえてきた。「誰が悪役令嬢ですって?」  混乱の拍車が掛かる“私”だけれども、自分がノアル・シェイクフリードの身体に入り込んでいたのが紛れもない事実のよう。しかもノアルもまだ意識があると来ては、一体何が起きてこうなった?

コイカケ

崎田毅駿
大衆娯楽
いわゆる財閥の一つ、神田部家の娘・静流の婚約者候補を決める、八名参加のトーナメントが開催されることになった。戦いはギャンブル。神田部家はその歴史において、重要な場面では博打で勝利を収めて、大きくなり、発展を遂げてきた背景がある。故に次期当主とも言える静流の結婚相手は、ギャンブルに強くなければならないというのだ。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

おデブだった幼馴染に再会したら、イケメンになっちゃってた件

実川えむ
恋愛
子供のころチビでおデブちゃんだったあの子が、王子様みたいなイケメン俳優になって現れました。 ちょっと、聞いてないんですけど。 ※以前、エブリスタで別名義で書いていたお話です(現在非公開)。 ※不定期更新 ※カクヨム・ベリーズカフェでも掲載中

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...