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理と訳
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中から現れたのは、白色のW型をした塊。縦に細長いダブリューだ。固そうなのに、触れれば崩れそうにも見える。クッション代わりなのだろう、周囲と底に綿らしき物が敷いてある。
「これが自然な状態で七つ以上連なっているのは、なかなか見付からない。故に国外への持ち出しは禁止されているのだ。代用品として、欠片を拾い集めて、つなげることもあるそうだよ」
「これが七つつながっている……小麦の穂みたいな形になる?」
頭の中での想像図をそのまま口にする結月。
「言われてみれば似ていなくもない。――アレッサ、案外的を射ているかもしれないよ、今の見方は」
「と言いますと?」
「昔から不思議に感じていた。希少価値があるとは言え、何でこんな豆粒ほどの物を婚約の証にしているのかと。連なった物が小麦の穂の象徴だとしたら、つまり食料の象徴。我々砂漠の民の食物に対する渇望が、この形をありがたがることにつながっているのではないか?」
王子の話にアレッサは明らかに面食らっていた。切れ者らしい素早いレスポンスもこのときばかりは影を潜める。意味の咀嚼に時間を掛け、ようやく反応する。
「……急にアカデミックもどきなことを仰る。自分には判断しかねますので、帰国ののちに専門家に尋ねるとしましょう。忘れぬよう、きちんと書き取っておかなくては」
「任せた。さて、結月さん。話がてんぷ、いや脱線してばかりだが、返事を聞かせてもらいたい。断られても取材は最後まで付き合います」
「あの、ですね」
結月は結月で、聞いたことをあれやこれやとメモ書きしていた。きりのいいところまで書き終えると一旦仕舞い、こちらの事情をどう切り出せばいいのかを少しだけ考えた。
その間が、逡巡と受け取られたようで、アッシャー王子は言葉を継ぎ足してきた。
「一時の気の迷いや気まぐれで申し入れた訳ではないんだ。日本語で何と言ったか、ああ、唾を付けておくと言うつもりもない。一期一会? この機会を逃すと次にいつ直に会えるか確証がないので、この人はと思ったときは行く心構えで来ているのだ」
「率直で情熱的な言葉は素晴らしいと思うんですが……私は断らねばなりません」
「そ、そうか。すでに約束した相手がいるとか?」
あっさりとした断りの返事に、動揺が露わなアッシャー。アレッサもメモを取る手を止めて、気の毒げな視線を送った。
「いえ、いません。私が断らなければならないのは、同性なので」
「うん? どうせいとは何だ、アレッサ?」
アッシャーの問い掛けに、アレッサはこれまでと違って即答はせず、頑丈そうな顎に片手を当て、思案する。その時間、三十秒足らず。やがてアレッサは表情を明るくした、かと思うとしかめっ面になり、さっきまでとは逆の手を顎に当てて、また首を傾げる。
「おいおい、教えてくれないのですか、センセー」
「いくつかあるので迷いましたが、この場合は、性別が同じことを意味する同性……ですね、結月さん?」
「あ、はい」
「ああ、これで一応、納得した」
結月の返事に大きな動作で頷くアレッサ。護衛も務めるというだけあって、そんな仕種一つ取っても力強く、体幹がぶれていない……ように見える。
「おーい、分かるように言ってくれませんかね、アレッサ先生?」
置いてけぼりを食らった形のアッシャーが、ふくれっ面になっている。本気でいらついていることは確かだが、その表情は笑わせようとする方に重点を置いている風でもあった。場の空気を笑いで染めたいのかも。
「アッシャー王子。断られたことが多少ショックのようですが、ある意味、ご安心ください。ふられるのは必然だったのだから」
「その哀れんだ目と釣り合いが取れていないぞ、アレッサ」
「いえ、自分もすっかり騙されていた――当人にそんなつもりはないのだろうから、この言葉は不適切だな。すっかり信じて疑いもしなかったので、我々は同じ穴の狢というやつです。結月さんが男性だとは」
「男?」
肝心要のことがようやく伝わり、アッシャーは両目を見開いた。そのままじろじろと結月を、頭のてっぺんからつま先まで見渡す。それだけでは満足、いや納得できなかったらしくて、席を立つと距離を取ってからもう一度改めて見据えてきた。
「信じられん……です。すらっとした体躯、繊細そうな手指、喉仏は出てないし。声もどちらかと言えば高い」
「希ですが、間違われた経験は何度かあります」
結月はそう認め、微笑んだ。苦笑いを浮かべるつもりだったのに、失敗した。
「でも、結婚を前提にお付き合いを申し込まれたのは、初めてだった。なので、かなりびっくりしましたよ。ぎょっとして、笑い出すのも忘れてしまうほど」
答えてから、隣の安藤をちらっと見やる。
(この人も最初は間違えたくらいだからなあ。じきに気付いてくれたものの、でも去年、女性用の水着をくれたのには焦った。ジョークでも何でもなく、姉さんへのプレゼントだと分かったときはほっとしたっけ)
そのときの場面を思い出して、遅ればせながら苦笑いを作ることに成功した。
「これが自然な状態で七つ以上連なっているのは、なかなか見付からない。故に国外への持ち出しは禁止されているのだ。代用品として、欠片を拾い集めて、つなげることもあるそうだよ」
「これが七つつながっている……小麦の穂みたいな形になる?」
頭の中での想像図をそのまま口にする結月。
「言われてみれば似ていなくもない。――アレッサ、案外的を射ているかもしれないよ、今の見方は」
「と言いますと?」
「昔から不思議に感じていた。希少価値があるとは言え、何でこんな豆粒ほどの物を婚約の証にしているのかと。連なった物が小麦の穂の象徴だとしたら、つまり食料の象徴。我々砂漠の民の食物に対する渇望が、この形をありがたがることにつながっているのではないか?」
王子の話にアレッサは明らかに面食らっていた。切れ者らしい素早いレスポンスもこのときばかりは影を潜める。意味の咀嚼に時間を掛け、ようやく反応する。
「……急にアカデミックもどきなことを仰る。自分には判断しかねますので、帰国ののちに専門家に尋ねるとしましょう。忘れぬよう、きちんと書き取っておかなくては」
「任せた。さて、結月さん。話がてんぷ、いや脱線してばかりだが、返事を聞かせてもらいたい。断られても取材は最後まで付き合います」
「あの、ですね」
結月は結月で、聞いたことをあれやこれやとメモ書きしていた。きりのいいところまで書き終えると一旦仕舞い、こちらの事情をどう切り出せばいいのかを少しだけ考えた。
その間が、逡巡と受け取られたようで、アッシャー王子は言葉を継ぎ足してきた。
「一時の気の迷いや気まぐれで申し入れた訳ではないんだ。日本語で何と言ったか、ああ、唾を付けておくと言うつもりもない。一期一会? この機会を逃すと次にいつ直に会えるか確証がないので、この人はと思ったときは行く心構えで来ているのだ」
「率直で情熱的な言葉は素晴らしいと思うんですが……私は断らねばなりません」
「そ、そうか。すでに約束した相手がいるとか?」
あっさりとした断りの返事に、動揺が露わなアッシャー。アレッサもメモを取る手を止めて、気の毒げな視線を送った。
「いえ、いません。私が断らなければならないのは、同性なので」
「うん? どうせいとは何だ、アレッサ?」
アッシャーの問い掛けに、アレッサはこれまでと違って即答はせず、頑丈そうな顎に片手を当て、思案する。その時間、三十秒足らず。やがてアレッサは表情を明るくした、かと思うとしかめっ面になり、さっきまでとは逆の手を顎に当てて、また首を傾げる。
「おいおい、教えてくれないのですか、センセー」
「いくつかあるので迷いましたが、この場合は、性別が同じことを意味する同性……ですね、結月さん?」
「あ、はい」
「ああ、これで一応、納得した」
結月の返事に大きな動作で頷くアレッサ。護衛も務めるというだけあって、そんな仕種一つ取っても力強く、体幹がぶれていない……ように見える。
「おーい、分かるように言ってくれませんかね、アレッサ先生?」
置いてけぼりを食らった形のアッシャーが、ふくれっ面になっている。本気でいらついていることは確かだが、その表情は笑わせようとする方に重点を置いている風でもあった。場の空気を笑いで染めたいのかも。
「アッシャー王子。断られたことが多少ショックのようですが、ある意味、ご安心ください。ふられるのは必然だったのだから」
「その哀れんだ目と釣り合いが取れていないぞ、アレッサ」
「いえ、自分もすっかり騙されていた――当人にそんなつもりはないのだろうから、この言葉は不適切だな。すっかり信じて疑いもしなかったので、我々は同じ穴の狢というやつです。結月さんが男性だとは」
「男?」
肝心要のことがようやく伝わり、アッシャーは両目を見開いた。そのままじろじろと結月を、頭のてっぺんからつま先まで見渡す。それだけでは満足、いや納得できなかったらしくて、席を立つと距離を取ってからもう一度改めて見据えてきた。
「信じられん……です。すらっとした体躯、繊細そうな手指、喉仏は出てないし。声もどちらかと言えば高い」
「希ですが、間違われた経験は何度かあります」
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「でも、結婚を前提にお付き合いを申し込まれたのは、初めてだった。なので、かなりびっくりしましたよ。ぎょっとして、笑い出すのも忘れてしまうほど」
答えてから、隣の安藤をちらっと見やる。
(この人も最初は間違えたくらいだからなあ。じきに気付いてくれたものの、でも去年、女性用の水着をくれたのには焦った。ジョークでも何でもなく、姉さんへのプレゼントだと分かったときはほっとしたっけ)
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